少しだけ性描写あり
スペードが目を開けると、木で組まれた天井が見えた。薄暗くてよく見えないが日本式の部屋らしく、見覚えはない。
ここは何処だ、と思う間もなく見慣れた顔がのぞき込む。
「よかった、気が付かれましたか」
小さな明かりで逆光になっているが助手のダークアイ……いつものマスクを外した素顔のアイが、浴衣姿で心配そうにしている。
「お熱を出して倒れたので部屋を取りました。どうぞゆっくりしてください」
額のタオルを洗面器の水で洗って新たに乗せられる。ヒヤリ、と冷たい感触が気持ちいい。
スペードは思い出す。ダイヤを盗みに温泉に来たがまたしてもジョーカーに奪われてしまった。その上、熱まで出して気を失ってしまったらしい。
「この部屋には露天風呂もついているんですよ! キレイな景色も見えるし、お熱が落ち着いたら入ってみてはどうでしょうか」
落ち込む主人に、助手は明るく声をかける。
「……不甲斐ない」
スペードはつぶやく。
修行時代はいつも勝っていたのに、学園でも成績はいつも上位だった。なのに。
「所詮ボクはただの”優等生”だ」
学校の成績が良くても実践で盗めなければ意味がない。
「こんなんじゃジョーカーには勝てやしないんだ」
熱のせいか、弱気な言葉ばかりが出てくる。
「怪盗なんてならなきゃよかった」
しん……と静寂が訪れる。
こんなこと言うはずじゃなかった。
熱があるから、薄暗くて表情が見えないから、奥底に抱えてきたものがこぼれてしまった。
「しっかりしなさいキング!」
大きな声が響く。
「わたしにもっとすごいお宝くれるんでしょ!? そんなんじゃいつまで経ってもお宝なんか手に入れられないわ!」
アイが腰に手をあてて叫ぶ。
いつもの丁寧な口調ではなく、出会った頃の勝気なちびっこアイドルを思い出させた。
「優等生のなにが悪いの? 基本では勝っているってことでしょ。だったらもう少しその先を目指せばいいだけじゃない。
怪盗ジョーカーは何が何でも盗むのが信条かもしれないけど、怪盗スペードが目指すところはそこなの?
もちろん盗むこと、勝つことは大事だけど、スマートに盗むのを美学としてるんじゃないの?違う!?」
「…………」
再び静寂が訪れる。
言い過ぎてしまった、とアイが慌てると、
「くっくっ」
笑い声が聞こえた。
主人を見ると愉快そうに笑っている。
「ありがとう」
スペードの瞳に光が戻っていた。
助手に笑いかける。
「アイ、君がそばにいてくれて、本当によかった」
ずっとスペードが口にすることがなかった、彼女の本当の名を呼ぶ。呼ばれたアイは赤くなった。
「い、いま、お水取り替えますね」
慌てたように洗面器を持って立ち上がる。
いつもの口調に戻ったのがスペードにはちょっと残念な気がした。
「キョキョッ」
ずいぶんと慌てたのか、アイはつまずいて布団に覆いかぶさる。
ふわりと湯上りの香りがし、アイの顔が目の前にある。
スペードの体温が一気に上がった。
「す、すみません!」
水はあまりこぼれなかったがスペードに少しかかってしまった。
アイは慌てて拭こうとする。
前屈みになり、はだけた襟元から火照った胸元がのぞいた。
「あっ」
スペードはその手を取り抱き寄せる。細い身体だ。
「ス、スペードさま…?」
いい香りがする。温泉やシャンプーの香りとも違う、アイの香りだろうか。
白い首もとに唇を寄せる。
「……っ!」
ビクッと反応があってスペードの体温がさらに上がる。
くるりと位置を変えてスペードが上になった。
アイは上気した顔でスペードを見上げる。
「……ぁ……」
スペードは再び首筋にキスを落とした。
「…んっ……ああ……っ……」
首筋から鎖骨、鎖骨から心臓に、ゆっくりとキスを降らせる。
心音が大きく鳴っているのはアイか、それともスペード自身か。
「……やッ」
唇がふくらみをなぞろうとすると、アイは恥ずかしさで大きく身をよじる。
スペードは一度頭を離して、アイの目を見た。
「イヤ、かい?」
彼女はぎゅっと目をつむり小さく首を振る。
スペードは再び優しく唇を落とす。
「んんっ」
アイは顔を反らしながら、されるがままに声をもらす。
「……あっ………スペード……さま……ッ……」
***
スペードが目を開けると、木で組まれた天井が見えた。
「おはようございます、スペードさま」
声のする方向を見ると、朝日が差し込む中で
ダークアイが座卓でいそいそとお茶の準備を始める。
見覚えない、……いや見覚えがあるような和室だ。
「ここは……」
「お熱を出して倒れたので部屋を取りました。どうぞゆっくりしてください」
夢と同じことを言われる。
……夢?あれは夢だったのだろうか。スペードの脳裏に艶かしいシルエットがぼんやりかすむ。
熱に浮かされた夢だといえばそんな気もした。
体を起こすとお盆に乗った湯呑みが差し出された。
「いかがですか? それとも紅茶をご用意しましょうか?」
目の前に膝をついている助手はいつもと全く変わらない。
「い、いや、ありがとう」
動揺を悟られないように湯呑みを取る。
スペードはお茶を飲んで心を落ち着かせる。
マスクをして細かな表情は分からないが、いつもと同じ態度の助手には”あんな事”があったなんてどこにも感じられなかった。
やはり夢だったのだろう、とスペードは思い直す。
なんて夢を見てしまったのだろう。思い出そうとするとまた熱がぶり返しそうになる。
湯呑みを空け、目の前のお盆に返す。
「おかわりはいかがですか」
「ああ、いただこうか。ダークアイは日本茶を淹れるのも上手だね」
「ありがとうございます」
礼を言って立ち上がろうとする、その一瞬に顔をゆがめたのをスペードは見逃さなかった。
「キョキョッ」
戸惑う助手の腕を引き留める。手からこぼれたお盆と湯呑みが畳の上に転がった。
包帯をほどくと、マスクの下からは真っ赤に頬を染めた顔が現れて視線を反らした。
「やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ」
「な、何のことでしょう?」
顔を反らしたままアイは知らない振りをする。
「ボクがきみにムリヤリした事だよ」
「そんな! ムリヤリなんかじゃ!」
慌ててスペードを見たアイは、しまった、という顔をしてうつむく。
「…………ないです」
スペードは頭を下げる。
「ごめん、その……負担をかけたんじゃないだろうか」
「スペードさまが謝る事じゃないです。ちょっと……動くと痛いですけど」
下半身に視線を落とし恥ずかしそうに言う。
「そ、そうか……その……ゴメン」
ふたりは目を反らして真っ赤になった。
スペードは体を正し、アイに真っ直ぐ向き合う。
「順番が逆になってしまったけど、勢いや一時の衝動じゃない、ずっと君のことを想っていた」
「……はい。わたしもスペードさまが好きです」
アイの頬に手をかけると、ビクッと小さく反応する。
静かに、優しく唇を重ねた。
夢じゃない。温かくて、柔らかくて、あまい。
「………」
顔を話すと目が合って微笑み合う。
「好きだよ、アイ」
もう一度キスをする。
「んっ……」
再び唇に、頬に、耳に、キスをする。
「っ、…あッ……ス、スペードさま」
どんどん加速してゆき、困惑したアイは体を離す。
「あ、あの、そろそろゴハンを食べに行きませんか。その、朝食が美味しいって評判らしいです」
「そうだね」
あっさり同意されて、アイは拍子抜けしつつほっとする。
「時間はたっぷりあるからね」
「え」
「そうだ、露天風呂もあるんだっけ。あとで入ろうか、アイ」
スペードはいたずらっぽくアイを見上げる。
「イヤ、かい?」
アイは返事をせず、ただただ真っ赤になった。
スペードはクスクス笑ってアイの手に指をからめた。
「楽しみだね」
「ううっ……」
「どうしたんだい? 朝食の話だよ」
「えっあっ」
スペードはつないだ手にキスをして笑いかける。
「楽しみだね」
「……いじわる」
スペアイはプロポーズするまでキスもしないと思うけど
それはそれとして、なし崩しもいいよね、と。