アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
ぱちり、と碁石が盤面を揺らした。
「……ふむ?」
流し見していた詰碁の本を閉じながら、男は天を見上げる。
──白い。彼の第一印象をあげるならそれに尽きる。
人間らしくないほど白く、ともすれば神聖さすら感じるほどに色が欠けている。
だというのに、その瞳だけは血のように紅い。どこまでも非人間的な、鮮烈きわまる色だった。
「変わったな。予定調和────いや、少しズレたか? まあいい、いずれにせよ時は来たれり、というやつだな」
わずかな聞き苦しさもなく、中性的で落ち着いた声が静寂を揺らす。
碁石を置いた彼の指が、す、と傍に逸れて────碁盤の傍に投げられていた
そのまま手慣れた様子でロックを解除し、何某かの電話番号をタップして耳に当てる。
「……ん、ああ、今暇か? 暇だよな、知っているとも。今し方ゲームセンターに入ろうとしているものな。ああいや、別に咎めているわけではないさ。娯楽は大事だよ、とても大事だ。今度私も一緒に────要件を言え? はあ、先達に付き合おうという気はないのかね」
まあいい、と一拍置いてから、思い出したように彼は碁石を手に取った。
それをぱちん、と迷いなく天元に指す。
「『切媛』が担い手を得た。ざっと百年ぶりの継承だな。──ああ、今までとは違う。協会に通達しておけ? 根回しは大事だぞ」
「は? 今から向かわせる? いらんいらん、余計な手は出さんでいい。成るように成るものをさまたげるな。余計ろくでもないことになるぞ」
「ああ、わかればいい。土地守の二人にはすぐ連絡しておけよ、そっちの方が手早く済む。ついでに土産でも持ってきてくれ、マックとかな。ではまた」
騒がしくなる通話口を無視して通話を切ると、男は大きく背伸びして背後に倒れ込んだ。
「ふう……いやはや、これから忙しくなるな」
硬い畳の感触を背に受けながら、彼は笑う。
「だが、それでこそ人生というものだ。そうでなくば面白くない……っくくく」
──その姿勢では何を言っても威厳のかけらもないことに気づくまで、あと三十秒。
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「……ほお?」
「どうされましたか、法師様」
「いや、なに。ちと昔のことを思い出してな、ふと懐かしく思うただけじゃよ」
異様な二人組であった。
枯れ木のごとき老人と、それが座る車椅子を押す十代半ばの少女。傍目には仲の良い祖父と孫に映る姿も、
「はあ。どうせいつかの悪だくみが、どこそこで実を結んだとか、そのあたりでしょう?」
「
「そうして開き直るところが、本当にろくでなしですねえ……」
少女は嘆息し、眼前の
今も蠢くそれ。皮フを持つ人肌ながら、手も足もなく、ひたすらに醜くもがいている。
成人男性、数人分の肉をまとめてしまえばその程度の体積になるだろうか。
八つの瞳が不均等に表面に浮き上がり、動けぬまま、おかしくなりながら生きている──生きているだけのモノだ。
明らかに尋常の生物ではないバケモノを前にして、しかし少女も、老人も、平静を崩さない。
彼らにとってはそれが日常であるから。
「転化して数日……こんなところで一体何をしていたんでしょうね?」
『ぁ…………ぉ、んな……肉、食べて……おれ……にく……』
「お断りです。ゲテモノ食いは金輪際しないと決めているんですよ」
少女がすげなく袖にすると、肉塊の瞳がぐにゃりと歪む。怒りに打ち震え────けれど、すぐさまそれは恐怖に変わった。
「そういじめてやるな。人は悪いことをしたくなる生き物じゃからのう……こやつらも哀れなものよ。ちと場が悪かっただけなのに、な?」
『ぅ……ぁ…………にく……にくを……』
「ぬっぺふほふの肉。不死の妙薬か……
好々爺然とした老人の笑いに、肉塊がずり、と後ずさる。
それは本能的な、無意識の動きだった。この老人はおそろしいという──ばけものらしからぬ直感。
だが、所詮その程度。
突き出した腕、枯れ枝のごときそれを覆う袖から、一枚の札がひらりと舞い──肉塊に張り付いた瞬間、その姿が掻き消えた。
後に残るは、ひらりひらり、とアスファルトに落ちた札だけだ。
少女が車椅子から離れてそれを拾い、老人に手渡す。
「法師様、どうぞ」
「おお、すまんな。近頃は立ち上がるのも億劫でのう……」
「しかし法師様、これが本当に不死の妙薬足り得ると? それならまあ、随分とお手軽なものですが」
札を受け取った老人は、呵、と笑う。
「んなわけなかろう。この肉を喰っても不死になど至れん。大抵はあれの仲間入りして終いじゃ」
「はあ。そんなことだろうと思いましたが……ならばどうするのです? 気に入らぬ郎党にでも振る舞いますか?」
「呵呵、魑魅魍魎とは使い方次第よ。それだけの肉とて、
そう笑いながら、老人は、肉塊が消え去った跡に向けて両手を合わせる。
それは祈りだった。真剣に、失われた命に対する弔意に満ちていた──いっそ恐ろしく思えるほどに、見ず知らずの他人の命を悼んでいる。
そんな彼を見つめながら、少女は息を吐いた。
「さあ、行きましょう法師様。顛末を報じなければ」
「おお、そうだのう。それでは行くか」
そうして老人はぱっと笑った。
直前まで真剣に、心の底から死を悼んでいたというのに──綺麗さっぱり忘れてしまったように。
「本当に、そういうところですよ法師様」
「うん? なんと言ったかお千代よ」
「いいえ、何も。あ、今日はお寿司にしましょうよ。肉はしばらく嫌ですわ」
「儂はすてぇきが食いたいんじゃが」
「……あれを見てすぐ肉を所望するとは、本当に、流石ですね」
二人はいずこかへ去っていく。
身勝手に、やかましく、方々に芽をまきながら──彼らは開花の時を待っている。