アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
遠く、喧騒が聞こえる。
鬱陶しくてやかましく、耳をキンとつんざくような──長く身を置きたくはない、そんな喧騒。
それに気付いた途端、ぐっと視界にぎらつく光が輝き、視界がひらけた。
「……ここは」
繁華街。
どうやら俺は、またここに来てしまったらしい。
夜中に訪れた昨日と違い、今日は朝の八時。
ぎらつくネオンは鳴りを潜め、代わりと言わんばかりに太陽がさんさんと街並みを照らしている。
……いや、逆か。ネオンが太陽の代わりなのだ。
まあどちらにせよ、眩しいことに変わりはない。
俺は反射的に手をかざし、陽の光を遮る。
「…………」
うだるような暑さだった。
昨日は夜中だったし、暑いというより人ごみ故の息苦しさの方が印象深かった。
対して今日はまだ朝方だ。人はそう多くなく、純粋な日差しの熱でじりじりと肌が焼かれていく。
視界を少し先に投じれば、その証左を示すように
「…………」
俺は、止まった足を再び動かした。
/
この繁華街は、この街──剣ヶ丘市の住宅街と剣ヶ丘駅の間を繋ぐように栄えている。
規模自体はそれほど大きくないが、都会とは言い難いこの街においては若者たちの格好の遊び場であり、同時に生活を支える基盤でもある。
だから地方の中では幾分マシな方らしい。
まあ、全部望月からの受け売りだが……それでも故郷を褒められて悪い気はしないから、記憶に残っていた。
「……」
そんな繁華街を独り歩く。
昨日二人で入った服屋、靴屋を通り過ぎ、買い食いを体験したアイスの店……どれもこれも新鮮な体験だった。
多分、普通の人からすれば、それはきっとありふれたもの。
それでも俺にとっては、得難いものだったのだ。親父にすら与えられなかったものを、望月が与えてくれたのだ。
「…………っ」
だからこそ苦しい。
もう二度と積み上げることのできない事実が。
ぐるぐると腹の底が焼かれたように熱くなり、自然、足が止まる。
急に立ち止まった俺に向けて、周囲から怪訝な目線が飛んでくるも……すぐに逸れて去っていく。
ぎ、と拳を握りしめる。
固く、固く握りしめても血の一滴すら流れない、無意味に鍛えただけの拳を。
なら一体、なんのために、俺は────
「…………あら?」
泥のような思考の渦に沈みかけた時だった。
横合いから聞き覚えのある声がかけられ、咄嗟にそちらに振り向くと。
「見覚えがあると思ったら……君、昨日の子よね? 顔、真っ青じゃない。何かあったの?」
「………………あなた、は」
特徴的な女性口調。程よく鍛えられて、けれど第一にしなやかと感じさせる肉体。
つい先日、望月と一緒に訪れたダーツバーで俺たちを歓迎してくれた店主──マスターがそこにいた。
/
コトリ、と水の入ったコップが置かれて、控えめに水面が揺れた。
「ごめんなさいね、まだ開店前だからこんなものしか出せなくて」
「いえ、お構いなく。涼める場所を提供してもらっただけで充分です」
俺はコップを傾けて冷水を喉に流し込み、ほう、と息を吐いた。
──あの後、顔色が悪い俺を見た
昨日訪れたばかりなのに、人も明かりもないだけで随分と様相が違う。なんというか、雰囲気があるというか……こんな状況でもなきゃ存分に浸れたんだけどな。
「……顔色は少し良くなったみたいね。よかったわ」
「……そんなに悪かったですか?」
マスターは間髪入れず、真顔で頷いた。
「ええ、かなり。今にも倒れてしまいそうなくらいね」
……良くはないと思っていたけど、しみじみと頷かれるほどか。
変に言葉を尽くされるより、かえって真に迫っている。俺は改めて頭を下げた。
「いいのよ、私がほっとけなかっただけ。そんな感謝されることじゃないわ……それで、だけど」
そこでマスターは言葉を濁した。その意味は……まあ、薄々理解できる。
俺は一度、水で喉を潤してから……首を振った。
「……そう、ですね。あまり人には、
彼だって望月の知り合いなのだ。
俺よりも付き合いが長いだろうし、望月が死んだ、などと直球に言うことは憚られる。
知るべきタイミングは皆と一緒であるべきだ。
躊躇いがちの俺の言葉に、しかし。
「そう。なら訊かないわ」
マスターは躊躇いを見せず、はっきりと頷いた。
あまりにもあっさりな反応だったので、俺の方が呆気に取られてしまった。
ぽかん、とした間の抜けた顔を見て、くすりとマスターが笑みを漏らす。
「なぁにその顔。私、人が
その言葉に、俺は思い出した。
彼はいかにも訳アリな望月に対して何も訊かず、さりとて誰かに突き出すようなこともせず、ただこの店という場所を提供していた、ということを。
「……ありがとうございます」
「いちいち堅苦しいんだから。私はね、私が正しいと思うことをしているだけ。それで何か得られるとするなら、きっと私の『納得』だけよ。感謝されるほど仰々しい行いじゃないわ」
「それでも、ありがとうございます。あなたが自分の行いに『納得』するように、俺もあなたに感謝しないと『納得』ができないので」
いらないと言うならそれでいい。聞き流すだけで構わない。
俺は感謝し、彼がそれを一旦は受け取った。それでお互いに納得できるのだから。
そう言うと、今度はマスターが呆気に取られた顔をした。
「……ほんと、イマドキの子とは思えないくらい堅苦しくて……強情ね」
「近所の方にもよく言われました。ですが、改めようとは思いません。これが俺なので」
「っふ、何それ。でも私、嫌いじゃないわぁ」
────望月ちゃんも、そういうお堅いところが気に入ったのかしらね。
軽く吹き出した後、マスターがぼそりとつぶやいた。
彼は何かを懐かしむように……俺を通して誰かを見つめている。その先に彼女の姿があることは明白だった。
俺は動揺をさらさないように、努めて表情を取り繕いながらやり過ごそうとして……ふと、魔が刺した。
「……一つ、訊いてもいいでしょうか?」
「なにかしら。あ、スリーサイズは禁止ね」
「違います。あの……望月のことを、お聞きしたく」
彼の望月との付き合いは俺よりも長い。
だからきっと、俺の知らない彼女の姿もあるはずで──それを知りたいと、少しでも思った時にはもう、口が動いていた。
マスターは、ふう、と息を吐いて、こちらを見る。
望月ではなく、俺にピントを定めて。
「私は訊かないのに、君は訊いてくるのね?」
「……申し訳ありません」
「ああ、別に怒ってるんじゃないのよ。ちょっとね、何を話せるか考えててね……。望月ちゃん、結構フクザツな環境だから……」
マスターの方から聞き出すことはなかったが、望月の方から時折愚痴という形で事情を漏らしていたらしい。
……多分、意図的だろうな。それでもいいから誰かに聴いて欲しかったのだ。
だからこそマスターとしては、それを俺に話していいものか迷っているのだろう。
「……俺もある程度は知っています。先日、本人から聞きました」
「へえ? ……ちなみに、それを聞いて率直にどう思った?」
「彼女の気持ちは俺に計り知れるものではないと……だから何も言えませんでした」
俺には家族がいた。
鍛錬という形であろうとも、俺と親父の間に確かな関係性が結ばれていたのだ。
それはもうとっくに失われているし、それが正しい家族の形からは外れていることも理解している。
ただ、それはそれ。俺はそれに納得しているから、そうでない望月にしたり顔で何か言えるわけがない。
彼女の気持ちは彼女だけのもの。計り知れない俺が、無意に言語化していいものではない。それはきっと、何であれ本当の形からはズレているから。
そのように答えると、マスターの目が一瞬見開いてから……綻んだ。
「そういう君だから、あの娘も話したのかもね。……いいでしょう、私も多くを知ってるわけじゃないけど……」
ことの始まり。望月が店を訪れたのは、もう数年前のことかしら。
マスターはそう、過去を懐かしむように微笑んだ。