後輩系幼馴染女子が制服姿で自分のベッドに転がったことがあるものだけがこの設定に石を投げなさい。

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これが「ANON TOKYO」ちゃんです。


オブラートと駆け引き

 大学生の春休みは長い。少なくとも俺が通う大学はすでに後期の授業も試験も一ヶ月以上も前に通り過ぎてしまっていた。

 最初は夏休みよりも長い休み期間にワクワク感があったものの、昨年度までたった十日ほどしかなかった休みが七倍近く──それも宿題もなにもない。

 最初こそ同じ大学で出来た友人と遊ぶ約束をして気の向くまま短期バイトやら小旅行をしてみてはいたものの、三月の半ばまでくれば全て消化しきってしまい怠惰で何も変わらない日常に脳みそが溶けていくようだ。

 

「そういう時にバイトとかするんじゃないの?」

「そんな毎日毎日働くほどお金に困ってないんだよなぁ」

「彼女とデートとかしないの?」

「よく知った仲とはいえ、仮にも女子を部屋に上げてる時点で察してくれよ」

「ふぅん」

 

 訊いておいてつまらなさそうにスピーカーに接続されていないギターの弦を弾くそいつは、羽丘女子学園の高等部に通う千早(ちはや)愛音(あのん)だった。

 去年の今頃は海外へ渡航するからもう気軽に会えないかもね、なんて言っていたやつだが色々あってつい最近、近所の女子高に通ってるのを知った。

 本人としては知り合いや元同級生たちに知られるのが嫌で逃げ回っていたようだが心境の変化なのか、今では中学時代と同じように俺のベッドを占拠していた。

 

「練習するなら自分ち帰れよ」

「いいじゃん」

「いいかどうかは俺が決めることでは」

「ずっとおんなじ環境よりも、場所を変えてみたほうが集中できるものじゃない?」

「それは変えた環境次第だろ」

 

 なにやら意識が高いのかそうじゃないのかよくわからない理論をつらつら並べてきやがったが、少なくとも勉強を自室から図書館に変えた時のような効率化は望めないというのだけはわかる。

 ──そもそも、ギターなんて中学の時は触ってもなかったと思うんだが。あれか、高校デビューってやつか。

 

「それは大コケしました、ロンドンでばっちり」

「弄りにくい自虐だな」

「笑ったら許さないから」

「怖いって」

 

 目は笑ってないが何か楽しそうな、吹っ切れたような愛音に苦笑いと嘆息でリアクションをとってしまう。

 高校デビューはまぁ、悪く言い過ぎたが良くも悪くも友達付き合いが広く浅くの彼女が流行とはいえバンドなんて意外だったというのが素直な感想だ。

 

「色々あってさ」

「また色々ね」

「女子高生ですから、色々あるもんだよ」

「そういうもんか」

 

 肯定の変わりにギターの弦が上下に揺れる。初めて見た時も思ったが結構サマになってるし、スピーカー繋いで練習してる様子を撮影したものを見せてもらったが、素人意見という前提はあるが初心者とは思えないほどだった。

 

「マジなんだなぁ」

「何が?」

「バンド、結構マジでやってんだなって」

「一生やんなきゃいけないし」

「なんだそりゃ」

「約束したから」

「……そうか」

 

 一生、なんて単語は重たいけどこいつは割と俺にも気軽に使ってくる。愛音の口から出る「一生のお願い」を俺は高校に上がる前から何度聞かされただろうか。

 だけど、ポツリと呟いた聞きなれた単語は、いつもよりもずっしりと重みを感じるものだった。高校生の部活ノリじゃなくて、これから進級して卒業して、大人になっても、それで食っていくって決めたような。

 

「けど、一旦休憩しよ~っと」

「すごい自然な動作で漫画を漁るのはやめて」

「あ~これ最新刊!」

「聞け!」

 

 ──とはいえ、愛音が愛音であることは変わることのない事実であり、ノリが軽くあっさりしているところは彼女の揺るぎないキャラクターなんだろう。三つ子の魂百までとかいうし、どんなにマジになって取り組んでることがあってもそこは変わらない。人のベッドの上で人のポテチをつまみながら人の漫画を読むところも含めて。

 

「くつろぐなら家に帰れよ」

「じゃコレ貸して」

「返ってくる可能性が限りなくゼロなのにか」

「返したじゃん」

「中学卒業の時にまとめてな!」

「そーだっけ」

 

 たった一年前のことをもうお忘れらしい。まぁあの頃は確かに愛音がバタバタしてて返すって時もロクに会話すらしてないけど。

 つまりはまともな会話は勉強で塾やら家庭教師やらを増やす前だから、半年ぶりくらいだったんだな。久々の会話はさすがにぎこちなかったけど一週間もしないうちにこれだからなぁ。

 

「お前ってさ」

「お前って言わないで」

「愛音って本当にさ」

「なに?」

「テンプレの後輩系幼馴染ってムーブだよな」

「ん?」

 

 練習なくなっちゃった、暇でしょ? と学校帰りから何故か直接俺の部屋までやってきてるから制服姿で、付き合ってもない異性のベッドに無遠慮に転がる姿はまさにそうだろ。

 俺も例にもれずあまり女子に耐性があるわけじゃないし、ドキドキして落ち着かないとかいうのがリアクションの鉄板だろうけど、こういうのって実際にやられると、そうだな。

 ──スギ花粉まみれそうですっげー不快な気分だ。

 

「とか言って、この見えそうなラインにドキってしちゃうでしょ?」

「本人が見えるかどうかのラインを意識してなかったらな」

「ちなみにスパッツとか」

「わかってるよ、その手には乗らん」

「履いてないよ」

「履けよ」

 

 本人には死んでも言いたくないが愛音の顔立ちは普通にかわいいしスタイルも平均点以上は余裕である。これでまだ高校一年生、一年前は中学生だったとか信じたくないレベルで女性として完成されつつあると言ってもいい。

 そんな美少女が脚を上下に振り無防備にプリーツスカートを揺らし、うつ伏せになったことで白のシャツの背中にはブラのラインが見えるという状態だ。平常心を保てていることを誰かに褒めてほしいくらいではある。

 

「……そんなことよりさ」

「なんだよ」

「私たちのバンドのこと」

「MyGO!!!!! だっけ」

「知ってるんだ、もしかしてライブ来てくれてたり……」

「いや」

「いや、なんだ」

 

 バンドの名前は愛音のSNSをフォローしてるから、知ってるに決まってる。

 誤解のないように言っておくけど彼女本人からフォローしろ、と言われただけで自主的にネットストーカーをしているわけじゃない。かといってファンというわけでもないけど。

 

「興味以前にさ、そもそもRiNGだっけ、あそこを男一人で入る勇気はないね」

「ないかぁ」

「女子高生いっぱいいるって言うし」

「いるいる」

「じゃあ無理だ」

「ん~、じゃあ私と一緒だったら?」

「自分が何言ってるかわかってるかそれ?」

 

 主に愛音の通う羽丘や花咲川女子学園、後は外から見た印象だとお嬢様学校の月ノ森からの客をメインにしている場所だ。そんなところに男一人で入っても、愛音を連れて入っても居心地の悪さは想像に難くない。

 最悪の可能性としては愛音が男を連れてたって噂になる恐れまであるだろ。

 

「それ、恐れるべきなの私じゃない?」

「だから自分が何言ってるかわかってるか、って訊いたんだよ」

「まぁ……噂になるのはちょっとな」

「だろうね」

 

 愛音の性格上、目立つ──言い方を悪くすれば出る杭になりたがる方じゃない。気の置けない友達なら我が強くてそこそこ口が悪くて、ハイテンションで絡んでくる鬱陶しい性格を出せるだろうけど、基本的に愛音は周囲に合わせて言動を変える八方美人で日和見なタイプだから。

 不特定多数にそれが出せるほど図太くもないんだよな、こいつは。

 

「なにその、俺は愛音のことわかってます~みたいなリアクション、うざ」

「もう帰れよお前」

「ヤダ、まだ読み終わってないし」

「……そろそろ暗くなるけどな」

 

 一切動きそうもない彼女を横目に立ち上がり、部屋の電気を点けて再び電源の入っていないデスクトップPCの前に座る。

 そうして無言と漫画のページをめくる音が少しした後、普段はちっとも呼ばないくせに愛音はわざわざ俺の名前を呼んでくる。

 

「いつまで春休み?」

「四月の前半くらい」

「長っ、二月からずっと休みって羨ましい」

「そうか? すげー暇だけどな」

「じゃあさ、私も暇な時は来ていい?」

「漫画喫茶にしては品ぞろえも出てくる食い物もしょぼいけど」

「タダだからね~」

「金取っていいのか」

「ダメに決まってるじゃん」

 

 当然、取る気なんて元からないけど。

 それどころか、なんだかんだと家でだらけて変わらない毎日を過ごすよりも愛音がいる方が有意義な時間だとは思う。

 こんなこと言ったら調子に乗るのはわかりきってるからそんなこと言わないけどさ。

 

「じゃあ、また来るね」

「おう……送ってかなくていいのか?」

「大丈夫だって」

 

 なんだかんだと時間は過ぎていき、愛音が玄関でローファーを履く頃にはすっかり日が暮れていた。これでも春休みはじめよりはだいぶ日が長くなってきて、どんどんと季節は冬から春へと移り変わっていくのを感じていた。

 

「大丈夫とは言うけどな」

「万が一、クラスメイトに会った時に言い訳するのめんどくさいし」

「それは……まぁそうか」

「うん」

 

 それに言い訳、というか事実の羅列でしかないだろう俺との関係を話したところでどこまでが真実かなんて相手の受け取り方次第だろう。兄弟(恋人)なんて曲解を目にしたこともあるし、場合によっては取り合ってすらくれない可能性すらある。

 そうでなくとも、血縁がなく他人である以上、恋人未満と受け止められるのもまずいだろうしなぁ。

 

「だからさ」

 

 だが愛音の表情は苦笑いではなかった。それどころか楽しそうというか、嬉しそうというか、詳しい心情を量ることはできなかったけど、とにかく口許が緩く弧を描いているのは見てわかった。

 そして、いまの愛音の表情は俺を惹きつけて言葉の続きを待たせるには十分すぎる魅力を備えてる。そんな風に思った。

 

「私としては──送ってもらうなら言い訳しなくてよくなってからかな」

 

 春風のような暖かくて優しい、けれどまるで夜桜のような妖しさも伴った微笑を意味深な言葉と一緒に向けてくる。

 いや意味深どころか、今までの会話の流れから考えると()()()()()()ともとれる言葉に俺の心拍は一気に早鐘を鳴らしていた。

 

「そ、それは、つまり……?」

「はぁ~あ」

「でっかい溜息つくね」

「そこで曖昧じゃない言葉を求めちゃうのは、よくないと思うなぁ」

「そういうもんか」

「そういうもんです」

 

 敢えて遠回しに、伝わりつつも包んだオブラートをわざわざ剥がすのは野暮というものだ。俺は素直に謝罪しつつ、だが愛音の言葉の持つ意味を理解できてしまうが故に困惑していた。

 なんで、というよりも今はいつからというのが強い。

 

「そういう話は、遠回しじゃなくなってからしたいかなぁ」

「……俺はどうしたらいいんだ」

 

 本当に困ってしまって、我ながら情けない声音でそんなことを言ってしまう。

 いや、いくら愛音がまだ幼い女の子だった時から一緒に部屋でゲームして遊んだ近所のお兄さん的存在が俺だったとしても、意識してない限りは思春期に無防備極まりない言動はしないのか。

 

「ふっ、あははは!」

「わ、笑うところか今」

「結構、おもしろいところだよ」

 

 今までもちょっとはそういうところがあった。俺だって愛音が部屋で寛いでるところに何も思わないほど女子に興味がないわけでもなければ、愛音のことを恋愛的な対象として見れないほどの関係でもない。

 明確な恋愛感情はない、とは思うものの今はがっつり愛音の策略に嵌り、彼女を一人の女性として意識させられていた。

 

「そんな策士なキャラじゃないだろ」

「色々あってさ」

「またそれか」

「大人になったんだよ、私」

 

 本人が言うように少しだけ変わったように思える。

 中学の時はもう少し全能感というか、自己中心的なところがあって自己愛が強い傾向にあった。悪いことじゃないし、悪癖というほど鼻につくわけじゃなかったけど。

 でも今は良い意味で鼻が折れたというか、留学失敗からバンド結成するまでに本当に色々あったんだろう。

 

「じゃ……また来るね」

「来るなって言ったら?」

「本気で嫌われるまでは押しかけるから」

「……メンタル強いな」

「でもあんまり拒否られると泣くから、優しめにしてくれる?」

「なるべくな」

「絶対」

「わかった、わかったからはよ帰れ」

 

 ──俺と千早愛音の関係は幼馴染といえばそうなんだけど、そこまで気安い関係じゃない。

 それこそ愛音が「ゲームやってると友達に子どもって思われるから」と俺の部屋に入り浸るようになったのは俺が中学に上がる寸前から、中二になって友達が増えるまでの一年ちょっと。そこからは本当に近所にいる知り合いレベルだったし愛音が中学に上がるころには疎遠といってもよかった。

 

「私のこと、ちゃんと考えといてね」

「お前さ」

「お前って言うなー!」

 

 ロンドンから帰ってきたことを知った時にはとっくに夏が終わってて、ばったり会った時は愛音だと気づくこともなかったから声を掛けることもなかった。

 だけどその数か月でどうやら愛音は再会した俺に対して「いいじゃん」と思ったんだとか。

 

「愛音!」

「なーにー?」

「……次、かはわかんないけど、ちゃんと送るからな!」

「──うん! 待ってるね!」

 

 そんな愛音の胸の裡を俺が知れるのは、もう少し先の、だけどそこまで時間のかからなかった頃の話だ。

 俺だってきっと、あの時久しぶりと声を掛けてきた愛音に惹かれてただろうから。

 




実は千早愛音の二次創作は生まれて初めての経験でしたが楽しかったのでよしとします。
じっくりねっちょり出逢いから付き合うまでを描写してあげたいところだが短編にしておこうと思います。

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