アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
天に振り上げられた刀。
太陽を背に、されどその刃は光を撥ねない。
それほどまでに濃密な、陽をさえぎる死の気配を纏っていた。
……人がいないのも当然だ。その気配をうっすらとでも感じたなら、無意識にでも近づこうとはしないだろう。
「………………」
望月が────望月の形をした肉人形が、俺を見つめている。
彼女は武術の類は学んでいない。それは明白だ。ならばあの構えは、おそらく、彼女を介した何かの動き……。
「……………………」
ああ、ならば。
ならば、それはなんて────
立ち尽くす俺を前に、望月が刀を握りしめる。
虚ろな顔で、意思など感じさせない瞳で……けれどその肢体だけが歪に駆動し、俺に向けて刀を振り下ろした。
「…………………………」
俺はその軌道をぼんやりと見ていた。
レンズ越しに、鈍い刃が迫っている。斬られれば当然死ぬだろう。俺の肩から腹までを切り裂いて──臓物が溢れ落ち──血を垂れ流して──────────死ぬのだろう。親父のように。
そのとき、ふと風が吹いた。
ひとひらの風。視界の端が揺れる。
たったそれだけ。それだけの風が、そっと────彼女の着崩したネクタイを揺らした。
────────カン
軽い音が響いた。
振り下ろした刀が、アスファルトを打つ音だった。
「………………なあ」
俺は、
振り下ろした刀は、薄皮一枚隔てただけの距離で地面にめり込んでいる。危機一髪、間一髪、急死に一生……なんて、並べるのは簡単だ。
しかし、逆に言えば──
「『……』」
「お前はさっき、『この肉で確かめる』と言ったな」
茫洋と
「なら──
掴み上げたネクタイの裏には、何もなかった。
否、正確には、何かで一息に貫かれた傷痕だけがある。ただその先にあるべきものがない。
血が滲むそれが何かなんて、明白だ。
望月は、心臓を貫かれて殺されたのだ。
「『……』」
「答えろよ」
「『……く』」
望月の口角が歪む。
ぎちり、と頬の筋肉が不気味に持ち上がり、明白に俺を嘲笑った。
「『今代は』『随分』『
「………………」
理解した。理解させられた、と言ってもいい。
望月を殺したのは
そしてその原因になったのは、俺だ。
その理由までは知らないが、俺を試すために、こいつは望月を殺したのだ。
「……………………そうか」
万感の色を込めて、息を吐く。
不思議なことに、先ほどまで身体を包んでいた虚脱感はさっぱり消え去っていた。
その代わり湧き上がるのは────黒々とした、底冷えするような濁った熱。
「お前が何のために現れたのか……お前が俺に何をしたいのかは、どうでもいい」
「『……ほう?』」
かちゃり、と眼鏡を取る。
銀縁の、親父に買ってもらった質素な眼鏡。何の視力も補強しない、ただそこにあるだけのレンズを取り去り、俺は懐に仕舞った。
「俺が言いたいことは、一つだけだ」
──それは合図、あるいはスイッチの切り替え。
望月に言われたとき、俺が外さなかったのは……これを外すことが、俺たち親子の間では格別の意味を示すから。
そのように躾けられたから、俺は普段この眼鏡を付けたままでいた。
過去形だ。
「────お前も同じように殺される覚悟は、あるんだろうな?」
「『…………く、は』」
俺の問いに、誰かが笑う。
それが肯定を示すものであることは明白、ならば。
それが笑った瞬間に、俺は拳を望月の鳩尾に叩き込んだ。
/
「『──!?』」
まともに俺の拳を喰らった望月が後ずさる。
が、その表情に驚きはあっても苦悶はない。死体を繰っているからか? だがどうでもいい、それが効かないなら別の手を握るまで。
望月の衝撃が抜ける前に、俺はありったけの力で足の甲を踏み砕く。
そして残った拳で望月の頬を撃ち抜いた。
「『ぐっ──!?』」
「黙れ」
打ちのめす刹那に初手の右拳を引き戻す。
この死体を繰る存在が誰なのかもわからない以上、手加減などする必要はない。まして相手は真剣を持っている、躊躇うのは後でいい。
「お前がどこの誰かなんてどうでもいい」
最短、最速、最高効率。
抵抗の意思を見せたならその意思を挫く。やぶれかぶれに手を出すならその骨を砕く。退く暇を与えぬ為に脚を潰す。
やることは変わらない。それが誰であっても──望月の姿をしていても。
「せいぜい好きに試してみろよ。俺は俺で勝手にやるぞ」
殴る。殴る。殴る。殴──退く。
咄嗟の判断。眼前を鈍色の刀が通りすぎ、遅れて望月が大きく後ろに飛び退いた。
体操選手もかくやという跳躍を経て、トン、と軽やかに着地する。
踏み砕いたと思ったが……妙に堅いな。死体だからか。
「『くっ……は、容赦が、ないな!』」
「する必要があるか?」
「『それも道理』『よな!』」
顔面に気味の悪い喜悦を浮かべて、ぶん、と刀を振るう。
何気ない動き、だからこそ見てわかる。あれは極限まで無駄を省いた一刀だ。おそらく隙を見せれば刹那のうちに首を取られるはず。
……当たり前だが、望月がこんなことをできるはずがない。
そして顔面をひたすら殴られる中で、刀を振り抜くなど尋常の人間には不可能だ。少なくとも俺が知る中では────俺にしかできまい。
「……は」
わずかに熱を持った息を吐く。
排熱し、空気を取り込み骨の髄に至るまで酸素を巡らせる。使い切る時は一瞬、なればこそ補給もまた一拍のうちに。
そうして拳を構えた俺を見て、先ほどよりも幾らか自然に望月が笑った。
「『く』『まさか拳で』『躊躇いもなく撃ち抜くとは』」
「…………」
「『だが』『好きにやる』『か』『……それは良い言葉だ』」
望月は腰に吊り下げていた刀を鞘ごと引き抜き、こちらへ投げる。
罠? いや、どうにも違う……それにこれは、真剣?
「……何のつもりだ」
「『お前が好きにやるように』『こちらも試させてもらうだけだ』『──使うかどうかは』『好きにしろ』」
ただし拾わずとも遠慮はしない、と言外に伝えているのは明白。
一瞬、望月と刀を交互に見る。意識は望月から外さないまま……俺は地面の刀を握り、鞘から引き抜いた。
手に馴染む重さだった。
いや……違う。馴染む、ではなく、俺はこの重さを知っている。
「…………」
脳裏に浮かびかけた答えを切り捨てる。今はどうでもいいことだ。
問題なのは、俺がこの刀に馴染みがあること。それだけで今は充分だ。
「『さあ』」
望月の姿をした何者かが、俺を手招いている。
それが悪魔の誘いであることは承知の上で、俺は刀を下段に構えた。
足に沿うほどに近く、ともすれば少し押し込むだけで切れてしまいそうなほどに──脱力し、俺は息を吸った。
……真剣を握るのは、久しぶりだ。
親父が存命の頃に一度だけ……それだけでいい。それだけで俺には充分すぎる。
「──」
言葉はいらない。
意識が濁る。殺意が澱む。それを吐き出す意味はない。
刃を黒く研ぎ澄ませ。刀を握るとはそういうことだ。
空気が冷える。
張り詰めた神経を、ピンと弾くように──俺は大きく地を蹴った。