風見紀月の独白
「────御社、億餧に入社させてください」
「念の為最後に確認します。覚悟はできているんですね?」
「覚悟とかは知りません。急に死ぬかもしれないと言われても実感湧きませんし。でも、これ以上の条件の企業が私の意思一つで入社できるようになるチャンスは二度と無いと思うので。……それに、嫌な予感が全然しないんです。だから、大丈夫だと思います」
我ながら随分曖昧な答えだと思います。ですが、これが今の私の答えなので。そこには嘘を吐きたくないのです。
「まぁ、いいでしょう。ようこそ億餧へ、貴方を歓迎しましょう」
「はい! よろしくお願いします!」
よし、これで卒業後の進路が決まりましたね。不安の種が一つ消せたのでこれで勉強にも集中できそうです。
「さて、早速ですが風見さん、来週って何か予定入ってますか?」
「ちょっと待ってください……いえ、特に予定は入ってないですね。何かあるんですか?」
「入社前に適性診断をしておきたいんです。新規人材のデータはとにかく早く寄越せって管理部に
「えーっと、私入社までは1年以上は猶予あると思うんですけど……」
「あー、それなんですけど、風見さんが望めばいつからでも働き始められるんですよ」
……なんか今凄い気になること言いましたね。
これまでの文脈からして「いつからでも」ってまさか────
「もしかして大学卒業前でも、ですか?」
「大学卒業前でもです。もちろん卒業前に働き始めるのであれば飛び級という形で卒業認定も出します」
「えぇ……そんな簡単に卒業認定出していいんですか? というかそもそも一企業がそこまで干渉できるんですか?」
「国に要請を出せば結構簡単にいきますよ。なにせ国にとってもウチはかなり重要な組織なので、多少であれば無茶も聞いてくれます」
「うわぁ……生々しい権力濫用の実態を見ました」
ちょっとこれはアウトだと思うんですけど。やってる業務はとても凄いことですけど、流石に一企業が国に圧力を掛けれるっていうのは不健全だと思うんですけど。
「実際かなりアウトですよね、これ。私も思います。あ、将来ウチから転職する可能性まで考えて、在学中にしっかりと勉強するというのも選択肢ですし、なんら問題はありませんよ」
「ちなみに卒業前から働いた場合の給料は」
「卒業後から働いた場合と一切変わりません。早くから入社することのメリットはそこにありますね」
つまりその分いっぱい稼げると。…………なんかこの言い方、金の亡者みたいでいやですね。
とはいえそうなると答えは決まっているんですが。
「なるほど。なら、できる限り早く働き始めさせてください」
「了解しました。とはいっても最低限働ける状態になるまで訓練してもらうので実際の入社は来年度の春ごろとかになるかと思いますけどね」
「……結構かかるんですね」
「色々訓練してもらいますからね、これからかなり忙しくなりますよ。ま、大体ひと月ほどですし大丈夫ですよ」
「お手柔らかにお願いします…………」
思わず漏れ出た泣き言に冴霧さんはそこそこ
あ、ダメ? そうですか……。
という事で春休みを返上しての訓練漬けの日々が始まりました。ちなみに内容は身体を動かす訓練と座学がおよそ二時間半ずつ、計五時間のもの。一対一で行えるので通常よりは短くなっているそうです。
例えばある日は奇心体の分類や指標について。
「奇心体の諸々の性質を表す指標4つ、覚えてきましたか?」
「危険度・収容難易度・研究難易度・有用度で、それぞれ5段階ずつですよね」
ふふん、これぐらいなら余裕ですよ。これでも九州大学に合格した才女なんですから。
「ええ、これぐらいなら余裕ですよね。流石です」
…………あれ、今の口に漏れてました?
前を向くと、冴霧さんは微笑ましいものを見たようにニコニコしたまま私を見ている。
「────ッ!!!」
顔がとにかく熱くなる。ヤッバイ死ぬほど恥ずかしい、穴があったら入りたい。というか穴を掘って入りたい。
今ならコンクリートでも掘り抜ける気がするぐらい恥ずかしい。
「まあ風見さんが才女である点は置いておきまして、もう少し詳しく解説していきましょうか」
顔を赤くしたらさらに追い打ちをかけられた。
仲良くなるにつれて思ってたんですけど、冴霧さんってちょっと性格わる……ゲフンゲフン、イイ性格してますよね。根はまじめで優しいけど、人をからかうのも好きな感じ。
私が良い反応を返すのも相まって最近は冴霧さんの笑顔をよく見てる気がします。
……まあ私も時々ふざけちゃうので人のことを言えない気もしますが。一対一でずっと居るせいで関係が先輩後輩というより友達同士みたいになってるんですよね。
「おーい、聞いてますかー? あ、戻ってきた。それじゃ、解説はじめましょうか」
「風見さんは私と同じ収容部門に配属されるという事で、まずは特に関わりの多くなる危険度・収容難易度について。名前から何を測るのかは大体分かると思うので基礎的な部分は置いておきますね。多分もう覚えているでしょうし」
「まあ一応……というか、じゃあ何を解説するんですか?」
私の当然の疑問に対し、冴霧さんは各段階の具体的な程度などについてです、と答えてくれた。
どうやら最初は危険度から触れるようですね。
「『危険度1』、こう聞くとかなり安全なように聞こえますね? ですがこれは他の奇心体と比較したときの相対評価なので、一般人が遭遇した場合は逃げられずに殺されます。スポーツ選手のような体を鍛えてる方は別かもしれませんがね」
「次に『危険度2』。軍役を経験した方で、なおかつ銃火器などを武装していればもしかしたら逃げ切れるかもしれない、というレベルです。奇心体に関わっていない一般人が逃げられる可能性があるのはここまでになりますね」
「続く『危険度3』。鎮圧には複数の部隊────具体的には3~4部隊ほどでの対処が求められます。これは波状攻撃を行うことで味方の犠牲を最小限に抑えつつ、奇心体に常に攻撃することで消耗させるためですね。それでも油断しているとそこから崩されて半壊、もしくは全滅なんてこともあり得るので……なるべく相手にしたくありませんね」
「そして『危険度4』。3と4では一段階しか違いませんが、具体的な脅威度は2倍ぐらいになります。鎮圧にも危険度3の時の2倍以上の部隊数が求められますし、それでも少なくない犠牲者が生まれます。絶対数が少ない上、各地に分散して収容されている点だけは救いですかね。まあこの九州統括支部には3つほど収容されているんですが」
「最後、『危険度5』については……ほとんど話を聞きませんね。9年ほど前に一度、中部の方で収容違反が起こったそうですが…………このランクの奇心体については基本的に箝口令が敷かれている上、データの閲覧も制限されてるのでほとんど情報が無いんですよね。外部に脱走された場合国が滅びかねないらしいんでロクでもないのは確かでしょうが。あ、たしか先ほど言った中部の件でウチからも一人鎮圧に駆り出された人がいるんですよね。五体満足で生き残ってるので彼なら何か知ってるかもしれないですね」
「以上が危険度の解説になりますかね。他と比べると一般的なイメージからの乖離が激しい指標なので少し詳しめに紹介しましたが……何か質問はありますか?」
「質問というか感想ですけど……本当に危険なんですね、この職場って」
正直舐めていたかもしれない。自分が失敗すればもしかしたら日本が滅ぶかもしれない、という規模の大きさに圧倒されてしまった。
「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ、少なくともウチには頼れる職員が一人いますから」
しかし、そんな私の言葉をさらりと片付けると、冴霧さんは特に調子を変えずに次の話題へと移った。
「さて、次は収容難易度についてですかね。といっても収容難易度に関してはあんまり言うこと無いんですよね……。前回で解説は大方済ませましたし。強いて言えば危険度と若干の比例関係にあることとか、これが高い奇心体はしょっちゅう収容違反するので見慣れることになるとかですかね」
…………冴霧さんが普段から自分の事を『普通の人間』と評していた、その理由が今分かった気がします。
素直に考えれば、億餧という人々を守る組織に8年近く在籍しているような人間は
たしかに国防という観点で言えば自衛隊など近しい組織はいくつか存在しますが、大きな相違点として「秘密裏か否か」という点があるはず。億餧という組織は秘密結社であるがゆえに、ほとんど誰にも顧みられることなく命がけで戦っているのです。
そんな人が普通な訳がないだろうといつも思っていました。
けれども。例えば、命を失うことへの恐怖。同僚や親しい人が死んでしまった時の絶望。それに、失敗したときの影響が自分一人で済まない事への重圧。
軽く考えるだけでも負の感情はたくさん想像できるのに、冴霧さんがそれに囚われている様子は全くない。
きっとこれらに耐えて鎮圧業務という最前線で働くには、変に気負い過ぎてはダメなんだと思います。
むしろ、昼下がりに散歩に出かけるような、そんなごく自然なあり方で日々を過ごすからこそ自分を見失わずにいられる。だからこそ長く生き残れる。
流石に現場では雰囲気は変わると思いますが、少なくとも今日までに見かけた職員さんは誰も思いつめた様子は無かったですし。
……ですが、異常なモノと触れ合う職場で、『普通の人間』として振る舞える人は果たして本当に『普通』なのでしょうか。私自身、そのきらいがあるからこそ理解できます。
どんな状況でも自分の在り方が揺らがない、それは
だからこそ、此処では
こう考えると私にも向いている気がしてきましたね。
「おや、少し雰囲気が変わりましたね。一般枠からの新人は心構えができるまでに時間がかかるものなんですが……素晴らしいですね」
……流石に勘づくの早すぎません? ちょっとした気付きをしただけなんですけど。なんていう風に引いていたのがまずかったのでしょうか、冴霧さんはにこやかに残酷なことを口にした。
「この感じならペースを上げても問題なさそうですかね?」
「────うぇっ!?」
「おや、今私の前に居るのはたしか九州大学に合格した才女さんだったはずですが…………」
うう~~~~、実際もう少しペースを上げても付いていけそうなのが腹立ちます。
いつかそのニヤニヤ顔をぎゃふんと言わせてやりますからね!! 覚悟の準備をしておいて下さい!
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あ、今わたし、夢を見ている。
昔から────といっても物心付いた頃からとかではなくて、小学校中学年ぐらいからなんですが────時々「いま、私は夢を見ている」とはっきり自覚することがあった。
といってもたぶん明晰夢とは少し違うので、実態がなんなのかはよく分かってないんですが。
明晰夢とは違い夢の内容を好き勝手に変えたりすることはできない。
そもそもこれが夢だと理解するトリガーが、夢特有の奇妙な世界────つまり自分の外側に違和感を覚えるのではなく、自分の内側にナニカがいるような変な感覚だから、これが普通の夢なのかも分からない。
更に言えば、この夢を見ているときだけ自分が何度も奇妙な夢を見ていることを思い出せる。
確実に何か妙なもの、それこそ最近知った奇心体なんかが絡んでそうな話ですが、この夢から覚めるとほとんどの事を忘れるのでどうしようもない。
まあ危機感をあんまり抱いていないのも原因にはありそうですが。
というのも、この夢から嫌な予感がしたことはたった一回だけなんですよね。その一回も私に危害を加えるというより警告のようなものでしたし。
さっき言った自分の中にナニカがいる感覚も、物理的な内臓とかを差しているわけじゃなくて……何というか、そう、レイヤーが違うみたいな感じの内側って感じですし。
総じて良く分からないっていうのがこの夢の評価ですかね。
あ、でも一つ分かってることがあるんですよね。7年ぐらい前、つまり父さんと母さんが事故に遭った日の数日前から見る夢の内容が全く変わらなくなったということが。
……はい、なんとなく察した人もいると思いますが、一回だけあった嫌な予感がした夢もこれです。
私の目の前で繰り広げられているのは、もはや見飽きるほどに
あの日。家族で出かける予定だったあの日に、「怖いから」と家に閉じこもっていた私が、本来知るはずもないような光景。
正面から凄まじいスピードで突っ込んでくるトラック。運転手は居眠りをしている。
行く先にいる二人は気付くのが遅れ、ソレを把握したのは最早避けることのできなくなったタイミングで。
壁のように迫るトラックにそう悟り、せめて母さんだけは護るために斜め後ろに突き飛ばす父さん。
尻もちをついて倒れこんだ母さんの目の前で跳ね飛ばされ、その上でタイヤに押しつぶされてグチャグチャの肉塊になってしまった父さん。
絶叫を上げる母さん。
住宅地にまで突っ切って轟音と黒煙を上げるトラックと、騒然とし始める事故現場。
何度も何度も、それこそ見飽きるほど見続けてきた。もはや何かを感じることも無くなってしまった。
…………あはは、やっぱりダメだな。
強がってみたけれども、そんな言葉と裏腹に私の心は軋みを上げている。
だって、慣れるわけがないじゃないですか!! こんな、こんなに酷いものに慣れてしまうなんてこと……私には…………
あの日以来、父さんの月命日にはこの夢を、この光景を見続けてきました。最初の頃みたいに、滝のような大汗を掻いて飛び起きて、堪らず夕食を吐き戻すような分かりやすい反応をしなくなっただけ。
この夢を見るたびに。この夢の記憶を取り戻すたびに。私の心はぐしゃぐしゃになり、とにかく死にたくなる。
でも嫌な予感は全く反応しない。
私の危険にはどんなに些細なことでも反応するあの感覚はちっとも無い。ですから、きっとこれは私への罰なんでしょう。
見た夢に怯えて、ただ「怖いからイヤだ」としか言えなかった私への。
危険だってわかっているのに、お父さんとお母さんを引き留められなかった私への。
もしあの時、父さんと母さんを引き留められていたら……せめて車に気を付けるように忠告できていたら────なんて、みみっちいですよね。
どれだけ甘い妄想に逃げ出しても、過去はずっと付いてくるんですから。こうして現実を突きつけられるんですから。
…………さて、いつも通りであればそろそろ目が覚める頃です。きっと目が覚めてしまえば、夢から醒めてしまえば全部忘れて能天気な私に戻る。
フフ。これじゃ、どっちが夢なのか分かりませんね。
全てを思い出し、そして全てに絶望している
……あれ? いつまでも訪れない覚醒の感覚に疑問を覚え始めたころ。いつの間にそこにいたのか、目の前に一匹の狐が座っていた。
金色の艶やかな毛色に、ふわふわした尻尾。
陰鬱としたこの夢には場違いなほどに明るい色合いの狐。ずいぶん昔に、どこかで見かけたような……?
なんて疑問を抱いている間にその狐は近付いてくると、よく観察するためにしゃがみこんでいた私の胸元に飛び込んできた。見た目通りのふさふさした毛の感触と、少し油揚げのにおいが混じったお日様の香り。
不思議と安心するその狐を抱いていると、ようやく浮上するような感覚が訪れた。少しづつ
『あなたは悪くないよ。中途半端に見せてしまった私の所為、本当にごめんなさい』
そうして完全に目覚める瞬間、どこからかそんな声が聞こえた気がした。
────そんな幻想があれば、どれだけ良かったでしょうね。
ふと、目が覚めた。空は僅かに白みはじめた頃、だいたい五時ぐらいでしょうか。
段々意識がはっきりしてくるにつれ、顔の横の方を水滴が流れているのを感じるようになる。
ああ、そういえば今日は父さんの月命日でしたか。微睡に漂う頭で、ぼんやりと思い出した。
毎月決まってこの日は早くに目が覚める。大抵は涙を流しながら。
何か嫌な夢を見ていた気がするけれど、決まって何も思い出せず途方に暮れてしまう。
でも、この日の朝はまるで誰かが私を護ろうとしてくれているような、包み込まれているような感覚がするのでそこまで嫌いでもないんです。ずっと昔に感じたような優しい感覚。
……これが父さんなら嬉しいなぁ、なんて。
さて、今日も訓練があったはずですし頑張りましょうか!
はい、思ったより数十倍は重たい話が出来上がって困惑している私です。もっと能天気で明るい不思議ちゃんとしてデザインしていたはずなんですけどね、この子。
ちなみに冴霧さん異常者扱いされてましたけど、実際はめっちゃ普通の良い人ですよ。普通の感性をした、普通に過ごしてる人です。周りの環境が普通じゃないのにそれができてるだけで冴霧さんは普通の人なんです。
さて、ここらで矛盾点として指摘が飛んできそうなので先に弁解をば。
風見ちゃんの夢について、記憶失うのに何で飛び起きて吐いてるの? てか包み込まれるような優しい感覚するならこうならなくね? って点について。
これは慣れていないがゆえにトラウマを発症したような状態になって体が勝手に反応しているようなイメージです。なので本人は安心する感覚がしてるのに吐いたりしてるのでめっちゃ不思議に思ってました。
以上、描写力の拙さを誤魔化すための言い訳コーナーでした。