アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
つつがなく終業式が終わる。
途中、そろそろと体育館に忍び込んできた望月と目があったり──「き」りはらと「か」のう、実は名前順だと席が近い──する一幕があったものの、さして語ることでもない。
「これから夏季休業……夏休みが始まるわけだが、ハメを外しすぎなければ何をしたって構わん。節度を守って過ごしなさい」
一学期最後のHRをありふれた挨拶で結び、うちの担任が教室を出る。
途端、どこに行こう、でも俺部活だ、なんて明るい声がそこらじゅうで湧き上がった。
「夏休み、か」
喧騒にまぎれるように独りごちる。
べつに休みが嫌いなわけではない。そんな人間いないと思うくらいには俺だって好きだ。
ただなんというか──実感がない。
「何すればいいんだろうな、夏休みって」
「なんでもできるから夏休みなんじゃねーの?」
相羽が俺の机に腰掛ける。
「玉虫色で塗りたくったような答えだな……」
「だってオレ、オマエの趣味とか知らんし。そりゃ無責任なことしか言えねえって」
からからと相羽は笑う。
よく話す割にお互いの趣味すら知らないのだ、俺たちは。
ただそれが気にならない程度には、俺はこの距離感を心地よく思っている。
それはきっと向こうも一緒だろう。
「それもそうだな……俺の趣味、か」
困ったな、鍛錬以外思いつくことがない。
というか、毎日義務的にこなすものは、果たして趣味と言えるのか?
……言えない気がする。それ、
思い返せば、俺の一日は必要なこと、やらねばならないことでのみ構成されている。
起きて、食べて、鍛えて、寝る。
必要なら勉強を挟むが、それも鍛錬に入るとすれば俺の一日はこの四工程を繰り返すだけの再生産に過ぎない。
我ながら無味乾燥、学生としては不健全きわまる有り様だ。
「マズいぞ相羽、俺、趣味がない」
「……そうか。まあぶっちゃけ予想通りっつーか、堅物眼鏡って見た目を外さないつまらん野郎だなオメーは」
「ひどくないか?」
俺だって暴言吐かれたら傷つくんだぞ、おい。
露骨にそっぽを向いた相羽は、なら、と教室の片隅を指差した。
「それなら訊いてみればいいじゃねーか」
「誰に……って」
指し示す先に思わず目を向けると、見覚えのある金髪がひとり。
望月エリカ。
「アイツなら俺らが知らないことも色々知ってるんじゃねーの? なんせ補導常習犯サマだ。繁華街の方でよくお世話になってるとか」
「……どうして彼女に? 関わりなんてほとんどないぞ」
「うん? イインチョ殿は結構仲良さそうとか言ってたぞ?」
はあ、とため息を吐く。
「遅刻寸前のあいつをどやす程度の関係で何を訊けるっていうんだ……というか相羽」
「なんだよ」
「前々から気になってたんだが、お前妙に先輩と仲が良いよな」
二年生、帰宅部、生徒会の相羽。
三年生、剣道部、風紀委員の藤堂先輩。
役職的にも部活的にも遠いはずで、どうにも関わりが見えてこない。
なのに、今朝望月のことを知ったばかりの先輩が、どこで相羽に話す機会があったのか。
俺の疑問に、相羽は皮肉げに肩をすくめる。
「そりゃオマエ、秘密の関係ってヤツさ。訊くのは無粋だぜ?」
「不思議だな、ぜんぜん艶っぽく聞こえん」
「オイ」
ならもうちょっと色気を出せよ。
しばらく相羽と駄弁るうちに、ふと名案を思いつく。
「……ま、どうせやることもない身だ。相羽、誰でもできる生徒会の仕事ってあるか?」
「そりゃあるが。体育館の片付けとか、人手はいくらあっても困らん」
「よし、なら俺も連れて行け。手伝ってやる」
「……マジかよ。オレとしちゃ助かるが……いや、マジで?」
「お前曰く、俺はバカ真面目らしいからな」
ならバカ真面目らしく、学校の手伝いをするのもいいだろう。
そんなふうに笑うと、相羽は呆気に取られた顔をして、すぐに忍び笑いを漏らした。
「オーケー。しばらく付き合ってもらうからな、覚悟しやがれ」
「内申点は弾んでくれるか?」
「オレじゃなくて先公に言えよ、バカ」
バシバシと背中を叩く相羽と一緒に教室を出る。
──去り際、ふと気になって振り向いたが、そこに望月の姿はなかった。
結局、学校の手伝いは夕方になるまで続いた。
体育館の片付けと掃除、校舎中の点検、部活に励む生徒たちの見回りなど。
後半は相羽どころか先生までくたびれていたが、俺も日々鍛えている身だ。それほど苦とも思わない。
……まあ相羽には「オマエやっぱりおかしいよ」とか言われたりしたけど。
「ただいま」
なんて声をかけても、当然我が家には誰もいない。
玄関に薄く影だけが伸びていく。
落ちる夕日をさえぎるように、俺は居間に上がり込んだ。
「……やっぱり暑いな」
みんみんと蝉の声がする。
夏を呼んでいるようだった。
「………………」
ぼおっとシミがある天井を眺める。
夏休みになった、と、今更ながらに実感した。
何が理由かはわからない。
蝉の声かもしれない。居間に差し込む日差しかも……もしかしたらこうして感傷に浸っていること自体が、休み前の静けさを感じさせたのだろうか。
わからない。
「……稽古、しよう」
ただ無性に、刀を握りたかった。
/
併設された道場に足を踏み入れる。
壁に立てかけられている木刀を手に取り、軽く一本、ぶんと振るう。
「……」
剣道着はいらない。向き合う相手がいないのだから。
ただ脳髄を断ち切るように。
蜃気楼のごとき己を真っ二つに裂くように。
上段から刀を振り下ろす。
「……」
ただひたすらにそれを繰り返す。
そのうち木刀の重さに腕が痺れてくる。そこからが本番だ。全身を使って刀を振るう。腕が疲れれば肩で、肩が疲れれば腹で、腹が疲れれば足腰で──ひとまわりする頃には腕の痺れもマシになるからまた振るう。振るう。振るう。
「……ふっ」
短く息を吐き出して、ゆるく木刀を握りしめる。
……以前、藤堂先輩の、剣道部の稽古を見たことがある。
そのときに思った。
俺とは違うものであると。
『忘れるな』
脳裏に浮かぶ、父とも呼べぬ男の声。
『刀を振るたび思い出せ』
「……ああ、わかってる」
『お前のつるぎは競うためのものではない』
『お前のつるぎは──』
ぶんッ
「────ふッ」
一瞬、思考が途切れた。
無心の
夏の熱気をかき分けて、さめざめと脳に切先の冷たさを刻み込むような。
「ふ、う」
俺は、この感触が好きだ。
たまらない。
極限に力を研ぎ澄ませ、ただひたすらに最速を追い求める剣筋の冴え。
それを追求している限り──思考が他を寄せ付けない。
ただこの一瞬を永遠と見紛い没頭できる。
誰もいないこの家で。
それだけが俺を慰めてくれる。
「──しッ」
振る。振る。振る。
振るう。振るう。振るう。
俺は。
「────ちッ」
剣筋がブレた。
舌打ちして修正する。
振って、振って、振って、
切って、切って、切って、
斬って、斬って、斬って、斬って、
斬って、斬って、斬って、斬って、
その
「…………」
無意味だ。
そんなことはない、と嘯く影を切り捨てる。
『一体きみは、なんのために今も稽古をしているのかな?』
わからない。
喧嘩に持ち出すことはなく。
剣道部で腕を活かすということもない。
ただ握れるから握っている。
『なんでもできるから夏休みなんじゃねーの?』
夏休みのはじまりに、俺は刀を握っている。
何かを成し得るためでもない。
ただ意味もなく、果てもなく。
刀を握った腕を下げる。
「…………俺は」
ただこうして、この一夏を無為に棒振りに費やすのか?
「それは……
苦笑する。随分子供っぽい気がするが、おかしくはない。
なら、どうするか。
何をしたいのか。
「わからない、けど」
思い当たるヒントはある。
朝、いつも遅刻する同級生。
夏の夕暮れにも負けない、鮮烈な金髪のクラスメイト。
望月エリカは補導常習犯である。
「相羽のやつは繁華街とか言ってたっけ」
繁華街。我が家のある住宅街から、学校とは正反対の方向にしばらく歩いた先にある騒がしい場所。
行ったことはもちろんない。……今更ながらに枯れてるな。
「……なんかあいつの言う通りになるようで癪だが」
思い立ったが吉日とも言うし。
べつに最初から受け入れたわけじゃないし、とかごちゃごちゃ言い訳しながら木刀を振るう。
「今日は望月に倣って……夜遊びってやつ、してみるか」
補導されたいわけじゃないので、私服でな。