アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第十二話 桐原景雪、死に臨む②

 裂帛の勢いで迫る景雪を前に、望月の肉を借りた者は笑っていた。

 凄まじい。期待以上。異常。異質。彼を形容する言葉の何もかもが陳腐に思える。

 それほどまでに景雪の姿は凛然としていた。生来恵まれた容姿が鋭く光っていた。まるでこの時を待ち侘びていたかのように。

 

「『く』『ハッ!』」

 

「ッ!!」

 

 景雪が持つ真剣と、望月が握る昏い刃が衝突する。

 互角の競り合い。だがそれは景雪と望月を体格差を考えれば異常だった。望月の華奢な身体では、景雪の袈裟斬りを防げるはずもないのに。

 

 ──何かカラクリがある、と景雪が直感すると同時に、望月は強引に景雪を弾き飛ばした。

 先ほどの焼き直し。景雪が望月を殴って退かせたように、望月もまた力を以て景雪を退かせる。

 

 彼我の距離は数メートル。

 だが優れた剣の担い手にとって、それは一息で踏み抜ける距離に過ぎない。

 必然、睨み合う。ひとときの余白の中で、望月はクツクツと声を漏らした。

 

「『ふ、ふふふ……』」

 

「…………」

 

「『なんとも』『素晴らしき哉』」

 

 望月の誉め言葉らしき独り言を聴いても、景雪は眉ひとつ動かさない。まるで凍てついたかのようだった。

 けれど望月はそれを気にせず、指で景雪が立つ地面を指差した。

 

「『見よ』」

 

 望月が指差す地面は、大きく抉れていた。

 展望台の地面は誰もが歩きやすいように整備され、それなりに硬く整えられている。それが無惨にも捲れている────理由は明白である。

 

「『なんという』『膂力』『地を蹴る勢いで』『飛散させるとは』」

 

 景雪が裂帛の意を込めたことで、地面がその力に耐え切れず弾け飛んだのだ。

 それがどれほどの力を意味するのか、そしてどれほどの身体捌きを必要とするのか……全て理解しているように、望月は褒め称えた。

 

「『そして見よ』『この腕を』」

 

 ぴくり、と景雪の眉が跳ねる。が、望月は気にせず告げた。

 

「『震えておるわ』『この刹那の打ち合いで』」

 

 刃を打ち合わせた望月の左手は、確かに震えていた。恐怖、緊張といった震えではない……ただ単純な筋肉の疲労による緊急信号である。

 ある意味で道理であった。いかに望月が人外の身体捌きと膂力を見せていても、それを行うのは華奢な少女の肉体である。そこには当然、限界がある。

 

「……そうか。ならさっさと望月の肉体を返せ。もう使えないんだろう?」

 

「『そう急くな』『いかにこの肉体が貧弱とて』『それしきで宴が終わるなど興醒めよ』」

 

 嘯く間に、望月の手の震えが止まる。

 振動するグラスに指を添えたような、不自然な停止。景雪の目が鋭くなり、舌打ちが漏れた。

 

()()()()()()()()使()()()()()()()()()()?」

 

「『──見てわかるのか』」

 

「知るか」

 

 望月の言葉を切って捨て、景雪は息を吐いた。

 一拍。大きく息を吸い、全身に氣を巡らせる。

 

 その動きもまた、常人が身に着けられるものではない。

 わずかな時間に大量の酸素を取り込み、より鋭敏に、より大きく動くための呼吸術。

 明確な『剣術』の理を見て、望月は言った。

 

「『──()()()()()』」

 

「…………」

 

「『お前が修める』『剣術の名だろう?』」

 

 景雪は答えない。眉一つ動かさない。

 だがそれが雄弁に、望月の言葉が事実であると告げていた。

 

「『戦場に在りて』『より早く』『より多く』『()()()()()()()()』『……なんともはや』『よくその年で練り上げたものだ』」

 

 景雪が幼少期より父から仕込まれてきた剣術。

 より早く、より多く、最短、最速、最高効率で敵を殺す。影雪の武力とは、すなわちそこに帰結していた。

 

 ────こいつは、俺の剣を知っているのか。

 景雪の表情は変わらぬままに、つ、と頬に一筋、汗が垂れる。

 焦燥、あるいは……気付き。

 

 この、望月を騙る何かは、おそらく──

 

「『──おそらく、自分以外の、同じ流派を知っているようだ』」

 

「!」

 

「『く。感情を表に出したな』」

 

 良き哉、と笑う望月は、先ほどよりも流暢に言葉を続ける。

 

「『その通り。己は、その術理を修める者を、わずかばかり知っている。──もう気付いているんだろう?』」

 

「…………」

 

 ぐ、と景雪は柄を握る手に力を籠める。

 それが答えだった。

 

 

「『お前の父は、良き剣士だったぞ』」

 

 

 すなわち。

 景雪の父を殺した存在は、此奴(こいつ)であると。

 

「…………そうか」

 

 景雪は言った。

 たったそれだけで──柄を握る手が脱力する。

 一見、嘆きの余り戦意が萎えたかのような所作に、望月の瞳が鋭くなる。

 

「それで?」

 

 けれど違う。

 景雪は嘆いてなどいない。ただ余分を切り捨てただけ。

 嘆きも、怒りも、過剰な力も、すべて不要。有るべきは命脈を断つための最低限。

 

 ──ただ、改め覚悟を決めただけ。

 その揺らがぬ湖のごとき瞳を冷え切らせて、景雪は言った。

 

「俺からお前に告げることは何もない。お前を殺した後、父を悼み、望月と別れを告げる。俺がやるべきは、それだけだ」

 

「『──く』」

 

 望月の表情が歪む。

 喜悦に。堪え切れぬ喜びに。身悶えするほどの感嘆に。

 あるいは狂気にも似た怖気。常人であれば背筋を凍らせ、喪神してもおかしくはない────────が、影雪が知ったことではない。

 

 

「『侮ったことを、謝罪しよう。お前は──』」

 

 望月の声を置き去りに、景雪が踏み込む。

 言うべきことはもう言った。ならば後は成すべきを成すだけ。

 目前にいる相手のことなど()()()()()()。やることは変わらない、たとえ相手がその術理を知っていようと()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その踏み込みは疾風のごとく。

 彼が修めた道理に従い、最短経路でその首に刃を振るい────

 

 

「『おっと』」

 

 

 防がれた。

 首元に“置かれた”鈍色の刃が、致死に至る真剣をこともなげに()()()

 景雪よりも迅く──否、景雪の動きを見切って、致死の経路を閉ざしたのだ。

 

 接触の衝撃で望月が握る刃の峰が首元に接触するが、それだけ。

 あるいは景雪自身が感じたように、その刃は薄皮一枚切れず……峰を跨いだ首元と刃の間には、無限に思えるほどの隔たりがそびえている。

 

「『人の話は最後まで聞くものだ』」

 

「…………」

 

 景雪に驚きはない。

 父との鍛錬の際、このようなことは何度もあったから。実際に切ることはなく、大抵が寸止めであったが……術理を緻密に知る者同士であれば、次の動きは自ずと読める。

 

 だからこそ解せない、と景雪の思考が巡る。

 わざわざ首を断たずとも、腕を切れば人は死ぬ。あるいは腹、目、額。それが望月の身体であろうと景雪が加減する理由にはならない────故に、相手に身を任せるような防御など博打に過ぎる。

 

 いくら術理を理解していても、そんなことをする意味がない。

 ならば完全な確信があるのだ。こうすれば防げるという、確信が────

 

「『言っただろう。己は、お前と同門をわずかばかり知っていると』」

 

 景雪の思考を読んだように、望月がささやいた。

 

 わずかばかり──────まさか。

 

「『察したか。そうでなくば興醒めよな』」

 

 望月が刀を滑らせ、飛び退く。景雪もまた腕を引き戻し、腰を引いて身構えた。

 

 再度の仕切り直し。彼我を隔てる世界の先で、望月の姿をした誰かが笑った。

 

「『だがまだ理解が浅いようだ。遊戯には教養が付きもの、気付いてもらわねば享楽に欠ける』」

 

 そして、望月は刀をだらりと構える。

 鏡写しのように。景雪と同じ構えを取って、嗤うのだ。

 

「『()()()()()()()()。目に焼き付けろ、若輩』」

 

 ────刹那、鮮血が舞った。

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