アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

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第五話 夜のあわいに

 望月と一緒に繁華街の喧騒から離れて、十分ほど。

 俺は望月が言う“穴場”に到着し────呆気にとられていた。

 

 

 色褪せたベンチ。

 がざがざと揺れる暗い木々。

 雨に晒され、錆び切った双眼鏡。

 

 

 あるいは昼ならばもっと人がいたかもしれないこの街の名所。

 だが夜闇に包まれた今では人気(ひとけ)人気(にんき)もない街の外れ。

 ──『剣ヶ丘展望台』。この剣ヶ丘市を一望できる、小さな観光地だった。

 

「静かでしょ? アタシ、疲れたときはここで休憩してるんだよね」

 

 立ち尽くす俺をよそに、望月はベンチに腰を下ろす。

 そのまま街を眺め始めながら、ポン、と隣を叩いた。

 

「ん」

 

「…………隣に座れと?」

 

「結構歩いて疲れたでしょ? 一緒に休もうって言ってんの」

 

 時計を見れば、すでに午前零時を回っている。

 俺が繁華街に来たのが夜九時だから、遊び始めてから三時間くらいか。

 

「……そうだな。ありがたく座らせてもらおう」

 

 体力的には問題ない。そんな柔な鍛え方はしていない。

 ただ、気疲れというのか。初めての経験ばかりの“今”に、心が追いついていない気がした。

 だから一呼吸置きたいと、そう思っている……のかもしれない。

 

「こんなに遊んだってのに、堅苦しさはゼンッゼン抜けないね」

 

「そうそう人は変わらん。今日のことは……まあ、言ってしまえば気の迷いだからな」

 

「ソレ、アタシに対する皮肉?」

 

「んなわけあるか。俺は望月の真似をした結果、ここにいるんだぞ」

 

 現状を打開したいと思い、そのイメージとして頭に浮かんだのが望月だったのだ。

 だから望月を皮肉るなんて、そんな馬鹿な話は絶対にない。

 

「それに、なんというか……こんな俺でも、俺だからな」

 

「急に哲学じゃん」

 

「嫌いじゃないってことだよ。今日はやっぱり、“俺”の尺度だと異常だった」

 

 良くも悪くも俺は堅い。今回のことは得難い経験だったが、しかし、それで揺らぐことはないだろう。

 きっと明日も俺は変わらない。

 起きて、食べて、鍛えて、寝る。この四工程を繰り返すだけだ。

 

「なら、キリハラにとって今日のことは……無駄だったの?」

 

 揺れる瞳が俺を見据える。

 綺麗な碧眼を見つめかえせば、さらり、と口から言葉がこぼれていく。

 

「大枠は変わらなくても、間違いなく意味はあった」

 

「楽しかったと言っただろう。……また遊びたいって、そう思ったんだ」

 

 だから決して無駄じゃない。

 街に出た俺の行動も──付き合ってくれた望月の優しさも。

 

「……そっか」

 

 俺の答えに満足したのか、望月は笑った。

 夜の()()()に花が散るような儚い微笑み。

 咲き誇るようだった今までとはまるで異なる色を浮かべて、望月はぐったりと背を預ける。

 

「ならアタシも嬉しいよ。人を案内するとか、初めてだったし」

 

「友達を誘うとか、しなかったのか?」

 

「アタシ、友達いないから」

 

 さらりと答えた。

 

「素行不良の常習犯、おまけにこの髪。そりゃー関わりたくないよね、絶対厄ネタだもん」

 

 ふっと嘲るように息を吐く。

 それが誰に対するものかは──知らないほうがいいのだろう。

 

「……」

 

 ここだ、と直感した。

 どうして彼女が夜毎街に繰り出しているのか。

 どうして補導を受けてもそれを止めようとしないのか。

 その理由を訊くなら今しかない、そう感じた。

 

「…………」

 

 けれど──果たして、本当に訊いてもいいのか。

 俺と望月は、奇妙な縁でこうして隣り合っているだけの顔見知りだ。

 この夜が明けてしまったら、縁も途切れてしまう程度の────いや、違う。

 

 ここで()()()()()()()()()()()のか。

 

「なら、考えるべきはひとつか」

 

 俺が彼女との縁を保ちたいか。

 それとも一夜の夢として終わらせてしまうか。

 どちらを選ぶか、なんて。

 

 ──考えるべくもない愚問だな。

 だいいち、悩む時点で答えはもう決まってる。

 

「なあ、訊いてもいいか」

 

「……なに?」

 

「どうして望月は夜遊びを続けているんだ?」

 

 実のところ、すでに断片は示されている。

 制服のまま──家に帰らずに遊んでいる事実。

 友達がいない──素行を改めればすぐ、とは言わないが、望月の面倒見なら作ろうと思えば作れるはず。

 補導常習犯──だというのに、彼女が停学処置(ペナルティ)を喰らったことはない。まるで学校側も対応に悩んでいるように。

 

 だからこれは半ば答え合わせであり、意思表示なのだ。

 俺は貴女に踏み込みたい、という──明確なまでの意思表示。

 

「…………聞いてて面白い話じゃないよ?」

 

「面白がるために話を訊きたいわけじゃない」

 

「そっか。……ま、キリハラならいいか。その分だと察しついてるっぽいし」

 

 アタシも気になってることあるし、と続けた望月は、空を見上げた。

 深い深い夜の闇。透き通るようで、どこまでも光を呑み込んでいるような……夏の夜空を。

 

「アタシ、ネグレクトされてんだよね」

 

 軽い口調の切り出しに、思わず言葉を失った。

 

「……それは」

 

「ああ、でもそれ以上は別にされてないよ? 高校通えてるから忘れられてるわけじゃない。シンプルに、ママの中で優先順位が高くないだけ」

 

「……ならお母上は、何を優先して……」

 

「真実の愛」

 

 端的に。

 まるでシャッターを下ろすような、ひどく冷めた響きだった。

 夜空を見上げる望月の瞳は、焦点も合わず揺れている。

 

「うちのママさぁ、病気なんだよね。頭が弱いっていうの? 惚れっぽくて、全部あげちゃう〜って男に貢いで……騙される。それを何度も繰り返す」

 

「……」

 

「アタシのパパだってそういう手合い。なんか北欧の御曹司? とかママは言ってたけど、十中八九ロクな男じゃない」

 

 ──マトモな男が子供(アタシ)をこさえて逃げるかよ。

 

「アタシみたく顔だけはいい……というか、ママの可愛い顔を受け継いだのがアタシっていうか。まー、そんなんだから男も尽きなくて……」

 

「……」

 

「うち帰るとさ、いるんだよね。四六時中……会ったこともないツラの野郎がさ」

 

 気まずいにも程があるっつの、と望月は笑う。

 ひび割れた納屋からひゅうひゅうと吹き荒ぶような……聞いているこちらが苦しくなるような、そんな哄笑。

 

「だから家に帰りたくない。朝まで遊んで、アイツらが寝静まった頃に帰って、寝て……アタシの家なのに、ひたすら居心地が悪いんだ」

 

 家族はそこにいるはずなのに、自分の居場所が見つからない。

 それがどれほどの孤独であるのか。あるいは俺よりも──

 

「……そうか」

 

「……何も言わないんだね」

 

「言えないだけだ。……俺のほうも大概だからな」

 

 思わず口からこぼれた言葉に、望月は一瞬、驚いたように目を見開く。

 

「ああ、だから」

 

 けれどすぐ、納得したように頷いた。

 厭な気分にさせたかも、と謝るために口を開きかけた状態で固まる俺を見て、望月は笑う。

 

「別に、気にしてないよ。ってかさ、そっちが察してたのと同じで、アタシもちょっと察してたから」

 

「……自分では何も言ってないつもりなんだが」

 

「ああ、今日だけのことじゃないよ。なんていうか……雰囲気?」

 

 くるくると指先を回しながら、うーんと唸る。

 

「浮世離れっていうの? やっぱみんなと()()からさ。なんかあるんだろうなー、って思ってた」

 

 どきり、と心臓が高鳴る。

 それを抑えて、俺はあえて口角を上げた。

 

「雰囲気でわかるものなのか?」

 

「ヤ、さすがに普通はわからないけど、……」

 

 一瞬口ごもった後、望月の顔がわずかに赤くなる。

 

「……まーそれはいいじゃん! キリハラが目立つってだけだよ!」

 

「なんだそれ」

 

「っていうか! アタシのこと話したんだからキリハラも話すのが筋じゃない!?」

 

「おっと、飛び火したか」

 

 おどけてみせたが、望月の言うことには納得している。

 なんでもないふうに誤魔化すことだって出来ただろうに、詳しい事情を話してくれた。

 もちろんある程度バレていたから、というのもあるだろう。それでも話してくれたのは彼女自身の誠意で、俺も応えるべきだと思ったのだ。

 

「しかし、何を話すべきか。望月に劣らず、俺も愉快な話じゃないからな」

 

「……じゃあ、ジャブ代わりに訊いてもいい?」

 

 頷くと、望月は少し遠慮がちに口を開いた。

 

「なんでここに来た時、めっちゃビックリしてたの? アタシが言うまでボーッとしてたし……なんかワケとかあったりする?」

 

「ああ、それか」

 

 気付かれてたのか。望月も望月でよく見ている。

 同時に彼女の態度も察しがついた。

 

「勘違いしてるようだが、べつに何か厭な思い出があるわけじゃないぞ」

 

 むしろ良い思い出というか。

 

「アレ、そうなの?」

 

「ああ。ここは……剣ヶ丘眺望台は、親父が唯一俺を連れてきてくれた場所、だからな」

 

 

 /

 

 

景雪(かげゆき)

 

 親父、急にどうしたんだよ。

 俺をこんなところに連れてきて。

 いつもみたいに鍛錬するんじゃないのか? 

 

「違う」

 

 相変わらず口数が足りないな、親父は。

 

「……そうだな。俺は……口が上手くない」

 

 限度があるだろう。

 俺が息子で良かったな。

 

「……ああ。……景雪、俺は、()()()は……人と、違う」

 

「陽の当たる世は……眩すぎる」

 

「お前は、特に極め付けだ」

 

「だから、剣を教えた。生きていける、ように。生きて、いくために。……死なない、ために」

 

 …………。

 

「此処は……お前だ」

 

「この世で、唯一、お前と起源を同じくする……戦場」

 

「いずれ……出会う。出会わざるを、得なくなる」

 

 意味がわからん。

 

「いずれ、わかる」

 

 不器用で無骨な親父が、俺の頭を撫でた。

 はじめてのことだった。

 

 

 /

 

 

「…………」

 

 今も鮮明に思い出せる。

 父の手の感触を。父が遺した言葉のことを。

 あの親父が、はじめて俺を連れ出したことを。

 

「ここ以外、どこかに遊びに行く、なんて無駄なことはしなかったからな。ずっと道場にこもって対一で鍛錬だ」

 

「それ、イヤになったりしない?」

 

「俺もあの親父の子供ってことなんだろうな。厭になって投げ出すところか、そんな気分すら湧かなかった」

 

 必要だから鍛えるのか、鍛えたいから鍛えるのか。

 そんな区分が俺たちの間では曖昧で、親子のコミュニケーションすら鍛錬を通して行なっていた。

 誕生日とかクリスマスとか、そんな()()を徹底的に排斥した関係が、俺たち親子の常だった。

 

 ……俺が子供じゃなかったら家庭崩壊一直線だな。

 

「そんなわけで、思い出深い……というか唯一、親父との思い出らしい思い出があるのがこの広場なんだよ」

 

「はえー……アタシが言えたことじゃないけど、特殊な家庭環境だねえ」

 

 本当にな。

 お互いに顔を見て苦笑する。

 けれどその分、遊んでいたときよりも、望月の姿が身近に思えた。

 

 だから、油断してしまったのだろう。

 俺が人とは違うって、親父も言っていたはずなのに。

 

「あれ? でもそのお父さん、今回みたいなの許してくれるの? 遊びとか無駄ァ! って人なんだよね?」

 

「それなら心配いらない。もういないからな」

 

「んー? 単身赴任とか?」

 

「ああ、違う違う」

 

 

「ちょっと前に殺されたからな、通り魔に」

 

 

 その瞬間。

 隣にいる望月が、ひゅっと息を漏らした。

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