少しだけ性的描写あり。
「阿呆〜〜〜っ!!!」
「どろしーちゃん待ってぇぇ〜」
セラヴィーはホウキで飛び去った彼女の後を追う。
魔界に帰らされて2ヶ月。せっかく彼の元にやってきてくれたどろしーの神経を逆撫でするマネをして怒らせてしまった。
「どろしーちゃん!!」
追いついて腕をつかむ。その反動で輝くものが飛び散った。
その目には、涙。
セラヴィーは動揺した。今まで怒って殴られることはあっても泣かせることはなかった。
「……バカ」
ぐっと口を結んでいるが涙は止めどなく溢れた。
「セラヴィーのバカ。バカ馬鹿ばかバカばか!」
彼女は強い人だった、いつでも前を向いて揺るがない人だった。
そんなどろしーが泣いている。涙を流させたのは他ならぬセラヴィー自身だ。
「僕は本当にバカです」
ホウキごとギュッと抱き寄せた。
「……ばか」
抵抗されずに、腕の中に収まる。
「僕はバカだから、どろしーちゃんがそばに居ないとダメなんです。
バカな事したり暴走した時にブレーキをかけられられるのはどろしーちゃんしかいません。お願いです、僕のそばで叱ってください」
「……本当に、バカなんだから」
声に困ったような笑いが含まれていた。
腕の力をゆるめて目を合わせる。
「好きです、どろしーちゃん」
涙に唇を寄せた。
「大好きです」
「うん」
まぶたに、頬に、涙を口で拭う。
「そばに居てください」
「ん」
そして、唇を重ねた。
「どろしーちゃん……」
「ん……」
もう一度キスする。
「どろしーちゃん……」
「ん……」
もう一度。
「どろ……」
「んんっ……んっ」
***
目を開けるとそこは魔界の自室のベッドだった。
しん……と辺りは静まり返っている。
自室とは認めたくなかったが2ヶ月ここで寝泊まりして外にほとんど出ていない。魔法の国にある家には帰れず、セラヴィーの居場所はここにしかなかった。
目に映るものはすべてが灰色だった。何を食べても味がしなく、横になってもろくに眠れず、夢では別れた時の記憶が繰り返す。
「夢……ですよね」
身体を起こして辺りを見回す。
彼女が迎えに来てくれる、そんな妄想を繰り返していたから夢に見てしまった。
寝不足から現実と妄想の境界があいまいになっている。
久しぶりにいい夢を見た。現実味がある分だけ悲しみが増したが、しばらくはこの夢を反すうして生きていける。
夢の中の感覚を思い出して、自分の唇に触れる。
「……どろしーちゃん」
愛しい人の名がむなしく響く。
じわり、と涙がにじんだ。
「どろしーちゃん……どろしーちゃん……」
もう何度となく呼んだ名前を繰り返す。
「どろしーちゃあああん!」
「なによ、起きたの?」
ひょい、とまぼろしが現れて答える。
「どろしー……ちゃん……?」
目をこする。瞳に映るのは確かに愛しい人の姿だった。
「もー、あんたが寝ちゃってから大変だったんだからね。なるとちゃんは居なくなるしチャー子の魔法でロクでもないことになるし」
夢じゃないかと自分の頬をつねってみても、感覚が鈍っているのか痛いのかどうかも分からない。
やっぱり夢だろうか。
セラヴィーは立ち上がってどろしーを横から、後ろから見つめる。
「……なに?」
「どろしーちゃん、僕をつねってください」
手が頬に触れる感触がある。本当に、現実?
「痛い痛い痛い!」
遠慮なく頬をつねるのは間違いなく本物だ。
「どろしーちゃん!」
ギュッと抱きつく。柔らかな感触が確かにあった。
「夢じゃ、夢じゃないんですね」
「そうよ、寝こけたあんたを誰がお城まで運んだと思ってるのよ」
「どろしーちゃんが僕に会いに来てくれたのも夢じゃないんですね」
「……そうよ」
ちっ、と舌打ちするけれど、その顔は赤い。
「キスしたのも夢じゃないんですね」
「……それは夢だと思うわ」
どろしーの顔がいっそう赤くなる。
赤い頬に手を当て、唇を重ねる。夢の中と同じ感触だった。
顔を離して笑いかけると真っ赤になりながらも不服そうに口を結ぶ。こんな時でも意地っ張りなところがたまらなく可愛いくてもう一度キスする。
「んん……はあ、んっ……」
キスをされるがままに可愛い声を上げてた彼女が真っ赤になって身体を離す。
「もう! 何回キスするつもりよ!」
「僕の記憶は夢だったらしいので、その分を取り戻そうかな、と」
「~~~~~~!」
殴ろうとした手を避けて抱きしめる。
本当に可愛い人だ。
「そういえば、みんなは?」
夢じゃないことを確認して、やっと周りに目が向く。
辺りを見渡すと、たくさん居たはずの自室にはふたりきりだった。チャチャたちどころか魔王城の人たちも居ない。あれだけ騒がしかったのに。
「なるとちゃんも見つかったし、しいねちゃんたちは帰ったわよ。あんたは気持ち良さそうに寝てて起きないから、家族の人たちも安心して戻ったわ」
「家族じゃないですけど」
弟と自称する人(?)たちが毎日やってきていたのは心配してのことだったろうか、とセラヴィーはうっすら思う。だからと言ってアレを血縁だとは認める気はなかったが。
気を取り直し、えへへ、と緩んだ顔でどろしーを見ると、彼女は気持ち悪そうに身を引く。
「……なによ?」
「どろしーちゃんは残ってくれたんですね」
「押し付けられたのよ!」
「放っといて帰ることもできたのに」
「ガリガリに痩せて青白い顔だったあんたを置いていったら夢見が悪そうだったし」
「どろしーちゃんって意外とお人よしですよね」
「意外と、は余計……」
ギュッと抱き寄せる。
「キスしてもいいですか」
「さっきは勝手にしたくせに」
肯定だととらえて勝手にキスする。
そこでふと、いつもの彼女の香りと違うことに気づく。
もしかしてこの香りはバスルームにあるシャンプーだろうか。心なしか髪も湿っている。
「……もしかして、お風呂に入りました?」
「だ、だってあんたは起きないし、汗流したかったのよ」
バスローブの襟元を押さえて赤くなる。
「それ、僕のですか?」
「着替えなんて持ってきてないし借りたわ」
襟元からのぞく首元は白く、大きな袖口から伸びた手脚が華奢な身体を強調する。
「ふふふ」
「きゃあっ」
抱き上げると暴れ出す。
「ちょ、ちょっと待って!」
「すいません、止められそうにないです」
ビチビチと暴れる彼女をベッドに下ろして覆いかぶさる。
「ああやっぱりお風呂なんて入らなきゃよかったわ!」
「汗をかいたままのどろしーちゃんも悪くはないですね」
「変態!」
聞き慣れた単語は耳を通り過ぎる。
あれほど夢見た光景が、いまセラヴィーの腕の中にある。
どろしーは赤くなった顔を背ける。
暴れたせいで大きめのバスローブは片方の肩がほとんど出ているし、乱れた裾から太ももが覗いている。すべてがセラヴィーを誘っているように見えた。
「どろしーちゃん……」
キスしようと顔を近づけると、手で遮られる。
「……ひとつ、確認しておきたいんだけど」
「なんでしょう」
「本当に私でいいの」
「もちろんです。どろしーちゃん以外に考えられません」
「金髪くるくるがよかったんじゃないの?」
セラヴィーは言葉に詰まる。
さっきの、嫁候補を記念に撮影したことを言っているらしい。
「……あれは本当にすみません。条件反射みたいなものなので、自分でも止められないんです」
不審そうな視線を向けられて、必死で弁明する。
「金髪くるくるは僕にとって幸せの記憶なんです。
金髪のどろしーちゃんは孤独だった僕を受け入れてくれて、好きだと言ってくれました。だから金髪くるくるは昔のどろしーちゃんとイコールだし、どろしーちゃんじゃなければ金髪だけあっても意味がないんです」
彼女の表情はまだ硬いままだ。
身体を起こし、どろしーの脇を抱えて起こす。
ふたりはベッドの上にヒザを折って向き合った。
「どろしーちゃんが疑うのもムリはありません。僕は本当にひどい事を言ってきました」
ギシ、と左手をベッドについて近づき、髪をひと房すくい上げる。
「この黒髪は拒絶の色でした。見るたびに悲しくて、苦しくて、ひどい言葉を投げかけました。黒髪をけなしたら戻してくれるんじゃないかとも思って」
「じゃあ、やっぱり今の私なんて……」
「でも黒髪のどろしーちゃんとの思い出が増えました。一緒にご飯を食べて、笑って、ケンカして……。それは楽しい記憶です」
黒髪に口付ける。セラヴィーと同じシャンプーの香りがした。
「もう今では黒髪に”拒絶”を感じなくなっています。
怒って追いかけてくるのが楽しくて、つい悪口を言ってしまいました。本当に愚かです。許して欲しいなんて言いません、一生をかけて償わせてください。
僕はどろしーちゃんが居れば他になにも要りません」
まっすぐ目を見る。
「髪の色なんて関係なく、どろしーちゃん、あなたが好きです」
どろしーはひるむ。一方的なアプローチや冗談のようなプロポーズはあったが、こんなに真剣に言われたのは初めてだった。
「……じゃあ金髪に戻すって言ったら?」
「ええっ」
セラヴィーの顔が輝いた後、ぐっと唇を噛みしめる。
「今も理性をギリギリで保っているのでダメです。どろしーちゃんを壊してしまうかもしれません」
「な、何するってのよ!」
セラヴィーは座り直して改まる。
「どろしーちゃんこそいいんですか、このまま僕とシても」
「……………」
どろしーは顔をそらして口ごもる。
「僕のこと大嫌い、だったんでしょう」
「それはあんたが悪いんでしょ」
大嫌い、と口にした時は決まってセラヴィーの悪口が先だった。
「そうですね。売り言葉に買い言葉だっただけで本当は僕のこと大好きなんですよね」
「誰がっ!」
「やっぱり、僕のこと嫌いですか?」
セラヴィーがうるうると涙を浮かべる。
「……嫌いじゃないわ」
「どろしーちゃん!」
顔を輝かかせて抱きつく。その勢いでふたりはベッドに転がった。
「ちょっと! 嫌いじゃないって言っただけでしょ!」
「どろしーちゃんが僕に言ってくれた中で最高の好意的な言葉です。つまり大好きってことですよね」
「なんでそうなるのよ」
手をついて身体を起こすと、真剣な表情でどろしーを見下ろす。
「僕のこと、嫌い、ですか?」
「……………」
大嫌いと言った時の気持ちにウソはないが、それが全てではなかった。会わなかった2ヶ月の間に気付いた感情もある。だからと言って、セラヴィーを好きだと口にするのは出来そうもなかった。
口ごもるどろしーに笑いかける。
「今はそれでガマンしておきますけど、いずれ大好きって言ってもらいます」
「言わないわよ」
「じゃあ僕がどろしーちゃんの分まで言います。どろしーちゃん、大大大好きです」
唇を重ねる。
「僕が居なくて寂しかったですか」
「……子供たちが居ない時はビックリするほど静かだったわね」
真っ赤な耳にかぶりつく。
「ひゃんっ」
「僕以外のご飯は美味しくなかったですか」
「たまになら悪くはなかったわ……んっ」
白い首筋に唇を落とす。
「僕が恋しかったですか」
「どつけなくて運動不足になりそうだった……あっ」
心臓にキスする。
「大好きです」
胸元にキスを降らせる。白い肌にピンクの花が咲いていく。
「……っ……やっ」
「どろしー……ちゃん………」
「……ダメッ……んんっ」
「大好き、です」
「………っ!」
***
「帰っちゃうんですね」
魔法の国に戻るというどろしーを見送る。
魔王城の人たちが我も我も、と湧いてきたが、せっかくの別れを惜しむ場面なので追い返した。ドアの向こうからこちらをのぞいているが無視する。
「あんたをどつきに来ただけだし」
肩を落とすと頬を両手でバンッと挟まれる。
「魔界に帰れとは言ったけど、別に魔法の国に来るなとは言ってないわよ」
セラヴィーの顔がパァァァ、と輝いた。
「行っていいんですか!?」
「好きにすればいいじゃない」
「魔界にも来てくれますか!?」
「そうね、どつきたくなったら来るわ」
「いつでもどつきに来てください!」
嬉しそうに答えるセラヴィーにどろしーは軽く引いた後、苦笑しながら言った。
「たまには、ね」
抱き寄せてキスする。
「どろしーちゃん大好きです」
「こんなところで止めてよ!」
ドカッと殴られた。昨日はあんなに素直だったのに。
ヒュー、と後方から囃し立てられるが無視した。この部屋には二人きりなのだから。
「じゃあ、こんなところじゃなく、後でいっぱいしましょうね」
「……やっぱり、ここに来るのやめるわ」
「ああっ待ってどろしーちゃ~~ん!」
くるりと背を向けた彼女に向かって情けない声が響く。その後ろでヤンヤと観客たちの歓声が上がった。