アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
望月と一緒に繁華街の喧騒から離れて、十分ほど。
俺は望月が言う“穴場”に到着し────呆気にとられていた。
色褪せたベンチ。
がざがざと揺れる暗い木々。
雨に晒され、錆び切った双眼鏡。
あるいは昼ならばもっと人がいたかもしれないこの街の名所。
だが夜闇に包まれた今では
──『剣ヶ丘展望台』。この剣ヶ丘市を一望できる、小さな観光地だった。
「静かでしょ? アタシ、疲れたときはここで休憩してるんだよね」
立ち尽くす俺をよそに、望月はベンチに腰を下ろす。
そのまま街を眺め始めながら、ポン、と隣を叩いた。
「ん」
「…………隣に座れと?」
「結構歩いて疲れたでしょ? 一緒に休もうって言ってんの」
時計を見れば、すでに午前零時を回っている。
俺が繁華街に来たのが夜九時だから、遊び始めてから三時間くらいか。
「……そうだな。ありがたく座らせてもらおう」
体力的には問題ない。そんな柔な鍛え方はしていない。
ただ、気疲れというのか。初めての経験ばかりの“今”に、心が追いついていない気がした。
だから一呼吸置きたいと、そう思っている……のかもしれない。
「こんなに遊んだってのに、堅苦しさはゼンッゼン抜けないね」
「そうそう人は変わらん。今日のことは……まあ、言ってしまえば気の迷いだからな」
「ソレ、アタシに対する皮肉?」
「んなわけあるか。俺は望月の真似をした結果、ここにいるんだぞ」
現状を打開したいと思い、そのイメージとして頭に浮かんだのが望月だったのだ。
だから望月を皮肉るなんて、そんな馬鹿な話は絶対にない。
「それに、なんというか……こんな俺でも、俺だからな」
「急に哲学じゃん」
「嫌いじゃないってことだよ。今日はやっぱり、“俺”の尺度だと異常だった」
良くも悪くも俺は堅い。今回のことは得難い経験だったが、しかし、それで揺らぐことはないだろう。
きっと明日も俺は変わらない。
起きて、食べて、鍛えて、寝る。この四工程を繰り返すだけだ。
「なら、キリハラにとって今日のことは……無駄だったの?」
揺れる瞳が俺を見据える。
綺麗な碧眼を見つめかえせば、さらり、と口から言葉がこぼれていく。
「大枠は変わらなくても、間違いなく意味はあった」
「楽しかったと言っただろう。……また遊びたいって、そう思ったんだ」
だから決して無駄じゃない。
街に出た俺の行動も──付き合ってくれた望月の優しさも。
「……そっか」
俺の答えに満足したのか、望月は笑った。
夜の
咲き誇るようだった今までとはまるで異なる色を浮かべて、望月はぐったりと背を預ける。
「ならアタシも嬉しいよ。人を案内するとか、初めてだったし」
「友達を誘うとか、しなかったのか?」
「アタシ、友達いないから」
さらりと答えた。
「素行不良の常習犯、おまけにこの髪。そりゃー関わりたくないよね、絶対厄ネタだもん」
ふっと嘲るように息を吐く。
それが誰に対するものかは──知らないほうがいいのだろう。
「……」
ここだ、と直感した。
どうして彼女が夜毎街に繰り出しているのか。
どうして補導を受けてもそれを止めようとしないのか。
その理由を訊くなら今しかない、そう感じた。
「…………」
けれど──果たして、本当に訊いてもいいのか。
俺と望月は、奇妙な縁でこうして隣り合っているだけの顔見知りだ。
この夜が明けてしまったら、縁も途切れてしまう程度の────いや、違う。
ここで
「なら、考えるべきはひとつか」
俺が彼女との縁を保ちたいか。
それとも一夜の夢として終わらせてしまうか。
どちらを選ぶか、なんて。
──考えるべくもない愚問だな。
だいいち、悩む時点で答えはもう決まってる。
「なあ、訊いてもいいか」
「……なに?」
「どうして望月は夜遊びを続けているんだ?」
実のところ、すでに断片は示されている。
制服のまま──家に帰らずに遊んでいる事実。
友達がいない──素行を改めればすぐ、とは言わないが、望月の面倒見なら作ろうと思えば作れるはず。
補導常習犯──だというのに、彼女が
だからこれは半ば答え合わせであり、意思表示なのだ。
俺は貴女に踏み込みたい、という──明確なまでの意思表示。
「…………聞いてて面白い話じゃないよ?」
「面白がるために話を訊きたいわけじゃない」
「そっか。……ま、キリハラならいいか。その分だと察しついてるっぽいし」
アタシも気になってることあるし、と続けた望月は、空を見上げた。
深い深い夜の闇。透き通るようで、どこまでも光を呑み込んでいるような……夏の夜空を。
「アタシ、ネグレクトされてんだよね」
軽い口調の切り出しに、思わず言葉を失った。
「……それは」
「ああ、でもそれ以上は別にされてないよ? 高校通えてるから忘れられてるわけじゃない。シンプルに、ママの中で優先順位が高くないだけ」
「……ならお母上は、何を優先して……」
「真実の愛」
端的に。
まるでシャッターを下ろすような、ひどく冷めた響きだった。
夜空を見上げる望月の瞳は、焦点も合わず揺れている。
「うちのママさぁ、病気なんだよね。頭が弱いっていうの? 惚れっぽくて、全部あげちゃう〜って男に貢いで……騙される。それを何度も繰り返す」
「……」
「アタシのパパだってそういう手合い。なんか北欧の御曹司? とかママは言ってたけど、十中八九ロクな男じゃない」
──マトモな男が
「アタシみたく顔だけはいい……というか、ママの可愛い顔を受け継いだのがアタシっていうか。まー、そんなんだから男も尽きなくて……」
「……」
「うち帰るとさ、いるんだよね。四六時中……会ったこともないツラの野郎がさ」
気まずいにも程があるっつの、と望月は笑う。
ひび割れた納屋からひゅうひゅうと吹き荒ぶような……聞いているこちらが苦しくなるような、そんな哄笑。
「だから家に帰りたくない。朝まで遊んで、アイツらが寝静まった頃に帰って、寝て……アタシの家なのに、ひたすら居心地が悪いんだ」
家族はそこにいるはずなのに、自分の居場所が見つからない。
それがどれほどの孤独であるのか。あるいは俺よりも──
「……そうか」
「……何も言わないんだね」
「言えないだけだ。……俺のほうも大概だからな」
思わず口からこぼれた言葉に、望月は一瞬、驚いたように目を見開く。
「ああ、だから」
けれどすぐ、納得したように頷いた。
厭な気分にさせたかも、と謝るために口を開きかけた状態で固まる俺を見て、望月は笑う。
「別に、気にしてないよ。ってかさ、そっちが察してたのと同じで、アタシもちょっと察してたから」
「……自分では何も言ってないつもりなんだが」
「ああ、今日だけのことじゃないよ。なんていうか……雰囲気?」
くるくると指先を回しながら、うーんと唸る。
「浮世離れっていうの? やっぱみんなと
どきり、と心臓が高鳴る。
それを抑えて、俺はあえて口角を上げた。
「雰囲気でわかるものなのか?」
「ヤ、さすがに普通はわからないけど、……」
一瞬口ごもった後、望月の顔がわずかに赤くなる。
「……まーそれはいいじゃん! キリハラが目立つってだけだよ!」
「なんだそれ」
「っていうか! アタシのこと話したんだからキリハラも話すのが筋じゃない!?」
「おっと、飛び火したか」
おどけてみせたが、望月の言うことには納得している。
なんでもないふうに誤魔化すことだって出来ただろうに、詳しい事情を話してくれた。
もちろんある程度バレていたから、というのもあるだろう。それでも話してくれたのは彼女自身の誠意で、俺も応えるべきだと思ったのだ。
「しかし、何を話すべきか。望月に劣らず、俺も愉快な話じゃないからな」
「……じゃあ、ジャブ代わりに訊いてもいい?」
頷くと、望月は少し遠慮がちに口を開いた。
「なんでここに来た時、めっちゃビックリしてたの? アタシが言うまでボーッとしてたし……なんかワケとかあったりする?」
「ああ、それか」
気付かれてたのか。望月も望月でよく見ている。
同時に彼女の態度も察しがついた。
「勘違いしてるようだが、べつに何か厭な思い出があるわけじゃないぞ」
むしろ良い思い出というか。
「アレ、そうなの?」
「ああ。ここは……剣ヶ丘眺望台は、親父が唯一俺を連れてきてくれた場所、だからな」
/
「
親父、急にどうしたんだよ。
俺をこんなところに連れてきて。
いつもみたいに鍛錬するんじゃないのか?
「違う」
相変わらず口数が足りないな、親父は。
「……そうだな。俺は……口が上手くない」
限度があるだろう。
俺が息子で良かったな。
「……ああ。……景雪、俺は、
「陽の当たる世は……眩すぎる」
「お前は、特に極め付けだ」
「だから、剣を教えた。生きていける、ように。生きて、いくために。……死なない、ために」
…………。
「此処は……お前だ」
「この世で、唯一、お前と起源を同じくする……戦場」
「いずれ……出会う。出会わざるを、得なくなる」
意味がわからん。
「いずれ、わかる」
不器用で無骨な親父が、俺の頭を撫でた。
はじめてのことだった。
/
「…………」
今も鮮明に思い出せる。
父の手の感触を。父が遺した言葉のことを。
あの親父が、はじめて俺を連れ出したことを。
「ここ以外、どこかに遊びに行く、なんて無駄なことはしなかったからな。ずっと道場にこもって対一で鍛錬だ」
「それ、イヤになったりしない?」
「俺もあの親父の子供ってことなんだろうな。厭になって投げ出すところか、そんな気分すら湧かなかった」
必要だから鍛えるのか、鍛えたいから鍛えるのか。
そんな区分が俺たちの間では曖昧で、親子のコミュニケーションすら鍛錬を通して行なっていた。
誕生日とかクリスマスとか、そんな
……俺が子供じゃなかったら家庭崩壊一直線だな。
「そんなわけで、思い出深い……というか唯一、親父との思い出らしい思い出があるのがこの広場なんだよ」
「はえー……アタシが言えたことじゃないけど、特殊な家庭環境だねえ」
本当にな。
お互いに顔を見て苦笑する。
けれどその分、遊んでいたときよりも、望月の姿が身近に思えた。
だから、油断してしまったのだろう。
俺が人とは違うって、親父も言っていたはずなのに。
「あれ? でもそのお父さん、今回みたいなの許してくれるの? 遊びとか無駄ァ! って人なんだよね?」
「それなら心配いらない。もういないからな」
「んー? 単身赴任とか?」
「ああ、違う違う」
「ちょっと前に殺されたからな、通り魔に」
その瞬間。
隣にいる望月が、ひゅっと息を漏らした。