アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第三話 騒がしい夜を、きみと①

 夜九時。

 たそがれ時が終わる頃、俺はようやく家を出て、繁華街に向かっていた。

 

「案外、家を出るのが遅くなったな」

 

 稽古、風呂、夜食、片付け。

 諸々こなしているうちに、気付けば帷が降りていた。

 あの後、きちんと稽古を終わらせたのが思ったより時間を食った要因だろう。中途半端がいちばん性に合わないから、べつに後悔なんてしてないが。

 

 ひっきりなしに行き交う自動車に並んで橋を渡る。

 我が家のある住宅街と、繁華街──駅近くに広がる栄えた通りを繋いでいるのがこの橋だ。

 朝は向こう側から並んで歩く学生服が見えるだろうし、夜はこのとおり、絶え間ないエンジン音で騒がしい。

 

「……そういえばここ、ほとんど通ったことがないな」

 

 ふと気づく。

 俺はやっぱり、随分さびしい人生を送ってきたのかもしれない。

 ぼんやりと己のことを考えたまま、橋を渡り切った。

 

 

 /

 

 

 やっぱり夜遊びやめようかな。

 

「…………」

 

 ぎらぎらとネオンが輝いている。

 道端でくだを巻いて酔い潰れているおっさんに、見苦しい酔っ払いの喧嘩。それらを仲裁し、声をかける警察官。無関心に通り過ぎる一般OLサラリーマン。

 髪をド派手に──知ってる金髪と比べてずいぶん色褪せてるが、とにかく派手に決めた学生服まで点在している。あ、警官を見て逃げた。

 

 呆然と立ち止まっていると、背中にドツンと軽い衝撃。

 振り返れば、腰をついて倒れている若い男がひとり、驚いた顔で俺を見ている。

 手でも貸そうかと屈んだ瞬間、顔を引き攣らせながら立ち上がり、雑踏にまぎれて消えていった。……いったい何だ、今の。

 

「狐に化かされたのか……?」

 

 ……だめだ、はじめての経験すぎて訳がわからない。

 ひとまず落ち着ける場所を────場所を…………見当たらない。

 

「…………」

 

 どこもかしこもネオンだらけ、酔っ払いだらけで、ぎらぎらと熱が立ちすくんでいるようだ。

 人気のない場所には不良どもが陣取っていて、いまさら俺が割り込んだところで譲ってくれるとは思えない。

 幸い目立たない服装なので、真正面からぶん取るというのも──

 

「ナイナイ、さすがにナイ」

 

 そんなことしたら警官のお世話になってしまう。べつに品行方正を心がけているわけじゃないが、好んで騒ぎを起こしたいわけじゃないのだ。

 ひとり頷いて邪心を抑え込む。そもそも補導されないために私服で来たのに、自分から警官にお世話になりにいくとか論外だろ。

 ……決して目の前を警官が横切ったからとか、そんなわかりやすい理由じゃないぞ。

 

「とはいえだ。実際、どうする?」

 

 口に出して、あらためて気づく。気づくというか、途方に暮れる。

 何も考えていなかった。

 繁華街に来れば何かが変わる、変われるかもと思うばかりで、具体的にその先を考えていなかったのだ。

 繁華街に来ること自体が目的だった、と言ってもいい。

 

 ……なんだ、それは。

 行き先を考えず電車に乗るようなものじゃないか。

 まるきり意味のない無駄な行為──その滑稽さを自嘲する。

 

 人混みから離れ、その辺の壁に背中を預け、はぁ、とため息を吐く。

 

「……まあ、収穫はあったか」

 

 自分が思ったよりも考えなしの阿呆である、ということではない。

 

 それ以上に──────「あれ」

 

「っ」

 

 聞き覚えのある声だった。

 弾かれたように顔を上げて、いつの間にかそこにいた彼女とぴったり目が合う。

 

「わ、マジで真面目君じゃん。びっくりした」

 

「…………望月、か?」

 

「なんで疑問系なのさ。そっちと違ってアタシはだいぶわかりやすいでしょ」

 

 不服そうに自らを指差す彼女の姿は制服だ。

 前に教室で見かけたときと何ら変わらない、明らかに学生とわかる格好で夜をうろつく望月に、知らず呆れを感じてしまう。

 

「確かにわかりやすいな。お前、また補導されるぞ」

 

「べっつに〜? もう夏休みだし、補導されたって怒る人がいないじゃん。つまり無敵」

 

「その論理は破綻してるように見えるが……」

 

 たとえば父親とか、母親とか。

 

「アタシにとっては破綻してないんですぅ〜。ってかそれ言うならソッチはどうなの? こんな時間に出歩いちゃって、真面目君の名が泣くよ?」

 

「そんな名前は名乗ってない! 俺は桐原景雪だ!」

 

「はいはい、きりはらきりはら」

 

「くわばらくわばらみたいに言うな縁起が悪い!」

 

 一喝すると、何故かびっくりした顔で固まる望月。……おい、どうした? 

 

「いやちょっと予想外の返しすぎて笑う前にびっくりしちゃった……」

 

「おまえ……」

 

「もー冗談だってー、そんな怒んないでよ」

 

 べつに怒ってない。

 一瞬でも気を悪くさせたかと心配した自分が馬鹿らしくなっただけで。

 そっぽを向いた俺を見てからからと笑っていた望月だったが、ふと真剣な顔になる。

 

「まーでも気になってるのはマジだよ。いっつも真面目な顔してアタシを叱ってた桐原がさ、なんで不真面目の代表みたいなココにいるのかって」

 

「……それは」

 

 言い淀む。

 正直なところ、たいした事情じゃない。容赦のない人に言わせれば、思春期のくだらない悩みと切り捨てられる程度の話だ。

 なにより──

 

「あ、もしかしてアタシのことが羨ましくなって真似しちゃったり、なんて──」

 

「…………」

 

「………………マジ?」

 

 顔を覆う。

 そうだよ、その通りってわけじゃないけど概ねそんな感じだよ。

 言えるわけないだろそんなこと。あなたのことを思い浮かべて夜の街に出ました、とか……! 

 

「そ、っかぁ〜。アタシの真似して繁華街(ココ)に来たんだぁ〜。へぇ〜」

 

「うるさい……いっそ殺せ……」

 

「シラフで女騎士みたいなこと言うのやめな?」

 

 なんだ女騎士って……どうでもいいから介錯してくれ……。

 

「で、でもさ、それならなんでこんなとこでぼーっとしてたの? せっかく来たんだから遊ばなきゃ損じゃん!」

 

「…………わかんないんだよ」

 

 気遣わしげな望月の声に。

 なんかもう、意地とかどうでもよくなった。

 

「え?」

 

「遊び方、知らないんだよ。こんなところに来たの、はじめてなんだ。何すればいいのかとか、ぜんぜんわからん」

 

「……えっ、ってことはマジで勢いだけで来たの?」

 

「そうだよ……無様な俺を笑え……そして殺せ……」

 

「女騎士モード……」

 

 またも女騎士なる謎の単語をつぶやいて、望月の声がそれきり聞こえなくなる。

 気配は変わらずそこにいるので、俺のからかい方でも考えているのだろうか……。

 

 と、思わずため息を吐き出しかけたとき。

 急に望月が動き、俺の手を掴んだ。

 

「な、何、っておい引っ張るなっ」

 

「キリハラっ」

 

 望月の整った笑顔が目に入る。

 ネオンに照らされる、綺麗な金髪がきらめいて。

 

「アタシが夜の街、案内してあげる」

 

「は? いや、何を」

 

「軍資金は?」

 

「ぐんし、い、一万円」

 

「一万円か、それなら充分。ほら行こうぜっ!」

 

 グッと右手首を掴んで駆け出した。

 つんのめるように道のはずれから連れ出されて一瞬体勢を崩しかけるも、鍛えた体幹でなんとか立て直す。その間も望月はお構いなしに、スルスルと人の流れを縫うようにして走る、走る、走る。

 

「おい、まず説明しろ!」

 

「説明って? 言った通りだよ! アタシが遊び方教えたげるっつってんの!」

 

「だからどうしてそうなった!? 俺は一言も頼んでないぞっ!」

 

 そうだ、俺は何も言ってない。

 ただ俯いて殺せだのなんだの陰気にぼやいていただけだ。

 そんな俺をどうして連れ出す? 

 どうして俺に────

 

「そんなもん」

 

 事ここに至り、まだ踏み込めない俺の背中を蹴飛ばすように。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()っ!」

 

 

 なんの気負いもない笑顔で、彼女は言ってのけたのだ。

 

「────────」

 

「それ以外に理由なんていらないでしょ!」

 

「…………そう、だな」

 

 俺も。

 俺も、そうしたいからここに来た。

 

「それ以外、理由なんて要らないか」

 

 きらきらと。

 ぎらつく程のネオンを撥ねて、金糸の髪が輝いている。

 不良どもの染めた髪とは何もかも違うその色に。

 

 俺は思わず、見惚れてしまった。

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