アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
裂帛の勢いで迫る景雪を前に、望月の肉を借りた者は笑っていた。
凄まじい。期待以上。異常。異質。彼を形容する言葉の何もかもが陳腐に思える。
それほどまでに景雪の姿は凛然としていた。生来恵まれた容姿が鋭く光っていた。まるでこの時を待ち侘びていたかのように。
「『く』『ハッ!』」
「ッ!!」
景雪が持つ真剣と、望月が握る昏い刃が衝突する。
互角の競り合い。だがそれは景雪と望月を体格差を考えれば異常だった。望月の華奢な身体では、景雪の袈裟斬りを防げるはずもないのに。
──何かカラクリがある、と景雪が直感すると同時に、望月は強引に景雪を弾き飛ばした。
先ほどの焼き直し。景雪が望月を殴って退かせたように、望月もまた力を以て景雪を退かせる。
彼我の距離は数メートル。
だが優れた剣の担い手にとって、それは一息で踏み抜ける距離に過ぎない。
必然、睨み合う。ひとときの余白の中で、望月はクツクツと声を漏らした。
「『ふ、ふふふ……』」
「…………」
「『なんとも』『素晴らしき哉』」
望月の誉め言葉らしき独り言を聴いても、景雪は眉ひとつ動かさない。まるで凍てついたかのようだった。
けれど望月はそれを気にせず、指で景雪が立つ地面を指差した。
「『見よ』」
望月が指差す地面は、大きく抉れていた。
展望台の地面は誰もが歩きやすいように整備され、それなりに硬く整えられている。それが無惨にも捲れている────理由は明白である。
「『なんという』『膂力』『地を蹴る勢いで』『飛散させるとは』」
景雪が裂帛の意を込めたことで、地面がその力に耐え切れず弾け飛んだのだ。
それがどれほどの力を意味するのか、そしてどれほどの身体捌きを必要とするのか……全て理解しているように、望月は褒め称えた。
「『そして見よ』『この腕を』」
ぴくり、と景雪の眉が跳ねる。が、望月は気にせず告げた。
「『震えておるわ』『この刹那の打ち合いで』」
刃を打ち合わせた望月の左手は、確かに震えていた。恐怖、緊張といった震えではない……ただ単純な筋肉の疲労による緊急信号である。
ある意味で道理であった。いかに望月が人外の身体捌きと膂力を見せていても、それを行うのは華奢な少女の肉体である。そこには当然、限界がある。
「……そうか。ならさっさと望月の肉体を返せ。もう使えないんだろう?」
「『そう急くな』『いかにこの肉体が貧弱とて』『それしきで宴が終わるなど興醒めよ』」
嘯く間に、望月の手の震えが止まる。
振動するグラスに指を添えたような、不自然な停止。景雪の目が鋭くなり、舌打ちが漏れた。
「
「『──見てわかるのか』」
「知るか」
望月の言葉を切って捨て、景雪は息を吐いた。
一拍。大きく息を吸い、全身に氣を巡らせる。
その動きもまた、常人が身に着けられるものではない。
わずかな時間に大量の酸素を取り込み、より鋭敏に、より大きく動くための呼吸術。
明確な『剣術』の理を見て、望月は言った。
「『──
「…………」
「『お前が修める』『剣術の名だろう?』」
景雪は答えない。眉一つ動かさない。
だがそれが雄弁に、望月の言葉が事実であると告げていた。
「『戦場に在りて』『より早く』『より多く』『
景雪が幼少期より父から仕込まれてきた剣術。
より早く、より多く、最短、最速、最高効率で敵を殺す。影雪の武力とは、すなわちそこに帰結していた。
────こいつは、俺の剣を知っているのか。
景雪の表情は変わらぬままに、つ、と頬に一筋、汗が垂れる。
焦燥、あるいは……気付き。
この、望月を騙る何かは、おそらく──
「『──おそらく、自分以外の、同じ流派を知っているようだ』」
「!」
「『く。感情を表に出したな』」
良き哉、と笑う望月は、先ほどよりも流暢に言葉を続ける。
「『その通り。己は、その術理を修める者を、わずかばかり知っている。──もう気付いているんだろう?』」
「…………」
ぐ、と景雪は柄を握る手に力を籠める。
それが答えだった。
「『お前の父は、良き剣士だったぞ』」
すなわち。
景雪の父を殺した存在は、
「…………そうか」
景雪は言った。
たったそれだけで──柄を握る手が脱力する。
一見、嘆きの余り戦意が萎えたかのような所作に、望月の瞳が鋭くなる。
「それで?」
けれど違う。
景雪は嘆いてなどいない。ただ余分を切り捨てただけ。
嘆きも、怒りも、過剰な力も、すべて不要。有るべきは命脈を断つための最低限。
──ただ、改め覚悟を決めただけ。
その揺らがぬ湖のごとき瞳を冷え切らせて、景雪は言った。
「俺からお前に告げることは何もない。お前を殺した後、父を悼み、望月と別れを告げる。俺がやるべきは、それだけだ」
「『──く』」
望月の表情が歪む。
喜悦に。堪え切れぬ喜びに。身悶えするほどの感嘆に。
あるいは狂気にも似た怖気。常人であれば背筋を凍らせ、喪神してもおかしくはない────────が、影雪が知ったことではない。
「『侮ったことを、謝罪しよう。お前は──』」
望月の声を置き去りに、景雪が踏み込む。
言うべきことはもう言った。ならば後は成すべきを成すだけ。
目前にいる相手のことなど
その踏み込みは疾風のごとく。
彼が修めた道理に従い、最短経路でその首に刃を振るい────
「『おっと』」
防がれた。
首元に“置かれた”鈍色の刃が、致死に至る真剣をこともなげに
景雪よりも迅く──否、景雪の動きを見切って、致死の経路を閉ざしたのだ。
接触の衝撃で望月が握る刃の峰が首元に接触するが、それだけ。
あるいは景雪自身が感じたように、その刃は薄皮一枚切れず……峰を跨いだ首元と刃の間には、無限に思えるほどの隔たりがそびえている。
「『人の話は最後まで聞くものだ』」
「…………」
景雪に驚きはない。
父との鍛錬の際、このようなことは何度もあったから。実際に切ることはなく、大抵が寸止めであったが……術理を緻密に知る者同士であれば、次の動きは自ずと読める。
だからこそ解せない、と景雪の思考が巡る。
わざわざ首を断たずとも、腕を切れば人は死ぬ。あるいは腹、目、額。それが望月の身体であろうと景雪が加減する理由にはならない────故に、相手に身を任せるような防御など博打に過ぎる。
いくら術理を理解していても、そんなことをする意味がない。
ならば完全な確信があるのだ。こうすれば防げるという、確信が────
「『言っただろう。己は、お前と同門をわずかばかり知っていると』」
景雪の思考を読んだように、望月がささやいた。
わずかばかり──────まさか。
「『察したか。そうでなくば興醒めよな』」
望月が刀を滑らせ、飛び退く。景雪もまた腕を引き戻し、腰を引いて身構えた。
再度の仕切り直し。彼我を隔てる世界の先で、望月の姿をした誰かが笑った。
「『だがまだ理解が浅いようだ。遊戯には教養が付きもの、気付いてもらわねば享楽に欠ける』」
そして、望月は刀をだらりと構える。
鏡写しのように。景雪と同じ構えを取って、嗤うのだ。
「『
────刹那、鮮血が舞った。