魔法少女まどか☆マギカ 実績『朝焼けのエンドロール』獲得 作:くろしゅー
(ゴジラ-0.0観てきたので)初投稿です。
Side RY
「抵抗はここまで。結局、どれだけ足掻こうとも、泡沫の夢に過ぎなかったのよ」
「え? なに、どういうこと?」
トカゲほむらから発せられた、あまりにも悲観的な言葉に、私たちは理解が追いつかない。
トカゲほむらも分かっているのだろう。彼女は状況を説明しようと、言葉を続けた。
「私の本体、悪魔となった暁美ほむらのいる宇宙で、箱庭の均衡が破られたわ。ここを抜け出したバカが持ち出した、まどかの魔女図鑑のせいで」
忌々しそうに吐き捨てるトカゲほむら。私たちに詳しい背景は分からないが、彼女たちの望む平穏が破られ、事態が悪い方向へと動き出したのだろう。トカゲほむらの口調からは悔しさが滲んでいた。
「そのバカのせいで、あの宇宙でまどかは全てを思い出してしまった。自分が何者なのか、全て。それを知覚してしまったの」
トカゲほむらの言葉に、まばゆがおずおずと手を挙げる。
「えと……。そうすると何がマズいんでしょう?」
「……まどかを迎えに、あの宇宙に円環の理が顕現したわ。暁美ほむらも何とかしようとしてるみたいだけど、止められなさそうね、今は彼女の力で磔になってる。到底、勝てる相手じゃないわ」
トカゲほむらの言葉で、なんとなくだけど察せた。察せてしまった。
嫌な汗が背中を伝う。
「このまま円環の理はまどかを取り戻し、あるべき姿に戻るでしょう。そうすれば、この夢はそこでおしまい。暁美ほむらが因果の発端となって変えてしまったもの、全てが消滅するわ。例えば……」
「あなたたちの宇宙、とか」
「え……?」
掠れたまばゆの声が妙に響いた。
それ以外、誰も、何も言えなかった。
「今も、まどかは円環の理に向かっている。ああなってしまったら、もうどうしようもないわ。暁美ほむらの声も届かなかった以上、もう私たちの誰も、彼女には抗えない」
「……そっちの宇宙で、まどかちゃんと円環の理?が1つになったら、私たちの宇宙は消えるの?」
かろうじて絞りだした私の言葉に、トカゲほむらはあっさり頷く。
「ええ。円環の理は全ての魔女を消し去る概念。かつてあった時間軸から悪魔の力によって分岐したあなたたちの宇宙は、円環の理とは相反するイレギュラーな宇宙。彼女によってあなたたちの宇宙は再編され、本体の暁美ほむらがいる宇宙に統合されるでしょうね」
トカゲほむらは壁に弱々しく頭を打ちつける。
「ここまでよ。もう、何も覆せない」
投げやりに言うトカゲほむら。
「そんな……。なんとか、なんとかならないんですか?」
まばゆの震える声に、トカゲほむらは首を横に振るばかり。
「あなたたちも円環の理、その力の一端は体験しているでしょう? サルベーション・ブルームという形で」
「それは……」
「あの力の大元よ? 鏡の魔女が扱ったのは、あの力のごく僅か。砂漠における砂粒1つにすら満たない程度のエネルギーよ。円環の理にかかればあなたたちの宇宙1つ、瞬きの時間すらいらないほど一瞬で消し去れるわ。抗う、なんて選択肢そのものがないのよ」
「で、でも! この前私に会ったとき、言ってくれたじゃないですか! あなたとの因果を断ち切れば、宇宙に悪影響は出ないって――」
「気休め程度って付け加えたでしょ。暁美ほむら本体が健在のうちに、象徴の魔女を排して、あなたたちの宇宙を円環の理の影響下から切り離すのが本来の作戦だった。でも、あっちの宇宙で均衡が崩れたことで、その前に円環の理が来てしまった。手の打ちようがないのよ」
トカゲほむらから告げられる、避けようのない終わりの宣告。
「円環の理にあなたたちの宇宙を感知された時点で、もう詰んだのよ。精々、円環の理がまどかを取り戻すまでのわずかな時間、私とここで消滅を待つことね」
トカゲほむらは投げやりに、私たちに言い聞かせるように言う。
けれど、私は1つの違和感に気づいた。
話している間、彼女はずっと私と目を合わせない。
もしかしたら、その理由は……。
「ねえ、トカゲほむら」
「……なにかしら?」
「本当に、もう終わりなの? なにをしても意味ないの?」
「ええ。そうよ」
「なら、どうして私の顔を見て言ってくれないの?」
「っ……」
トカゲほむらが悔しそうに唇を噛む。
「あるんじゃないの? なにか方法が」
私が詰め寄っても、彼女は顔を逸らしたままだ。
すると、まばゆも彼女に迫る。
「凜さんの言ってること、本当なんですか!? 消滅を回避する方法があるんですか!?」
私はトカゲほむらの肩に手を置く。
「お願い、教えて。私、このまま消えるなんて絶対に嫌」
見つめること、数十秒。
トカゲほむらは観念したように、ため息をつく。
「……分かったわ。けど、先に言っておく。これは別に、あなたたちの希望になる話じゃないわ。まばゆ風に言うなら、バッドエンドの種類が変わる。たったそれだけの話よ」
「それでもいいよ。教えて」
私が強くお願いすると、トカゲほむらは渋々語った。
「あなたたちの宇宙が消滅してしまう根本的な理由は、悪魔の力によって分岐した特殊な宇宙だから」
トカゲほむらによると、円環の理は全ての宇宙、全ての時間から魔女を消し去る概念なんだそう。
だから、本来なら私たちの宇宙もすぐに消されてしまうのだが、その矛盾を解消しているのが、悪魔のほむらによる力なんだそう。
「あの子の悪魔の力で、あなたたちの宇宙は円環の理の干渉を受けないようにしている。けれど、今は円環の理が力とまどかを取り戻しに来ている状況よ。あちらの宇宙で暁美ほむらが円環の理に力を取り戻された時点で、あなたたちの宇宙も同時に消滅する」
締めくくるように、トカゲほむらは告げる。
「つまり、あなたたちの宇宙は悪魔の存在に依存した宇宙。その因果の起点となる悪魔を失えば、当然宇宙も消滅してしまう。だから、宇宙を存続させ得るだけの独立性をあなたたちの宇宙に持たせてればいい。その鍵になるのが凜、あなたよ」
「私?」
「ええ。あなたこそ、あの宇宙の特異点。他の宇宙と最も違う点にして、あの宇宙があの宇宙たり得る存在そのもの。そんなあなたが宇宙の要石になれば、今度こそ完全に、あなたたちの宇宙は暁美ほむらという悪魔から独立し、消滅することは無くなるわ」
「待ってください!」と、まばゆがトカゲほむらの言葉を遮る。
「そんなことしたら、凜さんはどうなるんですか……?」
私を含め、ここにいる面子なら全員、答えは想像がついているだろう。それでもまばゆは、気づいていないふりをしてトカゲほむらに問いかける。
そんなまばゆに対し、トカゲほむらは静かに告げた。
「当然、消滅するわ」
「っ……」
包み隠すことなく告げられたトカゲほむらの言葉に、まばゆは顔を歪める。
「宇宙の要石となれば、夕凪凜という存在は1人の人間から、宇宙を成り立たせる上の概念にシフトする。そうなれば当然、凜という人間は個として存在できなくなる。それどころか、その宇宙から夕凪凜という人間がいたことすら無かったことになるわ。その痕跡も、誰の記憶からも」
トカゲほむらから語られるのは、あまりにも残酷で無慈悲な現実。
誰も何も言えなくなり、トカゲほむらはため息をつく。
「……だから言ったでしょう。バッドエンドの種類が変わるだけだって」
トカゲほむらは、俯いたまま告げる。
「あなたたちに選べる選択は、このまま何もせずに消滅するか。それとも、凜に関する全てを犠牲に宇宙を存続させるか。この二択だけよ」
Side MA
トカゲほむらさんが私たちに突きつけたのは、究極の二択でした。
全員の消滅か、凜さんの犠牲による救済か。
重苦しい空気の中、ほむらさんが口を開きます。
「……1つ、気になっていたのだけど」
「なにかしら?」
「あなたと同期したときに垣間見た記憶によれば、円環の理はまどかが願いを叶えた結果生まれた存在なのでしょう?」
「ええ、そうよ。あらゆる宇宙、時間軸から鹿目まどかという存在が消滅することを代償としてね」
「なら、私たちの宇宙もそうなるの? それとも、凜がこの宇宙を存続させれば、まどかは私たちと一緒に存在できるの?」
「無理よ」
ほむらさんの問いを、トカゲほむらは間を置かずに否定しました。
まるで無駄な希望を抱かせないようにするかの如く。
「凜の犠牲は、あくまでも円環の理の力が及んでも、あなたたちの宇宙が独立して存続できるようにするだけ。まどかという概念は、どのみち円環の理に回収されるわ」
トカゲほむらさんは「選択肢を簡潔にしましょう」は、人差し指と中指を立てる。
「選択肢は2つ。1つは、このまま何もせず、あなたたち全員が宇宙ごと消滅するか。もう1つは、凜とまどかを犠牲に円環の理の庇護下で、つまり魔女の生まれなくなる世界で生きていくか。あなたたちが選びなさい」
トカゲほむらさんは、私たちにズイ、と立てた2本の指を押しつけます。
(そんなの……)
どちらも、誰かを犠牲にしなければいけない選択肢です。
凜さんと鹿目さんを犠牲にはしたくありません。けど、宇宙が消滅すれば、マミさんや咲笑さんのように、関係ない人まで消滅に巻き込まれます。
あまりにも重すぎる命の天秤を、私たちは突きつけられました。
「……私は決めたわよ」
とても、とても重い声でほむらさんが呟きます。
「……私もです」
私はそう言いながら、ほむらさんをちらりと見る。
ほむらさんも私を見て、頷きます。
恐らく、ほむらさんと私の答えは一致しているでしょう。
そんな確信が、私にはありました。
「私も」
私たちに続くように、凜さんも。
「わ、たしは……」
唯一、結論を出せなかったのは、夜明さん。
彼女の様子を見て、トカゲほむらさんは口を開きます。
「……それじゃあ、先に3人の意見を聞きましょうか。あなたたち3人が一番の当事者なわけだし」
トカゲほむらさんの言葉に、私たちはお互いを見つめ合う。
「じゃあ、せーので言おうか」
凜さんの提案に、私たちは無言で頷きます。
「せーの……」
「「このままみんなで心中よ(です)」」
「私が宇宙の要石になる」
揃った声は、私とほむらさん。
揃わなかったのが、凜さんと私たち。
予想通りの不一致でした。
(ああ、やっぱり……)
なんとなく、分かっていました。
あの選択肢を提示された時点で、凜さんがどんな未来を選ぶかなんて、未来視を使わなくても予想できてしまいます。
それでも私は、凜さんが私たちと同じ未来を選んでくれるんじゃないかって、ちょっと期待していたんです。
ここまで一緒にやって来て、凜さんも自分を犠牲にすることに抵抗が生まれてくれてるんじゃないかって。
でも、やっぱり凜さんは凜さんでした。
彼女の優しすぎる心は、どこまでの彼女自身を軽んじてしまう。
結果、私たちの意見は、真っ二つに割れてしまいました。
「……まばゆ、ほむら」
凜さんが悲しそうに、私たちを見ます。
「2人は、そっちを選ぶんだね」
「当然でしょ」
凜さんに言葉を返したのは、ほむらさん。
「まどかも、あなたも消えてしまう宇宙で私たちが生き残って、いったい何の意味があるというの?」
「あなたたちが生きててくれる」
「私の祈り、忘れたわけじゃないでしょう? まばゆはともかく、私はそんな宇宙で生きていたくない。まどかも守れず、あなたに守られただけの私の命なんて」
「……それでも、私は生きててほしいよ」
凜さんの悲しみを湛えた声に、ほむらさんは唇を噛みしめます。
「……残酷ね、あなた」
凜さんはそれに答えることなく、私のほうを見ます。
「まばゆも、やっぱり同じ意見?」
凜さんの問いに、私はゆっくりと口を動かします。
「……そう、ですね。私も、ほむらさんと同じです。凜さんたちを失った宇宙で生きていく未来なんて、考えたくもありません」
トカゲほむらさんの言った、凜さんが犠牲になる方法。
彼女が要石となれば、彼女に関する全てが消えてしまう、と彼女は言っていました。
それはつまり、私はまた大事な人を忘れて、のうのうと生きていくということ。
「私は、凜さんのことを忘れたくありません……。もう、大事な人を忘れたくないんですよ」
「……大丈夫だよ。トカゲほむらの言葉を信じるなら、私に関する全てが消える。まばゆが私を思い出す可能性も、一切残らない」
「それが嫌なんです!!」
喉が張り裂けそうになるほど、私は叫びます。
凜さんも驚いたように、言葉を止めます。
「そんなの、そんなのあんまりじゃないですか……! 何かを失うことを諦めなくていいと教えてくれたのは、凜さんです! それなのに、今さら失うことを受け入れて生きていけって言うんですか!?」
今の私がいるのは、凜さんがいたから。
凜さんが私のことを諦めなかったから。私の魔法が諦めろと言った、みんなと過ごす日々を。凜さんだけは諦めないでいてくれたからなのに。
凜さんが諦めないでくれたから、私も凜さんを諦めたくないのに。
「勝手すぎますよ……! せめて消えるなら、あなたの隣にくらい居させてくださいよ……」
頼んでもいないのに零れる涙を雑に拭いながら、私は言葉を紡ぎます。
「私は、凜さんと一緒なら、消えたっていいですよ……」
自分がヒドいことを言っているのは分かっています。
私たち以外からしたら、消えるのは嫌なことだと思います。私たちの選択は、実質あの宇宙に生きる全ての命が消えてもいいと言っているようなものですから。
それでも、私は凜さんを犠牲にする選択肢なんて選びたくないんです。
どれほど身勝手で、ワガママでも。
凜さんが生きていられるたった1つの宇宙で、彼女が迎える結末が、誰からも忘れられて消滅なんて。
私の脳内にフラッシュバックする、本来の時間軸にいる凜さんの記憶。
凍えた、光のない瞳が朝日を映すあの瞬間は、私の頭からこびりついて離れません。
でも、消滅したら。
私たちとの出会いも何もかも、消えてしまうのなら。
彼女は、本当に誰の心からも死んでしまいます。
なんて残酷な選択肢なんでしょう。なんで凜さんなのでしょう。そんなにも、世界は凜さんの生きる場所を奪いたいのでしょうか。
そんなの、私は認められません。
たとえ凜さんが受け入れても、私は受け入れられません。
私の大切な人が、そんな役割を背負わなきゃいけないなんて、絶対に間違ってる。
凜さんは何も、言いませんでした。
けど、その瞳を揺るがせることはできなかったのでしょう。
彼女は、夜明さんに声をかけました。
「……すみれさんは」
「えっ……」
「すみれさんは、どっちがいいですか」
「全員消滅か、私だけの犠牲で世界を救うか」
凜さんは夜明さんにそう問いかけます。
「私、は……」
凜さんがときどきやる、意地悪な聞き方だと思いました。
どちらかを迫りつつも、その人が凜さんの望むほうを選ぶようにするような言葉を使う聞き方。
そして、これをやるときの凜さんは決まって、自分を犠牲にしようとするとき。自分の価値を低く見せようとするのです。
夜明さんは酷く憔悴した顔で、何かを言おうとしては口を閉じていました。
夜明さんは大勢のために少数を切り捨てられる人。でも凜さんという存在は、夜明さんが切り捨てるには、彼女の中であまりにも大きくなってしまったのでしょう。
凜さんに救われた私だから分かります。凜さんは、自分無しで幸せになってほしいという割に、その人の心に残る優しさを与えてしまう人ですから。
その様子を見ていた凜さんは、振り返らずにトカゲほむらさんに問いかけます。
「トカゲほむら。残されている時間は?」
「あまりないわ。あと数分よ」
「……分かった」
凜さんは踵を返し、トカゲほむらさんへと近寄ります。
「時間が無い。トカゲほむら、力を貸して。私が要石になって、私たちの宇宙を存続させよう」
「待ってください!」
凜さんの言葉に、私は彼女たちの間に割り込みます。
「言ったでしょう! 私たちは、凜さんを失いたくないんです!」
「どのみち私は助からない。なら、私は多くが助かる未来を選びたい」
「私とほむらさんの気持ちは!? 私たちに、あなたを失ったまま生きろってことですか!?」
「だから! それは忘れるの! まばゆもほむらも、もう誰かを失った悲しみを背負うことはない! 分かるでしょ!?」
「凜さんこそ分かってるんですか!? それがどれだけ残酷なことか! 人から思い出すことも、悲しむことも取り上げる! もう誰も、あなたのことを思い出せなくなるんですよ! 私たちの誰も、あなたのことを愛することも、弔うこともできなくなる! 本当の本当に、夕凪凜という存在が死ぬんです!」
「それであなたたちに死ねって!? 私になら何とか出来る選択肢を与えられた状態で、なにもしないでいろって!? トカゲほむらの話、聞いてたでしょ!? まばゆだってこの宇宙以外じゃ、魔法少女のことを忘れて、そう遠くない内に死んじゃうんだよ! 私はまばゆが少しでも長生きできる可能性の残った、この宇宙を存続させる!」
「凜さんの分からず屋!」
「それはこっちの台詞だよ、まばゆの頑固者!」
どんどんヒートアップする私たち。
会話は口論になり、火花を散らすというのはこういうことなんだと、冷静な部分の私は思っていました。
「もう時間がないの!」
「なら、そのまま待っててください!」
「このっ……!」
凜さんは手に双刃刀を生成します。
「これ以上邪魔するなら、まばゆでも……!」
「やる気ですか?」
「っ……!」
問いかけつつ、私もハサミを取り出します。
普段の私なら絶対にこんなことしなかったでしょう。でも、これだけは譲れませんでした。
ここで凜さんを行かせてしまったら、後悔することすら出来なくなるんだと思うと、絶対に引き下がれませんでした。
お互いに武器を向け合い、一触即発の空気が流れます。
しかし、その空気は唐突に破られました。
下から響く振動と、禍々しい魔力によって。
「えっ!?」
「な、なに!?」
私と凜さんは武器を降ろし、振動がするほうへと目を向けます。
そこには、象徴の魔女の亡骸が……。
(いや、ちょっと待ってください。なんで、象徴の魔女の身体が消えてないんですか!? 魔女は倒したら、その身体は消滅するはずじゃ……!)
すると、象徴の魔女の身体を食い破るように、黒い泥のようなものが溢れ出します。
「な、なんですか!?」
「どういうこと!?」
夜明さんもほむらさんも困惑するばかり。
そんな中、トカゲほむらさんだけが。
「まさか……!」
「なに? トカゲほむら、なんか分かったの!?」
凜さんの問いに、トカゲほむらさんは象徴の魔女を見つめ続けながら答えます。
「ワルプルギスの夜の、呪い……」
「あれが……?」
「確証は、ないけど……。でも、だとしたら……。マズい!」
トカゲほむらさんがそう口にすると同時、象徴の魔女の身体は呪いに取り込まれます。
火山の噴火のように、勢いよく溢れ出す呪いはやがて透明になっていき、そこに赤や青、黄色に緑の水玉が浮き出てきます。
人の形のようで人でないナニカに、呪いの塊は形を変えていきます。
「ワルプルギスの夜の再誕……」
トカゲほむらさんが呟きます。
「あれが、ワルプルギスの夜……?」
「正確に言えば、ワルプルギスの夜が内包していた呪い、その塊よ。ここは元々、ヤツが生まれた時にできた空間。その空間で、あの呪いが解放された。それなら、あれが成ろうとしているのは……」
「っ!」
トカゲほむらさんの言葉を最後まで聞く前に、凜さんは飛び出します。
強化モードに変身し、双刃刀に魔力を溜め――。
「リベリオーネ・デスティーノ!!」
呪いを一刀両断しました。
しかし……。
「えっ……!?」
呪いはすぐにくっついてしまいます。
「なら!」
次は夜明さんが攻撃を仕掛け、その巨大な釘を叩きつけます。
釘を伝った魔力は呪いの塊を内部から爆破し、塊はバラバラに砕け散ります。
けれど、砕け散った呪いは空中で静止し、逆再生のように元の姿へと戻ります。
「うそ……」
夜明さんの絶句する声。
ほむらさんが矢を放ち、私もハサミで攻撃に参加します。
凜さんと夜明さんも再び攻撃をし、呪いの塊にいくつもの穴を開けます。
それでも、呪いの塊は堪えた様子など微塵もなく、やがて陽炎で出来た人影のような巨人へと姿を変えました。
そして、その巨人、魔物とも呼ぶべき存在は、私たちに向けて腕を振るいます。
たったの一振り。
その一撃で、私たちは回避も防御もままならず、全員壁まで吹き飛ばされます。
「うあっ!」
「ぐぅっ!」
「うっ!」
「きゃあっ!」
猛烈な勢いで壁に叩きつけられ、一瞬意識が飛びます。
そのまま地面に倒れ込むと、私の纏っていたドッペルが消滅しました。
他のみなさんも同じで、全員が元の姿へと戻って、倒れ伏していました。
「く、くそ……!」
なんとか凜さんが立ち上がりますが、すぐに膝をついてしまいます。
「無理よ……」
お腹を押さえながら、トカゲほむらさんが弱々しく呟きます。
「ここの空間の主はワルプルギスの夜。私たちに勝ち目なんて、ないわ」
それに対し、凜さんは。
「でも、放置するわけにもいかないでしょ……。あれ、放置したらヤバいんじゃない?」
「そうね……」
凜さんの言葉を肯定するトカゲほむらさん。
「あれは魔女じゃない……。むしろ、魔獣に近い状態。つまり円環の理に回収もされないわ。鏡の魔女、象徴の魔女と輪廻を続け、呪いと穢れに晒され続けたあの魂たちは、もはや元々の彼女たちの魂とは別物になってしまった。あれがここから抜け出せば、現世に呪いとして顕現し、世界に厄災を振りまき続けるでしょう。あなたたちの宇宙や、私たちの宇宙に」
「じゃあ、倒さなきゃじゃん。私たちの宇宙にも、トカゲほむらたちの宇宙にも、絶対いかせない」
「勝てっこないわ。分かるでしょう?」
凜さんはギリッと歯を食いしばります。
勝てっこない。
トカゲほむらさんの言葉に、誰も言い返せません。
ドッペルを纏った夜明さんの一撃すら通用しない相手など、今の私たちではどうやっても勝てないのです。
魔物は私たちに追撃することなく、キョロキョロと辺りを見回します。
まるで何かを探すように。
けれど、私たちにその意図を推理するほどの余裕はありませんでした。
次に敵意を向けられれば、今度こそ殺される。
それはしっかりと分かったから、動くことができませんでした。
(死んでもいいって、思ってたのに)
さっきまで消えようとしていたのに、随分と身勝手なことを考えるものだと、心の中で笑ってしまいます。
けれど、これで終わるのだけは嫌でした。
顔を横に向ければ、蹲るほむらさん。
彼女は拳を何度も何度も、地面に叩きつけていました。
きっとやっているのは、トカゲほむらさんのほう。
彼女だって、私たちの宇宙を救うために色々と動いてくれていたのに。
その終わりが、宇宙の消滅か凜さんと鹿目さんの犠牲になり。残った宇宙にも、この巨大な呪いを残してしまう。
そのやるせなさが、彼女をあの行動に駆り立てているのでしょう。
私たちは全員、もう無力でした。
それこそ、奇跡でも起きない限り。
そんな時です。
「やあ。どうやら困っているみたいだね」
名塚底根に響いた声に、私たちは全員顔を上げます。
「キュゥべえ……!」
ほむらさんが声の主の名を憎々しげに呟き、上を睨み付けます。
「そんなに睨まないでくれ。ボクは、キミたちの力になりにきたんだよ」
「白々しい……! 今はあなたに構っている場合じゃないのよ!」
「けれど、完全に行き詰まっているんだろ? それなら、彼女が突破口になると思うけどな」
キュゥべえがそう言った直後。
ヤツの後ろから人影が現れました。
その人影を見て、私とほむらさんの目は大きく見開かれます。
「ここまで案内するのも一苦労だったけど、どうやら間に合ったみたいだね」
「ウソ……」
「ど、どうして……。なんで!?」
私たちは、ただただ立ち尽くします。
「みんな……。待たせちゃって、ごめんね」
「まどか……」
ほむらさんの声が、いやにはっきり聞こえた気がしました。
キュゥべえの横に並んだのは、見間違いようのない彼女。
鹿目まどかさんでした。
「鹿目さん……」
私が座ったまま動けないでいると、ほむらさんは身体を引きずりながら、彼女の側へと駆け寄ります。
「まどか!? どうして……? 私が戻るまで待っててって……!」
「ごめんね、ほむらちゃん。最初はそのつもりだったの。でも、キュゥべえからみんなが危ないって聞いて……」
鹿目さんがそこまで言うと、ほむらさんはキッと隣のキュゥべえを睨み、その首を強く締め上げます。
「あなた……!」
「よしてくれないかな、ほむら。ボクはボクなりにキミたちの力になりたかったんだ。その上で、この状況を打破するには、まどかしかいないと結論づけただけだよ」
「っ――!」
ほむらさんはギリっと奥歯を噛みしめ、勢いよくキュゥべえを地面へと叩きつけます。
そして、弓矢をキュゥべえに向けたところで、鹿目さんがその手を優しく制しました。
「いいの、ほむらちゃん。ここに来たのは私の意思。キュゥべえは案内してくれただけ」
「まどか! あなたは騙されてる! コイツはあなたに耳障りの良いことを言って、魔法少女の契約をさせたいだけよ!」
「それについては否定しないよ」
ほむらさんの叫びを肯定するように、叩きつけられたキュゥべえが起き上がります。
「ボクらとしても、まどかが契約してくれるのは助かるからね」
「やっぱり!」
「けど、キミたちも冷静になったほうがいいんじゃないかな? キミたちは、本当にこの宇宙とともに心中するつもりかい?」
「っ!? キュゥべえ、あなたどこから聞いてたんですか!?」
私が問いかけると、キュゥべえはくるりとその首を回し、無感情な瞳を向けてきます。
「少し前からだよ。別の時間軸から来た暁美ほむらの話を聞いて、大体の事情は把握できた。サルベーション・ブルームを引き起こしていたエネルギーの出自もね。『円環の理』とキミは呼んでいたかな?」
「――っ!」
その瞬間、トカゲほむらさんは一気に表情を険しくさせます。もしかしたら、ほむらさんの感情も乗っていたかもしれませんが。
鹿目さんがいなければ、この場ですぐにでも殺していそうな殺気を放ちながら、トカゲほむらさんはキュゥべえに問います。
「インキュベーター。何を企んでいるかは知らないけど、もう諦めなさい。じきに円環の理があなたたちの宇宙も飲み込む。そうすれば、どのような結末になろうと、魔女という存在は宇宙から消え去るわ」
「だろうね。だからこそ、凜たちに案内してもらったのさ。この名塚底根という場所にね」
「ど、どういうこと?」
凜さんが戸惑いの声を上げます。
それに対し、キュゥべえはなんでもない風に言いました。
「簡単な話さ。鏡の魔女が使っていたエネルギーが魔女を消し去る性質であること、ボクらの宇宙とは相容れない概念であることは調べがついていた。そして、その概念にボクらの宇宙が改変される可能性は容易に想像できた。その時からボクたちは、魔法少女が魔女になるシステムを死守する方法を考えていたんだよ」
「まさか……」
トカゲほむらさんの瞳が大きく見開かれます。
「そう。この名塚底根を利用する方法だよ。例えボクらの宇宙が改変されたとしても、ここにいればその影響を受けなくて済む。そして、ここに存在する数多の魔女の情報を使えば、魔法少女が魔女になる仕組みの再現も可能だろう。ボクたちはいずれ、円環の理を完全に克服する」
「させないわ!」
我慢の限界を超えたのでしょう。
ほむらさんたちは鹿目さんの手を振りほどき、キュゥべえの眉間に穴を開けます。
しかし……。
「やめてくれないかな? 個体を無駄に減らされると困るんだよね。勿体ないじゃないか」
「くっ!」
新しく顔を覗かせたキュゥべえ。
ほむらさんの矢が再び撃ち抜きますが、数秒後には次の個体が現れます。
「無駄だって、キミも知っているだろう?」
涼しい顔で小首を傾げるキュゥべえ。
その様子に、ほむらさんたちは、キツく拳を握るしかできませんでした。
「お手柄だよ、凜、まばゆ、すみれ。キミたちが入り口を見つけてくれたことで、ボクたちもここへ出入りする方法を確立させることができた。これで宇宙は救われる」
キュゥべえは鹿目さんを見つめ、「後はキミが契約してくれればね」と言います。
「無駄よ……。例え宇宙が残ったとしても、まどかは消滅する……」
苦し紛れといった風に、トカゲほむらさんは弱々しく呟きます。
しかし、キュゥべえは動揺する素振りもなく。
「ああ、そのことは理解しているよ。でも、キミは1つ忘れていないかい? 円環の理を生みだしたのは、別時間軸の鹿目まどかなのだろう? なら、それに対抗できる力もまた、まどかということになるんじゃないのかな?」
「なにが、言いたいんですか……」
私の声に、キュゥべえは答えます。
「つまり、ボクらの宇宙を消滅から救う力が、ここにいるまどかにもあるってことだよ。さあ、まどか。願い事を決めるんだ。キミが願えば、凜もキミ自身も犠牲にせず、キミたちの宇宙は存続できる。ここにいる全員を、キミは救うことができるんだ」
そういうことか、と今さらながら私は理解します。
私がかつて視た未来で、円環の理を作り上げた鹿目さん。しかし、ここにいる鹿目さんは、その時よりさらにループを重ねた時間軸の鹿目さんなのです。束ねられた因果の量だけでいえば、あの時契約した鹿目さんすら上回るでしょう。
その因果で願えば、あの救済の力すらはね除ける力となる。凜さんを要石にすることなく、私たちの宇宙は存続するでしょう。
けど、その後は?
円環の理の力をはね除けた私たちの宇宙は、円環の理の救済が存在しない、魔女が存続する世界になるでしょう。
仮に、それでもなお円環の理の力が干渉してきたとしても、キュゥべえに名塚底根を入られた以上、その干渉すら克服されてしまう可能性は高いはずです。もしかしたら、それを足がかりに円環の理を支配しようし出すかも。
いや、十中八九そうなるでしょう。
だからキュゥべえは、ここの存在が必要だったんです。もし願いを叶えた上で鹿目さんが宇宙から消滅しても、エネルギー回収効率を維持できるように。
そして、その機会を与えてしまったのは、他ならぬ……。
「私が、私のせいで……」
凜さんの震える声が、横から聞こえました。
「違います! 凜さんのせいじゃ……!」
「そうです! 夕凪さんの責任では決してありません!」
私と夜明さんが声をかけますが、凜さんはボロボロと涙を零します。
「でも……! 私がもっと別の作戦を思いついてたら! もっと強かったら……!」
「作戦は私も同罪です! 夕凪さん1人のせいなわけないじゃないですか!」
夜明さんは凜さんの肩を掴み、必死に呼びかける。
けれど、凜さんは焦点の合わない目で私たちを見て、うわごとのように呟き続けます。
「ごめん、まばゆ。ごめん、ほむら。私、また間違えちゃった……。あなたたちの戦い、全部無駄にしちゃった……!」
「そんなわけ……! 無駄なんかじゃありません! 凜さん、しっかりして!」
凜さんの悲痛な声に、私も泣きそうになりながら必死に呼びかけます。
そんな凜さんを、ほむらさんが後ろからそっと抱きしめました。
「いいの……。いいのよ、あなたは何も悪くない」
ほむらさんは凜さんの後頭部に顔を埋め、小さな声で語ります。
「あなたは、私にずっと寄り添ってくれたわ。私が勝手に巻き込んだのに、あなたはずっと全力で、私に力を貸してくれた。私に、何かを諦める必要はないって、言い続けてくれた。それだけで十分よ」
震える彼女の声は、すぐにでも消えてしまいそうで。
それでも、ほむらさんは凜さんを強く抱きしめていました。
「あなたは、私には勿体ないくらいの、友だちよ……」
「ほむら……」
「だから、もう自分を傷つけないで。自分を粗末になんて、しないで……」
後ろから回された腕を、凜さんは弱々しく握ります。
凜さんはそれ以上何も言わず、ただただ嗚咽を漏らすばかりでした。
静けさが場を支配する中、沈黙を破ったのは、今まで黙っていた鹿目さんでした。
「ほむらちゃん」
「まどか……」
鹿目さんの呼びかけに、ほむらさんはゆっくりと鹿目さんのほうを見ます。
「ごめんね。やっぱり私、魔法少女になる」
「っ……!」
鹿目さんの言葉に、ほむらさんは顔を大きく歪めます。
「ダメよ……。あなたが契約したら、それこそアイツの思うツボよ!」
「うん、分かってる」
「だったらどうして!?」
理解できないと、声を荒げるほむらさんに、鹿目さんはそっと近づいて、彼女の手を取ります。
「すごく簡単な理由。私も、みんなのこと守りたいから」
大丈夫、と、鹿目さんは力強い目で言います。
「キュゥべえの思い通りになんてさせない。この宇宙が消えちゃうのも、魔法少女が絶望で終わるのも、そんなの納得できない。そんな不条理、覆してみせる」
鹿目さんは、ほむらさんの左手にあるソウルジェムをそっと撫でます。
「私ね、凜さんに誘われて魔法少女の取材活動を一緒にやったの。ラビさんや那由多さんと一緒に、たくさんの魔法少女と出会って、たくさんの取材記録を読んだよ。みんなね、希望を持ってた。たくさんの祈りと願いがあって、その中で必死に生きてた」
鹿目さんが語るのは、氷室さんたちが中心になってやっていた、魔法少女の取材活動の体験。
私の凜さんから取材を受けましたが、本当にたくさんの魔法少女の記録を集めていたようです。
「それは、ほむらちゃんだって同じ。まばゆさんも、凜さんも。魔法少女のみんなのことを知って、私は本当に恵まれてたんだって実感した。どれだけほむらちゃんたちに守られてきたか、ちょっとは理解したつもり」
「……そうよ。だから、あなたが魔法少女になる必要なんてない……! あなたを守りきれなかったのは、私の力が足りなかったから……」
「ううん、そうじゃない。私は十分守ってもらったもの。だから、今度はみんなを、私が守る番」
例え相手が、私であっても。
鹿目さんはそう言い、続けて口にします。
「ねえ、もう一人のほむらちゃんも、そこにいるんだよね?」
「……ええ。そうよ」
「1つ、教えてほしいの。私が宇宙の要石になれば、円環の理を受け入れても凜さんはそのままでいられる?」
鹿目さんの問いに、トカゲほむらさんは悲しそうに目を伏せます。
「……それだけは、いくらまどかでも無理なの。円環の理はまどかと同質の存在。まどかがこの宇宙を守る存在になるとしたら、円環の理を拒絶する概念になるしかない。円環の理を受け入れて、それでも宇宙を存続させるには凜にしかできないのよ」
「そっか……」
「宇宙を存続させるなら、どうあっても、あなたと凜は消滅する。これは抗えない運命なの」
悲しそうに目を伏せるトカゲほむらさん。
しかし、鹿目さんは首を横に振ります。
「ううん。そんな悲しい結末にはさせない」
「まどか……?」
「希望がなにもないなんて、そんなの嫌だから。私も、凜さんも、消えるのが逃れられない運命だとしても、少しくらいは抗ってみせる。そのために、この祈りを捧げる」
「まどかちゃん……? なに、するつもり……?」
凜さんの視線に、鹿目さんは眉を下げる。
「まずはごめんなさい、凜さん。守るって言ったのに、私じゃ代わりになれないみたいで」
「ううん、いいの! 私なんて忘れられていい! まどかちゃんが契約する必要ない!」
凜さんの叫びに、鹿目さんは微笑む。
「ダメですよ、凜さん。そんな寂しいこと、言わないでください」
「で、でも……」
「凜さんが全員から忘れられるなんて、そんな悲しい結末になんてさせません。凜さんがどれだけまばゆさんたちを愛していたか、まばゆさんたちに愛されていたか、私も少しは知っているつもりです」
鹿目さんは慈母のような、優しい微笑みをたたえ、凜さんから一歩離れる。
「私がここに来たのは、きっとその運命を変えるため。たとえ私が消えるとしても、それだけは覆してみせる」
そう言い、鹿目さんはキュゥべえへと真っ直ぐ歩いていきます。
「どうやら願いは決まったようだね」
「うん」
鹿目さんは力強く、ゆっくりと頷く。
「まって、まどかぁ!!」
それでも、手を伸ばすほむらさんの手は、あとわずかのところで空を切る。
「おねがい、キュゥべえ」
鹿目さんは大きく息を吸い、キュゥべえと相対しました。
「私たちの宇宙に、凜さんが生きた証を残して。凜さんが要石になるとしても、彼女が起こした奇跡を無かったことにさせないで」
「キミは……。その願いでいいのかい? 凜の消滅もキミ自身の消滅も、受け入れるというのかい?」
「ううん、違う。消滅なんかじゃない」
鹿目さんは強い意志の宿った瞳で、キュゥべえの言葉を否定します。
「別の世界の私が、円環の理を作った気持ち。魔法少女の取材をしてきた私には分かる。だから、その奇跡は否定しない。希望を抱くのが間違いじゃないって、何度だって言い返せる。円環の理がある限り、私はいつでもほむらちゃんたちの側にいる」
普段のおどおどした様子は微塵もなく、鹿目さんは言葉を紡ぎます。
「だから、凜さんの存在が消えるのだって、私は覆したい。だって凜さんが起こした奇跡は、たくさんの人に希望を与えたんだもの。世界が凜さんを忘れても、凜さんが生きた証、掴み取った奇跡まで否定はさせない」
鹿目さんはグッと拳を胸の前で握り、1歩前へと出ます。
「さあ、叶えてよ! キュゥべえ!」
鹿目さんの叫びに呼応するかのように、彼女の胸から眩い光が溢れます。
「わかったよ。契約は成立だ。受け取るといい、それがキミの運命だ」
鹿目さんがそれを手に取ると、光は彼女の全身を包みます。
そして……。
「ああ……」
声を漏らしたのは私か、ほむらさんか。
繰り返す時間の中で、幾度となく見たその姿。
桜のような淡いピンクに彩られた衣装を身に纏い、魔法少女へと変身した鹿目さんが姿を現しました。
「まどかちゃん……」
凜さんが何かを言いかけた直後。
突如、名塚底根全体が揺れます。
「な、なんです!?」
私は急いで辺りを見渡すと、先ほどまで私たちに興味を失っていた呪いの塊がおぞましい声を上げ、こちらへと向かってきていました。
「こんなときに……!」
夜明さんは武器を構え、迎撃しようとします。
しかし。
「大丈夫です。任せてください」
夜明さんの前に、彼女を庇うように鹿目さんが立ちます。
その隣には、凜さん。
「凜さん、一緒に」
「うん」
凜さんと鹿目さんは、互いの手を重ね合わせます。
「「コネクト」」
その声とともに、二人の魔力は混ざり合い、先ほどの鹿目さんの変身にも迫る、強烈な光を発します。
鹿目さんの弓と凜さんの双刃刀は混ざり合い、巨大な1つの弓へと変化します。
まるでその光を求めるように、呪いの塊は二人へとその手を伸ばします。
そんな相手に対し、鹿目さんは一切怯むことなく。
「もう、大丈夫。あなただって、もう誰も恨まなくていい。呪わなくていい」
そう口にして、弓の弦へと手をかけます。
凜さんも反対側で弓を支えつつ、鹿目さんの手に自身の手を添えます。
二人は無言で見つめ合い頷くと、巨大な光の矢をつがえ、ギリギリと弦を引きます。
「私たちが、受け止めてあげるから」
鹿目さんの、その言葉が合図でした。
放たれた矢は、大気そのものを揺らし、ただ真っ直ぐに呪いへと飛びます。
そして。
「――――!!!!!」
呪いの塊を、一撃で穿ちました。
大穴の空いた呪いの塊は、抵抗することも再生することもなく、ゆっくりと崩れていきます。
――あり、が、とう。
――マル、グリート……。
「えっ……」
呪いの塊が崩れる最中、私は一瞬だけ、その中に人影のようなものを見た気がしました。
呪いの塊はまるで浄化されるかの如く、鹿目さんたちの矢の光に包まれ、消えていきました。
魔女を倒した、凜さんと鹿目さん。
「いこう、凜さん」
鹿目さんは凜さんを促し、歩き出します。
纏う魔力と気配から、これから彼女たちは、宇宙の運命という途方もないものを変えに行くのだと、否が応でも実感させられます。
その時でした。
歩き出した鹿目さんの背に、凜さんは声をかけます。
「ありがとう、まどかちゃん」
「そして、ごめんね」
彼女はそう呟くと、鹿目さんに手を伸ばしました。
投稿遅くなり、大変申し訳ございませんでした!
なかなか納得のいく表現ができないところがいくつもあり、納得するまで書き直してたら時間がかかってしまいました。
とはいえ、あと2話で完結予定のため、これ以上はそこまで間隔は空かない、はず……。
それと、いつもの友人が、凜が魔女化した姿である『アルバムの魔女』を描いてくれました。
エピローグの挿絵として挿入しますが、ここにも置いておきます。
よかったら見てみてください。
【挿絵表示】
次回もよろしければ、読んでいってください。