アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第十一話 桐原景雪、死に臨む

 天に振り上げられた刀。

 太陽を背に、されどその刃は光を撥ねない。

 それほどまでに濃密な、陽をさえぎる死の気配を纏っていた。

 

 ……人がいないのも当然だ。その気配をうっすらとでも感じたなら、無意識にでも近づこうとはしないだろう。

 

「………………」

 

 望月が────望月の形をした肉人形が、俺を見つめている。

 彼女は武術の類は学んでいない。それは明白だ。ならばあの構えは、おそらく、彼女を介した何かの動き……。

 

「……………………」

 

 ああ、ならば。

 ならば、それはなんて────

 

 

 立ち尽くす俺を前に、望月が刀を握りしめる。

 虚ろな顔で、意思など感じさせない瞳で……けれどその肢体だけが歪に駆動し、俺に向けて刀を振り下ろした。

 

 

「…………………………」

 

 

 俺はその軌道をぼんやりと見ていた。

 レンズ越しに、鈍い刃が迫っている。斬られれば当然死ぬだろう。俺の肩から腹までを切り裂いて──臓物が溢れ落ち──血を垂れ流して──────────死ぬのだろう。親父のように。

 

 そのとき、ふと風が吹いた。

 ひとひらの風。視界の端が揺れる。

 たったそれだけ。それだけの風が、そっと────彼女の着崩したネクタイを揺らした。

 

 

 

 ────────カン

 

 

 

 軽い音が響いた。

 振り下ろした刀が、アスファルトを打つ音だった。

 

 

「………………なあ」

 

 

 俺は、()()()()()()()()()()()()問いかける。

 振り下ろした刀は、薄皮一枚隔てただけの距離で地面にめり込んでいる。危機一髪、間一髪、急死に一生……なんて、並べるのは簡単だ。

 

 

 しかし、逆に言えば──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と言える。

 

 

「『……』」

 

「お前はさっき、『この肉で確かめる』と言ったな」

 

 茫洋と(から)を見る瞳を見つめ返し──俺は、彼女の胸元で揺れるネクタイを掴み上げた。

 

「なら──()()()()()()()()()()()()?」

 

 掴み上げたネクタイの裏には、何もなかった。

 否、正確には、何かで一息に貫かれた傷痕だけがある。ただその先にあるべきものがない。

 血が滲むそれが何かなんて、明白だ。

 

望月は、心臓を貫かれて殺されたのだ

 

「『……』」

 

「答えろよ」

 

「『……く』」

 

 望月の口角が歪む。

 ぎちり、と頬の筋肉が不気味に持ち上がり、明白に俺を嘲笑った。

 

「『今代は』『随分』『()()()()()()()』『気にするな?』」

 

「………………」

 

 理解した。理解させられた、と言ってもいい。

 望月を殺したのは此奴(こいつ)

 

 そしてその原因になったのは、俺だ。

 その理由までは知らないが、俺を試すために、こいつは望月を殺したのだ。

 

「……………………そうか」

 

 万感の色を込めて、息を吐く。

 不思議なことに、先ほどまで身体を包んでいた虚脱感はさっぱり消え去っていた。

 その代わり湧き上がるのは────黒々とした、底冷えするような濁った熱。

 

「お前が何のために現れたのか……お前が俺に何をしたいのかは、どうでもいい」

 

「『……ほう?』」

 

 かちゃり、と眼鏡を取る。

 銀縁の、親父に買ってもらった質素な眼鏡。何の視力も補強しない、ただそこにあるだけのレンズを取り去り、俺は懐に仕舞った。

 

「俺が言いたいことは、一つだけだ」

 

 ──それは合図、あるいはスイッチの切り替え。

 望月に言われたとき、俺が外さなかったのは……これを外すことが、俺たち親子の間では格別の意味を示すから。

 そのように躾けられたから、俺は普段この眼鏡を付けたままでいた。

 

 過去形だ。

 

 

「────お前も同じように殺される覚悟は、あるんだろうな?」

 

 

「『…………く、は』」

 

 俺の問いに、誰かが笑う。

 それが肯定を示すものであることは明白、ならば。

 

 それが笑った瞬間に、俺は拳を望月の鳩尾に叩き込んだ。

 

 

 

 /

 

 

 

「『──!?』」

 

 まともに俺の拳を喰らった望月が後ずさる。

 が、その表情に驚きはあっても苦悶はない。死体を繰っているからか? だがどうでもいい、それが効かないなら別の手を握るまで。

 

 望月の衝撃が抜ける前に、俺はありったけの力で足の甲を踏み砕く。

 そして残った拳で望月の頬を撃ち抜いた。

 

「『ぐっ──!?』」

 

「黙れ」

 

 打ちのめす刹那に初手の右拳を引き戻す。

 この死体を繰る存在が誰なのかもわからない以上、手加減などする必要はない。まして相手は真剣を持っている、躊躇うのは後でいい。()()()

 

「お前がどこの誰かなんてどうでもいい」

 

 最短、最速、最高効率。

 抵抗の意思を見せたならその意思を挫く。やぶれかぶれに手を出すならその骨を砕く。退く暇を与えぬ為に脚を潰す。

 やることは変わらない。それが誰であっても──望月の姿をしていても。

 

「せいぜい好きに試してみろよ。俺は俺で勝手にやるぞ」

 

 殴る。殴る。殴る。殴──退く。

 咄嗟の判断。眼前を鈍色の刀が通りすぎ、遅れて望月が大きく後ろに飛び退いた。

 

 体操選手もかくやという跳躍を経て、トン、と軽やかに着地する。

 踏み砕いたと思ったが……妙に堅いな。死体だからか。

 

「『くっ……は、容赦が、ないな!』」

 

「する必要があるか?」

 

「『それも道理』『よな!』」

 

 顔面に気味の悪い喜悦を浮かべて、ぶん、と刀を振るう。

 何気ない動き、だからこそ見てわかる。あれは極限まで無駄を省いた一刀だ。おそらく隙を見せれば刹那のうちに首を取られるはず。

 

 ……当たり前だが、望月がこんなことをできるはずがない。

 そして顔面をひたすら殴られる中で、刀を振り抜くなど尋常の人間には不可能だ。少なくとも俺が知る中では────俺にしかできまい。

 

「……は」

 

 わずかに熱を持った息を吐く。

 排熱し、空気を取り込み骨の髄に至るまで酸素を巡らせる。使い切る時は一瞬、なればこそ補給もまた一拍のうちに。

 

 そうして拳を構えた俺を見て、先ほどよりも幾らか自然に望月が笑った。

 

「『く』『まさか拳で』『躊躇いもなく撃ち抜くとは』」

 

「…………」

 

「『だが』『好きにやる』『か』『……それは良い言葉だ』」

 

 望月は腰に吊り下げていた刀を鞘ごと引き抜き、こちらへ投げる。

 罠? いや、どうにも違う……それにこれは、真剣?

 

「……何のつもりだ」

 

「『お前が好きにやるように』『こちらも試させてもらうだけだ』『──使うかどうかは』『好きにしろ』」

 

 ただし拾わずとも遠慮はしない、と言外に伝えているのは明白。

 一瞬、望月と刀を交互に見る。意識は望月から外さないまま……俺は地面の刀を握り、鞘から引き抜いた。

 

 手に馴染む重さだった。

 いや……違う。馴染む、ではなく、俺はこの重さを知っている。

 

「…………」

 

 脳裏に浮かびかけた答えを切り捨てる。今はどうでもいいことだ。

 問題なのは、俺がこの刀に馴染みがあること。それだけで今は充分だ。

 

「『さあ』」

 

 望月の姿をした何者かが、俺を手招いている。

 それが悪魔の誘いであることは承知の上で、俺は刀を下段に構えた。

 足に沿うほどに近く、ともすれば少し押し込むだけで切れてしまいそうなほどに──脱力し、俺は息を吸った。

 

 ……真剣を握るのは、久しぶりだ。

 親父が存命の頃に一度だけ……それだけでいい。それだけで俺には充分すぎる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──」

 

 言葉はいらない。

 意識が濁る。殺意が澱む。それを吐き出す意味はない。

 刃を黒く研ぎ澄ませ。刀を握るとはそういうことだ。

 

 空気が冷える。

 張り詰めた神経を、ピンと弾くように──俺は大きく地を蹴った。

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