死神回の後
「家を守ってくれたお礼をしたいんですが」
「いいわよ、別にあんたのためじゃなかったし」
予想通りあっさり断られた。
僕の家に隕石が落ちてきたのをどろしーちゃんが助けてくれた。子供たちを守ろうとしてのことだったらしいけど、僕を助けてくれたのは事実だ。
「そうですか、魔法国ホテルのディナーを予約したんですけど」
ピクッとどろしーちゃんが反応する。
「季節限定で、なかなか予約が取れないコースだったんですが」
わかりやすく迷っているようだ。ダメ押しにつぶやく。
「残念ですがキャンセルするしかないですね」
「……仕方ないわね、もったいないから付き合うわ」
心の中でガッツボーズした。
***
「先生カッコイイー!!」
チャチャが僕を見て声を上げる。
そうでしょうそうでしょう、この日のために仕立てたスーツなのだから。
その他の「黙っているとまともに見える」という声は褒め言葉だと取っておく。
「お師匠様ステキです!」
「どろしーちゃんキレー!!」
彼女が家から出てくる。いつもとは違って身体の線が出るドレスを身にまとい、髪をアップにしている。淡い紫のシンプルでタイトなワンピースは周りをレース地がふんわりと覆い、襟元も同じレースで素肌が透けて見える。
「なあなあどろしー、エリマキいるよな!」
食い意地が張ったリーヤ君が飛びつこうとするのをはたき落とした。
「ダメですよリーヤ君、このドレスにエリマキは合いません」
どろしーちゃんの首に巻き付くなんてうらやま……いや、今日はデートなのだ。誰にも邪魔はさせない。
先程から顔を赤くしてどろしーちゃんを見つめているポピィ君は放っておく。どろしーちゃんが着飾ってくれたのは僕のため、今日は僕とのデートなのだから。
「とってもキレイです」
「……ありがと」
笑顔で、とはいかなかったけど、今日は素直に返事をしてくれた。
腕を身体の脇にかまえると、彼女は自然に手を添えて横に立つ。大きな家で過ごしたのは子供の頃だったとは言え、フォーマルな場の立ち振る舞いが身についている。
「ハイヤーを呼んでます」
「ホウキでもよかったのに」
「今日は特別ですから、雰囲気を楽しみましょう」
クルリと振り返る。
「夕飯は用意してます。遅くなると思うから夜更かしせずに寝ててくださいね」
数名は羨ましそうにしていたけど、子供たちは手を振って見送ってくれた。
レストランに入って席に向かうと場の視線がこちらに向く。いつもならどろしーちゃんを見るいやらしい目には殺意しか湧かないけど、今日は僕が作ったドレスを、僕のために着て、僕とデートをしている、僕のどろしーちゃんなのだから、むしろ誇らしい。
「美味しい!」
スープを口にしてどろしーちゃんは感嘆の声を上げた。
「あんたの作るよりよっぽど美味しいわね」
なぜか勝ち誇ったように言う。
「素材が違いますからね。金額を気にしなければ僕にも再現できますよ」
本当かしら、といぶかしげな表情をするから嫌味のひとつでも言いたくなる。でもせっかくのデートだし今日のところはガマンしておいた。
続いて前菜のマリネに顔を輝かせた。
なるほど、こんな味が好みなのか。今度作ってみよう。味の決め手は柚子と黒コショウかな。
「……………」
メインの仔羊のローストではちょっと不服そうな顔をする。
美味しいけど、僕が作る方が旨いと思っている顔だ。ソースはもう少し甘めの方がどろしーちゃんの好みだろう。
本当にすぐ顔に出る人だ。見ていて飽きない。
最後のデザートを満足そうに味わっている。おおむね満足してもらえたらしい。
「この後バーで飲みませんか?」
料理に合わせたワインを飲んだ程度だったので彼女も飲み足りなかったのだろう、あっさりと応じてくれた。
夜景が見えるバーのカウンターで並んで座る。距離が近く、腰に手を回そうと思えば出来る。でもまだ早い。
ここから大きなミッションが控えている。実はホテルのスイートルームを取ってあるのだ。
いつもなら絶対に応じてはくれないだろうけどレストランでも雰囲気は悪くなかったし、普段と違う場でお酒を飲んでいい感じになればイケるのではないだろうか。もちろん酒の力でどうこう、というワケではない。ただもうちょっとだけ素直なってほしいだけなのだ。
「美味しい~」
どろしーちゃんの頬がピンクに染まる。
せっかくだから、といろいろなカクテルを試している。けっこう度数の高いお酒もあるから思ったよりも早く酔いそうだ。
そろそろイケるだろうか。いや、まだ慌てるな。
じっと見つめていると、不思議そうにこちらを見る。
「そのドレス、よく似合ってますよ」
「あんたの趣味にしては悪くないわね」
さりげなくリサーチした甲斐があった。僕が仕立てたと言えばイヤがるだろうから買ったことにしてある。本当ならもっとフリフリにしたかったけど。
僕が縫った服が彼女の身体を包み込んでいるという事実だけで興奮してくる。そもそも男から服を贈るのは脱がすため、という意味があることを知っているのだろうか?
「そのバレッタも着けてくれて嬉しいです」
両サイドから編み上げた三つ編みを宝石のついたバレッタで止めている。
「今日のために用意したって言われたら、着けなきゃもったいないし」
「腕輪とも合ってます」
左腕の腕輪に触れて思わせぶりに笑いかけると、どろしーちゃんは複雑な顔で顔を赤くする。
照れているのではない、僕が贈ったまま部屋の奥にしまわれていた腕輪だと気付かれた事に、恥ずかしさと軽い怒りとで頭に血が上ったのだろう。同じデザインのバレッタを贈ったのはこのためだったけど、忘れられているかもしれない、気づいても着けてくれないかもしれない、と思っていたので過去の自分がやっと報われた。
そちらに気を取られて、僕が手を握っていることにどろしーちゃんは気づかない。
と、間もなく視線を下に向けて振り払われてしまった。……残念。
「でも食事にドレスに貴金属なんて、ちょっと多すぎない?」
「何を言ってるんですか、僕の命を救ってくれたんですから」
彼女はジトッとこちらを見る。
「あんただったら隕石ぐらいもっと簡単に消せたでしょ」
「僕だって気づかないものは対処できませんよ。どろしーちゃんが必死で隕石に攻撃してたから家の中にいた僕も気づいたし、そうじゃければ潰されてました。この借りはこんな程度じゃ返せません」
「じゃあ世界一の魔法使いの座を譲ってよ」
「それとこれとは別です」
にっこり笑って言うと、どろしーちゃんは舌打ちをして次のお酒を頼んだ。
僕もグラスに残るカクテルをあおると、おかわりを頼む。
「ちょっとセラヴィー、ペース速くない?」
自分を棚に上げてどろしーちゃんは首をかしげる。ヒジをついた左手にアゴを乗せ、少し猫背になってレースの向こうに胸の谷間がのぞいている。ゴクリ、と唾を飲み込んだ。
「大丈夫です。どろしーちゃんと飲むのが楽しくて」
「ほどほどにしなさいよ。つぶれたら置いてくからね」
本当に楽しい時間だ。
どろしーちゃんとお酒を飲んで、何てことない会話をするのが楽しくて、部屋に誘うのもやめてずっとこうしていたかった。
「セラヴィー?」
どろしーちゃんが顔をのぞき込む。近い。心なしか目もとろん、となってきて色っぽい。
そろそろいいだろうか。言え、言ってしまえ!
「……実は、部屋を取ったんです」
言ってしまった。
「わかった」
へ?
「何号室?」
話が早すぎる。
え、これは夢?エレベーターの中でも腰に手を回してぴったりと寄り添ってくれている。
ドアを抜けるとスイートルームの奥に向かい、僕をベッドに座らせる。
僕のネクタイを緩め、ボタンを外していく。
早い早い!
望んだ展開とは言え、ずいぶん積極的で面食らってしまう。
すると、どろしーちゃんは一度離れてベッドサイドのピッチャーから水を注いで差し出した。
「はい」
水……?
とりあえず受け取って飲んだ。
「大丈夫?」
どろしーちゃんが心配そうにのぞき込む。
彼女の肩越しにドレッサーが見え、そこの鏡に映る僕は青い顔をしていた。
つまりは誘いに乗ってくれたわけではなく、僕の具合が悪そうだったからここに連れて来てくれただけのことだったのだ。
「だ、大丈夫です。これぐらい」
「あっ、動かない方が……」
立ち上がる僕を体で止める。
抱きつく形になって、どろしーちゃんの胸が僕に押し付けられている。
「どろしーちゃん……」
心配した表情で見上げられる。このまま押し倒したら……
「どろしーちゃ……ゔっ」
「セラヴィー!!」
ゴミ箱を眼の前に出され、込み上げてきた物をそこにぶちまけた。
どろしーちゃんが背中をさすってくれる。さっき食べた物が全て出ていく。
苦しくて悲しくて情けなくて、涙と鼻水でいっぱいだった。
ゴミ箱のおかげで部屋を汚すのは最小限で済んだけど、互いの髪と服は吐瀉物にまみれていた。
しかたなく二人ともシャワーを浴びることになる。
先に入らせてもらって彼女を待っていると、だんだんと頭が冷えて来た。
こんなはずじゃなかった。
どろしーちゃんがシャワーを浴びている。夢見たシチュエーションのはずなのに、その過程がひどすぎる。
いや、まだ挽回できるはずだ。
途中はともかく部屋に呼んでシャワーを浴びる、まで出来たのだから。ここまで来たらやるしかない。
「どろしーちゃん」
バスルームから出てきたところを抱きしめた。
柔らかな感触がガウン越しに感じる。
「セラヴィー?」
風呂上がりの香り。いつもと違う備え付けのシャンプーの香りがしている。
顔を近づけ、キスしようとしたが顔をそらされ、頬に唇が当たる。
「キャッ」
気を取り直して抱き上げる。
ベッドにどろしーちゃんを下ろして覆いかぶさった。
しかし彼女は嫌がるでも喜ぶでもなく、無表情で僕を見上げる。
「どろしー……ちゃん?」
「あんたはそれでいいの?」
「………どういう意味でしょうか」
「今までお膳立てして、初めての夜がこんなグダグダで」
「…………………」
冷静な視線と容赦ない言葉が僕を貫いた。
身体を起こし、ベッドの縁に座って顔を覆う。
「ズルイですどろしーちゃん」
僕にどう言ったらダメージを受けるかを知っている。
彼女を傷つけたくはない。
どろしーちゃんを抱きたいのは事実だけど、ふたりの記念の日がこんなひどい思い出にはしたくなかった。
「ごめんなさい」
情けなくて涙が出てきた。
「ごめんなさい、どろしーちゃん」
「どうしてあんたが泣くのよ」
「だってせっかくのデートなのに、こんなことになってしまって。情けなくてカッコ悪くて」
本当に情けなくて、涙しか出てこない。
「なに言ってんの!」
バシッと背中を叩かれる。
「あんたが情けないのは今に始まったことじゃないでしょ」
その優しさに涙が止まりそうにない。
「……本当に僕は情けない男です」
「まだ酔いが醒めてないのよ」
優しい噓だ。
襲われたかもしれない男にそんなことを言うなんて、お人よしにも程がある。
強引に寝かされ布団をかけられる。
「いいからとっとと寝なさい。起きたら忘れてあげるわ」
母親が居たらこんな感じだろうかと思える柔らかな瞳で微笑む。
「手を、握ってくれますか?」
「……仕方がないわね」
どろしーちゃんもベッドに潜ると手を取ってくれた。
こんな風に手をつなぐなんて子供の時以来だった。
「おやすみ、セラヴィー」
「おやすみなさい、どろしーちゃん」
***
夢を見た。
思い出の野原。
花が咲いている中、僕とどろしーちゃんが手をつないで歩いている。
そして後ろをついてくるドリス。
小さなどろしーちゃん。
でもその頭は金髪でもくるくるでもなくて。
『だいすきよセラヴィー』
そう言って、笑う。
幸せな、幸せな夢だった。
***
目が覚めると目の前にどろしーちゃんの顔があった。
朝の光に照らされて穏やかに眠る彼女を見つめる。
キレイだ。
最近は怒った顔以外もたくさん見せてくれる。僕が悪口を控えるようになったからだけど、好意を伝えても不機嫌にさせてしまうのは何故だろう。
「うう……ん」
身体が動いて布団が持ち上がると、はだけたガウンから胸がほとんど見えそうになっている。
こんな状態で襲うなと言う方が無理な気がするけど、昨日の借りがあるのでそっと布団をかける。
飽きずにずっと見つめていると、その瞳がうっすらと開く。
「おはようございます、どろしーちゃん」
「……おはよう」
ぼんやりと僕を見てゆっくり辺りを見回した後、ガバッと起き上がる。
「見えますよ」
自分の胸元を指して指摘すると、真っ赤になってはだけていた前を合わせる。残念ながら肝心な部分は見えなかったけど。
「もうこんな時間!」
どろしーちゃんは慌ててベッドから降りる。
「子供たちの朝ごはんなら昨日のカレーがあるはずなので大丈夫ですよ。ルームサービスで何か取ってゆっくり食べてから帰りましょう」
「朝帰りなんてバレたらどうするのよ!」
ふふっ、と笑みが漏れる。
「何言ってるんですか、僕たちはホテルで、同じベッドで一夜を明かした仲じゃないですか」
「い~~やああ~~」
本気で嫌がっている。わかっていてもちょっと傷つく。
「それもひとつになって」
くやしいのでワザと付け足した。
「手を! 握っただけでしょ!」
「素肌を合わせて寝たことは紛れもない事実ですから」
「あんた! 誰かにそんなこと言ったら殺すわよ!」
「わかりました。二人きりの秘密ですね」
どろしーちゃんはがっくりとうなだれた。
これ以上言うと本気で怒られるから意地悪はこの辺にしておこう。
「仕方がないですねえ」
ベッドの上で優雅に朝食、という気はなさそうなので昨日クリーニングに出した服を持ってきてもらう。昨日の今日でもう完璧に出来ていた。さすが魔法国ホテル。
「子供たちはまだ起きてないでしょうし、間に合いますよ」
エレベーターの中でもイライラと階数を見つめている。そこまで急がなくてもいいのに。
「今回のお詫びにまた誘ってもいいでしょうか」
眉を寄せてこちらを見上げる。
「来月からメニューが変わるんですよ」
そんなことでなびくでも?という顔をしている。さすがに今の今では厳しいかもしれない。
「じゃあスイーツビュッフェはどうでしょう。イチゴづくしのフェアだそうですよ」
ピクッと反応する。
「日中ですからお酒はナシで」
どろしーちゃんは腕を組んで考え込む。
「……部屋に連れ込まなければ考えてやってもいいわ」
チョロい、チョロすぎて心配になる。
「連れ込んだのはどろしーちゃんじゃないですか」
「っ! あんたねえ!」
「冗談ですよ。どろしーちゃんが本気で嫌がることはしません」
「……いつも本気で嫌がってるんだけど?」
「そうですか? 楽しんでると思ってましたが。……痛い痛い!」
手を本気でつねられた。
フーフーと息を吹きかけてどろしーちゃんを見ると、ぷいっと横を向いてしまった。ちょっとヘソを曲げただけで本気で怒っているわけではないのはわかっている。
大丈夫、次がある。
そしてまたいつか夜のデートを。完璧な初めての夜を……!
ひとり心に誓った。
<おまけ>
帰ってこない二人が気になってポピィはひとり、一睡もせず外をうかがっていた。
二人は早朝にコソコソ帰って来た。
普段は思考を読まないようにしているが、今日ばかりはそうもいかない。
(次、次こそはなんとしてもどろしーちゃんを射止めなければ)
そう決意して自分の家に帰っていくセラヴィーの背中を見送り、何もなかったようだ、と安心して眠りについた。
***
「おおー! 朝からカラアゲ山盛りなのだ!」
「昨日はちゃんとお留守番してくれたようですからね」
たっぷり用意したはずのカレーは昨日のうちに食べつくされていた。食欲の権化である狼男を野放しにしてはいけない、とため息をつく。
「カラアゲ! カラアゲ!」
リーヤがフンフンと鼻を嗅ぎ頭をひねる。
「……? セラヴィーとどろしーから同じ匂いが……」
「あっごめん犬!」
「フギャ!」
どろしーが手にしたレモンがリーヤの顔面を襲う。
「ごめんごめん、手が滑ったわ」
おしぼりでリーヤを拭きながら謝る。
「ヒドイのだどろしー! 鼻がバカになったのだ!」
「頭に加えて鼻までバカになったらいいところ1つもないな」
「しいねちゃんヒドイ!」
「そうよ! 頭と鼻がバカでもかわいさでお釣りがくるもの!」
「……チャチャもフォローになってないのだ」
話題がそれてどろしーは胸をなで下ろす。
(危ない危ない、セラヴィーと同じお風呂に入ったなんてバレたら大変だったわ)
どろしーの思考をつい読んでしまったポピィは、その後しばらく悶々とした日々を過ごすのだった。