アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争   作:とりあえず一回ヒロイン殺したい

7 / 15
第七話 お前は誰だ

 死んだ。

 望月が。

 望月が? 

 

 なにを、

 

「なにを、言って……」

 

『事実だよ。今朝に警察が望月エリカの死体を発見している』

 

 無様にも狼狽える俺に、先輩が端的に事実を突きつける。

 情感も何もない、ただの指摘。ひどく冷たく聞こえるそれも、その実、俺に対する気遣いに満ちていた。

 俺が現実を受け止められるように、という──いっそ残酷なまでの気遣いが。

 

「そう、ですか」

 

 ふと、力が抜けて布団に倒れ込む。

 天井を見上げる。脳髄が麻痺して、思考がまとまらなかった。

 

『桐原くん』

 

「……ああ、はい、なんでしょう」

 

『きみは今日、家から出ないほうがいい』

 

「何故です?」

 

『彼女を殺した犯人が、まだ街を彷徨いているかもしれないからだよ』

 

 望月を殺した、犯人。

 ぴくり、と指先が痙攣する。

 

「犯人」

 

『安全のために、きみは家から一歩も出ないこと。諸々の雑務は私たちが請け負うから』

 

「先輩たちだって危ないでしょう。どうして俺だけ?」

 

『今のきみが心配だから、かな』

 

 先輩の声は穏やかで、どこまでも優しい。

 

『親しい友達を殺されたんだ。今は受け止めきれなくても、何がきっかけで決壊するかわからない。そんな状態のきみを手伝わせるわけにはいかないだろう?』

 

「……俺に」

 

 俺に、そんなまともな情緒があるのか。

 たとえ世間的におかしくても、確かに通じ合っていた父を殺されてなお悲しみもしなかった俺に。

 そう言いかけて、しかし、言葉が出てこない。

 

『ともかく、家でゆっくり休みなさい。いいね?』

 

「……わかりました」

 

 喉のつっかえを隠すように、俺はかろうじて声を返す。

 何もかも現実感に欠けたまま、俺と先輩との電話は終わった。

 

 

 

 /

 

 

 

「結局連絡したんだな、ツグミサンはよ」

 

「……うん。知らないまますべてが終わるのは不憫だと思ってね……けど、知らせない方がよかったかも」

 

「なんだよ、アイツそんなに驚いてたのか」

 

「驚くっていうか、呆然としてたよ。声だけの印象だけどね」

 

「……親父が殺されても平然としてたアイツが、か?」

 

「その言い方はやめなさい」

 

「へいへい。まあ、オレとしちゃそっちの方が好みっていうか──ちょっと安心したぜ。ダチが殺されて平然としてるヤツよりか、少しでも堪えてくれる方がダチのやり甲斐がある」

 

「……そうだね。私もちょっと安心したよ。彼の深いところは、私たちもよく知らないから」

 

()()()()()()()()()()()()()()()だけど、な」

 

「でも、それももうすぐ終わる。望月ちゃんには悪いけど、ようやく尻尾を出してくれたんだ……この機会を逃すわけにはいかない。悠斗」

 

「おう、サツとの連絡は済んでるぜ。いつでも行ける」

 

「よし──百年の呪いに終止符を打とう」

 

 

 

 /

 

 

 

 先輩との電話を終えてから。

 俺はじっとスマホを見ている。

 画面に映るのは、昨日交換したSNSのトーク画面。

 

「……結局、一言も話せなかった」

 

 話す間もなく、彼女は死んだ。

 死んでしまった。

 殺されたのだ。

 親父と同じように。

 

「…………」

 

 天井を見上げる。

 全身がひどく怠い。脳髄が膿んでいた。

 

「…………俺は、何を」

 

 親父が死んだときは、こんなふうにはならなかった。

 そうなのか、と当然のように納得して、普通の日々に戻っていたはず。

 諸々の手続きは面倒だったから、その分憂鬱だったかもしれないが……少なくとも、それをこなすだけの気力はあったように思う。

 

 こんな無様な姿はさらさなかった。

 

「無様? ……は、はは」

 

 今更何を気にすると言うのだろう。

 家族を失い、友達を失い────俺が無様をさらしたとて、見る人なんて誰もいないのに。

 

「……っ」

 

 胸を掻きむしる。

 夏の朝だというのに心臓が冷え切って息苦しい。

 光さえ見えない深海で、何もできずに溺れているようで────苦しさを吐き出すこともできない。

 

『あ、もしかしてアタシのことが羨ましくなって真似しちゃったり、なんて』

 

 脳裏に、彼女の声がよみがえる。

 無計画に飛び出し、その先で出会って……力強く俺の手を引いたあの姿。

 

 忘れられるはずがない。

 彼女にとっては些細な出来事でも、俺にとっては、自分ではありえない選択をしたのだから。

 

「…………」

 

 そして。

 だからこそ、夜に咲く花が枯れるように、些細な疑問が鎌首をもたげた。

 

『で、でもさ、それならなんでこんなとこでぼーっとしてたの? せっかく来たんだから遊ばなきゃ損じゃん!』

 

 もし……もし。

 もし、()()()()()()()()()()

 

『アタシが夜の街、案内してあげる』

 

 もし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 もし──俺と一緒に行動したせいで。

 彼女が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は……。

 

「…………どうすれば、良かったんだ」

 

 わからない。

 ……考えたく、なかった。

 

 もがきながら布団を這い出る。

 布団脇のテーブルに投げていた眼鏡を手に取り、のろのろと服を着替えた。

 多分、一種の防衛本能なんだろう。何も考えたくなくて、それでも、じっとしているのは苦しくて……ただ普段の行いを反復しているだけ。

 

 頭の中、妙に冷めた部分がそう結論づけたが……そうだとして、何かが変わるわけでもなかった。

 

「…………」

 

 ふらふらと玄関まで歩き、取っ手に手をかける。

 一瞬、先輩の声が脳裏を過ぎるも……俺は構わず、家を出た。

 

 

 /

 

 

 喧騒が遠い。

 行き交う人や、車の姿までも朧気で……どうやって自分が歩いているかも定かではなかった。

 はたから見れば随分と不安定に見えただろう。

 

 もっとも、待望の、()()()()()()()の夏休みの只中で、わざわざ見知らぬ人間を気に掛ける輩がいるとは思えないが。

 

「…………」

 

 ぼやぼやと得体もないことを考えながら、俺は歩く。

 

 歩く。

 歩く。

 歩く。

 ──……歩く。

 

 その間も、ずっと、ずっと、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。

 振り払おうとしても、その気力すら……いや、違うか。

 

 振り払おうとする気も湧いてこないのだ。

 彼女の影が名残惜しくて。

 

「…………ははは」

 

 乾いた自嘲がこぼれ落ちる。

 それは何も生み出さない。ただ自分を苛み、現実を拒むだけの、無意味な行動だ。

 

 ──以前の俺なら、軟弱だと怒るだろうか。

 ……怒るだろうな。

 

「………………」

 

 歩く。

 歩く。

 歩く。

 俺は歩く。湧き上がる不安と、黒い感情を踏み鳴らすように。

 

 ただひたすらに、俺は歩き続けた。

 目的地も定まらぬまま……それはさながら、行き先も知らない線路の上を往くように。

 

 夜に咲く花のようだった彼女の影を、追うように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定