1回目の里帰りの後くらい。
猫猫、走ります。

1 / 1
最終回の記念に投稿。
アニメ2期楽しみ過ぎる。


走れ猫猫

 猫猫(マオマオ)は激怒した。

 必ず、かの悪逆無道の黒いあいつを除かねばならぬと決意した。

 猫猫には育児はわからぬ。猫猫は薬屋である。調薬し、それを試して暮らしてきた。

 なので病気に関しては人一倍に敏感であった。奴はひどく不衛生で、様々な病気の原因になりうる。

 そして何より、その不気味さで人々を怯えさせる。

 

 

 

 きょう未明、猫猫は部屋を出発し、少し離れた薬草畑にやってきた。

 猫猫は薬以外の事柄にあまり興味がない。あるのは好奇心と知識欲、それとほんの少しの正義感だ。

 だがそれでも、幼子を可愛がる心くらいは持ち合わせている。

 猫猫が勤めている翡翠宮には侍女が少ない。なので必然的に仕事も増える。

 翡翠宮の妃・玉葉妃(ぎょくようひ)の娘、鈴麗公主(リンリーひめ)のお世話もその一つだ。

 鈴麗公主は好奇心旺盛で、色々なものに興味を持たれる方だ。知らないものにも積極的に近づいて行こうとする。

 けれども今日は少し様子が変だった。

 常に辺りをキョロキョロと見渡し、何かに怯えているかのような挙動をしている。

 いつも飄々としている猫猫も少し不安になってきた。

 猫猫は上司である紅娘(ホンニャン)に、何かあったのですか、いつもならもっと元気に歩き回っているはずですが、と質問した。

 紅娘は首を振りながら答えた。

「わからないわ。今日は一日中こんな調子なのよ」

「玉葉様が何かおっしゃっていたりは?」

「特に何も。いったいどうしたのかしら……」

 なんと公主様(ひめさま)はご乱心か、などと不敬にも一瞬考えてしまったが、あのような幼子が乱心はないだろうと考え直した。ならばいったい……。

 猫猫が考え込んでいると、鈴麗公主(リンリーひめ)に動きがあった。

 紅娘(ホンニャン)の服にしがみつき、今にも泣き出しそうな顔になる。何事かと公主様(ひめさま)が向いている方に顔を向けると――そこに奴はいた。

 不気味に光る漆黒の体、細く伸びる六本の脚、二対の羽を有し、時に駆け回り、時に飛び回る。非常に繁殖力が強く、人類が絶滅させるに至らない憎き(昆虫)――。

 

 ――そう、蜚蠊(ゴキブリ)である。

 

「びゃあああああぁぁぁぁぁ!!」

「イヤあああああぁぁぁぁぁ!?」

 二人の悲鳴が宮中に響き渡った。

 

 

 

 その後、猫猫が素早く退治したおかげでことなきを得たが、公主様(ひめさま)は泣き止まず、紅娘(ホンニャン)もショックのあまり寝込んでしまった。おかげで猫猫を含む残った侍女の仕事が増え、身体はくたびれていた。

 だが、本番はここからだった。

 

 その日の夕食刻、帝が翡翠宮を訪れた。

 帝は泣きじゃくっている鈴麗公主(リンリーひめ)を見るとすぐさま、何事か、と尋ねた。

 ことの顛末を猫猫が語ると、帝はこう命じた。

「疾く疾くあの憎き害虫を始末せよ。次鈴麗(リンリー)を泣かせたら……どうなるかはわかっているな?」

 この帝、実に親バカである。

 娘を泣かせただけで処刑するなど正気ではない。帝は本当にご乱心か、という考えが頭をよぎるがもちろん口には出さない。出したら本当に首が飛ぶ。

「余が虫一匹に対して過敏であるとでも言いたげな顔をしているな」

(ヤベっバレたか……!?)

 猫猫は一瞬肝を冷やしたが、帝の顔がおちょくるようなニヤニヤした顔だったためそれはないかと考え直した。

「まあ仕方がない。お前にはこの気持ちがわからぬだろうよ。子を持ったことがないお前にはな」

(それはそうだ、子など持ちたくないし、これからも持つ予定はない)

 閑話休題(それは置いといて)

 実際このような無茶振りは後宮では日常茶飯事であり、特段珍しいことではない。毒味役の命など、ここでは羽毛よりも軽いのだ。

 猫猫は帝に対して、三日ほど猶予をいただけないでしょうか、と返すと、帝はそれを認めた。

 帝を許しを得た猫猫は、さっそく準備に取り掛かった。

 

 

 

 猫猫は激怒した。

 いや普段は別に(ゴキブリ)に特段悪感情を抱いているわけではない。奴には雑菌が多く繁殖しているため触れることはあまり触れることはおすすめしないが、奴自身が人間に害を与えることはあまりない。

 しかし今回は別だ。なんせ実害が出てしまっているのだから。

 奴を始末しないとまた鈴麗公主(リンリーひめ)が泣かされ、自分の首が飛ぶ。こんなわけのわからない状況に陥れた奴を許すわけにはいかない。

 猫猫は、冷静な女であった。

 闇雲に探し回っても奴は見つからないとわかっていたので、逆に奴を誘き寄せ、巣まで案内させるという作戦を立てた。

 餌を作ることに決めた猫猫は、早速材料を集め出した。

 必要な材料は小麦粉・玉ねぎ・砂糖。団子のようなものを作るつもりである。

 後宮中を駆け回り、すぐに材料を集め終えた。帝の命だというとすぐに協力してもらえたのである。帝様々だ。まあこんなことになっているのも帝のせいなのだが……。

 

 猫猫が材料を集め終え翡翠宮に戻ろうとすると、後ろから見知った人物に声をかけられた。

 明るく元気で人混みの中でもよく通る声、小蘭(シャオラン)である。

 何をしているのかと問うと、休みの時間に後宮内の噂話を集めているらしい。なんでも今日は面白い噂話が聞けたようでいつもよりテンションが高い。噂好きでおしゃべり好きな小蘭(シャオラン)はそれを話したくてうずうずしていた。

 仕事の最中だが少しおしゃべりする分には問題ないと判断した猫猫は、小蘭(シャオラン)の噂話を聞いてあげることにした。

 噂の内容は、中級妃たちの間で毎夜行われている美貌による覇権争いだとか、後宮に売り飛ばされショックのあまり死んだ下女が実は今も化けて一緒に仕事している、などあまり猫猫の琴線には触れない話だった。

 しかし、小蘭(シャオラン)がころころ表情を変え楽しそうに声を弾ませる姿は、猫猫の数少ない癒しの一つである。今回も小蘭(シャオラン)のおかげで先ほどまでの怒りを鎮めるに至った。

 

「そろそろお仕事に戻らなくちゃ」

 しばらくの間二人で会話を楽しんでいたが、小蘭(シャオラン)がそう言ったため解散となった。猫猫も早く戻り準備を始めなくてはならない。首と胴がお別れするまでの時間制限(タイムリミット)は刻一刻と近づいているのだ。

 物騒なことを考えながら翡翠宮へ向かおうとしたその時、猫猫の目の前に新たな人物が躍り出た。李白(リハク)である。

 この武官、一度良い夢を見せて差し上げた日から猫猫を見かけると話しかけてくるようになっていた。普段は後宮内の情報を共有したり世間話を行ったりする程度の仲だが、この日は少々違った。白鈴(パイリン)のことについてやたらと話を聞きたがるのだ。

 なんでもこの男、なかなか白鈴(パイリン)に会えないので日々悶々としているらしい。そしてついに仕事に身が入らなくなり、こうして猫猫に話を聞きに来たそうだ。実に駄犬らしい行動である。

 猫猫の姉(のような存在)である白鈴(パイリン)は花街の中でも屈指の存在。『一晩の酌で一年分の銀が飛ぶ』とまで言われる彼女に会うことは出世頭の武官でもやはり厳しいようだ。

 しかしこの時、猫猫は少々鬱陶しく感じていた。

 仕事に戻ろうと気合いを入れ直した直後であったり、小蘭(シャオラン)との癒しの一時の後であったりととにかく時期(タイミング)がよくなかった。

(この駄犬、帝の命で私を待ち伏せたりしてないよな……?)

 あまりの間の悪さについ疑いかけたが、流石にそれはないだろう。帝もそこまで暇ではないはずだ。

 だがせっかく気分が良くなっていたところに水を差されたのも、急いでいるのも事実。猫猫は適当にあしらうことにした。

「今度白鈴小姐(パイリンねえちゃん)にもらった私物を差し上げますので、今日はこの辺で」

「何っ!?それは本当か!?」

 嘘ではない。猫猫は一度花街に戻った時に小姐(ねえちゃん)たちに色々持たされたものの中に、彼女の私物が入っていたことを覚えていた。せっかく持たせてもらったものだが、猫猫にはあまり使い道のない(化粧品)だったので李白(リハク)に譲ることにした。

 気分を良くした李白(リハク)は鼻歌混じりにその場を去っていった。いいようにあしらわれたとも知らず、実に扱われやすい駄犬である。

 

 さて今度こそ、と気合いを入れ直した猫猫。翡翠宮に向けて一歩踏み出すと、後ろから蜂蜜のような甘い声で話しかけられ――

「失礼します」

「おいちょっと待て」

 ――華麗に無視してその場を去ろうとしたが、許してもらえなかった。

「すみません、急いでいるもので。これで失礼します」

「あの武官とは楽しく話し込んでいたように見えたが?」

(見ていたのかこの宦官(かんがん)。相変わらず暇そうで何よりだ)

 つい心の中で悪態をつくがもちろん口には出さない。これ以上無駄なことに時間を取れられるわけにはいかない猫猫は冷静にそう思考した。

 だが悲しいかな。向こうはそんな事情は露知らず、楽しそうに猫猫(おもちゃ)に話しかけてくる。もしかしたら自分を差し置いて身元引受人となった李白(リハク)に対する嫉妬もあったのかもしれない。

 だが猫猫もそんな醜い意地(嫉妬)など知ったことではない。早々にこの状況から抜け出さなければならない事情があるのだ。

 さてどうしたものかと考え込んでいると、壬氏(ジンシ)の隣から猫猫にとっての助け舟が出された。

壬氏(ジンシ)様、そろそろ次の仕事がありますのでこの辺で。小猫(シャオマオ)も忙しいでしょうし」

「む、そうか」

(流石高順(ガオシュン)、できる男である。宦官だ(付いてない)けど)

 失礼なことを思いながら、高順(ガオシュン)に喝采を送る猫猫。一言でこの窮地から救い出してくれた恩人に、今度茶菓子でも持っていこうと決めた。

「それじゃあな薬屋」

 壬氏(主人)も見習ってほしいものであると頭を抱える猫猫だった。

 

 

 

 ようやく翡翠宮に戻った猫猫。帝の命を果たすため、早速準備に取り掛かる。まあ集めた材料を混ぜるだけだが。

 玉ねぎをみじん切りにし、小麦粉・砂糖とともに混ぜ形を整える。これで完成。あとは設置して奴等(ゴキブリども)の寝床を叩くだけだ。

 頬を叩き、改めて気合いを入れ直す。

 手早く団子を作り、後宮中に団子を設置していった。それはもう沢山、至る所に設置した。

 紅娘(ホンニャン)や他の侍女たちには微妙な顔をされたが、これも鈴麗公主(リンリーひめ)のためだ。あと猫猫の命も。

 

 団子()を設置した次の日、早速動きがあった。一部の団子に奴等が食べたと思われる形跡が見られたのである。

 猫猫は団子の設置場所を形跡があったところの周辺のみに絞り、奴等が来るのを待った。

 そして――その時は訪れた。

 猫猫の前に奴等(ゴキブリ)が姿を見せたのである。

 猫猫は慎重に、かつ素早く奴等のあとを追い、遂に寝蔵を突き止めた――はずだった。

 いや、実際突き止めはしたのだ。素早く動く奴等を見逃さないよう努め、時に隠れ、時に走り、必死に跡をつけた。しかし追っている最中にふと違和感を覚えた。いや、違和感というよりは()()()か。しかし今は寝蔵を突き止めることが最優先。その既視感を頭の隅に追いやり、猫猫は遂に奴等の寝蔵にたどり着いた――!

 

 猫猫の集めた薬草の下に、彼らの住処ができていた。

 

「……これ私が原因じゃん!?」

 そう、今回の事件の発端は猫猫の集めた薬草のせいだったのである。大量に積まれた薬草は蜚蠊が好む暖かく湿気のある空間を作り出し、かつ紅娘(ホンニャン)たちに見つからないよう隠された位置に置かれたこの場所は、彼らにとって安住の地となっていたのだ。

 猫猫は苦悩した。

 帝の命を果たすには、この寝床(薬草)を焼き払う必要がある。しかし、猫猫にはこの貴重な薬草たちを焼き払うことなどできなかった……!

(ああ……すみません鈴麗公主(リンリーひめ)。私には、奴等の寝蔵(集めた薬草)を焼き払うことはできませ……)

「何をしているの?」

「……あ」

 温度を感じさせない冷ややかな声がその空間に響き猫猫が振り向くと――仮面のような笑みを貼り付けた(紅娘)がそこには立っていた。

 

 紅娘(ホンニャン)は、猫猫が何かの跡をつけるような動きをしているところを見ていたらしく、一刻も早く奴等(ゴキブリども)を駆除しようと考え、焼き払う準備をしてから猫猫の跡をつけていた。

 多少高価なものが燃えても構わない、最悪あとで自分の給金から差し引いておこうと考えていた紅娘(ホンニャン)は、入念に焼き払う準備を整えていた。

「大事な薬草なんです!?どうかっ……どうかお慈悲を!?」

「慈悲なんてあげるわけないでしょこんなもの!公主様(ひめさま)のためよ!全部燃やしなさい!」

「ああっ、あー!!あぁ〜……!」

 猫猫が集めた薬草たちはよく燃えた。轟々と煙を上げ、容赦なく燃やし尽くされた。そして燃え尽きた後に残ったものは、蜚蠊たちの焼死体と薬草の燃え滓、そして……紅娘(ホンニャン)に拳骨をくらい()()を作った猫猫、そして過去最高に怒り浸透の紅娘(ホンニャン)だけだった。

 辺りには焦げ臭さが漂い、猫猫の嗚咽と紅娘の怒鳴り声が響き渡っていた。

 

 

 

 三日という期限を守り、薬草のことは紅娘が黙っていてくれたおかげで、猫猫は帝からのお咎めはなかった。

 ただし紅娘から、当分薬草集めは禁止された。猫猫の管理不足が招いた事件なので、自業自得である。

 鈴麗公主(リンリーひめ)は本来の明るさと奔放さを取り戻した。今も猫猫の目の前で元気に歩き回っている。

 薬草がなくなってしまったことは本当に心残りだが、代わりに公主様(ひめさま)が元気になったので、猫猫はよしとすることにした。

公主様(ひめさま)に一度頬でも打たれた方がいいんじゃないかしら?」

「あう?」

「はは……」

 そして蜚蠊事件から数日間、紅娘の猫猫に対する当たりが強くなったが、それはまた別の話である。

 愚者は、ひどく青い顔をした。

 

 

 

 

参考…… 走れメロス 著:太宰治




Gは◯すべし慈悲はない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。