銀時と見知らぬ女性との一連の出来事。それは、万事屋の子供達にはどんなに考えても理解の出来ないことだった。とりあえず、大江戸病院に向かう前に下の階にいるお登勢に伝える事を伝えなければと、新八と神楽は走った。
「おや、こんな真昼間からどうしたんだい?やっと家賃でも払う気になったかい?」
「神楽様、新八様…どうなされたのですか?呼吸、心拍共に酷く乱れております」
「アホノ坂田サンハ、一緒ジャナインデスカ?」
それぞれ言いたいことを言いたい放題言っているが、とりあえず要点を伝えなければと新八がお登勢の元へ駆け寄る。
「えっと、家賃はすみませんがもうちょっと待ってください…!!」
「アアンッ!?もう十分待っただろうが!!さっさと払うもん払いな!!」
「ババァ!!とりあえず、その話は後アル!!まず私達の話を聞くヨロシ!!大事な話ヨ!!」
家賃よりも大事な話があるものかと更に続けようとしたが、ふと…お登勢はあることに気付いた。それは、子供達が必死であると同時にどこか不安そうな表情をしているということ。
(こりゃ、銀時絡みで何かあったね…)
やれやれ、本当に家賃どころじゃ無さそうだね…。
小さく溜息をつきながら、煙草を吹かし新八に視線をやる。
「まぁ、いいさ。とりあえず、その大事な話とやらを聞かせてもらおうじゃないかい。たま、コイツらに水を持ってきておやり。随分急いで来たみたいだからね」
「了解しました」
たまがカウンターから奥へと姿を消すと、新八と神楽は顔を見合わせる。自分達だって何かを知っているわけではない。だが、これから暫く銀時が万事屋には戻らずあの女性の元に付ききりになることは何となく分かった。だから、万事屋を暫く空けることを話そうと思っていたのだ。
「あの、僕達も何が起きたのか良く分からないんですが、実は銀さんが…」
とりあえず、自分達が見た光景をありのままお登勢に伝える。話している途中で、たまが水を持ってきてくれたので、それをありがたく頂きながら、出来る限り詳しく話した。といっても、新八達が見た真選組の女性隊士は初めて見る人だった為、それが誰なのかは分からない。故に、その女性について詳しくは話せなかったが…しかし。
「僕の勝手な思い込みかもしれませんが……あの女の人、銀さんにとって凄く大事な人なんじゃないかって思ったんです」
「そうネ。だって銀ちゃん…あの
いつもグータラしていて、めんどくさがりで、久々に入る仕事も面倒だ何だと文句ばかり並べる銀時ではなく、あの時銀時が見せた表情は…それこそ、いつぞやに銀時自身が言っていた、“死んだ魚のような目だけど、いざという時は輝く”という表現にぴったりだったのだ。
「……アンタ達、その女の名前は分かるかい?」
お登勢に聞かれ、神楽と新八は顔を見合わせる。
直接の面識は無い為、名前と言われても分からない。
だが、確かに銀時は…
「“しおん”と言っていました。確かそうだったよね、神楽ちゃん?」
「そうアル」
そう呼んでいた。新八が口にした名前を聞くと、お登勢は小さく笑った。そしてフーッと紫煙を吐き出しながら小さく呟く。
「そうかい、ようやく…目的の人に会えたんだねぇ、アイツも…」
「……?お登勢さんは、何か知っているんですか?」
「あの
「なぁに、アタシも酔いつぶれた銀時が話しているのを聞いただけさね。あと……まぁ、これも別にアンタ達なら話しても構わないだろう。銀時が何で万事屋なんて儲からない仕事を始めたか…知っているかい?」
お登勢に問われ、そういえば…と新八は思う。銀時は結構器用だ。万事屋なんて、あまり仕事が入らない職業なんかより、その無駄に高いスキルを何故他に役立てないのかと思う程に。それに、当然と言えば当然だが銀時の剣の腕は凄い。用心棒なり、何なり…もっと彼の力を役立てる仕事はいくらでもあったはずだ。
それが何故、仕事が1週間に1回来るか来ないかの超幸先不安な、しがない万事屋なんてやっているのだろうか?
そんな事、考えた事もなかったと…新八も神楽も首を横に振る。
「やっぱり、アイツは何も話しちゃいないんだねぇ。過去を話したがらないのは本当にアイツの悪い癖さ…」
「お登勢さんは知っているんですか?銀さんが、万事屋を営む理由を…?」
「あぁ、知ってるよ。……1人の女の為さ…」
1人の女。そう聞いてすぐに2人の脳裏には先程の、真選組の女性隊士が思い浮かんだ。
「銀時が攘夷戦争に出ていた事は知っているね?」
「それは知ってるアル!!」
「はい、桂さんからも聞きましたし、銀さんの口からも直接聞きました…」
「じゃあ、アイツに婚約者がいたことは…まぁ、その様子からじゃ知らないんだろうねぇ…」
お登勢がさらりと口にした言葉に、一瞬…神楽も新八も思考回路が停止する。
今、お登勢は何と言っただろうか?
え、なんて言った?
こんやくしゃ?
こんやくしゃ、って何だっけ?
あぁ、婚約者の事か。
って…
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!????」
「ぎ、ぎぎぎ…銀ちゃんにそんな
子供2人の絶叫がスナック・お登勢に木霊した。
暫く呆けていた子供達だったが、我に返った新八がグイッと詰め寄るように体を乗り出す。
「つ…つまり、銀さんには将来を約束した人が居たってことですよね!?なのになんで未だにマダオなんですか!?何で、真選組にいる女性と熱い抱擁なんてしてたんですか!?」
「そうネ!!あの男、やっぱり女にだらしないアル!!」
折角、“女性関係はイメージ的にだらしないと思い込んでいたが違うかもしれない”という認識に変わりつつあったのに、一気にまた現実に引戻された気分になる新八達である。勝手に騒ぎ立てる子供達を呆れた様子で見ながら、「まぁ、話を最後まで聞きな」と言いお登勢は更に続けた。
「アイツには子供の頃から仲良くしていた幼馴染が3人居たんだそうな。1人は桂さん。まぁ、ここの常連さね」
「ヅラアルな」
「そうだね」
「そしてもう1人は、超過激派テロリストの高杉って男」
「紅桜のときの…」
「片目野郎アル!!」
「そして、もう1人は……その高杉って男の実の妹、名前は紫苑…。攘夷戦争で鬼兵隊の副官だった女さ」
お登勢の言葉に、新八と神楽は首を傾げた。あの高杉 晋助に妹がいたのだろうかと。しかし紅桜の一件の時は、それらしい人物は居なかった。幹部には確かに女がいたが、彼女は自分の事を“来島 また子”と名乗っていた為、違うだろう。と、そこまで考え…新八はハッと顔を上げる。
「それって、さっき銀さんが名前を呼んでいた…真選組の女性隊士!?」
そう、最後にお登勢から聞かされた高杉の妹という人物の名は…
――紫…苑…?
まさに、銀時が心底驚いたように紡いでいた名前だった。
「その紫苑という名の女と銀時は、互いに互いを大切に想い合っていた仲らしい。それに、兄や仲間ともそれは仲が良かったそうな。だが、攘夷戦争の過酷さは…アンタ達も何となくは分かるだろう?」
問われ、新八も神楽もコクリと頷く。時々…本当に時々ではあるが、攘夷戦争関連の依頼が万事屋に来ることがある。その時の内容を聞く限りでは、本当に悲惨な戦争だったのだと…思わず目を背けたくなるような内容だったりもする。それに、銀時自身が一度だけ…ポツリと漏らした事があった。
『攘夷戦争終盤辺りは、そりゃもう悲惨なものだったわ。ろくに飯にもありつけねぇ、けど天人は次々に襲い掛かってくる。あのヅラが、“天人に殺されるくらいなら潔く腹を切って、せめて最期ぐらいは武士らしく死のう”と言ったほどになぁ…』
その時の銀時は、何とも悲しげな表情をしていた。故に、それ以上を聞くことは出来なかったのだ。それでも、銀時が攘夷戦争関連の依頼を断る事は決してなかった。いや、今思えば…その依頼に縋り付いて何かを探していたようにすら感じる。
「お登勢さん…、その…銀さん達は攘夷戦争で…何かあったんですか?」
何故、桂はテロリストなんかになってしまったのか?何か、高杉と
そして何より、何故今まで…紫苑という、将来を約束した人を放っていたのか。
暫くの沈黙の後、お登勢が静かに口を開く。
「攘夷戦争で戦っている
「まさか、見捨てたアルか!?婚約者を見捨てたアルか!?」
神楽が凄い勢いでお登勢に掴みかかりそうになるのを、何とか新八が押さえる。しかし、新八も
大事な人…ましてや婚約まで決まっていた人を見捨てるなんて、どうかしてる…。
大事なものを護ると銀時はいつも言っていた。何度も何度も、自分達は銀時に護ってもらった。
しかし…
本当に護るべき人を、何故過酷な戦場に見捨て来たのか…?
新八が押さえたことにより、神楽もようやく黙る。新八も黙ったままだ。しかし、その瞳からは明らかに…戸惑いと怒りが垣間見えた。そんな2人を見て、小さく溜息を吐きながらお登勢は続ける。
「アイツは…銀時はね、ずっと後悔していたさ。何故、自分だけでも戦場に残って探さなかったのかと。何故……紫苑が敵を引き付けると言って部下を引き連れて離れて行った時に、自分も一緒に行かなかったのか…あるいはそれを止めなかったのかと。けどね、戦場は遊び場じゃないのさ。常に命のやり取りが行われている場所さね。アンタ達が思っているような綺麗事が通用するような場所じゃないのさ」
「綺麗事、ですか?大事な人を見捨てる事が正しくて…その人を探したいと思ってその場に留まる事が綺麗事ですか?大事な人を…婚約者を戦場に1人残すなんて…ッ…!!銀さんがそんな酷い事をするなんてッ…!!」
「そんなのおかしいヨ!!だって銀ちゃん、その
新八と神楽の言葉に、お登勢が鋭い視線を向けた。そのあまりの凄みに思わず2人がビクッと肩を弾ませる。
「…アンタ達、本気でそんな事を言ってるのかい?ずっと銀時の傍に居たってのに、本気でアイツが
いつもと違う、お登勢の怒鳴り声。家賃を取り立てるとき時とは違う、怒りを露にした声だ。只ならぬ雰囲気に、キャサリンもたまも口を挟めず…ただお登勢達のことを見ていることしか出来なかった。
「…なんでアイツが万事屋なんて儲からない仕事を始めたか…。それは…」
短くなった煙草を揉み消しながら、お登勢は呟く。
「高杉 紫苑を探す為さ…」
「攘夷戦争で見捨てた人を、ですか?」
若干、棘のある新八の言葉。しかしそれを気にした様子も無く、お登勢は続ける。
「そうさ。生きてるのか、死んでるのかも分からない。けど僅かでも攘夷戦争に参加していた人間の情報が入れば、例えどんなに危険な仕事でもアイツは木刀一本携えて、
お登勢の話を黙って聞いていた神楽と新八は、その言葉に胸が締め付けられるような思いがした。
自分達は…一瞬とはいえ、何て酷いことを思ってしまったのだろうかと。
あの銀時が…、何だかんだ言いながらも自分達の事を家族のように思ってくれている銀時が。
最も大切な人を、何も感じずに見捨てるはずが無い事など少し考えれば分かるはずなのに。
なのに…何故、“何て酷い人だ”と…思ってしまったのだろうか。
「……戦争というのはね、たった1人の行動が他の大勢の仲間の命を左右するのさ。1人のために仲間全員が死ぬか、1人を犠牲にして大義を成し遂げる為に先に進むか。……本当に、究極の選択さね…」
けどね、とお登勢は続ける。
「どちらを選択したとしても、最終的に残るのは後悔という最も苦しいものさ。ましてや、1人の仲間と沢山の仲間の命を天秤にかけるんだ。そりゃ、悩むだろうし苦しむだろうねぇ。だからこそ、銀時はいつだって大切なものを護ることに強くこだわっているのさ。決して見捨てることなく、最後まで己の
ちらりとお登勢が子供達に視線を向ければ、神楽は肩を震わせて泣いており、そんな神楽の頭を撫でながら…新八も何とも言えない表情をしていた。
「誰も悪くなんかないのさ。銀時も、桂さんも、高杉って男も、坂本って男も、もちろん紫苑という女も。それぞれがそれぞれの感じたままに動き、そして己の魂に従ったまでさ。もし、何が悪いのか…それを決めるとすれば…そうさねぇ…“攘夷戦争”そのものだろうさ。こんな馬鹿な
「…きっと、桂さん達はずっと仲の良い幼馴染であり続ける事が出来た…」
「そして銀ちゃんはッ…好きな人とずっと一緒に居れたネ…ッ…」
そう…攘夷戦争関連の依頼が来た時に、銀時が縋るような思いで何かを探していたように感じたのは確かに間違いではなかったのだ。その依頼から、紫苑という存在が見つからないか…それを必死に探していたのだ。
それを思うと、また…胸が締め付けられるような思いがした。
「銀さんは…一体、どんな思いで…愛した人をその場に置いてきたんでしょうか…ッ…」
ポツリと呟いた新八の言葉。しかし…その答えを、誰も持ち合わせなどいない。
もし、その問いに答えることが出来る人物がいるとすれば、銀時かもしくは……
「……銀時は、紫苑を戦地に残すぐらいなら自分も死ぬと…。だから、何があっても紫苑は絶対に自分が護ると…そう、常に言っておった…。正直、紫苑とはぐれた後の銀時と高杉は見ていて辛かった。当時の銀時と高杉の悲痛な叫びが今でも忘れられんよ。あの時の、俺達の判断は正しかったと思ってはいるが……今でも思い出すたびに、そして僅かな情報を頼りにして、銀時が紫苑の手がかりを死に物狂いで探している姿をみるたびに…もっと別の方法があったのではと後悔しない日は無い…」
その戦場で共に戦った仲間だろう。
突然聞こえてきた声に、子供達はバッと顔を上げて入り口を凝視する。そこには見知った指名手配犯で、そして銀時の友である桂の姿があった。
「桂さん…!!」
「ヅラァ…ッ…!!」
悲しげに表情を歪める2人に、これはまた何事かと…そして何故、紫苑の名が今この場で出ているのかと疑問に思いつつ、「失礼」とお登勢に断りを入れて店内へと入った。
「どうしたんだい?まだ店は開けちゃいないよ?」
「いや、銀時の元に来たのですが…不在だったのでそのまま帰ろうとしたら…」
「なるほど、コイツらの声がココから聞こえてきたから顔を出したってことだね?」
「そんなところです」
苦笑しながら神楽の隣に座ると、思わず桂はギョッとする。神楽が泣いていたからだ。いや、神楽だけではない。新八も…何とも形容しがたい、辛そうな表情をしている。
「お前達、何かあったのか?というか、銀時はどうした?それに、何故……紫苑の話など…?」
紫苑という名前を出した途端、新八までもが泣き出してしまったため、桂は何事かと困り果てる。助けを求めるようにお登勢に視線を向ければ、煙草に火を点けながら、子供達から聞いた話を同じように桂にも話した。
すべての話をお登勢から聞き、なるほど…と腕を組む。
「紫苑は…無事だったか…」
「おや、随分と冷静だね。もしかしてアンタ、紫苑という女が生きていた事を知っていたんじゃないのかい?」
お登勢の言葉に子供達が「えっ!?」と顔を上げて桂を凝視する。お登勢からの問いに、小さく嘆息すると静かに口を開いた。
「攘夷戦争の時、紫苑は…俺達のいた本隊と離れた後、音信不通となりました。しかし…天人達を殲滅している途中、妙な噂を聞くようになったのです」
「噂、ですか?」
「ふむ。ココに居る皆、銀時がかつて“白夜叉”と呼ばれていたことは知っておろう?」
その問いに、一同は首を縦に振る。ただ、たまだけは分からなかったのか首を傾げていたが、「また後でちゃんと話すよ」とお登勢が言う。
「それと同じように……もう1つの名が、天人達の間で恐れられるようになった。もっとも、こちらは白夜叉ほど露見しなかった為、殆どの者が知らぬが…」
「その名前って何ネ…?」
「“紫の髪を振り乱し、鬼のように強き者あり。その瞳に映るは、天人への怨念。その名は“
「“
「銀ちゃんの好きな人と同じ名前ネ!!」
「いや、リーダーの言う通りなのだが、漢字が違うのだ」
懐から紙とペンを出し、“高杉 紫苑”と流暢な文字でその名を綴る。
「これが、彼女の名前だ。そして…」
その隣に、今度は“
「こちらが、天人達の間で広まった誰かの二つ名だ」
「なるほど、怨念の怨の字を取っているんですね…」
「恐らく。…紫の髪など当時は、銀時の銀髪と同じくらい珍しかったからな。それこそ、高杉と紫苑ぐらいのものだった。だから、俺達はこの“
しかし、そこには何の確証も無く…結局それが紫苑本人なのかどうかも分からないまま、攘夷戦争は終結。そして現在に至るという話だった。
「だが攘夷戦争終結後、今度は攘夷志士達の間で妙な噂が広がってな…」
「今度はどんな噂だい?」
「丁度、高杉の鬼兵隊が復活したという噂が広がった頃と同じ時期でした。鬼兵隊に、
「そ、それって…!!」
「あぁ、俺ももしや紫苑では?と思った。高杉……、晋助と紫苑は
「それは、つまり…」
紫苑を信じている。生きていると信じている。だからこそ、副官という席を他の誰にも座らせるつもりは毛頭ない。鬼兵隊副官という席は紫苑が居てこそのもの。それが…晋助の強い思いだったのだろう。
「晋助が何を思い、そうしたのかは分からん。しかし、恐らくはそういうことなのだろうと、俺は思っている」
「けど、ちょっと待ってヨ!!何で生きてるって分かってて銀ちゃんに教えてあげなかったアルか!?」
神楽に問われ、静かに桂は目を閉じる。神楽の問いは、最もな事だ。他の誰でもない、銀時が一番知るべき事実。それを何故、銀時に教えなかったのか。
「リーダーの言う通り、何度銀時にこの事を話そうと思ったか。だが…確証が無かった。紫苑が確かに生きているという確証、そして新たな鬼兵隊副官が紫苑であるという確証が…。確証を得てから、銀時に伝えるべきだと…そう思ったのだ。もう…あ奴が、酒に溺れて苦しむ姿など見たくは無かったからな…。だからこそ、紅桜の事件の時に探りを入れたのだ」
「…あの時に?」
そう…もし本当に紫苑が鬼兵隊にいるのであれば、どこかに紫苑がいるはずだと。そう思い、桂は敵の目を盗みつつ紫苑の姿を探した。
だが…
「結局、紫苑らしき人物は見当たらなかった。しかも、鬼兵隊の構成が総督である晋助、そして幹部達という構成だった。そこに“鬼兵隊副官”というポジションは存在しなかった…」
「つまり、鬼兵隊に紫苑さんは居ないと…そう判断したんですね?」
「その通りだ…」
結局、情報は掴めず。それどころか、紫苑は鬼兵隊に居ないという悪い情報しか得る事が出来なかった。晋助と対峙した時に直接聞くことも出来たのだが……桂自身、聞くのが怖かったのだ。
紫苑など居ないと…晋助自身の口からその答えが返ってくることを、どこかで恐れていた…。
「その後も…紫苑の情報は何も入らず仕舞いだった。それでも銀時は諦めずに、攘夷戦争関連の情報を洗っていたようだが…」
そこまで言うと、複雑な表情で桂が溜息を吐く。
「まさか、真選組に身を置いていたとは…」
一体、どのような状況でそうなったのかは分からない。最初、お登勢から話を聞いたときは捕まってしまったのかと肝が冷えたが、そうではないらしく真選組の隊服を身に纏っていたという。それはつまり、真選組の一員という事だ。
「紫苑とて…幕府が憎かった事に変わりは無いはずだ。それなのに何故、真選組などに身を置いているのか…」
そもそも、それを晋助が把握できていなかった事が不思議でならなかった。今の鬼兵隊には、変人謀略家・武市や、紅い弾丸・来島、そして人斬り万斉という凄腕の幹部達がいる。幹部達の力を使えば、情報を集める事など容易い。にも関わらず、真選組に紫苑がいるということが何故分からなかったのだろうか?
「それって…逆に言えば桂さんもそうですよね?」
「む?何故そこで俺の名が出る?」
「そうアル。ヅラはいつも真選組に追われてるネ。それに、ヅラだって真選組に探りを入れたりしてたんでショ?何で分からなかったアルか?」
「いや、確かに俺も真選組に追われてはいるが…俺を追ってくるのはいつも、土方や沖田だ。それに、真選組に探りなど入れたことは無いぞ?そのような自殺行為…考えただけでも恐ろしい…!!」
「アンタ、本当に高杉さんと同じ攘夷志士ですか?」
「新八君!?それ、どういう意味かなーッ!?」
「ヅラの部下と、片目野郎の部下の違いネ!!きっと片目の部下の方が優秀アル!!」
「リーダーッ!?なんでそうなるのォォォ!?俺の部下とて優秀だ!!エリザベスに何度助けられたか…!!」
「「あれはペットだろうが」」
「ペットじゃない、エリザベスだァァァ!!!」
思いっきり脱線しつつある話は、「アンタ達、まともに話しな!!」というお登勢の毎度の怒声で見事に軌道修正された。改めて、桂は真剣に考える。
「…やはり、謎が多すぎる…」
「噂でも、鬼兵隊の副官になったという話があったぐらいですからね…」
「そういうのを、“火のないところに煙は立たぬ”っていうんだよ。もしかしたら、本当はそこに居たんじゃないのかい?」
「いえ、それだとしたら紅桜の時の説明がつきません…」
結局、何故紫苑が“鬼兵隊副官になった”という噂が立ったのかも、本来は恨むべきはずの真選組の元に紫苑が居たのかも、その事について晋助が何故把握していないのかも…何も分からないまま。
ただ、分かった事があるとすれば…
「それで、その…紫苑の身体は…?」
桂が聞きにくそうに問うた、それだけだった。
重い空気の中、新八が口を開く。
「最初は銀さんと抱擁していました。そしたら急に咳き込んでから倒れて、吐血…したんです…」
「それ以外のことは分からないヨ…。私達は、今から大江戸病院に行くアル。そうすればきっと何か分かるネ…!!」
新八と神楽は互いに強い眼差しで見詰め合って頷きあう。しかし、桂は複雑な表情を見せていた。
「俺もリーダーや新八君と共に紫苑の元に行きたい。紫苑の身体のことももちろん気がかりだが…銀時の精神状態も心配だ…。だが…」
「今、アンタがホイホイそこに行ってごらん。あっという間に真選組に捕まっちまうよ」
「やはりそう思われますか…」
「同然のことさね」
そう、桂は絶賛指名手配中の攘夷志士だ。新八達の話を聞く限りでは、紫苑とそれに付き添った銀時は真選組のパトカーで病院まで運ばれたとのこと。そして、紫苑が現在真選組の隊士だというのであれば…そこには、彼女の身を案じた真選組隊士達がいる事だろう。迂闊には近づけない。
「クソッ…!!戦友の…幼馴染の安否すら…俺は知る事も許されんのか…ッ…!!銀時が苦しんでいる時に、俺は何も出来んのかッ…!!」
「桂さん…」
大切な友が苦しんでいる。
出来るものならば今すぐにでも駆けつけたい。不安であろう銀時の元で、「お前がしっかりしないでどうする」と叱咤するのは自分の役目のはずだった。しかし、それすら出来ない。病に苦しむ幼馴染に、大丈夫だと声を掛けることすら出来ない。
真選組という壁、そして攘夷志士という肩書きが…桂と幼馴染達の間に立ちはだかっているのだ。
「桂様」
その様子を、ただ黙って見ていたたまが突然桂を呼ぶ。一同の視線がたまへと集中した。
「私が新八様と神楽様に同行し、大江戸病院に行きます。そこで見た映像を記憶し、こちらに持ち帰れば見る事が可能です。直接は会えないかもしれません。ただ、見るだけでは桂様の苦しみが無くなることは無いかもしれませんが…」
不安そうな表情をみせるたまに、桂は苦笑する。
正直…たまの、その気遣いが嬉しかった。
「たま殿、頼んでも宜しいか?直接は会えずとも、その姿さえ見れれば…無事、生きていたという確認さえ出来れば…俺はそれだけで十分だ…」
本当に会おうと思えば、捕まる事を覚悟で会いに行く事も出来る。しかし、自分が捕まってしまえば…沢山の部下達が路頭に迷ってしまう事になる。そうなれば、攘夷云々どころの話ではない。それに、“高杉一派のストッパー”という役割も居なくなってしまっては、間違いなく晋助が公言した通り…世界は破壊されてしまうだろう。
(結局、あの時も今も…俺は他の仲間や部下達を護ることしか出来なんだ…)
もっとも大切な幼馴染のために何もする事が出来ない自分が歯がゆかった。きつく握られた拳を、2つの手がしっかりと握る。
「新八君?リーダー?」
「桂さん、大丈夫です!!銀さんは僕達が何とかしますから!!」
「だから、ヅラは自分を責めちゃ駄目アル。ヅラが悪いわけじゃないネ。そんな辛気臭い顔してたら、また銀ちゃんに笑われるヨ!!それに…しーちゃんも喜ばないネ」
「……リーダー?しーちゃんとは誰の事だ?」
「あぁ、神楽ちゃんまた勝手にあだ名を付けて…。多分、紫苑さんのことだと思います」
なるほどと笑う桂の表情は、いつものそれだった。
「では、新八君、リーダー、それからたま殿…。紫苑と銀時のことを頼んだ…」
「分かりました!!」
「任せるネ!!」
「了解しました」
力強い言葉に、ふと…桂は思う。
(銀時よ、お前は本当に幸せ者だな…)
こんなにも銀時の事を心配してくれる人がいる。銀時のために必死になってくれる人がいる。
「たまが行くってんなら、アタシも行こうかね」
「オ登勢サンガ行クナラ、私モ行キマス」
「何でそうなるネ!?ババァ達は要らないアル!!」
「うるせぇ!!銀時がどんな腑抜けた
「坂田サンガフラレル姿ヲ見レルト思ウト、楽シミデ仕方アリマセン」
「ちょ、アンタらどんだけ歪んでんだよ!?純粋に銀さんの心配してください!!てか、銀さんフラれてませんからね!?」
攘夷戦争の時は自分達が同じように笑い合って、ふざけあったりしていた。
それが今では、見事にここに居る者達にそのポジションを取られてしまった。
しかし、桂はそれでよかったと…そう思っている。
(銀時…やはり今のお前に攘夷活動は似合わんな。このかぶき町で、新八君やリーダーと共に万事屋を営む…。それが、今の銀時の居場所だな…)
少し寂しいような気もする。桂は今もどこかで、銀時を自分の攘夷党に入れたいとそう思っていた。だが何度も断られ、その度に銀時は自分達とは違う方法で護るべきものを護っている姿を見てきた。
もう二度と、紫苑の時のような悲劇を繰り返さんとするかのように。
(俺とて、何度もやり方を考え直そうと思ったさ。だがな、銀時よ…)
攘夷活動から退くべきなのかと、そう思うたびに…
『銀時!!ねぇ、銀時!!』
『おいっ!!松陽先生は…松陽先生はどこだ!?』
『お前、一緒に居たんだろ!?松陽先生はどこに居んだよ!!』
あの日…
『あそこ…』
『…え…っ…?』
『松陽、先生は……あそこ…』
『……ッ……!!』
『先生ッ!!松陽先生ェッ!!』
『晋助、危険だ!!』
『兄さん、嫌だよぅ…!!うえっ…ヒクッ…!!』
轟々と音を立てて燃える自分達の私塾を呆然と見つめる銀時の姿が。
『…………た…』
『銀時?』
『俺…松陽先生に…護られた。俺…松陽先生を…護れなかった…。俺の…目の前で、先生……殺された……』
そう呟き、感情の欠落した瞳からボロボロと涙を零す銀時の姿が…脳裏を過ぎるのだ。
(やはり、俺は許せんよ。俺達からあの人を奪った幕府を。俺達に癒えぬ傷を与えた、憎き天人を…許せるはずも無い…)
師を殺された恨み、攘夷戦争であろうことか幕府に裏切られた恨み、あまつさえ刀まで奪われた恨み。
積み重なった恨みは、桂を攘夷活動という場所に留め続ける。そしてそこに
(銀時…俺はお前が羨ましい。この世界を一番憎んでいるはずのお前が、こんなにも笑って過ごせる日々が…羨ましい…)
最初は、何故そんなにヘラヘラしていられるのかと…そう思った。真選組と銀時達の関係が腐れ縁という形容し難い形でつながっている事に、釈然としなかった事も事実だ。
だが…それこそ、銀時のやり方なのだと。そうやって、護るべきものを護っているのだと。
破壊する事しか出来ない自分と、護ることを一番に考える銀時。
(なるほど、どんなに俺が誘おうとも…お前が俺と手を組むはずも無いということか…)
もはや、銀時の居場所は攘夷活動の場所ではない。
銀時の居場所は…
「えっと、僕達だけで行くんだったら定春に乗って行くつもりだったけど…タクシー呼んだ方がよさそうですね」
「本当に迷惑なババァ達アル!!たままでなら、ギリギリ定春の定員許容だったネ!!」
「うるせぇ!!おら、とっとと行くよ!!」
「タクシーハ、私ガ呼ビマスネ」
「接客モードから外出モードに切り替えます」
この、騒がしくも笑顔の絶えない万事屋なのだ。
「……新八君、リーダー…ひとつ、俺からの頼まれごとを聞いてはもらえんか?」
「え、何ですか?」
「依頼料は酢昆布でヨロシ!!」
「いえ、無料でいいですよ」
「何でヨ!?これも立派な依頼ネ!!」
「依頼料が酢昆布っておかしいだろ!!てか、それだと僕には依頼料無いよね!?」
「
「コラァァァァ!!新八と書いて駄眼鏡というルビを打つな、作者ァァァァァ!!!!!」
そんな彼らのやり取りを苦笑しながら見守っていたが、神楽には酢昆布、新八には寺門 通のニューシングルを買うという事でとりあえず落ち着く。
「それで、その頼みごとって何ネ?」
「…銀時と紫苑に、“そろそろ桜が見頃だぞ”と…そう伝えてはくれんか?」
「え、それだけでいいんですか?流石の銀さんも、それだけじゃ…」
「いや、銀時も紫苑も…これだけで分かるはずだ。…約束を、忘れていなければ…」
「約束、ですか…」
「どんな約束アルか?」
子供達に問われたが、結局どのような約束だったのか桂が口を開く事はなかった。
桂は万事屋の方で新八達の帰りを待つということになり…応接間兼リビングのソファーに1人座っている。暫くボーッとしていたが、それに飽きたのかゴロンとソファーに寝転がって、いろいろな思考をめぐらせる。
(紫苑は今でも晋助と連絡を取っているのだろうか?もしや、紫苑の真選組入隊はスパイ行為なのか?いや、だが…それにしてはあまりにも危険すぎる。何より、鬼兵隊の副官自らが行うような事ではないだろう。それに、お登勢殿の話によれば銀時も……紫苑が真選組に居たということは知らなかったようだな。……あんなにも真選組と関わってきた銀時が気付かなかったということは…真選組は紫苑という存在を隠していたのか?だが、銀時が攘夷戦争で白夜叉と呼ばれていたことまでは…まだ、真選組の連中には勘付かれていない。紫苑も簡単には話したりしないだろう…。……やれやれ、本当に皆…好き放題・やりたい放題だな…)
それでも、そんな幼馴染達を心の底から憎むことなど…出来ない。
(どこかで、信じているからなのだろうな…)
桂自身が、その繋がりを信じているから。
晋助とは結果的に、
それ程までに、銀時・桂・晋助・紫苑・坂本という5人の絆は強いのだ。
「晋助、お前とて忘れたわけではあるまい。あの約束を…。萩の…私塾の桜の木の下で花見をしようという約束を…」
こんな未来が待ち受けているとは思いもしなかった為、あの時は笑いながらそんな約束もしたが…今や晋助と桂は指名手配犯。恐らくはそれも難しい事だろう。ましてや、紫苑はその指名手配犯を捕まえる真選組の隊士だ。
「本当に…未来とは予想のつかんものだな…」
何故、晋助の元には行かず…事もあろうに真選組の隊士になってしまったのかと嘆息する。
「紫苑、お前は知っているか?お前が攘夷戦争の時に買った2枚の着物…。その片方を、晋助が好んで着ていることを。お前を忘れまいと…その身に纏っている事を。…そして、もう1枚は……」
紫苑の忘れ形見となった、蝶柄の2枚の着物。
同じ柄で色違いの2枚の着物の行方…
1枚は兄である晋助の元に。
そして、もう1枚は…
「まぁ、花見の時を楽しみにしているといいさ…」
万事屋の開放された窓から、ひらりと桜の花びらが舞い込んでくる。
「…夜桜の下で月見酒…。頃合だぞ…。月見酒がしたいと最初に言ったのは晋助、お前だ。まさか、それを
それは、約束の時が近づいている事を知らせているかのようだった。
(2011年7月5日 にじファン初投稿)
※タイトルを変更しました