アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
「それじゃあ望月ちゃんによろしく。また二人で遊びに来てもいいわよ〜」
「……そうですね。機会があれば、また」
当たり障りのない返事を返して、俺は店から出た。
店主はこれから開店の準備をするそうで……きっと、常連と一緒に望月が来るのを待つのだろう。
俺は何事もなかったかのように歩く。
まばらな人混みの中を進んで、進んで、……そして、充分店から離れたと感じた俺は、ふらふらと壁にもたれかかった。
「……言え、言えるわけが、ないだろうが……」
苦しい。呼吸さえもできなくなるほどに。
いっそのこと、あの場で吐き出してしまえればよかった。
そして軽蔑なり、罵倒なりされてしまえば……楽になれたはずだ。
けれど俺はできなかった。
そうされることが怖かったから。
楽になれるのに、それが嫌だと感じるなんて──情けないにも程がある。
「……ちくしょう……」
全身を虚脱感が覆っている。
骨が鉛にでもなったかのようだった。
「……ああ……」
どうすればいいのだろう、と己に問いかけるも、当然答えは出てこない。
当たり前だ。こんなこと、今の今まで一度もなかったから。生まれてからずっと、親父の死にすら揺らがなかったモノが、この数日で大きく崩れかけている。
それに疲弊する心がある。肉体はいささかも応えていないのに……貧弱な心だけが、軋んでいた。
多分それは、俺が人と関わりを持とうとしなかったせいなのだろう。
与えられたモノを享受するばかりで……ああ、もう、何もかもダメだ。
「……帰るか」
これ以上ここにいたところで……彼女の足跡を追ったところで、苦しくなるだけだ。
家に帰ろう。何も考えず。何もかも捨てて、今までと同じように……何も抱えずに生きればいい。
必要なことを、必要なだけこなすだけの日々に、戻ればいい。
結局、望月との日々は余分だったのだ。
……それがどれほど輝いていても、俺が触れられるモノではなかった。
身体を壁から引き剥がす。
相変わらず足元はふらふらのまま、俺は家路に身を翻そうとして────
────ふと。
視界の端に、少女が駆けていくのが見えた気がした。
すれ違う、刹那のうちに、見覚えのある金糸がきらめいて。
「────…………」
どうせ見間違いだ、と冷めた己が言う。
無駄な期待はするな、と錆びた己が言う。
けれど、それでも……いささかの翳りもない身体だけは、咄嗟にその後を追った。
/
少女の姿を追う。
少女は金糸の髪をしていた。少女は覚えのある制服を着ていた。
それ以外はあやふやで、少女が走っているか、歩いているかも不明瞭。
あまりにも馬鹿げた夏の陽炎──だというのに、俺の足は止まらない。まるで確信を得たかのように。
あるいは……たとえ陽炎でも、二度も彼女の姿を手放したくないのか。
わからない。自分のことだというのに、まるきり理解できなくなっていた。
無意味な問答をしている間に、灰色の世界は流れていく。
俺は追う。彼女は路地を曲がった。
俺は走る。走って、走って、とにかく走った。
視界がじんわりとぼやける。
それが汗だと気付く頃には、とうに流れて消えていた。
熱い。身体に熱が溜まっている。排熱しなければ──どうやって? ああ、息を吐けばいいのか。
「っは、は、はぁっ……!」
思いの外息が乱れていることに驚く。この程度の短距離走で根を上げるほど、柔な鍛え方はしていないのに。
そんな感情も置き去りにして走り続ける。息継ぎを思い出したことで、まだしばらくは走れそうだ。
「待て……」
そうして走って、走って、走り続けて。
「待ってくれ……!」
追って、追って、追い続けて。
「まだ、話したいことが、たくさんあるんだ……!!」
届かぬ少女に手を伸ばす。
────そこで少女の陽炎が止まった。
俺の足も、自然に止まる。
ようやく辺りを見回す余裕を取り戻して……俺は気付いた。
「こ、こは……」
剣ヶ丘展望台。
昨日、望月と訪れたばかりの、俺にとって唯一の思い出が残る場所。
夜に訪れた時とは違い、昼間のそこに不気味さはない。周辺住民の憩いの場、────の、はずだが。
音がない──人の影も形もない。
静寂に包まれている。
明るく、太陽すらも見えているのに、それを拒絶するような異様な白さが、広場に満ちていた。
夜闇の
「………………」
その中心で。
俺が追い続けた少女は、立っていた。
陽炎のように覚束ないように見えた足取りも、今は明確に地を踏み締めていて……ああ、見間違えるはずがない。
その鮮烈な色を、忘れるものか。
「……望月?」
異様な空気に包まれた世界で、俺の声だけがぽつりと響く。
どこか縋るような、情けない声を背に────少女は、こちらに振り向いた。
「ッ」
その瞳はぼやけていた。
その瞳に色はなかった。
昨日、その瞳を見て、その瞳に見つめられたからわかる。彼女の碧眼は、もっとずっと生気に溢れていた。
自らの境遇を儚みながらも、そのせいで全てを諦めたくない──そんな意思が感じられたはずの瞳には、今や何も映っていない。
肌も白い。彼女の肌は元より白いが、それでも常軌を逸している。
まるで、蝋燭か何かのようで……数年前に見た親父の死体と、その姿が重なった。
ああ、認めたくはない。
認めたくはない、のに──俺の冷えた部分が、すっと、『彼女の死』を断定した。
……ならば、今動いてる
俺の一瞬の困惑を感じ取ったように、少女の青褪めた唇が開いた。
「……………………『宿命』」
「……なに?」
望月の声──では、ない。こんな無機質な声ではない。
外から強引に喉を震わせているような……声とも呼べぬひび割れた音。
「『これは』『返却』『嘗ての』『報恩』『そして』『
不細工に喉を震わせながら、少女は、さらりと。
刹那、ぞっとするほどの怖気が全身に走る。
なんだ、今のは。
なんだ、
真剣の一本か二本は蔵の整理で見たことがある。親父から引き継ぎ、時折手入れをしたことがある。
だが、それと比べても、あれは……あの刀は、おかしい。
血が、肉が、呪いが隅々にまで染み付いているような。
刀である以上それらと縁遠くいられないのは当然だ。だがその密度が、濃度がおかしい。
どれだけの人を斬ればああなる?
それが清められることもなく、どれだけの年月を経ればああなる……?
そして、何故、何故俺は──……
「……っ」
咄嗟に足を引いた俺を前に、望月は、望月の死体はささやいた。
「『示せ』」
「『お前が後継足り得るか』」
「『この肉を以て』『確かめよう』」
──一拍。
ゆらり、と影のように揺れた望月が、刀を振り翳した。