別作品の投稿以前に手すさびで執筆していたものになりますが、ずっと眠らせて置くくらいならばいっそ……ということで投稿いたします。
チリンチリン。
木製の扉がギィと音を立てて開かれるのと同時に、心地よい鈴の音が静かな店内に鳴り響く。
「やあ、いらっしゃい。」
玄関を開けてすぐ目に入るカウンターに居た少女は、開いている本に目を落としたまま、見た目の割にどこか落ち着いた印象を受ける声で訪問者に挨拶をした。
───ここは “
ここでは、店の表の置き看板に『探しモノ 承り〼』と書かれている通り、主に物探しや人探し、その他にもちょっとした占い等を依頼することが出来る。
その店内は不可思議な小物で溢れており、一見して用途が分からない物も多い。
用途がある程度推測できる物でも、砂が上に昇る砂時計や、虹色の糸で括られた翠色の布地の巻物等、目を引く特徴のある小物は枚挙に
そんな店の主もまた、目を引く特徴のある少女だった。
その柔らかな鼠色の髪の毛からは、ふわふわした綿毛を蓄えた、なんとも触り心地の良さそうな鼠の耳が、ぴょこんと生えていた。
また、今はカウンターの陰に隠れて見えていないが、腰からは鼠の長い尻尾が生えており、その先には彼女の使役する子ネズミたちの入ったバスケットを吊るしている。
「よお、ナズーリンちゃん。」
店を訪ねてきた初老の男性はギィと音を立てて扉を閉め、カウンターに近づきながら少女に挨拶を返した。
「“ちゃん” はやめてくれないか。私はこれでも君より年上なんだ。」
“ナズーリン” と呼ばれた少女は深紅の瞳を男に向け、その可愛らしくも精悍な顔立ちを少し綻ばせ、親しげな口調で名前の呼び方に文句を言った。
「ぶわっはっは! そうじゃな。年上なら敬わなきゃいかんな。じゃ、改めて。……よお、ナズーリン
にやにや。
「…………」
じとー。
「……まったく君というやつは……。で、今日は何用なんだい? その様子から察するに、今回は
ナズーリンは毎度の事ながら年齢のことを信じていない様子の男に呆れつつも、店を訪ねた要件について訊くと、男は予想した通りの要件を伝えてきた。
「ああ。今回は個人的な用事で、正しくその通りじゃ。最近うちの鍵が反抗期でな。すぐどこかへと行きおる。」
「それはご愁傷さま。君に持ち歩かれるなんて、可哀想な鍵だ。反抗期にもなるだろうさ。」
「ぶわっはっは! 冷たいことを言うな! わしには恩があるじゃろう?」
「そうやって恩を押し付けてこなければ、快く恩を返す気にもなるんだけどね。」
はぁ、とため息をつきながらも、ナズーリンは椅子から立ち上がり、大きな机のある場所へと向かう。
小言を言いつつも、なんだかんだ彼女はこの男に確かな恩を感じていた。
ひょんなことからこの見知らぬ土地に
「お前は相変わらずだな。それこそ反抗期の孫が増えた気分じゃ。」
初めこそ、その奇妙な容姿とやや尊大な態度に対して怪訝な顔をしていた男だったが、ナズーリンの
この店もその時に提供してもらった小屋を改装したもので、もう使わなくなったから好きに使っていいという言葉に甘え、この場所で生活をしていくために彼女の
ちなみに、境遇については『元々別の場所で暮らしていたが、事故にあい、軽い記憶喪失で、どうやってこの島に来たか、元いた場所はどこなのか、といった情報が断片的にしか思い出せない。』ということにしている。
助けてくれた恩人に嘘をつくのは心苦しいと思いつつも、正直に元居た “幻想郷” という土地について話すわけにもいかないので、仕方なくこのように伝えていた。
「私は君の孫になった覚えはないんだがね。それに、君よりも年上だと何度言えば……まぁ、いいさ。鍵探しだったね。少し待っててくれ。」
ナズーリンはそう言って首にかけていた “ペンデュラム” を外し、糸の部分を片手でつまんでぶら下げ、机の上に広げられた島の地図の上に持っていく。
それから、ふぅ、と一呼吸置き、探し物を頭に思い浮かべながら指先に力を込める。
すると、ペンデュラムが淡い光を放ちながら静かに揺らめきだした。
その動きに合わせてペンデュラムを平行移動させていくと、ある一点でその動きがぴたりと止まった。
ペンデュラムが指し示した場所は、緑豊かな公園の中にある池の
「ああ、そこだったか! そういや仕事の途中で休憩がてら立ち寄ったな……すっかり忘れとったわ!」
「ふふふ、ボケるにはまだ早いんじゃないかい? しっかりしておくれよ。」
ナズーリンはペンデュラムを首に掛け直しながら、豪快に笑う男にそう微笑みかける。
このペンデュラムと彼女の “探し物を探し当てる程度の能力” を用いて行うダウジングこそが、彼女の特技であり、この店で提供している主なサービスの一つだった。
ナズーリンは尻尾で吊るしたバスケットの中から子ネズミを一匹掬い上げると、何かを小さく囁き掛けた後、店の扉の脇に空いた小さな穴から外に放った。
「公園はここからも近いし、鍵は私の子ネズミに取りに行かせよう。ああ、それと、お代は結構だよ。受けた恩を少しずつでも返していかないと、いつ何を請求されるかわからないからね。」
「おう、いつも悪いな! ま、わしゃあ別にやたらなもんは請求せんし、お代を払うつもりもあるんだがな。そういうことなら甘えさせてもらうとしよう。」
「さっき恩を押し付けてきた人の言葉とは思えないな……。さて、鍵が届くまでに少し時間がある。今のところ他に客もいないし、少しお茶でもしていくといい。」
そう言って彼女はキッチンに向かい、紅茶を淹れる準備をし始めた。
「何から何まですまんな! ナズちゃんの淹れる紅茶は島一番だからな。せっかくなら店で紅茶の提供も始めたらどうじゃ?」
「誰がナズちゃんだ。誰が。……それも悪くないと思うが、物探しに人探し、占い、小物売りときて、さらに紅茶の提供までし始めると何の店だか分からなくなってしまうよ。」
「いいじゃないか。紅茶は美味いし、稼げると思うんだがな。」
「ありがたいことに、今でも十分稼げているよ。占いがやけに人気でね。大海賊時代なんて言われてるこの時代、不安は少しでも減らしておきたいということなんだろうさ。」
ナズーリンはそう話しながら、茶葉の入ったポットにお湯を注いで蓋をする。
この店の本業は物探しや人探しだが、訪れる客の半分が占い目当ての客で、島中どころか他の島からも占いをしてもらおうとやってくる人がいるほどの人気ぶりだった。
棚からクッキーをいくつか取り出し、小さな籠に入れながら彼女は話を続ける。
「それに、旅に必要な資金も溜まったからね。旅に出たらしばらくはこの店を離れることになるし、もし
「……そりゃそうだが……。なんというか……勿体ない気もするのぉ。お前さんならこの店で成功できたと思うんだが……。」
ナズーリンの話を聞いて男は少し俯き、声のトーンを僅かに下げて残念そうに言った。
実のところ、口ではお店のことを残念がっているが、本当に残念に思うのは今や実の孫のように接している彼女との別れの方であった。
「まぁ……そうだね。この店のことで心残りがないと言えば嘘になる。でも、戻らなければならない場所がある以上、いつまでもここで暮らし続けることは出来ないからね。」
「そうだな……。お前は出会った時からそう言ってたからな。」
男は寂しい気持ちと応援したい気持ちが混ざった複雑な感情を抱きつつ、どこか強い意志を感じる彼女の横顔を眺めた。
ナズーリンはその視線に気付くことなく、ポットの蓋を開けて中をスプーンで軽く混ぜる。
その後、ポットの中身を最後の一滴まで残さずカップに注ぎ、クッキーの入った籠と共に両手と尻尾を器用に使って机へと運んだ。
「とは言え、まだその帰る方法の目星すらついていなければ、移動手段の確保もできていないけどね。」
目を離した隙にクッキーを一枚奪って逃げた
「ま、何にせよもう少し先の話だ。今のうちに各地の観光地でも調べて、そこを巡りながら帰る方法についても探っていくことにするさ。」
「そういうところは呑気なんだな……。まぁ、店のことは気にすんな。前に約束した通り、しっかり管理しといてやるからな! わしに任せとけ!」
そう言って男はクッキーにかじりつき、未だ熱々のはずの紅茶を豪快にぐいっと飲み干した。
「……そうだね、頼りにしてるよ。」
折角の良質な紅茶を香りも楽しまずに飲み干しやがった男に多少呆れつつ、ナズーリンもちびちびと紅茶に口を付け始めた。
それから少しの間他愛もない会話をした後、子ネズミが運んできた鍵を受け取った男は、ナズーリンに改めて感謝を伝えてから店を後にした。
ナズーリンは男を見送ったあと、まだ少し残っていた自分の紅茶をくいっと飲み干し、何枚か残っていたクッキーを子ネズミ達に分け与えると、食器を片付け始めた。
ちなみに、先程クッキーを奪って逃げた子ネズミにはクッキーは分け与えられていない。
その子ネズミはというと、『私はクッキーを盗みました』と書かれたカードを首からぶら下げ、机の端でしょんぼりしている。
食器の片付けが終わると、初めに座っていたカウンターに戻り、再び本を読み始める。
それから程なくして、チリンチリン、と心地よい鈴の音が再び静かになった店内に鳴り響く。
「やあ、いらっしゃい。」
本に目を落としたまま、ナズーリンがぶっきらぼうに訪問者に挨拶をすると、その男はおどけたように声を返す。
「大将、やってるかい。」
「居酒屋なら店を出て左に真っ直ぐ行ってから突き当たりを右だ。またのお越しを。」
「おお、どうやら噂通りの人物みたいだな。」
相も変わらず本に目を落としたまま、矢継ぎ早に退店を促す台詞を吐くナズーリンを見て、男は愉快そうに笑った。
何故こうも軽い感じの男が多いのだろうか、と物憂げになりつつも目線を上げたナズーリンは、その男の顔を見てギョッとした。
「……そちらこそ、お噂はかねがね。海軍本部の巡回地域でもあるこの島に、あの“赤髪”が来ているとは驚きだ。」
トレードマークの赤い髪と麦わら帽子。左目を縦に断つように付けられた三本の傷跡。あの“ 鷹の目 ”との戦いは今や伝説と謳われ、その首にかけられる賞金が10億を超えるほど名を轟かせている男、“赤髪のシャンクス”がそこに立っていた。
ナズーリンは内心戦々恐々としていたが、それを悟られぬよう油断なく相手を見据えながら、店で暴れられる可能性を少しでも下げるために忠告を飛ばす。
「一応伝えておくが、この店は海軍の庇護化にあり、基地もこの店からそう遠くない。あまり長居はおすすめしないよ。」
「そんなに身構えないでくれ。別に取って食おうってんじゃないんだ。」
警戒するナズーリンをよそに、シャンクスはどこまでも飄々とした様子で、
「……まさか遠路
「確かに一番の目的は他にあるが、ここに来たのも目的の一つだ。お前に用事があってな。」
「私に用事?……先に断っておくが、海賊行為に手を貸すことはできかねるよ。海軍とは仕事上の付き合いがあるんだ。」
ナズーリンは一介の小さな店の店主だが、その仕事の関係で海軍とは深い繋がりがあった。
少し前までこの店にいた “恩人の男” も海軍の兵士で、海軍本部の中将という立場のある男だった。
店を開いて間もない頃、その彼の仕事を手伝ったことをきっかけに海軍から仕事の依頼が来るようになり、今や海軍本部の上層部から直接の依頼が来るほどになっていた。
「単刀直入に言おう。俺の船に乗らないか。」
「……は?」
予想だにしていなかった発言に、ナズーリンは思わず毅然とした態度を崩して目を丸くした。