アンデッド×ソード/桐原景雪の闘争 作:とりあえず一回ヒロイン殺したい
「そうねえ。最初は、彼女が中学生の頃だったかしら」
店主が望月エリカと出会ったのは、ほんの数年前のこと。
夜にふらふらと放浪する中学生──そんないかにも訳アリな少女を見咎めたのが始まりだったと彼は語る。
「最初はお家に帰ることを勧めたわ。一応ね? それが大人ってものじゃない」
そう悪戯っぽく笑う店主に、景雪は苦く微笑んだ。一応、という前書きから来る店主の「変な人」らしさと、当時のエリカに思いを馳せて。
最初、大人らしくエリカを諭した店主だったが、当の彼女はその言葉を聞いて鼻で笑ったという。
いかにも不良少女らしい立ち振る舞いで……しかし、その瞳に滲み出るものがあったという。
それはきっと、怒りだとか、寂しさだとか、憎しみだとか……そういったモノが入り混じった末の、汚泥じみた成れの果て。
エリカは何も言わない。誰かに伝えてなんとかなる段階はとっくに過ぎていた。
そういう境遇に在る者の眼を……単に夜遊びに耽る不良としては情緒的過ぎる瞳を見て、店主は何も言わず、自分の店に彼女を誘ったのだった。
「あの頃の彼女は、だぁれも信用してなかったわ。そりゃそうよね。一番身近な大人があのザマで、誰かを信頼できるわけがない」
そんな姿が痛々しくて……本当に、道端に捨てられた子猫のようで、思わず店に入れちゃったわ、と店主は笑った。
当のエリカは、誘われたことにぽかんとした。
それも当然だ。夜遊びを咎められ、その善意を突っ返し、かと思ったら何も聞かずに店に誘われたのだから。
当時の彼女にとっては想像の埒外だったのだろう。呆気に取られ、それでも好奇心は疼き……自身の良識と秤にかけた末、彼女は店に立ち入った。
「可愛かったわぁ。初めて見るものばかりで目を輝かせてたもの。まあ私が話しかけると唸っちゃうからほっといたけどね? そこも猫みたいで可愛いから、全然気分は悪くなかったわ」
そうして店に入れたものの、最初のうちは店内をうろつくばかりで、エリカは何もしなかったという。
飲み物も飲まず、ダーツも遊ばず。警戒心に満ちた顔つきで椅子に座り、雑務をこなす店主をじっと眺めるだけ。
それでも屋外に比べれば随分と過ごしやすく、店主が居座ることを咎めもしないから、深夜まで時間を潰すこともしばしばあり……それを繰り返すうちに、エリカも警戒を解いていった。
「寒い冬の日だったかしら。いつもみたいにあの娘が入ってきたんだけど、震えててねえ……見てて良い気分にならないから、温かいミルクを出したのよ。何も言わずにね」
エリカは言った。『アタシ、金持ってないです』
店主は返した。『いらないわ。私が勝手に出しただけだもの』
エリカはそう聞いて、警戒心を滲ませながら、それでも誘惑に抗えず……ミルクを飲んで、心底安心したように笑い。
そこでようやく完全に警戒を解いて、エリカと店主の付き合いが始まったのだ。
「ここで面白いのがね、あの娘次の日にミルク代持ってきたのよ。いらないって言ってるのに、『……ヤ。悪いんで』とか言ってね。すごく強情だったわぁ……最終的にダーツ代として受け取ったけどね。ミルクは私の勝手だもの」
「……そこで素直に受け取らないあなたも大概だと思いますよ」
「えー?」
そこでエリカは初めてダーツに触れ、その魅力を知った。
最初は的に当たりすらしなかったが、数を重ねて……店に訪れるたびに、少しずつ上手くなっていったのだという。
そんなことを積み重ねるうちに、エリカの人当たりも少しずつ改善されていった。
不良少女らしい口調は変わらないまま、よく笑い、人並みに怒り、時折愚痴を吐き……今の景雪が知る望月エリカとなったのだ。
「ウチの店、それなりに常連がいるんだけどね。あの娘けっこう人気なのよ」
「……でしょうね、あの人当たりの良さなら」
「それもあるし、単純に可愛いのよ。親のおかげ、なんて絶対言えないけど……やっぱり血で受け継がれるものってあるのね。恋人が絶えないっていうお母さんのことも理解できるわ」
望月エリカは容姿が整っている。
景雪が以前聴いたように、それは客観的な事実である。
顔貌の造形。輝く金髪。澄んだ碧眼。しなやかな身体。それら全てが彼女の際立った容姿を支えている。
「中学生の時は幼さが目立ったけど、今は違うわ。垢抜けてどんどん可愛くなってる。学校では不良として有名だから避けられてるって言ってたけど……多分、それだけじゃない」
「……そうですね。望月は、学校では目立ちますから」
エリカは学校で浮いている。素行不良、それだけでなく……その美貌ゆえ。
そしてそれは学校だけにとどまらない。彼女が行く場所では大抵そうなるのだ。
──
「だからこそ、魅力的に映るのでしょうね。……守ってくれるものも少ないから」
「…………」
本来は両親がその役割を担うはずだった。
けれど母親にとって望月の優先順位は低く、父親に至っては消息不明。頼りになるはずもない。
その代わりを務めていたのがこの店主なのだ、と景雪は遅まきながら理解した。
「私ね、エリカちゃんが卒業したらうちで雇うつもりなの」
「……そう、なんですね」
「彼女なら高卒でもなんとかなるわ。容姿と愛嬌はこの世でいちばんの武器だもの。……でも、多分、それを武器にしている限り、あの娘はどこに行っても浮いてしまう」
ならばせめて、地に足を付けられる場所で安心させてあげたいのだと。
地頭はいいから資格を身につけさせるのもいい。容姿だけで生きていくのではなく、それ以外で生きていくための術を学ばせてあげたいと店主は語る。
その顔はとても優しげで……それを見た景雪は、ぐ、と拳を握りしめた。
表情には現れないよう、硬く唇を噛み締めながら。
何も言えない。言えるわけがない。
そんな優しい顔をした人に、望月は死にました、などと伝えられるほど、景雪は恥知らずではなかった。
堪える景雪を前に、店主はにわかに微笑んだ。
「実はね、あの娘がここに連れてきた子ってあなたが初めてなのよ」
「……俺が?」
「ええ。もしかしたら、初めての友達かも。だからね、桐原くん。何があったか知らないけれど、あの娘と仲良くしてあげてね」
「…………はい」
言えない。
言えるわけがない。
望月が死んだ原因が、もしかしたら、自分と仲良くなったせいかもしれない──などと。
景雪は恥知らずではない。
けれどそれ以上に、そう告げることが恐ろしく感じる程度には、彼は子供だった。