ピックアップガチャ(固定)スキル持ちの転生TS美少女が行く、激動昭和なお話 作:葛城
──巨悪の一日は、鳴り響く目覚まし時計を止めるところから始まる。
この世の邪悪を集めて煮詰めた後、その隣に置かれた、昨夜からうっかり置きっぱなしにしていたカレーを見つけてしまったかのような顔で、巨悪……恐怖の大王である彼女は、のそっとベッドから顔を出した。
彼女はまず、そのまま二度寝をする。恐怖の大王は悪いやつなので、二度寝は当たり前のようにする。
念のためと設置されていた、もう一つの時計。
10分後に鳴り響いた目覚まし時計を、まるで親の仇であるかのように睨みつけた彼女は……渋々、ベッドから降りた。
そうして、彼女は……悪いやつなので、寝起きすぐに備え付けの冷蔵庫へと向かい、キンキンに冷やした酒に手を伸ばす。
その酒の名は……あえて名前はぼかすが、スゥゥゥプゥゥゥドゥラアアアイ、なやつである。
それを、一口。
うげぇ、と顔をしかめた彼女は、眠気覚ましとしてこれを使う。酒にはまったく酔わないのだけど、彼女は酒の味がどうにも苦手であった。
そして、目がすっきり覚めたら、シャワーを浴びて汗を流す。邪悪は、身だしなみにも気を使うのである。
なにせ、季節は夏……空調の効いた室内とはいえ、汗はたっぷり掻く。
常人なら寝起きに酒とかヤバいし、医者が見たら舌打ちされそうな所業だが、恐怖の大王である彼女は平気なのだ。
しっかり歯を磨き、衣服も……異空間より取り出したアイロンにて、きっちりシワを伸ばして……準備完了。
ホテルをチェックアウトした彼女が向かうのは……戦場へ向かう前の儀式、朝食を取るための立ち食いそば屋である。
それも、立ち食いそば屋ならどこでも良いというわけではない。
彼女が向かうのは、いつも同じ立ち食いそば屋……最近は馴染みになったおかげか色々と勝手が分かるようになってきたので、すっかり通うようになったのだ。
彼女は、千賀子と同じくワープで移動も可能だ。
それを応用して瞬時に店の前へとやって来た彼女は、意気揚々と店に入り……指定席になっている、店の一番奥側のカウンターに立つ。
この場所には、他の席とは違って分厚い板が敷かれているのだ。
これまではちょっとカウンターの位置が合わなくて食べにくかったが、この分厚い板のおかげで、ちょうど良い感じになっている。
だいたい同じ時間帯に彼女は来るわけなのだが、いつもそこが空いているのも、この店を気にいっている理由の一つである。
「──かき揚げと卵、そばは熱いのをちょうだい」
「へい」
そして、いつものように勝負飯を頼む。
これから、彼女は勝負に打って出るわけだ。
勝負の前はしっかり食事を取って英気を養い、挑む……飯を抜いてしまえば、勝てる勝負も勝てなくなるから。
「へい、おまち」
「おお、これこれ……」
彼女の前に置かれた、かき揚げと生卵が乗っかった熱いそば。
最初の頃は店主の目分量が下手くそ(と、彼女は思っている)のせいで残していたが、最近は分かって来たのかどれも量が少ない。
彼女は知る由も無い事だが、その量はどう見ても『かき揚げ(小)、たまご(S)、そば(小)』という、下手したら騒動になりかねない露骨な少なさであった。
しかし、それが彼女にとっては丁度良い。
以前のアレはごちゃごちゃと載せすぎだと思っていたので、むしろ今の方が見た目も量も素敵だと思っていた。
そして、それを……彼女は小さな口をちょこちょこ動かして、20分程かけて食べ終えると……釣りは要らぬと1000円札を置いて、店を出る。
目指すは……阿倍野のあたりに出来た、本日新装開店のパチンコ屋。
現代は不明だが、この頃のパチンコ屋って、新装開店の日はご祝儀みたいな感じで出やすい設定になっていたのだとか。
勝負師は、場所と相手を選ばない……けほけほ、と、先ほどのそばに入れすぎた七味唐辛子のダメージを堪えつつ、店へと向かった。
……。
……。
…………結果は、3時間で+3000円であった。
いや、勝ってはいたのだ。
ただ、勝った後、このままもっと行ける、ここからだと熱を入れたせいで……引き際を誤ってしまったせいだ。
これも、大当たりが出て脳汁プシャーで頭も心臓もカッカと燃え上がったのが良くなかった、脳汁は気持ちいいのだ。
おかげで、うっかり台を叩きそうで大変だった。
現代だとある程度はクリーンなイメージになっているパチンコ業界だけど、この頃のパチンコというのはとにかくガラが悪かった。
糞台めと台を叩けば最後、店の奥からサングラスを付けた厳ついお兄さんが出てきて店の奥へと案内され……というパターンになってしまう。
叩く寸前、チラッと強面のお兄さんがこちらを見ているのを視界の端で確認できたから、ギリギリセーフであった。
なお、別に強面のお兄さんが常駐しているのは、この頃は別に不思議ではない。
それは客層のガラも悪かったので、それに合わせて店員側もガラが悪い者を……話を少し戻そう。
現代では当たり前になっている、三つの数字が揃って大当たり方式が1980年代に登場してから、それまで売り上げが落ち気味になっていたパチンコは息を吹き返していた。
というのも、それまでのパチンコ台はちょっとずつ弾が増えていくといった作りになっていて、インベーダーゲームにその人気を奪われていた。
しかし、1980年代に入ってから登場したフィーバー機と呼ばれる、絵柄や数字を揃えて当たればドバっと弾が大量に出てくる方式に変わってから、一変した。
あまりにも人気が上がり過ぎたおかげで規制が入ったくらいで……まあ、今の彼女がやっているのも、フィーバー機である。
いったいどういうモノなのか……形状や作りはちょっと違うけど、現代パチンコの初代と思ってくれたら良いと思う。
なお、この頃のパチンコも実は現代と同じくけっこう凝られた作りになっていて、彼女は今日挑んだのは……千賀子の前世において、『フィーバーゴールドⅠ』と呼ばれていたパチンコ台である。
……ちなみに、だ。
この頃はまだパチンコを始めとして賭け事への依存性に対する条例やら規制やらが温かったので、場所やタイミングによってはガチの警察沙汰になったり。
パチンコ屋のトイレで首を吊って死んでいた……なんて事件も起こっていたとか……みんなも、賭け事は程々にね、生活費に手を出したら破滅の始まりだよ!
「……今日のお昼は、牛丼にしよう」
さて、注意勧告が密かに行われている事など知る由もない彼女は、吉野〇へと向かう。
言っておくけど、この世界では吉野〇という名前ではなく、似たような別な名前である。
なお、実は吉野〇は一度破産したことがあり、その後4年の月日を掛けて1987年に債務の返済を終えた……つまり、1987年とはそういう年でもある。
もちろん、彼女はその事なんて知る由もない。
ただ、お口が牛丼の口になっていたから、牛丼を求めてさすらうだけである。
「頼もう」
「らっしゃっせー」
なお、行きつけの店が既に彼女にはあって、彼女はここで牛丼(並)を頼む。生卵は頼まない。
味噌汁も頼まない。
前にそれで口の中を火傷してしまったから……見栄を張らず、冷ましてから飲むのは大事である。
そうして、食事を終えた後は……なんだか眠くなってきたので、公園のベンチでひと眠りすることにした。
セミの声がミンミンとやかましいが、その程度で彼女はビクともしない。夏の日差し程度でやられる彼女でもない。
異空間より取り出した枕とマットを敷いて、お休みタイムである。通行人からギョッとした目を向けられるが、彼女はその程度ではビクともしないのだ。
ちょっかいを掛けてくるようなやつは自動的に因果改変によってすっころんで痛い目に遭う状態になっているので安心安全である。
それでもなお向かって来る者は……まあ、覚悟してきている者として判断し、さよならバイバイしちゃうわけなのだけど。
そうして……小一時間のつもりが、ガッツリ夕方頃になってむくりと起床した彼女は、しまったなあ……と欠伸をこぼす。
この時間からでは、どこの競馬場も最終レースが終わるか否か……さすがに、そんな忙しない戦いはしたくない。
(仕方がない、明日行くか……)
寝具一式を異空間へと戻した彼女は、よっこいしょとベンチから降りる。軽く伸びをすれば、バキバキと骨が鳴った。
思っていた以上にぐっすり寝ていたおかげで、あまりお腹も減っていない。
晩御飯に行くのも微妙な時間だし……適当にブラブラ歩いてお腹を減らしてから……そう結論を出した彼女は──ふと。
「……ん?」
隣のベンチに放置されている雑誌に目を向ける。
その雑誌の名は、『月間モー』。月刊ムーじゃないよ、モーだよ。
表紙にはなんか不気味なイラストが描かれていて、前世だとか、秘められた力とか……なんか、色々書かれていた。
「……ふむ」
気になったので、散歩を中断してそれを読む。
よっこいしょとベンチに腰を下ろし……中を見れば、なんだか色々な事がいっぱい書かれている。
UMAとか、前世とか、恐怖の大王とか……え、恐怖の大王?
なんか自分の事が書かれているぞと思って興味を引かれた彼女は、そのままペラペラとページをめくり……けっこう集中して読んでみた。
……で、感想はというと。
ぶっちゃけ、よく分からなかった。
だって、16世紀の占星術師ノストラ……が発行した予言集の中に登場する用語だとか、アンゴルモアの大王とか……うん。
「知らなかった、そんなの……」
何も分かっていない彼女からしたら、中々なカルチャーショックであった。
だって、彼女は人の心の負の念が凝縮されて生み出された存在だし、予言とかそんなの知らない……正直、誰それみたいな感覚でしかなかった。
「怖いなあ、恐怖の大王……目を付けられたら嫌だし、菓子折り用意しておこう」
気分的には、己と同じ名前の物騒なやつがいた……みたいな感覚が近しかった……が、しかし。
このまま、一方的にビクビクしてしまうのは……こう、色々と腹が立つというか、情けなくなってくる。
なので、彼女は……因果改変を行い、『月間モー』の表紙を別のやつに入れ替えることにした。
「……いえ~い」
その別のやつとは、彼女である。
一つではない、両手によるダブルピースの写真をえいやっと作り出して、それを因果改変と共に『月間モー』の編集部へと送った。
これで因果は改変され、『月間モー』の表紙は入れ替わり……チラリと手に持っている雑誌の表紙に視線を向ければ、だ。
そこには……無表情にダブルピースをする彼女の顔がデカデカとプリントされていた。
──勝った。
ふんす、と勝利の鼻息を吹いた彼女は……手にした勝利に祝福を掛けるために……再び、パチンコ屋へと向かうのであった。
……。
……。
…………そして、彼女は。
「……この台、釘の設定厳し過ぎじゃない?」
「あんちゃん、センスないで」
4万円……台に飲まれてしまい、涙の牛丼を食べる結果となったのであった。