アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
死んだ。
望月が。
望月が?
なにを、
「なにを、言って……」
『事実だよ。今朝に警察が望月エリカの死体を発見している』
無様にも狼狽える俺に、先輩が端的に事実を突きつける。
情感も何もない、ただの指摘。ひどく冷たく聞こえるそれも、その実、俺に対する気遣いに満ちていた。
俺が現実を受け止められるように、という──いっそ残酷なまでの気遣いが。
「そう、ですか」
ふと、力が抜けて布団に倒れ込む。
天井を見上げる。脳髄が麻痺して、思考がまとまらなかった。
『桐原くん』
「……ああ、はい、なんでしょう」
『きみは今日、家から出ないほうがいい』
「何故です?」
『彼女を殺した犯人が、まだ街を彷徨いているかもしれないからだよ』
望月を殺した、犯人。
ぴくり、と指先が痙攣する。
「犯人」
『安全のために、きみは家から一歩も出ないこと。諸々の雑務は私たちが請け負うから』
「先輩たちだって危ないでしょう。どうして俺だけ?」
『今のきみが心配だから、かな』
先輩の声は穏やかで、どこまでも優しい。
『親しい友達を殺されたんだ。今は受け止めきれなくても、何がきっかけで決壊するかわからない。そんな状態のきみを手伝わせるわけにはいかないだろう?』
「……俺に」
俺に、そんなまともな情緒があるのか。
たとえ世間的におかしくても、確かに通じ合っていた父を殺されてなお悲しみもしなかった俺に。
そう言いかけて、しかし、言葉が出てこない。
『ともかく、家でゆっくり休みなさい。いいね?』
「……わかりました」
喉のつっかえを隠すように、俺はかろうじて声を返す。
何もかも現実感に欠けたまま、俺と先輩との電話は終わった。
/
「結局連絡したんだな、ツグミサンはよ」
「……うん。知らないまますべてが終わるのは不憫だと思ってね……けど、知らせない方がよかったかも」
「なんだよ、アイツそんなに驚いてたのか」
「驚くっていうか、呆然としてたよ。声だけの印象だけどね」
「……親父が殺されても平然としてたアイツが、か?」
「その言い方はやめなさい」
「へいへい。まあ、オレとしちゃそっちの方が好みっていうか──ちょっと安心したぜ。ダチが殺されて平然としてるヤツよりか、少しでも堪えてくれる方がダチのやり甲斐がある」
「……そうだね。私もちょっと安心したよ。彼の深いところは、私たちもよく知らないから」
「
「でも、それももうすぐ終わる。望月ちゃんには悪いけど、ようやく尻尾を出してくれたんだ……この機会を逃すわけにはいかない。悠斗」
「おう、サツとの連絡は済んでるぜ。いつでも行ける」
「よし──百年の呪いに終止符を打とう」
/
先輩との電話を終えてから。
俺はじっとスマホを見ている。
画面に映るのは、昨日交換したSNSのトーク画面。
「……結局、一言も話せなかった」
話す間もなく、彼女は死んだ。
死んでしまった。
殺されたのだ。
親父と同じように。
「…………」
天井を見上げる。
全身がひどく怠い。脳髄が膿んでいた。
「…………俺は、何を」
親父が死んだときは、こんなふうにはならなかった。
そうなのか、と当然のように納得して、普通の日々に戻っていたはず。
諸々の手続きは面倒だったから、その分憂鬱だったかもしれないが……少なくとも、それをこなすだけの気力はあったように思う。
こんな無様な姿はさらさなかった。
「無様? ……は、はは」
今更何を気にすると言うのだろう。
家族を失い、友達を失い────俺が無様をさらしたとて、見る人なんて誰もいないのに。
「……っ」
胸を掻きむしる。
夏の朝だというのに心臓が冷え切って息苦しい。
光さえ見えない深海で、何もできずに溺れているようで────苦しさを吐き出すこともできない。
『あ、もしかしてアタシのことが羨ましくなって真似しちゃったり、なんて』
脳裏に、彼女の声がよみがえる。
無計画に飛び出し、その先で出会って……力強く俺の手を引いたあの姿。
忘れられるはずがない。
彼女にとっては些細な出来事でも、俺にとっては、自分ではありえない選択をしたのだから。
「…………」
そして。
だからこそ、夜に咲く花が枯れるように、些細な疑問が鎌首をもたげた。
『で、でもさ、それならなんでこんなとこでぼーっとしてたの? せっかく来たんだから遊ばなきゃ損じゃん!』
もし……もし。
もし、
『アタシが夜の街、案内してあげる』
もし、
もし──俺と一緒に行動したせいで。
彼女が、
俺は……。
「…………どうすれば、良かったんだ」
わからない。
……考えたく、なかった。
もがきながら布団を這い出る。
布団脇のテーブルに投げていた眼鏡を手に取り、のろのろと服を着替えた。
多分、一種の防衛本能なんだろう。何も考えたくなくて、それでも、じっとしているのは苦しくて……ただ普段の行いを反復しているだけ。
頭の中、妙に冷めた部分がそう結論づけたが……そうだとして、何かが変わるわけでもなかった。
「…………」
ふらふらと玄関まで歩き、取っ手に手をかける。
一瞬、先輩の声が脳裏を過ぎるも……俺は構わず、家を出た。
/
喧騒が遠い。
行き交う人や、車の姿までも朧気で……どうやって自分が歩いているかも定かではなかった。
はたから見れば随分と不安定に見えただろう。
もっとも、待望の、
「…………」
ぼやぼやと得体もないことを考えながら、俺は歩く。
歩く。
歩く。
歩く。
──……歩く。
その間も、ずっと、ずっと、彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
振り払おうとしても、その気力すら……いや、違うか。
振り払おうとする気も湧いてこないのだ。
彼女の影が名残惜しくて。
「…………ははは」
乾いた自嘲がこぼれ落ちる。
それは何も生み出さない。ただ自分を苛み、現実を拒むだけの、無意味な行動だ。
──以前の俺なら、軟弱だと怒るだろうか。
……怒るだろうな。
「………………」
歩く。
歩く。
歩く。
俺は歩く。湧き上がる不安と、黒い感情を踏み鳴らすように。
ただひたすらに、俺は歩き続けた。
目的地も定まらぬまま……それはさながら、行き先も知らない線路の上を往くように。
夜に咲く花のようだった彼女の影を、追うように。