魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得   作:くろしゅー

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暁天

 

 

 

 

 

 回って、廻って、落ちる。

 

 

 例えそれが覆しようのない運命だとしても。

 

 

 私たちは足掻く。

 

 

 たとえ彼女の生が、世界の全てから否定されるものだとしても。

 

 

 彼女を諦める理由には、なり得ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 Side MA

 

 

 

 

「ん、ぅ……?」

 

 

 

 泥のようにグズグズとなった意識が、少しずつ形を成していきます。

 

 柔らかい月光が僅かに開いた瞼の隙間から入ってきて、私はゆっくりと目を開けます。

 

(月……)

 

 ごろり、と横向きの身体を動かし、仰向けになって空を見上げます。

 

 空には不思議なほど綺麗な半月が、ひっそりと浮いていました。

 

 

(私、なに、してたんだっけ……)

 

 

 ふらふらと何かを掴もうと、手を伸ばします。

 

 

(あっ……)

 

 

 その手を見て、私は直前の記憶を思い出します。

 

「凜さん!!」

 

 ガバッと起き上がれば、そこは花畑でした。

 地平線の先まで続く、一面の花畑。咲き誇る白い花は月光を反射し、幻想的な光を帯びていました。

 

「えっ、え? ど、どこですここ!?」

 

 全く記憶にない景色に、私は周囲を見渡します。

 

(たしか私、凜さんを追ってブラックホールみたいなのに突っ込んで、それから……)

 

 

 そこまで思い出して、1つの想像が頭に浮かびます。

 

「も、もしかして、私死んじゃったんです!? ここ、天国とかそういうやつですか!?」

 

 

 

 

 

 

「あら、随分察しがいいじゃない」

 

 

 

 

「ああ~~! やっぱりぃ……! って、うわあ、誰です!?」

 

 誰もいないと思って喋っていた独り言が聞かれていたことに驚き、私は飛び跳ねながら、声のしたほうを向きます。

 

「相変わらず騒がしいわね」

 

「あっ! ほむ……、じゃなくて、悪魔さん、ですか?」

 

 後ろにいたのは、以前2回ほどお会いしているほむらさんそっくりの、自称悪魔さん。

 

「あら、覚えていてくれたのね」

「前会ったときに記憶返してくれたのはそっちじゃないですか」

「てっきり忘れてしまったのかと思ったわ。私の忠告、これっぽっちも聞いてくれないんだもの」

 

 忠告? と首を傾げ、あの事かと思い出します。

 

「当然です。凜さんを殺せ、だなんて、私が承諾すると思ったんですか?」

 

 そうだ、と私は悪魔さんに詰め寄ります。

 

「凜さん! 凜さんはどうなったんですか!? あと、ここ天国って本当ですか!?」

 

 私に詰め寄られても、悪魔さんは涼しい顔のままで答えます。

 

「とりあえず後者から答えるけど、半分本当よ」

「半分?」

「正確に言うなら、この世とあの世の狭間。あなたは今……。そうね、死ぬ0.1秒前って感じかしら?」

「思ったよりギリギリ!!」

 

 まさかの発言に、声を荒げてしまいます。

 

「え、じゃあ、もう私死んじゃうんですか!? いつ!? 今!? ちょっと待って! まだ遺言も……!」

「落ち着きなさい」

「あうっ!」

 

 悪魔さんにデコピンされ、私は黙ります。

 

「言ったでしょう、この世とあの世の狭間だって。死にゆくあなたの魂を、この次元に一時的に退避させたのよ。それに、あなたたちの世界とここは時間がズレてる。ここの時間はほぼ無限よ」

「そ、そうなんですね……」

 

 額をさすりながら、悪魔さんの説明を聞きます。

 

 どうやら私が死ぬ前に見てる走馬灯って感じでは無さそうです。すぐに消えるってのも違うようで、私は胸を撫で下ろします。

 

「時間を超える魔法を持つあなただから、この場所に連れてくることができたのよ」

 

 悪魔さんはいつの間にかあった椅子に腰掛け、足を組みます。

 

 私は悪魔さんに問いかけます。

 

「どうして私を、この場所に?」

 

 すると、彼女は何でもないように答えます。

 

「あなたが宇宙の狭間を漂う中で、その手を私に伸ばしたから」

 

 そういえば、意識を失う直前に何かに触れた気がしていましたが、あれは悪魔さんだったみたいです。

 

「まあ、あなたくらいなら助けられそうだったら。気まぐれで助けただけよ」

「そ、そうですか……」

 

 少しの沈黙の後、私は恐る恐る口を開きます。

 

「あ、あのー。その気まぐれついでで、凜さんのことも――」

「嫌よ」

 

(即答!?)

 

 私のお願いは食い気味に断られてしまいます。

 

「ど、どうしてです!?」

 

 そう言う私に、呆れたように悪魔さんは言います。

 

「前にあなたの夢で、私がなんて言ったか忘れたの?」

「あっ……」

 

(そうでした……。この人、凜さんのこと、殺せとか言ってました……)

 

 でも、と私は食い下がります。

 

「もう凜さんの中に瀬奈みことさんはいません。鏡の魔女も、私たちで倒しました! もう凜さんのことを殺さなくても……!」

「そうじゃないのよ」

 

 悪魔さんは私の言葉を遮ります。

 

「先に謝っておくわ。今回の騒動の発端は、ある意味で私にもあるのよ」

 

 その言葉に、私は固まります。

 

「それって、どういう……」

 

 悪魔さんは静かに目を閉じると、ゆっくりと語り始めました。

 

「あなたたちがワルプルギスの夜を倒した日。私はあなたたちの世界に干渉した。あなたに会ったのも、そのついでだったんだけど」

 

 それが良くなかったのね、と悪魔さんは自嘲します。

 

「鏡の魔女に、外の宇宙の存在を知られてしまった。鏡の魔女と瀬奈みことは、統制を失ったままの円環の理の力に目をつけたわ」

 

 つまり、私が悪魔さんに会ったときから、鏡の魔女の計画は始まっていたということでしょうか。

 そういえば、あの戦場には、アリナさんに取り憑く形で瀬奈みことさんもいたと聞いています。

 

 だから、悪魔さんの存在する宇宙を感知できた、ということなのでしょうか。

 

「あれの、全ての魔女を消し去るという力は、あなたたちの『魔女の存在する宇宙』にも適用される。言い換えれば、あなたたちの宇宙を消し去ることだって可能なのよ」

 

 そして、と悪魔さんは、目を開けます。

 

「何の因果か、瀬奈みことは夕凪凜と行動を共にすることにした。私が力を与えたあの子と、ね」

 

「力を、与えた……?」

 

 私が絞りだした声を、悪魔さんは肯定します。

 

「ええ。あの子は本来魔法少女にならず、14歳の時点で死ぬ運命にあったわ。見てみる?」

 

 彼女はそう言うと、手を1回叩きます。

 

 すると私の頭の中で、魔法を使ったときのように、1つのフィルムが再生されます。

 

 

 

 

 映されるのは、1年半ほど前の凜さんの映像。それも、魔法少女になっていない彼女でした。

 

 

 カットは変わり、どこかの家で彼女のお父さんに殴られる凜さん。水に沈められる凜さん。火で肌を炙られる凜さん。

 

 

「うっ……」

 

 

 以前見た、凜さんの過去の焼き増しのような映像に気分が悪くなります。

 

 

 カットは断続的に変わり続け、それでも内容は変わりませんでした。

 凜さんの身体には傷が増え続け、それ以上に心の傷も増えていきました。

 

 彼女のお母さんに叩かれる凜さん。お湯をかけられる凜さん。髪を掴まれて、床に何度もたたきつけられる凜さん。

 

 

「やめて……」

 

 

 学校で取り繕えなくなって、倒れる凜さん。それでも事情を話さず、ご両親を守ろうとする凜さん。倒れたことを家で、体罰とともに厳しく叱責される凜さん。

 

 

「やめてください……」

 

 

 冬場に、ほとんど下着同然の薄着で外に閉め出される凜さん。冷たい地面に横たわり、口から吐き出される白い息が小さくなっていく凜さん。

 

 

 

 虚ろな目のまま、霜が降りた状態で朝を向かえる、動くことのなくなった凜さん。

 

 

 

「もうやめて!」

 

 

 

 気づけば、私は大粒の涙を流しながら、そう叫んでいました。

 

 

 悪魔さんが手を叩くと、映像はそこで終わりました。

 

 

「……ごめんなさい。あまり長く見せるものじゃなかったわね」

 

 悪魔さんはそう謝罪した後、こう続けました。

 

「でも、分かったでしょう。あの子は本来、魔法少女になる子ではなかった。私が因果をねじ曲げて、彼女を契約できるようにしたのよ。まどかを救うための、ゲームチェンジャーとしてね」

 

 悪魔さんはどこからか取り出した丸テーブルの上に、チェスのクイーンの駒を置きます。

 

 けど、とため息をつく悪魔さん。

 

「因果を歪めれば、必ず代償もある。ワルプルギスの夜という魔女を倒してしまったあの子は、結果的に鏡の魔女という災厄を呼び覚ましてしまった。あの子は、世界の歪みで異物(イレギュラー)なのよ」

 

 だから、と悪魔さんはクイーンの駒を握りつぶすと、クイーンは黒いタールのようになって、地面の染みとなります。

 

「ここで世界から取り除くのが、一番の方法なのよ。これなら、あなたの世界の平穏は保たれる」

 

 悪魔さんは足を組み替えて、続けます。

 

「あなたたちが夕凪凜に味方したときはどうなるかと思ったけど……。結果的に、鏡の魔女と夕凪凜の相打ちという形になってよかったわ」

「よかったって……」

 

 悪魔さんは「安心しなさい」と言います。

 

「あなたは元の世界に戻してあげるわ。私の力なら、あなた1人くらい世界に介入して戻すことくらいできるわ」

 

 

「……帰るなら、当然凜さんも一緒ですよね?」

 

 私の質問に、悪魔さんは目を逸らしたままです。

 

「話を聞いていた? 彼女は――」

「そんなの関係ありません。凜さんも一緒に帰してください。それ以外の条件は飲めません」

 

 私は彼女を真っ直ぐ見据えて言い放ちます。

 

(凜さんは死ぬべき? 冗談じゃありません。そんなの、納得できません)

 

 

 悪魔さんは呆れたように言います。

 

「あなた、自分の言っていることが分かっている? 彼女が存在し続ける限り、それは世界の歪みであり続ける。それが世界にどんな災厄をもたらすか、私ですら分からないわ」

「でも、これで終わりだなんて――」

「暁美ほむらの願いを、あなたは踏みにじれるの?」

 

 彼女の言葉に、私は止まります。

 

「あなたは忘れてるかもしれないけど、あなたが今いる世界は、暁美ほむらにとって理想の世界なのよ? 鹿目まどかが魔法少女にならず、ワルプルギスの夜を超え、あなたという友人も側にいる。それこそ、あなたが戦ってきた理由じゃなかったの?」

「私は……」

「まどかが魔法少女になる要因を放置するということは、あなたは暁美ほむらの願いと真っ向から対立するというのを意味するのよ」

 

 そうです。

 もし凜さんがいることで、世界に良くないことが起きるなら、それはきっとほむらさんの望むところではないのでしょう。それは鹿目さんが契約してしまう可能性を上げてしまいます。

 

 でも。

 

「私たちをあまりバカにしないでください」

 

 私は毅然と言い返しました。

 

「それがどうしたって言うんです? 災厄が来るなら、何度だって乗り越えます。撥ね除けてみせます。私もほむらさんも、今回の騒動が凜さん中心なのは承知の上で協力したんです。あなたがほむらさんの何を知ってるか分かりませんけど、ほむらさんは決して鹿目さんだけ見てるわけじゃないんですよ」

 

 何度も何度も彼女と共に時間を繰り返し、凜さんと関わって、それで気づきました。

 

 ほむらさんにとって、鹿目さんが全ての中心です。けど、鹿目さん以外のこともちゃんと見ています。気にかけてます。マミさんを死なせないよう、相性の悪い魔女からは遠ざけようとしたり。美樹さんが悲惨な運命を辿らないよう、魔法少女になることを反対したり。

 鹿目さんを悲しませないためだとしても、そこには彼女たちへの思いやりだって確かに存在していて。そうじゃなきゃ、やり直しが確定した時間軸で、あそこまで人と向き合おうとしません。

 

 凜さんを助けたいと言った私を認めてくれたことだって、きっと。

 

「私たちは、もう誰かを犠牲に選びたくないんです」

「……どうして、そこまで」

 

 そこまで凜さんを救いたいのか、とでも言いたげな顔を、悪魔さんは向けてきます。

 

「簡単ですよ。私の記憶を取り戻してくれたから。もう二度と取り戻せないと思っていたフィルムを、凜さんは取り戻してくれました。そして、その続きを見せてくれました。理由なんて、それで十分」

 

 初めて彼女と出会って、手が重なったとき。記憶を取り戻し、絶望に流されそうになった私の手を握ってくれたとき。

 

 私は……。

 

 

 

「そう……」

 

 悪魔さんはなぜか、寂しそうな、嬉しそうな、色んな感情の混ざった顔をした後、真顔に戻って言いました。

 

「でも、彼女のことは諦めて」

「そ、そんな! 今の流れ、絶対オッケーしてくれる流れだったじゃないですか!?」

 

 私の言葉に、悪魔さんは冷静に答えます。

 

「今まで話したのは、こちら側の事情だけ。仮に戻すとしても、彼女側にも問題はあるのよ」

「問題……?」

 

 悪魔さんは指を1本立てます。

 

「まず、夕凪凜のソウルジェムが限界なことよ。仮に彼女が次元の狭間に落ちる直前の状態で元の世界に戻したとしても、彼女はソウルジェムに負担をかけすぎたわ。あれじゃ、結界を脱出したとしても、しばらくもしない内に砕けるわ」

 

 それと、と悪魔さんは指をもう1本立てます。

 

「仮にソウルジェムを何とかしても、穢れも限界。すぐに魔女化でしょうね」

「じょ、浄化は……」

「あなたたち、グリーフシードの予備は全部使い切ったでしょう。無理ね」

 

 私は愕然として、膝を折ります。

 

「……もう、どう足掻いても彼女は助からないのよ。それが決められた、彼女の運命」

 

 悪魔さんは、手の中で1枚のカードを遊ばせます。

 

「それは……?」

 

 私の問いに、悪魔さんは静かに答えます。

 

「タロットカードよ。そういえば彼女、あなたたちには結果を見せなかったのね」

 

 それは凜さんの持っていたタロットカードと同じ物で、描かれた絵柄は死神。それを悪魔さんは正位置の状態で置きました。

 

「あの子自身が占った結果よ。未来を示すのは『死神』正位置。終わりを示すカードよ。あの子も、薄々分かっていたんじゃないかしら? 自分に未来がないことは」

 

 悪魔さんは目を伏せ、言い聞かせるように言います。

 

「それなら、ここで死なせてあげるのが、せめてもの救いじゃないかしら? 彼女は次元の狭間に落ちた。今なら、向こう側の円環の理に導いてもらえる」

 

 

 

 

 

 

「それが、彼女の唯一の救いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、です……」

 

 自然と、言葉が漏れていました。

 

「え?」

「そんなの、いやです……。これだけ頑張った凜さんが、こんな形で終わるなんて、そんなのあんまりです!」

「まばゆ……」

 

 悪魔さんが宥めるように頭を撫でますが、私はそれを振り払います。

 

「凜さん、私に言ったんです! 助けてって! 私に手を伸ばしてて……! なのに、そんな……!」

 

 思考がぐちゃぐちゃになって、上手く言葉が紡げません。

 

 けれど、言葉を止めたら、それこそ終わりな気がして、黙るわけにはいきませんでした。

 

「ようやく生きられたのに……! 凜さんが死にたいわけない! だったら、手を伸ばしたりなんかしません! あなたの言う救いは、凜さんの救いなんかじゃない!」

 

 子どもの癇癪のように、泣き叫ぶ私。それを悪魔さんがどんな目で見ているか、確認する気にはなれませんでした。

 

「いやですいやですいやです! こんな結末、認めません! お願いですから、助けてください……! 犠牲が必要なら私が……」

 

 そこまで言った瞬間、悪魔さんに胸ぐらを掴まれ、強制的に立たされます。

 

 私を見る目は、ひどく澱んでいました。

 

「あなたね。犠牲になるなんて、軽はずみに言わないで。それで夕凪凜が助かったとして、彼女が喜ぶと思ってるの? ただでさえ背負い込みすぎるあの子が、あなたの犠牲まで背負い込んで、正気でいられると思うの?」

 

 とても低く、脅すような声に、私の口は閉ざされます。

 

 悪魔さんは突き放すように手を離し、私は尻餅をつきます。

 

「あなたが犠牲になっても同じよ。あの子は、あなたを犠牲にしたことに耐えられず、絶望して魔女になる。優しすぎたあの子に、もう救いなんて残されていないのよ」

 

 冷たく言い放たれた言葉に、私は今度こそ言い返せませんでした。

 

 

 

「せめて、あなたの世界から夕凪凜という記憶は消してあげるわ」

「は……?」

 

 悪魔さんの言葉に、私は思わず顔をあげます。

 

「記憶のない人間を、悲しむことはできない。あの子の犠牲に悲しむ人を減らすことが、私にできる精一杯よ」

 

 そんなのダメ、と言おうとして、喉が強張ります。

 

(本当に? 助けられる手立てがないのならいっそ……)

 

 

 浮かんだ考えを、頭を横に振って振り払います。

 

 

「それも、いやです……」

 

 

「忘れたほうがいいだなんて、そんなの、間違ってます……」

 

 その痛みだって、凜さんが生きた証なんですから。

 

「まばゆ……」

 

 悪魔さんもそれっきり口を閉じ、静寂の時間が流れます。

 

 

 

 

 

 

 

 それを破ったのは、遠くまで響きそうな透き通った声でした。

 

 

 

「その通りよ!」

 

 

 

「っ!?」

 

 突然響いた私たち以外の声に、私たちはギョッとします。

 

 そちらを向いてみれば、そこには水色の髪をなびかせた、戦国時代にありそうな甲冑を来た魔法少女がいました。

 

 そして、その方を私は知っていました。

 

「えっと、たしか……。鶴、さん?」

「惜しいわね、露よ。水名露」

 

 恥ずかしい、と顔を覆う私。コミュ障特有の、人の名前を覚えるのが苦手な側面が恨めしく思います。

 

 一方の露さんのほうは気にした様子もなく、私たちに話しかけてきます。

 

「鏡の魔女の結界では、私の複製体が迷惑をかけたわね。そして、倒してくれてありがとう」

「い、いえ……。倒したのはほむらさんたちですから」

 

 正確には倒したところは見ていませんが、下に落ちてきた中に彼女のコピーがいなかったので、ほむらさんたちが倒したのでしょう。

 

 彼女は私に近寄ると、こう言います。

 

「私だけ助けに行けなくてごめんなさい。私の魔女を取り込んだ魔女が生きてるせいで、私の魂はあなたの世界から弾かれてしまって……」

 

 だから、と露さんは悪魔さんを見つめます。

 

「その分、ここで力にならせてちょうだい」

 

 そう言って彼女は悪魔さんに近づき、彼女に告げます。

 

「夕凪凜さんを元の世界に戻しなさい。我らの女神様を堕としたあなたよ。できないとは言わせないわ」

 

 彼女の毅然とした眼差しに怯むことなく、悪魔さんは薄ら笑いを浮かべて答えます。

 

「イヤよ。言ったでしょう? 彼女はあの世界にとって、危険因子になり得る存在よ。せっかくまどかが魔法少女になっていない世界なのに、そんな存在を許すと思う?」

 

 悪魔さんの問いかけに、露さんは躊躇いなく頷きます。

 

「ええ。あなたは彼女を助けるか迷っている。違う?」

「何を根拠に?」

「愛生さんに全て伝えたのは、自分で判断できなかったから。もしくは、彼女の言葉に決断する勇気が欲しかったから。どうかしら?」

 

 え、と私は悪魔さんを見ます。

 

 悪魔さんはつまらなそうに、そっぽを向いていました。

 

「世界を救うために1人の少女を犠牲にする。それはあなたの最も嫌うやり方でしょう? だからこそ、この箱庭(せかい)を作ったし、特異点(かのじょ)に力を与えた」

 

 悪魔さんは何も答えません。でも、その仕草はどこか、都合の悪いことから逃げるほむらさんに似ている気がして。

 

「3度も少女の犠牲を肯定する気になれなかったあなたは、確信が欲しかったんじゃないかしら? 彼女たちなら、どんな絶望でも進んでいけると。だから、ここで愛生さんと話していた」

 

 露さんは腕を組んで言います。

 

「もう分かったでしょう。彼女たちなら、どんな絶望にも負けはしない。あなた自身、どうしたいかは決まっているんでしょう?」

 

 悪魔さんは、露さんと目を合わせずに返します。

 

「……だとしても、こればっかりは私にもどうしようもないわ。私の意志に関係なく、ね」

 

 悪魔さんは諦めたような、平坦な声で続けます。

 

「あの子の犠牲は既に因果が決めたこと。私に助けられるのはまばゆ1人が限界よ」

 

 流れる沈黙。突きつけられた現実に、私たちは誰も言葉を発せません。

 

 その沈黙を破ったのは、やはり露さんでした。

 

「それなら、私の魂を使いなさい」

 

 その言葉に、悪魔さんは逸らしていた顔を露さんに向けます。

 

「……本気で言ってるの?」

「ええ」

「悪魔に魂を売れば、円環の理には戻れないわよ」

「……それでも。私たちの振りまいた呪いを受け止めて、断ち切ってくれたあの子を見殺しにはできないわ。それが、あの土地を呪ってしまった、私の果たすべき責任よ」

 

 その言葉に、悪魔さんは心底可笑しそうに笑います。

 

「円環の理に属しながら、私に加担するなんてね」

「あなたのことは、あなたの世界にいるあの子たちがきっと何とかするわ。私は彼女たちを信じるだけよ」

「……好きに言ってなさい」

 

 

 その時でした。

 

「待てよ!」

 

 彼女たちの会話に、唐突にもう一つの声が割り込みました。

 

 

「千鶴!? あなたどうして……!」

 

 声のした方向を見れば、そこには千鶴さんがいました。

 露さんも驚いたようで、彼女に問いかけます。

 

 それに対し、千鶴さんは怒ったように言います。

 

「勝手に1人でやろうとすんなよ! アタシたち、やっと会えたんじゃん!」

 

 千鶴さんはズカズカと悪魔さんに近づくと、自分の胸に手を当てます。

 

「おい! 露の魂持ってくってんなら、アタシの魂も持ってけ! そうすりゃ、露のと合わせて凜を五体満足で帰すことくらいできんだろ」

 

 悪魔さんは呆れたように首をすくめました。

 

「……恐らくね」

 

 千鶴さんは、「言質は取ったぞ」と笑うと、露さんに近寄って、彼女の手を強く握ります。

 

「露。もう1人でいくなよ……。アタシたち、ずっと一緒だろ?」

「……ええ、そうね。ずっと、一緒よ」

 

 そうやって、笑い合う2人。

 場は完全に2人だけの空気になってきて、私が勝手に居心地が悪くなっていると、2人が声をかけてきます。

 

「こっちは私たちで何とかするわ。だからあなたは、彼女を連れ戻してきなさい」

「ああ。今度こそ、絶対に手を離すなよ」

 

「は、はい!」

 

 そう覚悟を決めて返事をして……。

 

 

「……で、私はどうすればいいんです?」

 

 何したらいいか全然分かっていないことに、今気づきました。

 

 

 悪魔さんは呆れを通り越して、もはや憐れむような目を私に向けてきます。

 

「し、仕方ないじゃないですか! 映画の登場人物みたいに超速理解なんかできないんですから!」

「分かった、分かったから。じゃあ、一から説明するわよ」

 

 悪魔さんはため息をつきながら手を叩くと、チェスの駒が数個、空から降ってきます。

 

「まず、夕凪凜は現在、宇宙の狭間にいるわ。このままなら、円環の理に導かれるのも時間の問題ね。そうなれば、彼女はあなたの宇宙の存在ではなくなり、二度と連れ戻すことは不可能になるわ」

「じゃあ、そうなる前に連れ戻せばいいわけですね」

「ええ。普通の魔法少女なら無理でしょうけど、暁美ほむらと同じく時を超えられるあなたなら、あの空間にも介入できるはずよ。それでも、自我をしっかり保つことは大切だけどね」

「は、はい!」

 

 最後に、と悪魔さんは、横に並んだクイーンとビショップの駒の頭を指で撫でます。

 

「元の世界に戻る前に、ここでの出来事の記憶を夕凪凜とあなたから切り取りなさい。それが、ここから元の世界に戻るため、あなたたちが払う代償よ」

「記憶、ですか……?」

「ええ。あなたの魔法ならできるでしょう?」

 

 たしかに私の魔法には、記憶の切除もあります。

 そのため、可能かどうかで言われれば、当然可能です。

 

「けど、ここでのことを忘れるってことは、あなたのことも忘れちゃうんですよね? それは、なんだか寂しいような……」

「バカね。私と夕凪凜のどっちが大切なのよ。それに、あなたの魔法を使うことは、私との因果の繋がりを断つ上でも大切なことなのよ」

「因果の繋がりを、断つ?」

 

 私がハテナを浮かべると、悪魔さんは言います。

 

「あなたの魔法の本質は、人の人生の因果を映画にして介入する力。疑問に思わなかった? あなたの魔法が未来視なら、なんで透明化や記憶の切除まで出来るのか」

「ああー……。それは、たしかに」

 

 今まで何となく便利だなー、程度にしか思ってこなかったですが、よく考えると変ですよね。未来視が本来の魔法なら、応用で記憶を覗けるのはギリギリ理解できるとしても、それの一部を切り取ったり、そもそも光を操って光学迷彩を纏うとか停止した時間の中を動けるなんて、未来視から逸脱しすぎですね。

 

「あなたの魔法は、人の人生を映画のように視ることができる魔法。映画だから、『視点』という物語には映らない『カメラ』が必要でしょ。あなたの光の魔法はそれ。当然、映画の主役を追えないカメラなんてあるわけないから、誰の魔法の時間の中でも動くことができる」

「だから、ほむらさんの止まった時の中も動けたってことですか?」

「恐らくね。それに、映画は結末が決まっているでしょう? 見る度に内容が変わってる映画なんて無いものね。あなたは人生の因果を映画という形にすることで、先の展開を知ることができる。それが擬似的な未来視になってるってわけね」

「はぁ~……。だから、そのフィルムを書き換えるほどの因果の変動が無い限り、私の視る未来は絶対ってわけですか……。発動条件が他者を介するのも、その人という映画を見ているって解釈なんですかね?」

「そういうこと。記憶の切除も同じ理屈ね。人の人生をフィルムに変換することができるから、それを切り取ることだって可能よね。まあ、フィルムを新たに生み出す力ではないから、偽物の記憶を植え付けることができないのも納得ね」

 

 悪魔さんの説明を受け、なんだかやっと自分の力がしっくり来た気がします。

 

 魔法少女の魔法なんて、自認による部分が大半ですから。七海さんなんて、それでずっと勘違いしてましたし。

 

「ここで大切なのは、その人の人生、つまり因果を観測、そして場合によっては断ち切れるという点よ」

 

 悪魔さんは指でハサミで切る真似をしながら言います。

 

「あなたたちに私が干渉したという因果を、その魔法で断ち切りなさい。そうすれば、少なくとも私という別次元の存在の影響で、あなたの宇宙に波風が立つこともなくなるわ。あくまで気休めだけどね」

「因果を、断ち切る……」

 

 とても壮大な様に感じますが、やることは変わりません。

 

 凜さんを連れ戻し、ここでの記憶を切り取るだけ。

 

「それに、自分が死んだという記憶は魔女化を一気に進めるわ。そういう意味でも、ここの記憶はない方がいいかもね」

「分かりました」

 

 今まではこの魔法を使うことに抵抗がありましたが、これで彼女を救えるなら。

 

 

 

 私が覚悟を決めると、悪魔さんが再び手を叩きます。

 

 すると私の前に、先ほど説明を受けた亜空間へと繋がる扉が現れます。

 

「それをくぐれば、夕凪凜がいるわ」

「了解です」

「あなたがこの運命を覆せるか、見ててあげるわ」

 

 悪魔さんは死神のカードをヒラヒラと扇ぎながら、不敵な笑みを浮かべていました。

 

 私は扉に手をかけて、開ける直前で振り返ります。

 

「露さん、千鶴さん、そして悪魔さん。力を貸してくれて、ありがとうございました。凜さんは必ず救ってきます」

 

 私は3人に頭を下げます。もう思い出す事もできなくなる彼女たちに、悔いの残らないよう精一杯の感謝を伝えるために。

 

「だから。皆さんも、どうかお元気で」

 

 

 それに3人は黙って、でも笑顔で手を振って応えてくれます。

 

 

 それを見て、私はもう一度頭を下げた後、凜さんの待つ場所への扉を開けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side 謔ェ鬲斐&縺セ

 

 

 

 

「いっちゃったわね」

 

 

 

 2人から回収した円環の理、その力の断片を使い、夕凪凜の穢れを取り除き、彼女たちが帰れる道を作る。

 

 

 

 2人の魔法少女の奇跡だ。少なくともこれで、夕凪凜が元の世界に戻ってすぐに魔女化することはないだろう。ソウルジェムも、少しだけ復元できた。

 

 

 あとはあの子がどれだけ持ちこたえられるか。そして、その間に彼女たちが凜を救えるか。

 

 

 

「ちょっと、派手に動きすぎたかしらね」

 

 

 円環の理の女神を堕としてまで手に入れたこの力で、ここまで好き放題やってしまったのだ。

 

 これが彼女らにバレたら、大目玉だろう。

 

 でも……。

 

 

「これでいいのよ」

 

 

 破滅しかない私たちには巻き込まれてほしくない。

 

 

「物語はやっぱり、ハッピーエンドがいいものね」 

 

 

 

 私の声に返事する者はおらず、ただただ月が照らすだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side MA

 

 

 

 ゲートを通った先は、なんとも不思議な空間でした。

 

 

 上と下には輝く星の世界が広がっており、宇宙の景色を中継しているようでした。

 私が浮いているのは、その狭間。遙か先まで暗闇が広がっており、光らしきものもありません。

 

 悪魔さんが宇宙の狭間と表現したのも納得の空間でした。

 

 

 そして恐らく……。

 

(あの上の宇宙が、鹿目さんの……)

 

 かつて私が未来視で視た、鹿目さんが願いで叶えた新たな宇宙、新たな理なのでしょう。

 

 その宇宙は、図鑑や動画で見た宇宙を漂うガスのように、鹿目さんの髪色を象徴するようなピンクの色彩で溢れていました。サルベーション・ブルームも、あの宇宙から漏れ出た力の一端だったのだと、理解させられました。

 

 

 そんな空間を、不器用ながら泳ぐように進んでいくと、その先に影が見えました。

 

「あっ……」

 

 この狭間の空間を漂う、私の大切な人。

 

 何度も何度も、私の手を引いて先を歩き、守ってくれて、道を切り開き続けた凜さんが、そこにはいました。

 

「凜さん!!」

 

 私が叫ぶと、凜さんが薄く目を開けます。

 

 私は必死に体を動かして、凜さんの側に寄ります。

 

「凜さん……!」

「ま、ばゆ……?」

 

 私の呼びかけに、凜さんは不思議そうな顔を向けます。

 

 それでも、私の名前を呼んでくれたことが嬉しくて、私は彼女に抱きつきます。

 

「良かった! 本当に、良かった……!」

 

 凜さんは私を抱きしめ返しながら、問いかけてきます。

 

「まばゆ、どうしてここに?」

「色んな人に協力してもらって、なんとか。凜さん、迎えにきましたよ」

 

 私は彼女の手を握ります。

 

「さあ、一緒に帰りましょう」

 

 私は彼女の手を引き、下にある、私たちの宇宙へと向かおうとしました。

 

 

 

 

 しかし、それは彼女が手を振りほどいたことで遮られてしまいます。

 

「えっ……」

 

 最初、私は凜さんの行動を理解できませんでした。彼女が手を振りほどいたことに、脳が追いつきませんでした。

 

 

 凜さんは、寂しそうな、それでいて諦めたような顔で私に告げます。

 

「ありがとう……。でも、ごめん。私は帰れない」

 

 

 

 

「ど、どうして……」

 

 なんとか絞りだした声に、凜さんは困ったように答えます。

 

「ここで、全部見ちゃったから」

「見ちゃったって、何を……?」

「今までの時間軸、全部」

 

 上の宇宙には、凜さんの言葉に呼応するように、私たちの今までの軌跡が映し出されます。

 

「ほむらがどんな覚悟で契約したか。まばゆがどんな想いで、ほむらと共に戦ってきたか。そして、私がどれだけ失敗してきたか」

「凜さん、まさか……」

 

 いや、間違いありません。

 きっと凜さんは知ったのでしょう。この時間軸の凜さんの知らない、前までの時間軸の私たちの戦いと、凜さんの結末を。

 

「事情は何となくほむらから聞いてはいたけど。つくづく、救えないバカだね私は」

「そんなこと――!」

「ごめんね、まばゆ」

 

 私の言葉を遮って、凜さんは謝罪を口にします。

 

「前の時間軸。私、酷いこと言ったよね? まばゆとほむらの優しさと想いを踏みにじったこと言った。遅すぎるけど、謝らせて。本当にごめんなさい」

「そんなの……。もう、気にしてませんよ。それに、あれがあったから、私は凜さんを知りたくなったんです。だから謝罪なんて……。それより、帰りましょう? 皆さん、待ってます」

 

 私の言葉に、それでも凜さんは、首を横に振ります。

 

「ごめん、そのお願いは聞けない」

「どうして!?」

「私が、生きてちゃいけない人間だから」

 

 凜さんは寂しそうに微笑みます。

 

「言ったでしょ、全部見たって。私が魔法少女にならなかった世界も、当然見た。そこでの私の結末も」

 

 私の頭にフラッシュバックするのは、先ほど見せられた光景。思い出しただけでも、涙が滲みます。

 

「アレを見て、なんか納得しちゃった。ああ、やっぱり私って、あれが本来の運命だったんだって」

「そんなことありません!」

「いいんだよ、まばゆ。私は自分の運命から逃げて、ここまで来たんだ。それで多くの人に迷惑をかけて、悲しい思いをさせて。……たまには、誰かを救ったりして」

 

 凜さんは大切な思い出を数えるように、自身の指を1つずつ折っていきます。

 

「でも、それもおしまい。まばゆも、ほむらも、みことちゃんも。私が出会って、救いたかった人は全部救えた。これ以上、歪みである私はまばゆの世界にはいらないよ」

 

(どうして、そんなこと言うんですか……?)

 

 凜さんの言葉を聞く度、私は胸を押さえつけられるように苦しくなります。

 凜さん本人も、悪魔さんの言っていた運命を受け入れてしまったような言葉を紡ぎ続けます。

 

「お父さんもお母さんも幸せにできなかった私でも、これだけ救えたんだ。もう、思い残すことはないよ。これ以上、まばゆたちを巻き込むわけにはいかない」

 

 そんな風に言って、微笑んでいる凜さん。そんな彼女は、今にも消えてしまいそうで。

 

「違います……」

 

 気づけば、私は首を振って彼女の言葉を否定していました。

 

「救いたい人、全部救ってませんよ……」

「……そんなことないよ。私は本当に――」

「凜さん自身は、どうしたんですか?」

 

 私の言葉に、凜さんは動きを止める。

 

「まだ終わっていませんよ。凜さんは、凜さん自身を救ってません。まだ、幸せになっていません」

「私は……。いや、私の幸せはもう十分。これ以上は……」

「なら、どうして私に手を伸ばしたんですか?」

 

 凜さんの瞳が揺れました。

 

「どうしてあの時、私に「助けて」って言ったんですか? 泣いて、私に手を伸ばしてくれたんですか?」

 

 凜さんの顔から微笑みが消え、俯いてしまいます。

 

「本当は満足してないんじゃないですか? 生きたいって思っているんじゃないですか?」

 

 私はもう一度、彼女の手を握ります。

 

「お願いですから、もう自分の心を殺さないでください。私たちのためって、距離を取ろうとしないでください。凜さんがそうやって自分を殺す度、私は泣きたくなるほど悲しい気持ちになります」

 

 私は凜さんの求めている言葉を必死に探します。

 

 今まで交わしてきた言葉。彼女からもらった愛情。誰かのために戦う彼女の眩しい姿。

 そこから、彼女の欠けた鏡の形を探ります。彼女の、本当に言いたい気持ちを想像します。

 

「凜さんは怖いんですよね? 自分が幸せになるのが。自分の存在が相手を追い詰めないか、相手を壊してしまわないか」

 

 その怯えは、かつて私にもあったもので。

 お母さんに拒絶され、記憶を封じた私は、どこか相手と関わるのに臆病になっていて。

 

 だからこそ、寄り添いたいと思ってしまいます。

 

「けど、その心配は大丈夫ですよ。凜さんが幸せになっても、誰も不幸になりません」

「そんなの、分かんないじゃん……」

「大丈夫です」

「なんでそんなこと!」

「私たちがそうなってほしいって、願っているからです。どんな悲劇も、運命も。凜さんと一緒に越えていきたいって思ってるから。私が辛ければ凜さんに支えてもらって。凜さんが辛ければ私が支えて。2人とも辛ければ、一緒に助けてくれる人を探して。そうやって進んでいきましょう?」

 

 凜さんの怯えも不安も、せめて分かち合うことなら、私にもできるから。

 

「あなたとならきっと怖くたって進んでいけるから。だから……」

 

 

 私は真っ直ぐに彼女を見つめて、伝えました。

 

 

 

「だから、帰りましょう? 私たちの日常に」

 

 

 それをきっかけに、凜さんの瞳からは、ポロポロと涙がこぼれ落ちます。

 

 

「いいの……? 私、あの日常にいても……」

「ええ、大丈夫です。もう、放しませんからね」

「まばゆ……!」

 

 彼女は私の胸に飛び込んできます。私はそれをしっかりと受け止めました。

 

「怖かったの……! 私が愛した人は、みんな辛い目に遭って……! 私が大切な人を壊してるんじゃないかって! ずっとずっと、誰かの側にいたかった……。ここにいていいって、安心できる場所が欲しかった……!」

「はい、もう大丈夫ですよ」

「まばゆ……! あなたたちの日常に、私いちゃいけないんだってずっと我慢してた……! 私がいちゃだめな場所なんだって、辛かった……! もう、そうじゃないんだよね……?」

「ええ、ずっと、そうですよ」

 

 

 凜さんの涙はとめどなく溢れ続けました。私は静かに頭を撫で、彼女の涙が止まるのを待ちました。

 

 

 

 どれだけの時間が経ったでしょう。

 

 凜さんの嗚咽も小さくなり、彼女の笑顔は穏やかでした。それでも、消えてしまいそうな雰囲気は消えていました。

 

 

「ねえ、まばゆ」

「はい、なんですか?」

「私、本当に帰れるんだよね?」

「ええ。ただ、私も含め、ここでの出来事は忘れることが条件みたいで……。なので、凜さんの記憶、切り取ってもいいでしょうか?」

 

 私がそう聞くと、凜さんはゆっくりと頷きます。

 

「いいよ。でも、1つお願い」

「なんです?」

「その、ちょっと怖いからさ。ずっと手、握っててほしいな」

「ええ、お安い御用です」

 

 照れてるのか、頬を赤らめる凜さんはなんだか珍しくて、可愛らしく思えました。

 

 

 

「それじゃあ、やりますね」

 

 私が凜さんと向き合うと、凜さんは、あ、と声を出します。

 

「もう1つ」

「なんでしょう?」

「ここでのことは忘れるんだよね? 私だけじゃなく、まばゆも」

「ええ。凜さんの記憶の後は私の記憶も切り取る予定ですが……」

 

 それならさ、と凜さんは言いました。

 

「もう少しだけ、ワガママ。ミラーズに入る前に言った、まばゆへ伝えたいこと。あれ、もうちょっと待っててもらっていいかな?」

「……? いいですけど」

「ありがとう。私の心が安定して、まばゆが安心してくれるくらいの私になれたら、絶対言うから」

 

 その代わり、と凜さんは笑います。

 

「ちょっとだけ、前借り。嫌なら、避けてね?」

 

 

 

 なにを、と問う前に、私は凜さんに引き寄せられます。

 

 

 その仕草は、私も映画のラストシーンで何度も見たもので。

 

 それ故、未来視を使わなくても、凜さんの行動の先は自然と分かりました。

 

 同時に、さっきの言葉の意味も。

 

 

 

 

 それが分かれば、私は力を抜いて、凜さんに身を委ねました。

 

 

「っ……」

 

 

 まつげが触れ合うほどの距離で、私は凜さんの瞳を見つめます。

 

 凜さんも私を見つめており、いつでもいい、と言っているように感じました。

 

 

 触れたところから互いの熱が溶け合うのを感じながら、私はハサミを持ち上げ、魔法を発動します。

 

 

 

 

 

 凜さんの記憶。ここで見て感じた全て。

 

 これを失えば、また凜さんは不安になるかもしれません。

 

 けれど、きっと大丈夫。

 

 

 

(何度だって、凜さんの心に寄り添ってみますから)

 

 

 そして私は、私と彼女の記憶にハサミを入れました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕凪凜と、彼女の悲しい運命に。

 

 

 

 

 

 さようなら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DAY.95 Side MA

 

 

 

 

 

 少しの浮遊感の後、私たちは地面に足がつきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 一瞬の微睡みから覚めた感覚の後、私は辺りを見回します。

 

 

 そこは、果てなしのミラーズに突入した、鏡屋敷のロビーでした。

 

 

(たしか、凜さんと一緒に脱出して……。あ、そうだ! 凜さんのソウルジェム!)

 

 

 少し前の記憶をたぐり寄せた私は、凜さんの状態を思い出し、彼女を抱えて走ります。

 

 

 外に出れば、きっと皆さんがいるはず。

 そうすれば、このヒビだって何とかできます。

 

「大丈夫です、必ず助けます。だから、もう少しだけ耐えてください……!」

 

 

 意識の戻らない凜さんに対して声をかけつつ、私は鏡屋敷の扉を蹴破ります。

 

 

 

「っ!?」

 

 私の扉を蹴破った音に、外にいた人たちの視線が一斉に注がれます。

 普段なら萎縮してしまう場面ですが、今はそんな時間すら惜しい状況です。

 

 急いで目的の人を探し出し、その人へと駆け出します。

 

 

「藍家さん!」

 

 私はほむらさんの近くにいた藍家さんへと駆け寄ります。

 

「ま、まばゆん!? 無事だったの!?」

 

 驚く彼女に、私は凜さんを降ろし、急いで説明します。

 

「とりあえずそれは後です! 今は凜さんを!」

 

 その言葉に、困惑しながらも藍家さんは私に続きを促します。

 

「ゆーりんがどうしたの?」

「凜さん、無茶をしすぎてソウルジェムにヒビが入っちゃってるんです……! でも、藍家さんなら凜さんの『巻き戻し』魔法を合成で使えば……!」

「っ! そういうことね!」

 

 私の言葉に察しが付いたのか、藍家さんは凜さんのソウルジェムに手をかざします。

 

 

 しかし……。

 

「あ、あれ……? 魔法が……」

 

 冷や汗を垂らす藍家さん。私はハッとして藍家さんのお腹のソウルジェムを確認します。

 

「藍家さん、魔力が……!」

 

 藍家さんのソウルジェムは、魔女化寸前とまではいかなくともかなり濁っており、このまま魔法を使えば藍家さんの魔力がすぐに底を突くのは目に見えていました。

 

 すると、隣にいたほむらさんが再起動したように駆け寄ってきます。

 

「まばゆ!!」

 

 転びそうになりながら寄ってきたほむらさんは、今までに聞いたことのないほど必死な声でした。

 

「あなた、どうやって……! いや、本物よね!? コピーじゃないわよね!?」

「ほ、本物です! 鏡の魔女は倒せました! だから、揺らさないでください……!」

 

 ぐわんぐわんと揺すられながら、私は答えます。

 

「とにかく、今は凜さんを! ほむらさん、グリーフシードの余りは!?」

 

 わたしは一縷の望みをかけて聞くも、ほむらさんは首を横に振ります。

 

「凜は? そんなにひどい状態なの?」

 

 藍家さんが凜さんに魔法を使おうとしているのを見て、何となく察したのでしょう。

 私は彼女の言葉に頷きます。

 

「はい……。ソウルジェムに負担をかけすぎてヒビが……。このままじゃ割れて……」

 

 ソウルジェムの破砕は、すなわち魔法少女の死。

 

 だからこそ、凜さんのソウルジェムを砕かせるわけにはいかないのに……。

 

「クソっ! クソっ! なんで治んないの! 私チャンにしか治せないってのに!」

 

 藍家さんは大粒の涙を零しながら、必死に手をかざします。

 

「藍家さん、それ以上は藍家さんが……!」

 

 私が制止しようとする手を、彼女は振り払います。

 

「ヤダ! せっかく戻って来れたのに、こんな終わりなんて納得できない! ねえゆーりん! 目を覚まして! お願い!」

 

 駄々をこねるように、震える声で必死に呼びかける藍家さん。

 

(どうしようどうしよう! 考えろ、私! 凜さんを救うって決めたんだ! こんな終わり、私だって納得できない!)

 

 空回る頭で、必死に打つ手を考えます。

 

(凜さんなら、こういう時パッと思いつくのに……! 私に凜さんみたいなチートスペックがあれば……)

 

 

 ――だって、過程をすっ飛ばして答えを得られる、最高の魔法(チート)を使える子がここにいるんだから。

 

 

 その時、過ぎったのは凜さんの言葉。

 

 

「……そうだ、未来視! ほむらさん!」

 

 

 私はほむらさんを呼びます。

 

 ほむらさんも、それだけで分かってくれたようで、私と目を合わせて言います。

 

「使いなさい! 頼んだわよ!」

「はい!」

 

 視るのは、凜さんを救うための未来。

 

(お願いします!)

 

 私は祈る気持ちで魔法を発動。

 

 

 

 

 視えたフィルムの結末は……。

 

 

「っ!」

 

 私は急いで凜さんの服のポケットに手を突っ込みます。

 

 そして……。

 

「あった……!」

 

 凜さんが残していた最後のグリーフシード。それは、大東を離れるときに黒江さんからもらっていたグリーフシードでした。

 

「藍家さん、これを!」

 

 私はグリーフシードを藍家さんに渡します。

 

「あざお!」

 

 藍家さんは嬉しそうにそれを受け取ると、ソウルジェムの穢れを浄化します。

 

「最後は私たちのコネクトで、藍家さんの魔法を強化です!」

「任せなさい!」

 

 私とほむらさんは、藍家さんの肩に手を置きます。そして……。

 

「「「コネクト!!!」」」

 

 私たち3人のコネクトは、魔力の相乗効果で藍家さんの扱う巻き戻し魔法を一気に強化し、凜さんのソウルジェムのヒビがみるみる小さくなっていきます。

 

 

 そして、30秒ほどで凜さんのソウルジェムは綺麗な桜色を取り戻しました。

 

 

 

「やっ、た……?」

 

 藍家さんが不安そうに呟きます。

 

「凜さん? 凜さん、分かりますか? 凜さん!」

 

 私は凜さんの肩を揺すり、呼びかけます。

 

 すると、ピクリと凜さんの瞼が動き、やがてゆっくりと目を開けました。

 

 

「ま、ばゆ……?」

 

 

 

 彼女が言葉を発した瞬間、時が止まったようで。

 

 動けるはずの私たちはしばらく動けませんでした。

 

 

 

 しかし、凜さんの手が私の手と重なった温もりで、ようやくこれが現実なんだと実感できて。

 

 

「~~っ、よかった~~~……!!!」

 

 私は凜さんに抱きついていました。

 

 私に続くようにほむらさん、藍家さんも抱きついて。きっと他の人からは凜さんの姿が見えなくなったことでしょう。

 

 

 私も、藍家さんも、ほむらさんまでも涙を流して。

 

 

 

 私たちは、彼女が生きていることの喜びを分かち合いました。

 

 

 そんな私たちを、朝焼けは優しく包みます。

 

 

 

 

 

 

 

 視えたフィルムの結末は、何の捻りもない、かけがえのないハッピーエンドでした。

 

 

 

 

 

 




まばゆちゃんの魔法の解釈は、本小説オリジナルです。
彼女の魔法の多芸性を1つの能力とするなら、こういうことじゃないかなってこじつけてみました。


次回、最終回です。

それとは別に、おまけのエピローグも書ければ、とは考えてます。

お待たせしましたが、もう少々お付き合いいただければ幸いです。
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