願いと思考   作:RH−

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UA100越え、感謝です。
するめみたいな作品目指してこれからも頑張ります。


京都騒乱 二幕目

 

 崩壊音と、巻き上がる粉塵。

 

 隣にいた鬼一の姿さえも覆い隠すように漂うそれらに思わず咳き込みそうになるが、その衝動は押し殺して目を凝らす。

 非常時こそむしろ冷静に情報を集める、これは億餧での鉄則だ。周囲の地形、動ける人員の数、そして奇心体。あらゆる情報が生存率を引き上げる。

 

 まずは周囲の地形。

 崩落の前に大ホールの天井が落ちてきていたのは見えたが……。瓦礫が山になってる様子からすると、とりあえずこの階の床は残ってるようだ。

 

 遠距離武器をほとんど携帯していない俺にとって地面の有無はとても重要だ。流石に地面が無いとかなり動きを制限されてしまうからな。

 

 

 次は動ける人員の数だが……正直俺たち2人以外に期待することは難しそうだ。

 こんな大規模の破壊活動ができる奇心体を相手にするには、俺のような特殊な力を持ってるやつの方が良い。普通にやろうと思ったら7・8部隊で、さらに犠牲を出しつつ鎮圧するしかないからな。

 

 そもそもここに向かう経路が塞がれてない保証もない……んだが。問題は相手の全貌が掴めていない以上俺と鬼一でやり切れるかも分からないという点だ。

 

 というか、十中八九無理だろうな。

 

 あの一瞬で行われた破壊の規模は、俺の想定を完全に逸脱していた。危険度4以上の対象だと考えていいだろう。

 

 分かりやすく言えば、都市一つぐらいは余裕で滅ぼせる奇心体だ。はっきり言って絶望的にすぎる。

 命を捨てる覚悟をしておいた方がいいかもしれない。

 

 

 さて、最後に奇心体についてだが……これに関しては全くの未知だ。

 分かってる情報と言えば鎮圧した奇心体から出てたあの黒い靄が関係してるってことと、さっき纏めたように危険度4以上はありそうってことぐらい。

 

 少なくとも今回収容違反する奇心体のリストにはあんなのはいなかった。

 

 っと、ようやく煙が晴れて────これは、酷いな。

 上のフロアは数階以上纏めて崩れ去ったようで、元々吹き抜けのデザインだったかのように境目が消え去っていた。さらにどうやら上階には何人か職員がいたらしく、目の前に積もった瓦礫からは人の手や足が飛び出ているのが見える。

 落下のショックで気絶しているのか、呻き声などが一切上がっていないが……容態が心配だな。

 

 さらに気がかりなのは彼らからもあの黒い靄が滲み出ている点だ。どうにか彼らを退避させたいが……。

 

 

 粗方の情報を収集し、最後に頭上に鎮座している黒い塊を睨む。先ほどまでは黒い靄の塊だったはずだが、今や奥を見通せないほどの密度になっており、さらにまだ各所から黒い靄を引き寄せているようだ。

 さっきよりも強力な攻撃を放てるようになるのは想像したくないが、可能性は考慮しておくべきか。

 

 だが、不気味なのはアレ以降一切動きがみられないことだ。かつて天井があった辺りを浮遊しているが、その位置は崩落前と何ら変わりない。

 深部へ進んでさらに破壊活動を行うでもなく、上層へ向かい京都本部(ココ)から脱走しようとするでもなく、ただそこに在るだけ。目的があるのか、そもそも知性を有しているのかも分かっていないためかなり対処に困る。

 

 

 ────ッ? 誰だ、あいつら。

 

 

 吹き抜けになったことで見えるようになった3層ほど上の階に複数人の人影が見えた。

 もしこれが崩落を聞きつけたどこかの部隊なら、ここにいない奴らへの情報共有を頼めるしありがたかったんだが……問題はそいつらの服装に全く見覚えがない点だ。

 

 黒を基調としてるのは億餧のものと同じでも、あの人影が着てる服には防御性能などはありそうにない。むしろ白衣をそのまま黒くしてみた、といった方が近いデザインだ。

 さらに言えば、まるで素顔を見せたくない事情があるかのように顔全体を覆う謎の仮面をかぶっている。その仮面もデザインはバラバラで、まるで統一性がない。

 まず間違いなく億餧の職員ではないだろう。

 

 その人物たちは俺に発見されたたことに気付いていないようで、仲間内で何かを話し合っているらしい。

 

「……計算通り……………発生させ……」

「どうやら……………人体からも………能なよう……………」

「………基盤さえ作成でき……………新発見だ」

 

 距離がありすぎるせいでうまく聞こえない。それに意図的に声のボリュームも落としているようで、会話は部分的にしか拾えなかった。

 だがまあ聞こえてきた部分だけでも碌でもない連中だってことは窺い知れたのだが。

 

「……博士、どうや……見つかっ……………どうしましょう……」

「ん? ……や、本当だ。それに、どうやら我々の声も聞こえているようだ。■■■にも随分優秀な素材が残っていた────あの剣、は!?」

「まさかあれが? …………しかし博士、もう時間です。口惜しいですが、予定していた実験はほとんど済みましたし、早く撤退しましょう」

「……仕方ない、私も捕まるのはご免だ。では、御機嫌よう」

 

「待っ────!」

 

 瞬きをする間もなく連中は姿を晦ませた。

 フッ、と背後の闇に溶け込むように。一切の痕跡を残さずに。

 その場に残っていたのは、まるで最初から何も居なかったかのように広がる闇だけだった。

 

「旭? どうかしたのか?」

「……いや、何でもない」

 

 

 人間を素材と呼んだあの連中が気がかりなのは事実だが、今は目の前にもっと差し迫った危険がある。

 

 軽く頭を振って改めて黒い塊を見ると、いつの間にか靄の吸収は治まったのか周囲の黒い帯は消えており、塊本体も輪郭がよりはっきりと見えるようになっていた。

 対象の視認性が上がったと喜ぶべきか、それとも現実への干渉力が順調に高まっていることを嘆くべきか。まあ間違いなく後者だと顔を顰めつつ、益体もない思考を切り捨てる。

 

 

 そんな風に考えていると、崩落音を聞きつけたのか1つ上のフロアに1部隊ほどの人数の職員が現れた。

 正式な装備を身に纏い油断なく周囲を警戒しているところを見ると、おそらく鎮圧部隊だろうか。

 

 そうして崖になって進めなくなった辺りまで進み、崩れた大ホールと中心で『私がやりました』と言わんばかりに浮遊するソレを確認すると、彼らはすぐさま隊列を整え発砲を開始した。

 淀みなく2、3秒程で一連の動作を行う様はさすが京都本部の鎮圧部隊というところだが、今回はそのスムーズさが裏目に出た。せめてもう少し手間取っていれば呼び止めることができたというのに。

 

 隙を生まないように一定のテンポでずらしつつ順番に放たれる純銀製の銃弾。

 どうやら悪魔やそれに連なる系統の奇心体だと判断したようだな。判断力も優れているようだが、その攻撃は全て呑み込まれるかのように黒い靄に消えていく。それと同時に、黒い塊が蠢きだし表面に波紋が広がった。

 

 傍目には効果的に対象にダメージを与えているように見えるかもしれないが、目を凝らすとやはり銀の塊はただ呑み込まれているだけだ。

 

「おい、旭。あれ、マズくないか? 止めないと……」

 

 一際強い波紋が生まれ、それが全身に広がると同時に大ホールを崩した時の金切り声が放たれた。それに呼応するように、黒い塊からは小さな光るナニカが上階の部隊へ打ち出される。

 

 あれは……まさか純銀の弾丸か? 

 しかし狙いは随分と雑だな。まるで大体の方向だけ合わせて当てずっぽうに撃ち返してるみたいだ。

 

 

 放たれた銃弾は予想通りほとんど命中せず、辛うじて命中した数発も身体を掠る程度で直撃は一発も無かったようだ。

 が、回避したときに足を踏み外したのか、隊員の一人が上階から落ちそうになっている。咄嗟に他の隊員が手を掴んで止めたが、引き上げるには時間がかかりそうだ。

 

 当然ながら黒い塊はそんなことを気にせずに波打ち続けている。おそらく第二波を準備しているのだろう。

 

「チッ」

 

 懐から予備の五寸釘を取り出し投げつける。

 本来ならば刺さった対象を短時間固定することができるのだが、やはりというべきか、ヤツには吞み込まれただけで特に効果が出たようには思えない。

 

 しかし気を引きつける程度の働きはできたようで、ヤツの注意がこちらに向いたのを感じた。

 

 

「今のうちに退避しろっ!」

 

 どうやら声は届いたようで、上のフロアに展開していた部隊は負傷したメンバーを庇いながら撤退を開始した。

 これで管理部門にも報告がいくだろうし、より上位の部隊が鎮圧に出向いてくることもありえるだろう。そうなってくれればかなり助かる。

 

 鎮圧用特殊職員だなんていっても所詮は個人。人間は複数で群れることで真価を発揮する生物であり、それはこの職場でも同様だ。

 むしろその差は顕著に出ていると言えるほどだ。

 

 それに、保険ができたというのも心強い。俺がしくじっても後続が控えてるって考えると気楽に動けるからだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、まずはどうするか。

 度重なる外部からの刺激に反応したのか、ついに動き出した黒い塊を見つつ考える。さっきのを見た限り飛び道具は呑み込まれて無効化される。奴の持つ異常性はまずそこにありそうだ。

 

 考えられるのは吸収、反射、もしくは文字通り飲み込んでいるのかもしれない。

 聞いた話では、金属を食うことで肥大化するような奇心体もどこかの支部に収容されているらしい。今さら銃弾を捕食する奇心体がいてもなんらおかしくはない。

 

 しかし、吸収などでは撃ち返された銃弾の説明ができない。そして反射というにはやけにタイムラグがあった。何かカラクリがありそうだ。

 

「AAAAAAAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!」

 

 再三の叫び声と共に今度は銀の銃弾だけでなく五寸釘が()()放たれた。1本は俺、もう1本は隣に立っていた鬼一に向けてだ。

 こちらの人数が把握されているし、さっきの銃弾の時よりも狙いが正確になっている。目などの感覚器官は見当たらないが何かしらの方法で知覚されているかもしれない。

 

 

 ……なんかちょっと前にもこんなことあったな。

 

 

 だがここで重要なのはそこじゃない。

 確かにアレがどうやってこちらを認識しているのかが分からないのは厄介だが、それ以上に重要なのはアレが五寸釘を2本打ち返してきたという点だ。

 俺は1本しか投げていないのに奴は2本出せたということは、ただ攻撃を反射しているという事はない。

 

 一度吞み込まれていることを見るに、自身に触れた物体の吸収と複製といったところか。厳密に分析すればおそらく詳細は違っているだろうが、大まかな方向性さえ合っていればそれでいい。

 

「鬼一、アイツの保有する異常性はおそらく『吸収と複製』といったところだ。迂闊に触れたりはするな。下手すりゃ喰われる」

「了解、分析はえーな。んでもそれならどう攻めるよ」

「しばらくは様子見だな。もう少し細かい条件なんかを把握したい」

「『いのちだいじに』ってことな。瓦礫なんかを投げつけるのはアリ?」

「アリだ。てかそもそもお前ほとんど装備ないだろ」

「オッケー。んじゃもうちょっと詳細分かったらよろしく」

 

 簡単な方針を決めてから二手に別れ観察を続ける。異常性の分析は専門外だが、文句は言ってられない。

 今ここで動けるのは二人だけであり、尚且つ相方は新人のため必然的に俺がせざるを得ないのだ。

 

 

 しかしここで予想外だったのは鬼一の身のこなしであった。

 先の一幕で特殊な力を備えていることは分かっていたが、身体能力も非常に高かったようで、長く勤めている熟練の職員顔負けの立ち回りを演じている。なんなら剣を解放しない素の状態では俺以上に動けているんじゃないだろうか。

 

 さらに、放たれる銀の銃弾や五寸釘を躱しつつ手ごろな瓦礫を投げつけることで気を引いてくれまでしている。

 

 

 おかげで色々と分かってきた。

 まずアイツが吸収するのはおそらく自分に向けて放たれたものだけだ。

 偶然上から崩れてきた小さな瓦礫が奴の体を通過したのを見たし、何より触れているもの全てを吸収できるのならばこの辺り一帯の空気を取り込んでさっさと俺たちを殺しているだろう。

 

 さらに、生成できるのは吸収した物体そのものだけで、それを変形させたり混ぜ合わせたりして改良することもできなそうだ。

 事実、奴の放った五寸釘を確認したが、形から込められている呪いまで全て俺の持っていたものと変わらなかった。

 

 

 また、移動速度は非常に遅く中学生でも走れば振り切れるほどのスピードであり、知覚能力も低いようだ。

 常に鬼一が離れた地点に一拍遅れて反撃を放っているし、気配を殺している俺に関してはまるでノータッチ。

 未だにどうやって認識しているのかだけは分からないが、目も耳もないのに正確に外界を観測するような奇心体はありふれている。そこを明らかにするのは研究部門(本職たち)の仕事、今は置いておく。

 

 

 ……今収集できる情報はこんなところか。

 まだ何か能力を隠していたり、もしくは油断させるために動作を遅くしている可能性もあるが、それを確認する術はない。所謂「当たって砕けろ」の精神だ。

 戦場においては慎重でなければならないが、時には大胆な決断も必要となる。

 

 冷静さを欠くのは論外だが。これはこれまでの億餧での活動で得た経験則だ。

 慎重になりすぎたあまり手遅れとなり被害がより重くなった事例はいくつもあるし、俺は実際にそういった現場に駆り出されることがよくあった。

 

 

 とどのつまり、一番重要なのはバランス感覚なのである。

 

 

 決意を固め、機を図らう。

 仕掛ける最後の一瞬まで気配は殺しておくため剣の解放は行わず、足音を立てないように接近する。その俺の様子に気付いたのか鬼一の陽動が一層激しくなり、それに混乱した黒い靄の動きが止まった。

 

 ────完璧だ。

 

 一瞬で俺の意図を読んで百点の動きをした相方に内心で賛辞を送りつつ黒の塊の足元まで接近し、一気に跳躍する。

 

Order起動命令 -chain- Repel弾け

 

 突き出した鋒が触れる直前に詠唱を行う。

 敵とはまた別種の黒い靄を纏ったその刀身は、一切の抵抗なく奇心体を貫き常のようにその効果を発揮する。

 

「Kiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiaaaaaaaaaa!!!!」

 

 全体の4割ほどを吹き飛ばされ、三日月のような形になって悲鳴を上げる黒の集合体。その悲鳴を背に、跳躍の勢いを殺すために旭は瓦礫を滑り降り、鬼一と合流する。

 

「やれた感じ?」

「手応えはあったな。だがまだ仕留めきれたかは分からん」

「なーる。てかその剣万能だな、何製よ?」

「知らん。ヨーロッパ支部で研究されてた奇心体を使ってるだけだ」

「詳しく知らなくていいの? それ────」

 

 

「AAAAAAAAAAAAAhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

「「ッ!」」

 

 再び金切り声を上げた奇心体、咄嗟にその方へ目を向けようとしたが、何故か体はピクリとも動かなかった。

 辛うじて視界の端で黒い塊が俺たちとは反対側の────エレベーターホールの方へと逃れていくのを捉えるが、目を動かすことさえもできずにいた。

 

 と、視界から奴が完全に消えてからしばらくたってから、ようやく指先が動き出した。効果が切れたのか?

 

 

 改めて逃げ出した方を見ると、随分離れた位置にまで移動した黒い塊と、何か()()のものが見えた。

 そう、僅かに残った電球の照らす白色でも、瓦礫の白が混じったような灰色でもない、橙色のショートヘアが。

 

「天野さんっ!?」

 

 俺より認識したのが早かったのか、鬼一が先に駆け出した。

 

 

 それに対し、俺は動けずにそこで眺めていた。別にさっきの叫び声の効果がまだ残っているわけじゃない。ただどう足掻いても手遅れな場面というのは見慣れてしまっていたというのと、何かそれ以上の嫌な感覚がしていたからだ。

 

 何かを見落としている気がする。何か────ッ!

 

 思い出したのは鎮圧を開始する前に見かけた黒ずくめの集団の発言。

 “────基盤さえ作成できれば────人体からも可能────────そして人間は『素材』。”

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 果たして顔を上げた俺の先に広がっていたのは、体から黒い靄が滲み出、真っ黒な髪色となった天野が虚ろにこちらを見ている姿だった。

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