アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第四話 騒がしい夜を、きみと②

「まずはね〜……その格好をなんとかしようぜ」

 

「なに?」

 

 人の流れに乗りながら並んで歩いていた俺に向けて、望月が人差し指を立てる。

 

「銀縁の眼鏡。無地の白Tシャツ。着古したジーパン。おまけに雪駄。なんていうか、真面目さが服にも滲み出てる!」

 

「ダメなのか? これでも気持ち緩めに服を選んだつもりなんだが」

 

「ダメじゃないよ、一見。でも服だけ見るとダサい。アンタのスタイルで誤魔化してるだけのダメダメファッション」

 

 そこまでかよ。

 ……いや、逆に褒められてるのか? 

 

「周り見てみ? 生活感シミシミのTシャツにジーパンなんてもってのほか! 色々工夫してココに合うファッションにしてんのさ」

 

「うん? 雪駄はいいのか? 正直これが一番合わない気がするんだが」

 

「靴に関してはそっちに合わせる手もあるしね。雪駄コーデとか」

 

「な、るほど。ファッションは奥が深いんだな」

 

 言い訳するわけじゃないが、前まで男二人で暮らしてきたからファッションなんて最も遠い言葉だったのだ。

 まして俺の親父は鍛錬しか頭にない不器用で無骨な古い男。その感性を引き継いだ俺も押して知るべし、である。

 

「だからまずは服を買う。それらしいカッコならキリハラも気合い入るっしょ?」

 

「確かに、気の持ちようは変わってくるな。……だが、一万円で足りるものなのか?」

 

「そこはアタシの目利きを信頼するってことで。ま、半分も使わないから安心しなー?」

 

 からかうような目を向けてくるが、ふん、そう思い通りになる俺ではない。

 俺も気の利いた冗談で場を和ませてやろう。

 

「俺はそういったことに関しては素人だからな。望月先輩、よろしく頼む」

 

「イヤイヤ、流石に真面目すぎっしょー。アタシ気にしないから今まで通り望月でいいよ?」

 

 ……思ってたのと違う。

 

「……冗談のつもりだったんだが」

 

「……キリハラさぁ、表情筋(カオ)動かんから冗談だってわかりづらいんよ。 ヤ、真顔で冗談言うのもけっこー面白いし、キャラにも合ってるから読み切れなかったアタシが悪いか……ごめんね?」

 

「あの、そんな顔で謝られるのは……その……生き恥……」

 

 なんだか心配そうに諭されてた挙句にガチ目に謝られてしまい、俺の目論見は屈辱を得て場を気まずくするだけの結果となってしまった。

 

 どうしてこんなことに……。

 

 

 

 そんな一幕がありながら。

 気を取り直して望月の案内のもと、入り口に不良がたむろする店に行った俺は、着せ替え人形にさせられていた。

 

 蛍光ペンで塗りたくったような商品掲示──ポップ、というらしいそれに目を回しながら、望月が次々持ってくる服を体に合わせてみる。

 

「うーん、やっぱキリハラってスタイルいいよねぇ……鍛えたりとかしてんの?」

 

「ああ、家で少々剣術の鍛錬をな。部活ほど気の入ったものじゃないが」

 

「うわあイメージ通りってカンジ。髪もイマドキ珍しいくらいの黒髪だし、けっこーな女子が羨ましがりそー。……となるとあんまハデなコーデは似合わないか」

 

 白シャツポロシャツ柄シャツ諸々。

 望月は更衣室前で俺と服を見比べながら、うんうん唸って吟味する。

 

「そんなに迷うものなのか?」

 

「せっかくお金使うんだし、それなら最高にキメてやりたいじゃん? 昼間は制服しか着れないし、そっちは私服へのこだわりとか無縁そうだしねー」

 

「……その割に望月は今も制服を着ているな。何かこだわりでも?」

 

「ヤ、シンプルに家帰ってないだけだよ」

 

 あまりに自然に言われたので、その意味に気づくのに時間がかかった。

 小骨ごと魚を咀嚼した後、喉に引っかかって厭な気分になるような──かちゃり、と眼鏡をあげる。

 

「そうか」

 

「……訊かないんだね」

 

「言いたくないんだろう? なら、いい」

 

 訊いてほしい人は大袈裟にいうものだ。

 知ってくれと、わたしはこんなにつらいんだと。それは悪いことではない、他者に助けを求めるのは自然なことだ。

 だからそうでない人は口をつぐむか、深刻でないふうにして軽く流す。

 

 それを追っかけるような真似は、あまりに無粋だ。

 ……だいいち、家庭環境の問題は俺が言えたものじゃない。

 

「不用心だとは思うがな」

 

「例の通り魔? そんなの一年ちょっと前にいなくなったじゃん、大丈夫だって」

 

「……通り魔に限らず、不躾な連中はいるだろう。気をつけた方がいい」

 

「…………キリハラのそういうところ、嫌いじゃないよ」

 

「どうもありがとう」

 

「うっわナマイキー」

 

 からからと笑った後、ふと何かに気付いたように俺の顔に手を伸ばす。

 と、硬直する。

 

「眼鏡、とっていい?」

 

「構わん。どうせ伊達だ」

 

「は? 伊達なの?」

 

 親父からの言い付けでな。ふんと笑って目を閉じると、かちゃり、と遠慮がちに眼鏡が外された。

 

「……………………」

 

「……どうした? あまり裸眼で見たくないんだが」

 

「……………………キリハラって、思ったより女顔なんだ?」

 

「まあ、昔から親父には似てないと言われていたな」

 

 近所のご老体からは、“景雪君はお父さんに似なくて本当によかったねえ”とか散々に安堵されていたものだ。それに苦笑していた親父の顔は無骨を絵に描いたようだったからな。

 

「そっか……伊達メ、外すのってアリ? ファッションにも幅が出るんだけど」

 

「……それは厳しいな。伊達とはいえ、あまり外したくないんだ」

 

「ふぅん。ま、それならそれでいっか」

 

 眼鏡を元の位置に戻される。よし、おかえり。

 目を開ければ、難しい顔をした望月がじっと俺を見つめていて。

 ぱっちり目が合ってしまった。

 

「……す、すまん」

 

「……ヤ、アタシが悪いし……」

 

 どちらからともなく顔を逸らしてしまい、ふぅ、と少し暗い息が漏れた。

 

「今のは忘れよう。それで、俺に合う服は見つかったか?」

 

「わ、ええと、そうっ! これとかどうよっ!」

 

「これは────」

 

 

 

 ヒュン、と俺の投げたダーツが風を切り、ダーツボードの中央に突き刺さる。

 

「おお、当たった当たった。慣れれば面白いものだな、これ」

 

 望月が選んでくれた服に着替え、店を出てから少し歩いて。

 彼女がいつも行っているというお気に入りの静かなダーツバーで、俺はダーツの手解きを受けていた。

 

 姿勢を整え、手首のスナップを駆使してダーツを打ち出す。

 言葉にすればそれだけだが、そこに計り知れない奥深さがある。

 

 これはスポーツだ。望月も、望月と親しげに話す店長も、ボードに向き合えば誰もが真摯に点数を競う競技者となったのだ。

 ほとばしる熱を指先に灯し、冷徹なまでに狙いを定めて点数を刈り取る──その鋭い立ち姿に、当初抱いていた軽薄なイメージがあっさり覆されてしまった。

 

 今では失礼だったと反省している次第である。

 

 と思ったら、側で見守っていた望月がぶんぶんと首を振りはじめた。

 

「イヤイヤイヤ、ぜったいおかしいってぇ……いくら剣道やってるって言ってもさぁ!」

 

「急にどうした」

 

「なんでアタシがやってるとこ見てちょこっと姿勢教えてやったらコツ掴んでるの!? ド真ん中(ブル)連発してるし!!」

 

「教師がよかったからな。望月が上手いから真似た俺も上手くなる、自然な道理だろう?」

 

「うっ……!」

 

 胸を抑えて椅子に座り込んだ望月は、ググッと勢いよくジュースを煽る。

 あんまお金余裕ないから大事に飲む、とか言ってなかったか? 

 

「はぁ……ま、そー思っとく」

 

「是非そう思っといてくれ」

 

「……でも、こうやってダーツしてるとこ見ると、やっぱアタシの見る目に狂いはなかったね」

 

 ウンウン、と俺の格好を見て頷く望月。

 

「黒い七分袖のシャツに、カーキ色のチノパンツ。おまけに雪駄。クールにキマってるじゃん」

 

「そうなのか? ファッションはよくわからんが……まあ、望月がそういうならそうなんだろう」

 

 ちなみに当初の宣言どおり、そっちの面でも文句はない。

 雑談しながら教えられた通りに体勢を整え、打つ。やはり真ん中に命中し、視界の端でやっぱり望月が天を仰いだ。

 

「望月ちゃん……君のカレ……彼は一体……?」

 

「マジの初心者(ビギナー)……のハズなんだけど……」

 

「望月ちゃん……彼、とんでもない逸材よ。いまにも世界に羽ばたけるほどの……!!」

 

「羽ばたくどころか掴んで握りつぶす勢いですよ……世界が蹂躙されちゃう……」

 

 なんか店長と変な会話してるが、気にせず俺はダーツを投げた。

 トン、とやはり真ん中に突き刺さり、先ほど投げたダーツがぽとりと落ちる。それを回収して、俺は望月の隣に座った。

 

「ん、あれ? 休憩?」

 

「ま、そうだな。少し疲れたよ。店長、緑茶……できれば玉露もらえますか?」

 

「あらぁ、見た目通り渋いのね。了解よん。あとできればマスターって呼んで♡」

 

 女口調の店長は最後にウィンクを落とし、店の奥に引っ込んでいく。

 それを待つ間、自然と望月が立ち上がり、ダーツボードに向き合い始める。

 その立ち姿はやはり堂々としたもので、俺よりよほど手慣れている。

 

「……あんなの見た後にやるとか自信なくしそー」

 

「望月もかなり上手かったぞ?」

 

 最高得点のトリプル、だったか? それを果敢に狙いに行って、見事貫いたときは胸が熱くなったものだ。

 そう言うと、顔を赤くしてそっぽを向く。

 

「ったく……ま、上手いプレイ見た後は上手くなった気がするっていうし……もういっちょ狙ってみようかな?」

 

「おお、頑張れ」

 

 店長が持ってきてくれた玉露を飲みながら、最高得点を狙ってダーツを投げる望月を応援する。

 スナップの利かせ方を工夫しすぎて明後日の方向に飛んでったり、当てた記憶を頼りにしすぎて逆にポーズが歪んだりと色々あったものの、最終的に成功したときには我がことのように嬉しく、はしゃいでしまった。

 

 同時に、それを見ながら思うのだ。

 ──やっぱり俺は、ズルをしていると。

 

 

 

 しばらくダーツで遊んだ後。

 愛想のいい店長に見送られながら、俺たちはダーツバーを出た。

 少し減った人混みの流れを見ながら、ほ、と溜まった熱を吐き出すように息をつく。

 

「いい人だったな」

 

「……アタシみたいなのが遊んでても、なんも言わないからね。いい人っていうか、変な人だけど」

 

 変な人。言い得て妙だ。

 確かに、普通の“いい人”なら、学生がうろついてたら通報する。

 それが一般的に見て正しいのは間違いない。

 そうしない時点で同じ穴の狢か、あるいは無関心な傍観者──そして独特の価値基準を持つ人かに分けられる。

 

「そうだな、変な人だ。だけど、いい場所だったよ」

 

「お? ダーツ気に入っちゃった?」

 

「ああ、気に入った」

 

 まるで友達のように駄弁って。

 ミスをからかって、助言して。

 不安になる彼女を励まして。

 疲れたら休憩して。

 順番なんて考えず、投げたい人が好きに投げて。

 

 どれも俺とは無縁だと思っていた。

 それが手を伸ばせば、こんなにも────

 

()()()やるダーツは、とても楽しい……からな」

 

 笑う。

 思えば心から笑えたのは、とても久しぶりな気がした。

 

「……………………」

 

「……望月? どうし」

 

「今こっちみんな……あっち向いてろっ……ちがう、向いててっ……!」

 

「……?」

 

 首を傾げつつ、ひとまず言うとおりにしていると。

 喉にこもるようで、ともすれば雑踏の中で立ち消えそうな小さな声が、ぽつぽつと。

 

「…………アタシも……楽しかった」

 

「そうか。望月も楽しかったか。それはうれし──うぉっ」

 

 急に襟首を掴まれる。

 その程度、常ならば揺らぎもしないのに、一瞬、体の力が抜けて。

 

 気づいたときには、顔を真っ赤に染め上げた望月と、向き合っていた。

 

「────キリハラ」

 

「………………なんだ、望月」

 

「あんま……そーゆーこと、すんなよ。聞かれたくないことって、あるんだからな」

 

 普段なら。

 普段ならきっと、俺はここで引き下がる。

 相羽たちのように、程よい距離感でいきたいと……そう思って。

 

 けれど。

 

「俺は」

 

「俺は、楽しかった。望月は、どうだった?」

 

 俺は素直な気持ちを伝えた。

 そうするべきだと思ったから。

 それが何故かはわからない。案外、夜の雰囲気に浮かされたからかもしれない。明確な理由なんてないのかも……いずれにしろ、どうでもいいことだった。

 

 俺の言葉に、望月は焦ったように目を逸らす。

 む、とか、ぐ、とか、喉が詰まるような息をついて、しばらく。

 

「……アタシは、……ううん、アタシも。アタシも、キリハラとダーツするのは、楽しかったよ」

 

「そうか。なら、それでいいじゃないか」

 

 なんでもないふうに笑ってやると、望月もまた、赤らんだ頬で微笑み返した。

 

「なんだよ、めっちゃ恥ずいこと言うじゃん」

 

「先にはじめたのはそっちだろう。俺は最初から素直に言っていたぞ」

 

「あーうっさい。慣れてないんだよこういうの」

 

「その金髪でそれは無理がないか?」

 

「地毛だよバカ! パパが……ったくもう、顔あっつ〜」

 

 地毛なのか、と驚く俺のよそに、ぱたぱたと手で顔を仰いだ望月は、ふと何かを思いついたように言う。

 

「このまま歩くのもいいけどさ。随分あったまっちゃったし、ちょっと場所変えようよ」

 

「どこそこの店……というわけじゃなさそうだな」

 

「まあね。穴場っていうか、名所の割に人がいなくて涼むにはもってこいの場所」

 

 夜遊びをはじめたときと同じように俺の手を掴もうとして、一瞬、望月の指先が迷う。

 その逡巡をあえて無視して、俺は望月の手首をゆるく握った。

 

「!」

 

「案内してくれるんだろう? 頼むぞ、先輩」

 

「……めっちゃナマイキー」

 

 口では不満そうに言いながら、手を解こうとはしなかった。

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