アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
────ああ、まずったな。
「……」
「……」
そりゃあそうだ。
家族の思い出について語った後に、その家族は殺されてるとか、どう考えても話の運びを間違えた。
まして望月にとっては自分が地雷を踏み抜いたようなもので──
「……えと、ごめん。変なこと言っちゃった」
やはり声が沈んでいて、じくり、と罪悪感で胸が痛む。
「ああいや……俺は、気にしてない」
「ヤ、そう言われると余計にさ……」
「違うんだ。本当に、気にしてないんだよ」
──俺たちは、人と違うのだから。
父の言葉が脳裏によみがえる。
「望月がそこに触れたことも……
「……え?」
「そうだな、それが普通なんだよ。俺が、俺たちの方がおかしいんだ」
俺が高校一年生の頃の話だ。
うちの家の前で親父の死体が見つかった。
第一発見者は俺であり、警察などの介入が働かない、生の死体をこの目で見た。
激しい抵抗の末、腕や脚が折れて。
腹を切られ、白かった道着が赤く染まるほど血を流し。
最期には心臓を貫かれ、うつろな顔で死んでいたあの人。
それを見て俺は理解した。
「通り魔に対する恨みもない。親父は、親父らしく死ぬことができた」
棚から落ちた食器が、すとん、とゴミ箱に落ちるような。
親父の死にはそんな奇妙な納得感だけがある。
「あれ以降通り魔被害もないし、案外親父が頑張って相打ちに持っていったんじゃないか……なんてな」
親父もきっと、自分が死んだことは気にしていない。
あの人はそういう人だ。死に場所を────剣を振るう機会を、いつも求めていたから。
そんなふうに思える時点で、俺も親父と同じくズレているのだろう。
「……悪い。変な話をしてしまった」
「……ううん」
夏の夜風が寒々しい。
一瞬、近しく思えた距離が、今では手を伸ばしても届かない。
隣に座っているはずなのに──ああ、くそ。
「……そろそろ、帰ろっか」
「……ああ」
/
「ここまででいいのか?」
「うん」
あのまま、お互いに口を開かないまま繁華街を抜けて。
車の行き交いが随分少なくなった橋を渡ると、いつの間にか家の前に着いていた。
「アタシの家、結構遠いし。送ってもらうのも悪いじゃん?」
「そう、か。望月がそう言うのなら」
我ながらなんとも白々しい。
父が殺されて何も思わなかった、なんて野郎とこれ以上一緒にいたくないに決まってるだろうに。
「今日は楽しかった。……ありがとう」
その言葉に偽りはない。
けれど、きっと次はないのだろう。
そんな思いが言外に滲んでいたのか、望月の顔が微かに曇る。
……そんな顔をさせたいわけじゃないのに。
ああ、でも、今更か。
「……うん」
「それでは、な」
手を振って。
俺は、後悔とともに家の門をまたいで────
「あの、さっ!!」
────寸前に、呼び止められた。
望月はズンズンと俺に向けて近づいてきて。
「スマホ! ロック解除して貸して!!」
「お、おう?」
勢いに押されるまま画面を開くと、望月にスマホをひったくられる。ぽちぽちと不慣れな手つきでふたつのスマホを操作した後、望月は俺に向けてスマホをつっかえした。
「な、何をしたんだ……?」
「連絡先!」
「れんら、……」
つっかえされたスマホを見る。
もっぱら学校の共用連絡網でしか使っていないから、少し手間取りつつも……SNSアプリの中に「望月」の文字を見つけた瞬間、胸が高鳴った。
「これは……」
まるで──違う。
実際に。実際に、俺と望月が繋がっている。
途切れかけていた縁が、実態をもって俺のスマホに映っている。
言葉も出ない俺を見つめて、望月は言う。
「だって、さ」
照れくさそうに。
それでいて自信ありげに。
自らの選択を誇るように。
「これで終わりだなんて……寂しいじゃん」
“また遊ぼう”と。
「さび、しい」
「だってそうでしょ? 一緒に遊んで、楽しかった。なのに連絡先も交換しないとかあり得ないでしょ!」
「だ、だけど、俺はこんなだぞ!? 親父が、家族が殺されても納得するような──」
「ああもううっさい!」
一喝。
「アタシは! アンタと友達になりたいんだ!」
「っ」
「つーか! キリハラが変だとかそんなの前から知ってるし! 雰囲気がみんなと違うって言ったでしょ!? 今更だよ今更!」
半ばやけくそみたいな勢いだったが、しかし。
彼女の言葉は、俺が並べたくだらない言い訳の数々を貫き、俺に真正面から伝わるほどの熱があった。
「……そうか。そうか」
友達に、なりたいのか。
「情けないな俺は。こういうのは俺が言うべきだろうに」
「今は男女平等だから! 男女のどっちが先とか関係ないし!」
「フォローありがとう。でもこれは気持ちの問題でな……恥ずかしいこと、全部望月に言わせてしまった」
それがなにより情けない。
だからせめて、これから先は俺が言おう。
スマホの画面を見て、笑う。
「俺も。……俺も、望月と友達になりたい。これからも、よろしく頼む」
スタンプをひとつ、送信した。
望月もそれに気づいたのだろう。満足そうに息を吐いて……ぼ、と顔を赤く染めた。
「あ〜…………、やっば今更めっちゃ恥ずかしくなってきた」
「ははは」
「イヤなにその笑い方! 言っとくけどアンタも大概だからね!?」
「ははは……、一人になったら悶えるだろうから触れないでくれ、腹を切りたくなる」
「えっサムライジョーク!?」
なんだサムライジョークって、エセ外国人かよ……半分外国人だったか。
ひとしきり笑って、駄弁って、また笑って──
近所迷惑じゃないかと薄々思いつつも、今の時間が楽しくて、名残惜しくて。
一度離れかけたからこそ手放し難い。夏休みに入ったばかりで、学校で会えるわけでもないから余計にだ。
それでも、夜明けは訪れる。
「……うわ、もう一時だ」
「おぉ……初めての時間帯だな。妙に感慨深い」
「健康優良児にもほどがあるでしょ」
──ま、区切りにはいい時間かな、とつぶやいた望月は、スマホを見ながら微笑んだ。
「アイツらも寝てるだろうし、そろそろ帰るね」
「そうか。改めて訊くが、送らなくても大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫。さすがに悪いし……もしアイツらが起きてたら面倒なことになるから」
引け目というか、負い目で断られた先ほどとは違うやりとりを経て、望月はわざとらしく手を振った。
「もし寂しくなったら連絡してもいーよ?」
「……遊びたくなったら連絡するさ」
「あれぇ? 寂しいってのは否定しないの?」
「やかましい」
「へへへ。ま、暇な時間に適当に話題振るくらいがちょうどいいよ。アタシも暇だったら相手したげるし……キリハラも、暇だったら相手してね」
「そうするよ。とはいえ時間は有り余っているからな、大抵は相手できると思うが」
「暇人め〜」
「否定はしない」
最後にお互いに笑い合って。
「それじゃあね、キリハラ。また遊ぼ!」
「ああ、また今度だ」
友達らしく再会を誓って、その日は別れたのだった。
パジャマに着替えて、朝ぶりのせんべい布団に倒れ込む。
使い古しているからか、床の硬さが直に伝わって少し痛い。けれどそれが気にならないくらい、俺の気分は高揚していた。
「友達、友達か。……ふ、ふ」
藤堂先輩に相羽と、少ないながらも友達はいる。
だが俺から友達になりたいと言えたのは、望月が初めてだったのだ。
まあ望月が先に言ってくれたから俺も勇気を持てた形なので、そう誇れるものでもないが。
「今日は良い日だ」
そしてこれからも良い日になる。
変わらなかった俺の日々に、望月という彩りが増えたから。
そんなこと、面と向かっては言えないけど。
なにせあまりにも
「ふ、ふ……ふ、……寝よう」
あふれ出る喜びを抑え込むようにシーツをかぶる。
……明日は寝不足かな? まあ、それでもいいか。
──ぷるるるる、と何かが鳴った。
目覚まし、……じゃない、これは、スマホ?
寝起きでぼおっとする俺を急かすように、喧しく鳴り続ける。
「ん、く……随分、速いな」
もぞもぞと枕元のスマホを手繰り寄せて、画面に表示される『非通知』に首をかしげた。
俺に電話をかけてくる人に覚えはないから、てっきり望月かと思ったんだが……何かのセールスかな?
ぷるるる。
ぷるるる。
ぷるるるるるるる……
「……それにしては随分しつこいな」
無機質な着信音が妙に響く。
そもそも朝七時にセールスなんてあり得るのか? 無理に起こして機嫌を損ねかねない時間に電話をかけるなんてセールスとして破綻している。
ならこれは────なんだ?
ぷるるるるるるる。
ぷるるるるるるる。
「…………」
止まない。
緑色の受話器ボタンがじっと俺を見つめている。
背筋が粟立つ怖気まで感じながら、俺は──ボタンを押した。
「……もしもし」
『ああ、ようやく出てくれた』
安堵したような女の声。
昨日学校で聞いたばかりの馴染み深い声に、知らず、身体から力が抜けた。
「……先輩?」
『そうだとも、君の先輩である藤堂さんだよ』
ああ、このふざけた自己紹介はやっぱり先輩だ。
「そうですけど……先輩、俺の電話番号知ってたんですか?」
『え? ああほら、学校の緊急連絡網ってヤツさ』
そういえばそんなのもあったな、と思い出す。
今どきは大抵SNSのグループチャットでなんとかなるから頼ったこともなかったが──緊急?
「そんなの引っ張り出したってことは学校で何かあったんですか?」
俺の問いに、電話越しに言い淀む。
『……実は、うん、そうなんだ。結構な大事だから、まだあんまり伝わってないんだけど……』
「何かあるなら手伝います。今日は予定もありませんし」
『ダメだ』
その一言に込められた拒絶の強さに、ぴくりと震える。
『ああ、いや……ちょっと強すぎたかな? でも、ダメってことは本当だから。その気持ちは嬉しいけど……君が手伝えることじゃない』
「そう、ですか。なら……何があったんですか?」
『…………』
どうもさっきから判然としない。
普段の先輩ならあっけらかんと口にして、唖然とする俺を笑うくらいはするはずなのに。
なんなんだ。
一体何があったんだよ。
「先輩」
『……そうだね。蚊帳の外では、君も納得しないだろう』
いいかい、と先輩は前置きした。
心を強く保つように、とも付け足して。
『昨夜二時頃、望月エリカが何者かに殺害された』
「……………………は?」