……どこだここ。ふと気付いたら真っ暗な空間にいた。スポットライトでも当たっているように自分の周囲は明るいため、近くだけは辛うじて見えるが、奥の方になると何も見えない。
えーと、まず状況を整理しよう。
まずオレの名前は鬼一謍縁、歳は二十。孤児院出身で、今は億餧っていう秘密結社に所属している。といっても新人だから訓練漬けの日々を送っていて……確か今日は収容済みの奇心体の観察をしていたはず。
そう、比較的安全な奇心体を見て回っていて、そして警報が鳴って天野さんの指示で避難して────っ! そうだ、天野さんっ。天野さんが黒い靄に憑かれて……どうなった?
確か助けたはず。助けれたはずだ。その後くたくたになって家に帰った記憶もあるし…………じゃあ、この景色は何なんだ? あの靄とは種類の違う黒色な気がするが、しかしこんな不可思議な黒の空間はあれ以外に思いつかない。
まさかオレも呑み込まれてしまっていたのか? さっきまでの記憶は都合のいい幻覚で、実は失敗していたのか?
……分からない。
自分の記憶が当てにならないという事がこんなにも恐ろしいとは。そもそもこれまでの14年間の記憶も本物なのか? オレはずっとここにいて、夢でも見ていたんじゃ────
『おいおい、随分と酷ぇ顔じゃねえか。このまま放っておけば勝手にくたばっちまいそうだな』
「っ!?」
突然聞こえてきたのは、毎日のように聞きなれた声。
すなわち
白無地でレギュラーカラーのシンプルなワイシャツに、光沢が一切ない深い色合いのブラックスーツ。ネクタイは付けておらず、ジャケットのボタンどころかワイシャツの首元も開かれたかなり着崩されたスタイルではあるが、おそらく喪服で違いないだろう。
顔部分には真っ黒で目元にだけ小さな穴の開いた猫のような形の仮面をつけているため、素顔を拝むことはできない。が、その奥に見える白色からおそらく白髪であることが推し量れる。
背格好は一般的な成人男性のそれであり、これといった特徴はない。
あの髪色は染めたのでは出せない純粋な白色であり、さっきの声と合わせて考えれば、おそらく目の前のこの男はオレと同じ姿なのだろう。
だがオレは喪服なんて持っていないし、口調もあんなに荒くなることはない。
こいつは一体誰なんだ。
椅子に右足を立て、その膝においた右腕で仮面の隙間から器用に飲み物を飲んでいる男に怪訝な視線を向けていると、先ほど同様おどけた調子でその男は口を開いた。
『どうした、オレの顔に何か憑いてるのか~? ……それともまさか一目惚れですってか? くはは、悪いがオレはそーいうのは信じてないんでな。他を当たってくれや』
やっぱりオレの声だ。しかし……そうなると何が何だか分からなくなってくる。
ここは何処でコイツは誰で、そしてこれは夢なのか現実なのか。
『知ってるか? 古くから夢ってのは此岸とは異なる何処かにつながるって言われてきたんだ。……っとと、名前も名乗らずに話を始めちまうところだった。オレはなぞなぞ存在は嫌いなんだ、ってな。つーわけで名乗らせてもらうか』
相槌を打つどころか微動だにせずに観察しているオレを置いて、その男は語り続ける。しかしオレの声で話しかけられるってのは随分と違和感を感じるな。
『ジョークに乗らねえどころか相槌も打たねえとはツれねえなぁ。っと、また話が逸れるところだった。悪い癖なんだがついやっちまうんだ、すまねえな。それで────名前だったか。そうだな……《オーエン》にしとくか。今からオレはオーエンだ、よろしくな~』
…………
そのおどけた雰囲気も相まって、どうにも揶揄われている気がしてくる。とはいえおそらくコイツはここが何なのかを知っているはずだし、どうにか情報を抜き取らなければ。
「それで、お前は『オーエンだっつッたろ。その耳は飾りか』…………オーエンはここが何なのか知ってんだろ? どこなんだここは。というかそもそもお前は一体何なんだ?」
『随分がっついてんな、質問は一個ずつって教えられなかったかぁ? 普段は周りに興味の無い草食系みたいなツラしてんのにな』
「……それで、質問には答えてくんねえのか?」
『おーいおいおい、こんなんでキレんのかよ。短気は損気、ラフに行こうぜ?』
煽り言葉の節々から悪意を持っていることが滲み出ている。どうにもオレは嫌われているようだ。
しかし、コイツのノリは何と言うか違和感があるな。パッと見は軽薄なだけのふざけた奴だが……その奥に何も無いような。そう、それこそ────
「空っぽみたいだ」
『あ゛? ……ケッ、ある程度おんなじだから分かるってか。もしくはあの子の影響か? まあいい、質問には答えてやるよ。ここはどこでもない場所で、オレはお前じゃないお前だ』
何か思い当たることでもあったのか、オーエンは明らかに機嫌が悪くなりながらも質問には答えてくれた。
とはいえ、その答えはどうにも煙に巻いているような曖昧なもので、いまいち要領を得ていないかったんだが。
『納得行ってませんってツラだなぁ? つっても答えは変わんねーぜ。ここはどこでもないお前の本質が作り出した境界で、オレは鬼一謍縁であってオマエじゃない。そんだけ────っと、もう時間か。随分早い……いや、これはオレが喋り過ぎてただけか』
オーエンの言葉を遮るように突如として地面が揺れ始め、視界にノイズが走り始める。
「おい!? これはどうなってんだ!?」
『落ち着け、戻るだけだ。言ったろ? 賽は既に投げられた。しばらくすりゃまた会うことになる』
「賽は投げられたって…………あの面談の時の!? おい、待てよ! まだもっと聞きたいことが────」
『残念でも無いが時間切れだ。オレから言うことがあるとすれば……そうだな』
『忘れるな、んでさっさと思い出せ』
『以上だ。ああ、それとだが……まだ大江山には近付くなよ? 全部終いになるからな』
「はぁ!? いったい」
言葉を言い切る間もなく、バツンッという音と共に世界が一際大きく揺らぎ────そして気が付けば目が覚めていた。
真っ黒な世界、オレじゃないオレ、そして謎の忠告。
一体自分の身に何が起きているのか全く分からないまま、オレはベッドの上で途方に暮れるのであった。