アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第十話 月を望む②/死穢に触れる

「それじゃあ望月ちゃんによろしく。また二人で遊びに来てもいいわよ〜」

 

「……そうですね。機会があれば、また」

 

 当たり障りのない返事を返して、俺は店から出た。

 店主はこれから開店の準備をするそうで……きっと、常連と一緒に望月が来るのを待つのだろう。

 

 俺は何事もなかったかのように歩く。

 まばらな人混みの中を進んで、進んで、……そして、充分店から離れたと感じた俺は、ふらふらと壁にもたれかかった。

 

「……言え、言えるわけが、ないだろうが……」

 

 苦しい。呼吸さえもできなくなるほどに。

 いっそのこと、あの場で吐き出してしまえればよかった。

 そして軽蔑なり、罵倒なりされてしまえば……楽になれたはずだ。

 

 けれど俺はできなかった。

 そうされることが怖かったから。

 楽になれるのに、それが嫌だと感じるなんて──情けないにも程がある。

 

「……ちくしょう……」

 

 全身を虚脱感が覆っている。

 骨が鉛にでもなったかのようだった。

 

「……ああ……」

 

 どうすればいいのだろう、と己に問いかけるも、当然答えは出てこない。

 

 当たり前だ。こんなこと、今の今まで一度もなかったから。生まれてからずっと、親父の死にすら揺らがなかったモノが、この数日で大きく崩れかけている。

 それに疲弊する心がある。肉体はいささかも応えていないのに……貧弱な心だけが、軋んでいた。

 

 多分それは、俺が人と関わりを持とうとしなかったせいなのだろう。

 与えられたモノを享受するばかりで……ああ、もう、何もかもダメだ。

 

「……帰るか」

 

 これ以上ここにいたところで……彼女の足跡を追ったところで、苦しくなるだけだ。

 家に帰ろう。何も考えず。何もかも捨てて、今までと同じように……何も抱えずに生きればいい。

 必要なことを、必要なだけこなすだけの日々に、戻ればいい。

 

 結局、望月との日々は余分だったのだ。

 ……それがどれほど輝いていても、俺が触れられるモノではなかった。

 

 身体を壁から引き剥がす。

 相変わらず足元はふらふらのまま、俺は家路に身を翻そうとして────

 

 

 

 ────ふと。

 視界の端に、少女が駆けていくのが見えた気がした。

 すれ違う、刹那のうちに、見覚えのある金糸がきらめいて。

 

 

「────…………」

 

 どうせ見間違いだ、と冷めた己が言う。

 無駄な期待はするな、と錆びた己が言う。

 けれど、それでも……いささかの翳りもない身体だけは、咄嗟にその後を追った。

 

 

 

 /

 

 

 

 少女の姿を追う。

 少女は金糸の髪をしていた。少女は覚えのある制服を着ていた。

 それ以外はあやふやで、少女が走っているか、歩いているかも不明瞭。

 あまりにも馬鹿げた夏の陽炎──だというのに、俺の足は止まらない。まるで確信を得たかのように。

 

 あるいは……たとえ陽炎でも、二度も彼女の姿を手放したくないのか。

 わからない。自分のことだというのに、まるきり理解できなくなっていた。

 

 無意味な問答をしている間に、灰色の世界は流れていく。

 俺は追う。彼女は路地を曲がった。

 俺は走る。走って、走って、とにかく走った。

 

 視界がじんわりとぼやける。

 それが汗だと気付く頃には、とうに流れて消えていた。

 熱い。身体に熱が溜まっている。排熱しなければ──どうやって? ああ、息を吐けばいいのか。

 

「っは、は、はぁっ……!」

 

 思いの外息が乱れていることに驚く。この程度の短距離走で根を上げるほど、柔な鍛え方はしていないのに。

 そんな感情も置き去りにして走り続ける。息継ぎを思い出したことで、まだしばらくは走れそうだ。

 

「待て……」

 

 そうして走って、走って、走り続けて。

 

「待ってくれ……!」

 

 追って、追って、追い続けて。

 

「まだ、話したいことが、たくさんあるんだ……!!」

 

 届かぬ少女に手を伸ばす。

 

 ────そこで少女の陽炎が止まった。

 俺の足も、自然に止まる。

 ようやく辺りを見回す余裕を取り戻して……俺は気付いた。

 

「こ、こは……」

 

 剣ヶ丘展望台。

 昨日、望月と訪れたばかりの、俺にとって唯一の思い出が残る場所。

 夜に訪れた時とは違い、昼間のそこに不気味さはない。周辺住民の憩いの場、────の、はずだが。

 

 

 音がない──人の影も形もない。

 静寂に包まれている。

 明るく、太陽すらも見えているのに、それを拒絶するような異様な白さが、広場に満ちていた。

 夜闇の(さむ)さではない。たとえるならば──誰も踏み入ったことがない雪原のような、そんな肌寒(しろ)さ。

 

「………………」

 

 その中心で。

 俺が追い続けた少女は、立っていた。

 陽炎のように覚束ないように見えた足取りも、今は明確に地を踏み締めていて……ああ、見間違えるはずがない。

 その鮮烈な色を、忘れるものか。

 

 

「……望月?」

 

 

 異様な空気に包まれた世界で、俺の声だけがぽつりと響く。

 どこか縋るような、情けない声を背に────少女は、こちらに振り向いた。

 

「ッ」

 

 その瞳はぼやけていた。

 その瞳に色はなかった。

 昨日、その瞳を見て、その瞳に見つめられたからわかる。彼女の碧眼は、もっとずっと生気に溢れていた。

 自らの境遇を儚みながらも、そのせいで全てを諦めたくない──そんな意思が感じられたはずの瞳には、今や何も映っていない。

 

 肌も白い。彼女の肌は元より白いが、それでも常軌を逸している。

 まるで、蝋燭か何かのようで……数年前に見た親父の死体と、その姿が重なった。

 

 ああ、認めたくはない。

 認めたくはない、のに──俺の冷えた部分が、すっと、『彼女の死』を断定した。

 

 ……ならば、今動いてる()()は、()だ?

 

 俺の一瞬の困惑を感じ取ったように、少女の青褪めた唇が開いた。

 

 

「……………………『宿命』」

 

 

「……なに?」

 

 

 望月の声──では、ない。こんな無機質な声ではない。

 外から強引に喉を震わせているような……声とも呼べぬひび割れた音。

 

 

「『これは』『返却』『嘗ての』『報恩』『そして』『宿()()』」

 

 

 不細工に喉を震わせながら、少女は、さらりと。

 ()()()()()()()()()()

 刹那、ぞっとするほどの怖気が全身に走る。

 

 なんだ、今のは。

 なんだ、()()は。

 

 真剣の一本か二本は蔵の整理で見たことがある。親父から引き継ぎ、時折手入れをしたことがある。

 だが、それと比べても、あれは……あの刀は、おかしい。

 

 血が、肉が、呪いが隅々にまで染み付いているような。

 刀である以上それらと縁遠くいられないのは当然だ。だがその密度が、濃度がおかしい。

 どれだけの人を斬ればああなる?

 それが清められることもなく、どれだけの年月を経ればああなる……?

 

 

 そして、何故、何故俺は──……()()()()()()()()()()()()()()……!?

 

 

「……っ」

 

 

 咄嗟に足を引いた俺を前に、望月は、望月の死体はささやいた。

 

 

 

「『示せ』」

 

「『お前が後継足り得るか』」

 

「『この肉を以て』『確かめよう』」

 

 

 

 ──一拍。

 ゆらり、と影のように揺れた望月が、刀を振り翳した。

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