―環境庁神祇部 境界対策課――通称、"境対"。
警察、消防に次ぐ第三の公安系機関と呼ばれる公の組織。
その業務内容は、人々の生きる"現世"の理を護ること。
そして、境界を越え来たる境界異常――通称"界異"を祓うこと。

私たちの知らないところで人知れず戦う、彼らの記録を紐解いていこう・・・・・・。


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(2024/04/01 タイトルとあらすじを変更しました)

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ある日、市内の病院に勤務する医師兼祓魔師の杉田琴子の下へ、出動要請が入る。
それを受けて現場へ到着した彼女が見たものとは・・・・・・




霊的医師、杉田琴子の診療記録

 

―神奈川県横浜市伊加井総合病院

 

「はい、次の方どうぞぉー」

 

 横浜にある総合病院の診察室にて。その部屋の主たる女がマイク越しに患者へ呼びかける。

 後頭部でまとめられた黒髪に、黒縁眼鏡の奥からは垂れた目尻と淡紅色の瞳が覗く。メリハリの利いた肢体を白いブラウスと黒いスカートで包み、上から白衣を羽織ったその姿は典型的な『女医』を想起させるものだった。

 

「今日はどうされましたかぁ? ・・・・・・ふむふむ、喉の痛みに熱と。じゃあ聴診器使いますからね、はい息吸って・・・・・・吐いて・・・・・・呼吸に異常なし。次は口を開けて・・・・・・あー、腫れてますね。典型的な喉風邪です。お薬いくつか手配しておきますので、後で処方箋を受け取ってくださいねぇ。お大事にどうぞぉ」

 

 聴診器を胸に当て、舌圧子とペンライトで喉をのぞき込み、診察の所見を書いてカルテとして記録をこなすその手つきは、若い見た目に反して熟練のそれだ。それだけ彼女が、医者として優れている証だろう。

 

「さて、今日の患者は・・・・・・あら?」

 

 患者を送り出し、女医が一息つこうとしたその時。診察室の内線電話が呼び出し音を奏で始める。彼女はため息をつくと、意を決して受話器を手に取った。

 

「はい、杉田です」

《杉田琴子先生、お電話です。“一三番”でお願いします》

「わかりました。・・・・・・はい、お電話変わりました杉田です」

《世田谷区にて禍災発生。罹患者あり、対応されたし》

「了解しました、直ちに向かいます」

 

 電話の主は、彼女の本来の所属―境界対策課の人間だった。受話器を置いた杉田は付けていた黒縁眼鏡を外し、デスクの引き出しから赤縁眼鏡を取り出してかけ直す。更には白衣とスカートを脱いで、カッターシャツの上からプロテクターと、祓魔師用に支給されている狩衣(ジャケット)、スラックスに着替える。

 

「誉田さーん、ちょっと急患なので出てきますねぇー!」

「はーい、わかりましたー」

 

最後にパンプスから安全靴に履き替え、商売道具を収めた鞄と、細長い形状のアタッシュケースを持つと付き合いの長い看護師に伝言を頼んで診察室を後にした。

 そこから病院のエントランスに向かうと既に迎えに来ていたライトバンに乗り込み、報せのあった現場へと向かうのだった。

 

 

――

 

 

―境界異常。

 現世と幽世の境目を突破し、顕現する超常現象および超常的存在の総称だ。それによって起こされる禍災―境界災害とも言う―は、あらゆる事象が科学的に解明、あるいは解明されつつある現代においても不明点が圧倒的に多い。

 特に発生地点は曰く付きの場所だったり、所謂パワースポットの類いに顕れやすい、と言う傾向以外は何一つ解っておらず、こう言う閑静な住宅街でも普通に顕れる。頭が痛くなってくる。

 

「第一解呪課の杉田です、要請により現着しました。それで、患者は?」

「お待ちしておりました、杉田先生。ご案内します」

 

 到着したのは、世田谷区内でもそこそこ以上に古い神社。見張りに立っている祓魔師に自分のIDカードを見せてから敷地内へと案内される。発生現場だったであろう蔵は入り口は規制線が張られ、直ぐ側に簡易拠点としてテントが張られている。

中へ入ると野戦病院の様に簡易ベッドが二、三並べられ、そこに患者と思われる茶髪の少女が、白い鞘に納められた太刀を抱いたまま、寝かされていた。

 

「現出した界異ですが、現在簡易結界に拘束中。封印処理班の要請も済んでいます」

「この刀は?」

「罹患者が手に握っていました。引き剥がそうにも、まるで糊か何かでくっついてるように離れないため、やむなくこのままにしてあります」

「わかりました、診てみましょう」

 

 祓魔師の説明を聞きつつ、私は持ってきた鞄から商売道具を取り出す。このレトロなデザインをした革製の鞄の中には、穢れと相対するためのの加護が付与された医療器具がたくさん入っている。この聴診器もその内の一つだ。

 普段使っているものとは違い、界異やそれによって生じた穢れの発する鼓動のようなものを聞くことが出来る。

 次に、触診で反応が無いかも調べる。手応えからして年かさは・・・・・・十代半ば、と言ったところかしら? 三十路に手が届き始めた身空としては、ハリツヤがうらやましく思えてくる。前腕や腹部を軽く揉んだり、押したりした後に、もう一度聴診器を当てて鼓動を聞き取っていく。太刀の方は・・・・・・正味の話、完全に専門外だ。しつらえを見るに、相当な業物なのが推測できるくらいである。

 

「・・・・・・・・・・・・」

「どうですか・・・・・・?」

「今のところは安定しているようですが、詳しくは専門の機材が必要なのでなんとも。ただ・・・・・・」

「ただ、何ですか?」

「界異の中には卵のようなものを産み付けて、その対象を界異化させることで数を増やす個体が過去に出現しています。念のため、霊薬の静脈注射と経過観察も・・・・・・っ!?」

 

カルテに所見や経過を記述した後。次に閉じられているまぶたを開け、ペンライトで瞳孔の動きを見ようとしたその時。少女がいきなり両目を見開いたかと思えば、眼球がそれこそ“ぎょろり”という音が出るほど勢いよく動き、こちらを睨み付けてきたのだ。

 

「前言撤回、もう手遅れみたいね!」

「撃てぇっっ!!」

 

 少女が跳ね起きると同時に、私はアタッシュケースをひっつかんでその場から飛び退く。他の祓魔師達も体勢を立て直すと、拳銃型の祭具(ギア)―カラビナP99を構えて一斉に撃ち始めた。撃ち出される祓串(ペグ)は小さいながらも、界異に対しては十分過ぎるほどの威力を発揮する代物なのだが・・・・・・

 

「はっ、班長! 効いていません!」

「攻撃を続けろ! 撃ちまくれ!!」

「至急至急、祓魔二係より本部! 界異現出! 系統不明、穢装等級Ⅱ、ないしⅢ! 応援を! 繰り返す!! 至急、増援を!!」

 

 それらは全て、少女の腰から顕れた“腕”によって薙ぎ払われた。うっすらと向こう側が透けて見える所を見るに、おそらくは穢れの類いが実体を持ち始めているのは明白だった。

 

「仕方がありませんね。制圧しないことには、診察もできやしない・・・・・・」

「先生、危険です! 下がって!」

 

班長と呼ばれた祓魔師の声を無視して、私はアタッシュケースを開く。中に収められていたのは、六十センチほどある、三本の黒い棒。それらを突端にあるネジでつなぎ合わせることで私の祭具、六尺棍型の黒不浄ができあがりだ。

 

「心配ご無用、昔取った杵柄でしてよ?」

 

そう言い終わるや否や、飛びかかってきた少女を棒で受け止める。

 華奢な体格からは想像も付かない程の膂力で押し込まれ、頭の周りにはまるで兜の様な形で穢れが形成されつつあった。

 

「ふんぬっ!!」

 

 組み打ちの要領で相手の腹部に膝を打ち付け、怯んだ隙に銃剣道の銃床打撃よろしく黒不浄を相手の顔へ打ち付ける。それで更に体勢が崩れたタイミングで、大上段から相手の肩に目がけて振り下ろし。これで制圧する腹づもりだったんだけど・・・・・・

 

「あっ、あらぁ・・・・・・ぐっ!?」

 

強かに打ち据えた筈なのに、少しも応えてない。それどころか私自身も“腕”によって薙ぎ払われてしまう。

 即座に受け身を取って立ち上がると同時に、少女が太刀を抜き放った。するとどうだろうか、彼女にまとわりついた穢れが段々と形を取っていくではないか。

 丸みを帯びた胴体部に、立派な鍬形の付いた兜。肩を守るように垂らされた装甲。脛や前腕部も、籠手や脛当てでカバーしている。その姿はまるで、戦国時代に使われていた当世具足の様だ。

 

「・・・・・・・・・嘘でしょ」

 

 そして仕上げとばかりに面頬が蔵の方から飛んできたかと思えば、それは空いている手にしっかと収まると、彼女はそれを見せつけるかのように、ゆっくりと顔に取り付けた。恐らく、あれか太刀のどちらかが界異の本体なのだろう。

 

「よ、鎧になった・・・・・・!?」

「界異“般若甲(はんにゃよろい)”。実物をこの目で見られるだなんて、運が良いんだか悪いんだか・・・・・・」

 

鎧、もとい般若甲は太刀の構えを正眼に変えると、瞬きする間もなく一気に踏み込んできた。袈裟懸けに振り下ろされる凶刃を、私は咄嗟に黒不浄で受け止める。勢いといい手応えといい、先ほどの不完全な状態とはほど遠い。少しでも気を抜くと得物ごと一刀両断されかねなかった。

 

「うっ、撃てぇっ!!」

「待って! うかつに飛び道具を使っては!!」

 

 制する声も間に合わず、祓魔師達が援護射撃を始める。電磁力によって銃弾とほぼ変わらない速さで撃ち出された祓串だが、般若甲はそれらを全て肩の装甲で受け流し、あるいは太刀で弾き返したのだ。

 

「うっ!?」

「ぎゃぁっ!!」

 

 被弾し、倒れる祓魔師達。彼らが携帯している形代紙がダメージを肩代わりしてくれるお陰で死ぬことはないが、撃たれたことに変わりはない。被弾した際の衝撃で彼らは倒れていく。

 

「はぁああっ!!」

 

 時間を掛けるわけには行かない。その考えの下に、今度は槍の要領で黒不浄を突き出す。顔や胸元の辺りを執拗に狙い続けるが、敵も然る者。的確に捌き、返す刀で反撃してくる。

一瞬たりとも気を抜くわけには行かない。現に、躱しきれなかった切っ先が髪や狩衣を掠めており、既に形代紙を三枚も消費させられている。これで自分も鉄砲を持ってきていれば、まだどうにかなったかもしれないが、先ほどのアレを見せられた後だと望み薄だ。弾き返されるのがオチだろう。

 加護の出力に物を言わせることも考えたが、即座にそれは頭の中で却下した。自慢ではないが、私の加護出力は境対課でも上位に入ると思っている。それを黒不浄に纏わせて、鳩尾辺りを思い切り突けば行けるだろうが、相手は年端もいかない少女だ。加減を間違えれば大怪我をさせかねない。“治せる”と言う理由で患者を危険な目に遭わせるのは、絶対にNOだ。何処かに弱点は、それこそこの界異が実態を持つためのキーパーツがあれば・・・・・・

 

「・・・・・・そうだわ、あるじゃないアレが! 班長さん、カラビナ以外で何か装備品はありますか!?」

「結界用の祓串と注連鋼縄、それとフラッシュバンが!!」

「合図と同時にフラッシュバンを投げてください! 私に考えが!!」

「わかりました!!」

 

確証はない。だけど試す価値は十分にある。もう何度目かも解らない斬撃の嵐を防ぎつつ、私はその時を待つ。

 プロテクターは斬り落とされたし、形代紙は先ほどの逆袈裟の一太刀で最後の一枚を残して全て使ってしまった。カッターシャツも前面をバッサリとやられ、中に着ていたインナーが見えてしまっている。

とは言え、ここまでは計算の内だ。一連の攻防で、私はわざと“隙の出来るタイミング”を作っていた。そしてそれを突くことが出来る攻撃手段は一つ。

 

「来るわね・・・・・・!!」

 

“突き”の一手だけだ。向こうもそれに気づいたらしく、いったん距離を取ると太刀を顔の前で水平にするような形―俗に言う、“霞の構え”を取ったことで確信へと変わった。

 私は黒不浄を投げ捨てると、我流ながらそれなりに対応力のある構えでその時を待つ。

 周りを静寂が支配し、風の流れる音だけが聞こえてくる。お互いの間合いを計りつつ、じりじりと近づきながら隙を窺う。

 

「!!」

「っ!!」

 

何処かで野鳥が飛び立つ羽音が聞こえた瞬間。私は一気に走り出す。それと同時に相手も動いた。向こうは穢れの力に物を言わせて、私は加護で瞬発力と動体視力を極限まで高めた上で間合いを詰めていく。

 

「■■■■■■―――!!」

「今っ!!」

「!?」

 

そして次の瞬間、私たちの間に強烈な閃光がほとばしる。班長さんが投げたスタングレネードだ。

 私はそれが来ることを解っていたので、咄嗟に目をつぶることで被害を軽減できたが般若甲はそうはいかない。咄嗟に腕で顔をかばい、それによって大きな隙を生じさせたのだ。それでも突き出された太刀が左肩を掠め、激痛が走るが構わない。既に策は成ったのだから。

 

「・・・・・・ごめんなさい。破ぁっ!!」

 

 加護を纏わせた左手を相手の胸元に当て、その上から右手でワンインチ・パンチを叩き込む。するとどうだろうか。般若甲はよろよろと後ずさったと思えば、太刀を取り落としその場に膝を突いたのだ。それと同時に甲冑はバラバラになり、操られていた少女の姿が顕わとなった。

 

「やったか・・・・・・?」

「いいえ、待って!」

 

 それを見て、胸をなで下ろそうとする祓魔師達。だが、まだ終わっていなかった。バラバラになった筈の甲冑が再び人形になったかと思えば、今度は少女を守るように立ちはだかったのだ。これはひょっとすると、ひょっとするかもしれないわ。

 

「杉田先生!?」

「・・・・・・あなたは、この子を守ろうとしていたのね」

 

 警戒を解かない般若甲に対し、私も目線を合わせながら優しく諭す。

 

「大丈夫よ。私たちは、あなたとあの子を助けるために来たの。今までずっと苦しかったでしょう。辛かったでしょう。だからあなたは、安心して休んでちょうだい」

 

数瞬の後。私の言いたいことを理解してくれたのか、今度こそ般若甲は消滅した。後に残されたのは、振るわれていた太刀と蔵の中から飛んできた面頬だけ。詳しいことは解らないけれど、これで一安心ね。

 

「あぁ・・・・・・良かったわ・・・・・・」

「先生!? 杉田先生!!」

 

緊張の糸が切れたせいか、段々と意識が遠くなっていくのを感じる・・・・・・。まだあの子をもう一度診ないと行けないのに、私としたことが・・・・・・医者失格ね・・・・・・

 

 

――――――

 

 

「―202X年6月12日の診療記録

 ―あの後、部門長から『無茶をしすぎだ』と大目玉を食らったものの、私自身は無事に任務を完了させ、罹患者も救い出せた。その彼女、平賀佐緒里さんの事について二つ三つほど調べたのだが・・・・・・正直気分の良い話では無かった。

 ―両親の関係は冷え切っており、学校では虐められると言う辛い日々。そんな彼女にとって唯一の癒やしが、あの面頬と太刀だった。

 ―彼女は日常的にあの蔵に出入りしており、“般若甲”の本体である面頬と太刀に触る機会が相応にあったらしい。それが原因で界異化したそれらに、知らず知らずに体を乗っ取られて・・・・・・そして過日のあの騒動に繋がった、と言う訳だ。

 ―平賀さんはその後の経過も良好そのもの。穢れと至近距離で接していた影響による衰弱や、半ば無理矢理体を動かされた影響も心配されたが、これらは軽微に収まっている。ただ、一つ問題を挙げるとするならば、今回出現した“般若甲”についてだ。

 ―この界異は目撃例自体が少なく、また『鎧武者の姿をした界異』という事で同様の特徴を持つ“武乱骸”と混同されていた時期が長きにわたって存在していた。

 ―そのため、何故あの“般若甲”が現れ、実質彼女の縁起として振る舞っていたのかは調査の待たれる所である。

 ―今後は、第四解呪課でのカウンセリングを受けさせつつ、縁起化した“般若甲”改め、調服界異“朧”と共に経過観察を続行するものとする。

 ・・・・・・これでヨシ。ん~、疲れたぁ」

 

 診療記録兼報告書を書き終え、思い切り伸びをする。この全てにけりが付いた瞬間って、仕事人間だけが味わえる特権よね。

 さて、今日はもう外来の受付時間は終わったし、今日は早めに帰れそうだからピザとビールで一杯・・・・・・

 

「って思ったときに限って、鳴るのよねぇ・・・・・・はい、杉田です」

《杉田先生、お電話です。“一三番”でお願いします》

「わかりました。・・・・・・お電話変わりました杉田です」

《伊勢崎市異人町にて禍災発生。罹患者複数あり、対応されたし》

「了解しました、直ちに向かいます」

 

 今日はまだまだ、忙しくなりそうね。ああ、さらば。私のゴールデンタイム・・・・・・

 

 

―続く・・・・・・?

 

 

 

 


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