薩摩が来る!   作:ahorism

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第二話 再会②

 ケンプトは、わたしの故郷エンミュールから、東に二、三日の距離にあります。

 

 バスティアン様改め、オルレンラント伯爵が組織したアルレーンの軍勢は行き先をそのケンプトへ定め、行軍を開始していました。わたしも一魔法部隊の隊長として、その一行に加わっています。

 

 あのガラル砦での戦い以来、わたしはアルレーンの各地でリガリア軍との戦いを続ける伯爵の軍に、魔法兵として所属していました。

 

 魔法部隊も質量ともに強化されて、砦での防衛戦時に考案された精密遠距離攻撃は、今では軍の主力を担うまでになっているのです。

 

 アルレーンの魔法研究家や軍部と改良に改良を重ねた結果、円盤と半円形の薄板を垂直に組み合わせた魔法照準器なるものが開発され、攻撃の命中率は飛躍的に向上しました。

 

 今まで両手で抱えていた杖を設置するこの照準器は、発射された攻撃魔法の角度と方向を、刻まれた目盛によって正確に測定することができます。着弾を確認する観測兵と、着弾点から射角の修正を行う計算兵との共同作業により、より緻密な精度の高い攻撃が可能になっているのでした。

 

 そしてわたしはその魔法照準器を用いた戦術の第一人者として、各地で戦果を上げ続けていました。旧来の魔法戦術に固執するお偉いさんに小娘の道楽と陰口を叩かれながらも、めげずに日々精進を重ねています。

 

 これは、あの少年が残してくれたもの。貴族たちの讒言程度で、そう簡単に諦められるものではないのです。

 

 今回の作戦は、故郷エンミュールの奪還を目的としたものだそうです。負傷した伯父上の引退により若くして辺境伯の地位を継いだヨーゼフも、その主力を任されていると聞いています。これまでリガリア軍に押され続けていたアルレーンの兵士たちの士気は、この反攻作戦を聞いていやがおうにも高まっているに違いありませんでした。

 

 気づけば彼の褒めてくれたこの手は、数度の戦場を経てすっかり乾いてひび割れてしまっています。そのことに寂しさを覚えながらも、わたしは今日もケンプトを目指します。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ケンプトまであとわずかの地点までアルレーン軍が近づいていたとき、伝令の早馬が駆け込んできました。どうやらわたし宛に伝言があるようです。

 

「マリア=アンヌ魔法隊長はおられますか。エンミュール辺境伯から、至急ケンプトに先行せよとの言付けを預かっております」

「ヨーゼフが? 何かあったのでしょうか」

「いえ、なんでも個人的に会わせたい人がいるとのことで、詳しくは」

 

 伝言はなんとも要領を得ないものでしたが、早馬を出すほどのこととなればわたしも急いで向かわざるを得ません。といっても、ヨーゼフの言う会わせたい人とやらにまったく心当たりはありませんでした。

 

 もしかしたらヨーゼフもお年頃ですし、良い人でもできたのかも。兵たちの前だと恥ずかしくて、わたしを先に呼び出したのかもしれません。そういうところはまだまだ子どもです。

 

 そんな私事に伝令を使うことには感心できませんが、ヨーゼフはまだまだ新米の辺境伯です。これぐらいは大目にみてあげても良いかもしれません。

 

 さすがに軍服で会うのは気まずいだろう、と荷物の中をあれこれ漁りながら、わたしはいとことの久しぶりの再会に胸を躍らせていました。

 

 ◇

 

 兵たちに事情を告げてから、わたしは馬を借りて一人ケンプトへと向かっていました。あまり大きな町ではありませんが、傭兵団でしょうか、多くの兵士たちが城壁の外にたむろしています。そういった光景を見ると、ここがリガリア軍との前線であることを思い知らされます。

 

 ケンプトの町の中もまた、異様な賑わいを見せていました。そこかしこから鳴る甲冑の擦れる音もまた、戦地に近い町の風物詩です。ヨーゼフの滞在している宿は、その喧騒を一番に味わえるであろう町の中心部にあるそうでした。

 

 宿までしばらく馬を引いて歩いた後、横の厩に馬を繋いでいると、傭兵らしき人物が怪訝な目でわたしを見ていました。きっと、乗馬する女性が珍しく映ったのかもしれません。

 

 今回の戦いでは、テロルランドからも傭兵団を多数呼び寄せたと聞いています。アルレーンの人々とはまた一風変わったその風貌に少し驚きつつ、わたしは急いでヨーゼフのもとへと向かうことにしました。

 

 ヨーゼフの借りているという部屋は、辺境伯のものにしては随分手狭なものです。護衛兵に挨拶をして、扉を数度叩いてから部屋へと入ることにしました。

 

 お嫁さんでも紹介されたらなんと挨拶をしようかと、そんなことを考えながら--。

 

 ◇

 

「キーレ、何もそんなにそわそわしなくてもいいだろ」

「じゃっども、なんを話せばよいか、わからん」

「……そうかもな。おっと、やっと姉さんが来たみたいだぜ」

 

 落ち着かない気持ちで扉を開けると、そこには机で書類の束に向かっているヨーゼフと、一人の青年の姿がありました。

 

「ヨーゼフ、お久しぶりです。辺境伯のお仕事は大変そうですね」

「ああ、姉さん。そんなことより--」

 

 ヨーゼフの客人には、どこか見覚えがありました。後ろでまとめた黒髪に、黒い瞳。左腰には、変わった長剣を下げています。

 

 そんな、まさか--。

 

「……キーレ、なのですか」

「で、ごわ。気苦労(キツケ)ば、かけもした」

 

 声が、出てきません。彼はもうガラル砦で命を落としたものだとばかり、思っていました。あれから、もう半年以上経つのです。生きているかもしれないという微かな望みも、もう抱かないようにしようと覚悟を決められるようになった、ところだったのに。

 

 言葉よりも先に、涙が頬を伝っていくのがわかりました。抱えてきた感情が、はらはらと温かな塩水になって流れ落ちていきます。ヨーゼフの前だということも忘れて、しばらくわたしは顔を覆ってすすり声をあげ続けていました。

 

 キーレは困ったような、申し訳なさそうな表情で、じっとわたしの言葉を待っているようでした。ヨーゼフも横で、目を潤ませながらこちらを見守っています。

 

「あの。随分と、背が伸びましたね」

 

 長い沈黙の後にようやくわたしの口をついたのは、そんな世間話をするような、平凡な一言でした。

 

 ◇

 

「それで、いったいどこで何をしていたのです」

 

 ようやく落ち着きを取り戻したわたしは、ヨーゼフを交えてキーレにあれこれと質問を浴びせていました。聞きたいことは、山ほどあるのです。

 

 いつの間にかキーレは両膝を地面について、平伏の体勢をとっています。本人曰く、サツマでは第一級の謝罪の姿勢だそうです。

 

「傭兵団とやらに、助けられもしての。しばらく、そこで厄介になってごわした」

 

 どうやらあのガラル砦からの退却戦で生き延びたキーレは、そのまま命を助けられた傭兵団に加わり、各地を転戦していたようでした。

 

 相変わらず戦場を駆け回っていたのが彼らしいと言えば彼らしいのですが、それにしても一報ぐらいあっても良さそうなものです。

 

「にしても、どうして連絡をよこさなかったのです。わたしも、バスティアン様も皆、心配していたのですよ」

「む。連絡(フレ)ば出そうにも、出し方がわからんでの」

 

 それはそうかもしれませんが、人づてにしろ、軍部を使うにしろ、やり方はあったはずです。といっても、わたしにこれ以上彼を責める気持ちはありませんでした。

 

「それからずっと、キーレはテロルランドの方にいたのですね」

「わっぜ寒かでの。冬は毎日、凍えておった」

「寒いとは聞きますが、それほどですか」

「うむ。あるれーんよりもだいぶ冷えもすな」

 

 先ほどまでの申し訳なさそうな態度はどこへやら、キーレはどこか楽しそうです。顔を上げて珍しく多弁になり、傭兵団と過ごした日々についてわたしたちに語ってくれました。

 

「種子島ば手に入れて、そん下知をばやっておった」

「まあ、あの新兵器を」

「新兵器って、アルレーンでも最近生産が始まったとかいう、あの銃とやらのことですか」

 

 ヨーゼフも書類を放り出して話に食いついてきます。テロルランドの傭兵団にマスケット銃があったことがまず驚きですが、まさかキーレがそれを指揮していたなんて。少しキーレが遠くなった気がして、久しぶりの再会をしたばかりだというのに寂しさを感じてしまいました。

 

「今回のエンミュール奪還作戦から、アルレーン軍でもマスケット銃が配備されるそうですよ」

「そいは吉報じゃな。弾と火薬ば、困っておった」

 

 バスティアン様、いえ、オルレンラント伯爵の強烈な主張のもと、アルレーンは総力を上げて新兵器の分析と開発に勤しみました。その努力の甲斐あって、ようやく今回の戦線に大量の新兵器が導入される手筈が整えられているのです。

 

「それにしても、キーレは良いお人に助けられたのですね」

「ニクラスさぁは、よか団長じゃ。団員も、強か兵が多か」

「テロルランドの傭兵の方は、皆どこかこう、頑強な体格をしていますものね」

「弓ば得意なもんが多くての、おいも習っておった」

 

 何度か戦場で見かけたことはありますが、傭兵団の方々は少し近寄りがたく、魔法部隊のわたしはこれといって会話をする機会もありませんでした。ですが、あまり偏見を持つのはよくありません。これを機に、これからはこちらから話しかけてみようかと思います。

 

「種子島ば上手(ジョッ)の娘っ子もおっての。おいが、よう教え(ユテカシ)たもんじゃ」

「テロルランドでは、女性も銃を使うのですか」

「あれは殊更(コトロス)に変わりもんぞ。大したお転婆娘(イナバオゴ)にごわ」

 

 ヨーゼフが意味ありげにこちらを見てきましたが、気にしません。それよりもキーレの過ごしたテロルランドと、生活を共にしたと言う傭兵団の話を、もっと聞いていたいのです。

 

「団員ん甲冑ば上手(ジョッ)に、おいも鎧ば拵えてもろうた」

「まあ、甲冑を」

「変わりもんじゃが、腕は確かぞ。(ンマ)ん鞍まで作りもす」

「傭兵団とは、色々な方がいるのですね」

 

 士官学校での苦労を思うと、キーレのいた傭兵団は随分と懐が深いようです。見ず知らずの流れ者、それを明らかに異国の出の者を受け入れるには、相当の覚悟がいったことでしょう。

 

「てろるらんどには(ンマ)がのうての、そいは困りもんじゃった」

「それは、キーレにとっては辛いでしょうね」

「じゃっど、よか(ンマ)ば見つけての--」

 

 キーレの思い出話はまだまだ続きました。わたしもヨーゼフも任務を忘れて、その語りにしばらく耳を傾けています。彼の帰還を、心から喜びながら。


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