願いと思考   作:RH−

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 正直壱章目は初めて書いた文というのもあり、後から読むと「いつかリメイクしたいなぁ……」となるような出来だと自分でも思うんですが、それでもお気に入り登録してくださる方が4名もいらっしゃるということで…………。
 ありがたい限りです。こっちも頻度を落とさず連載できるよう頑張りますね。


第弐章 繋ぐモノ
お狐さんはニタニタ笑う


「────ああ、そうだ。体感では危険度は4以上、ギリギリ5に届かないぐらい。性質は……」

 

 凡そ事態が鎮静化した後、ホテルに戻った俺は報告のために栄薪に電話をかけていた。

 ……とはいえこの部屋は本部の連中が用意した場所であり、どこに監視の目があるか分からないためあまり重要なことは話せないのだが。本当は一瞬だけ見かけた謎の黒衣の集団や鬼一の能力、天野の状態、そして何より一瞬だけ発現した黒の剣の権能など相談したいことは山ほどあるが、それは福岡に戻るまでお預けとなるだろう。

 

「そんな感じだ。吸収した物体の融合や改良はしてこなかったが、発生直後だったからできなかったのかそもそも不可能なのかは────ん?」

 

 通話中のスマホが振動した。このバイブ音に設定していたのは確か仕事関連の連絡だったか。九州統括支部では敷地内に住んでいる上大抵の連絡は直接栄薪に呼び出されていたため、使うことがほとんど無く忘れかけていた。

 

「すまん、何か連絡が入った」

「私と仕事っ、どっちが大事なの!?」

「黙れボケが」

 

 通話越しに聞こえる笑い声を無視して確認すると、メールボックスに新着が一件。件名は────『明日行われる特殊職員 鬼一謍縁の査問会について』。

 

「っ……!」

 

 急いで開いた本文に書かれていたのは、要約すると「本日報告された鬼一の特異な性質は明らかに人から外れた力であるため、今後の扱いを決める必要がある。理事会で査問会を開くので、一番近くで観察していたであろうお前には証人として立ち会ってもらう。明日は本部に出向するように」といった内容だった。

 

「栄薪……」

「ああ、今私の方にもきたよ。にしても被害を抑えた立役者に対して査問会とは…………人外アレルギーもここまでくると深刻だねぇ」

 

 顔を顰めつつ頷きを返す。流石に経過観察程度で済ませると思いたいが……どうにも嫌な予感が拭えない。

 栄薪にもそれは伝わったようで、

 

「ま、何はともあれ人員の調整はしておくからこっちの心配はしないでいいよ。今日は色々あったようだし早く休みたまえ」

 

 と通話は打ち切られた。

 

 

 今回の件は鬼一を同行させた俺にも責任はあるため、なんとも気が重くなってくる。しかし、鬼一がいなければ確実に被害は大きくなっていただろうし、そもそもあの黒い靄を鎮圧できたかも怪しかった。

 

「ままならんな」

 

 溜息とともに吐き出された独り言に応える者は、当然ながら誰もいなかった。

 

 

 ******

 

 

「────────以上より、制御のための訓練は必要あれど彼が億餧に被害をもたらす危険性は低いかと思われます。そのことは本人の性格などからも推測できることかと思わ────」

 

「旭継恫君、我々が君に求めているのは公平な証言であり君の私見でも感情に基づく曖昧な分析でもない。分かるかね? それ以上は結構だ」

「話にならん!! 人類を守護する億餧の、それも本部に奇心体が紛れ込んでいるなど言語道断だ! 元々鬼の妖力が検出されていたんだ、さっさと研究部門に引き渡してしまえばいい!」

「しかしそれでは他の職員に示しがつくまい。先の一件での功績もあるし、全ての職員が我々のように賢く在れるとも限らん。まずは特殊区画に隔離するなどして段階を踏むのが良かろう」

 

 昼下がりの午後、会議室にて。案の定アレルギーを発症した爺どもは馬鹿げた事しか口にしなかった。話にならないのはこっちだと思わず言い返してやりたくなる。

 しかし……これは拙いな。このままだと実験室送りが確定してしまうというのに、流れを変える手が浮かんでこない。

 俺からの発言は同族を庇っているだけだとか難癖を付けられ無視されるし、鬼一本人の言葉など言わずもがなだろう。そもそも鬼一は状況を理解するのに手一杯なのかまともに話すことさえできていない。

 

 

 せめて天野がいればどうにかできたかもしれないが……。未だ彼女の意識は戻っていないし、よしんば戻っていたとしても今の状態ではパニックで正常な判断ができていないのだ、なんて理屈を付けられて却下されるのが目に見えている。

 

 何が『査問会』だ、元々決定していた結論を尤もらしくするための茶番じゃないか。下水道の水を煮詰めたような性格の爺共と、そんな連中に対して何もできない自分への怒りが溜まってくる。

 どうにもできないのか? このまま黙って見ているだけしか…………

 

「では、結論は出ましたかね。鬼一職員は一旦特殊区画に移動してもらい、その後────何です? 騒がしいですね」

 

 やにわに外が騒がしくなる。耳をすませば、聞こえてきたのは部屋の外に立っていた職員たちが「今は査問会中でして……」や「いくら貴方でも」と誰かを呼び止める声。

 そして、それに答える「いつから私を止められると錯覚していた?」というふざけた────は?

 

「やあやあ。議論は進んでいるかな?」

 

 背後の扉を開いて部屋に入ってきたのは白スーツに白髪という全体的に白い男。つまり、九州統括支部の支部長を務めている俺の上司だった。

 

「……栄薪支部長。私の記憶が確かなら君は九州統括支部所属であり、そしてこの部屋は京都本部所属の職員の査問会中なのだが。何の用があり、そして何の権限があってここに来たのか聞いてもよろしいかね?」

「いえ、そこの鬼一少年を実験室送りにするだなんて愚蒙な行いをなさらないかと心配になりまして。まさか億餧の上層部、それも本部に務めるような方々が、そんな知能の低いことをなされるとは思っていませんがね? 念のために、というやつです」

 

 明らかに嘲るような表情と共に放たれた言葉に上層部の面々の顔が引き攣る。まあ直接ではないとはいえ、はっきりと馬鹿にされたのだからその反応も頷けるが。

 その反応を受けて笑みを深くした栄薪はさらに畳みかける。

 

「現時点で昨日の実行犯を一部取り逃がし、新規で危険度4以上と推測される奇心体の発生・及びその暴走を許し、その鎮圧を他支部の職員と新人に行われるだなんて失態続きの状態で…………まさかその立役者を査問会にかけて実験室送りにするだなんて恥知らずな真似をできるとは思いませんがね? 念のためですよ、ね・ん・の・た・め。少なくとも私には到底できない行いですしねぇ」

 

 コイツ……ここぞとばかりに煽るな。確かに日頃から鬱陶しくは思っていたが、しかしここまで言って大丈夫なのか? 

「詳細な性質が明らかになるまでは危険だと判断し、我々としても非常に心苦しかったが組織のために行った」とでも言えば建前は作れてしまうだろうに。

 

「……我々にとっても苦渋の選択なのだよ、これは。いくら本人に危険性が無いように見えても暴走させてしまうこともあり得る。ましてやこれは科学技術ではなく化け物共の力だ。あのクソッタレ共の、な。君も一つの支部を預かる身なのだ、理解できるだろう?」

 

 そら見た事か、ジジイの内一人が随分と申し訳なさそうな顔をしながらつらつらと言い訳を並べ始めた。

 まあさっきまでの茶番を見た後だと面の皮が厚いなとしか思わんが。それに節々からアレルギーの名残が覗いているし。まさしく三文も惜しむ芝居、というやつだな。

 

 とはいえ建前の筋は通っている。栄薪はどうするつもりだ?

 

「……ええ、確かに理解できますとも。目に見えるリスクを放置しておくほど愚かなことも無いですからね」

「そうだろう、君なら理────」

 

 

「────ですので、ここに貴方がた億餧京都本部理事会の解体を求める声明文をお持ちしました。既に四国・中部統括支部及びヨーロッパ支部からの同意は取ってあります。更に言えば『実際に理事会に提出し、実現のために手を惜しまないならば』という条件付きではありますが、関東と東北の統括支部からも同意を得ています」

 

 

「なぁっ…………!?」

「き、貴様、何を言っているのか理解しているのか!?」

「そんな暴挙が認められるわけがないだろうがっ!」

「つ、つまみ出せぇ! 付き合ってられん! この気狂いをさっさとつまみ出すのだ!!」

 

 一瞬の静寂の後に騒然とし始める会議室。一人の職員の進退を決定するはずが、もはや体制を揺るがす革命じみた状態にまでなったのだから騒ぎ立てるのも無理はないだろう。

 かくいう俺も衝撃でほとんど頭が回っていない。こんな声明文(モノ)を用意するためには相当な根回しが必要なはずだ。

 九州統括支部(ウチ)との関係が深いヨーロッパと四国はともかく、追加で3つの統括支部からの同意。それを本部に一切気取られずに。これら全てを昨夜からの僅かな時間で準備したのか?

 

 いや、流石に短すぎる。そもそも簡単に賛同できる規模の話ではないはずだ。となると以前から準備していたのか……? だとしたらいつから、そしてどこまで読んでいたんだ?

 浮かび上がる数多の疑問などお構いなしに事態は変遷する。既に俺は証人(当事者)ではなく傍観者へと格下げされ、舞台から降ろされてしまったようだ。

 

「暴挙? どうやら現状に対する認識に齟齬が生じているようですね。そもそも先ほど挙げた失態だけでも十分問題であり、さらに例の奇心体────便宜上《夢魘(むえん)の集積》とでも呼称しましょうか。その発生要因の候補に貴方がたの杜撰な実験体制が挙げられているんですよ?」

「実験体制ぃ? そこの人モド……んん、証人が言っていたやつか? そんなもの信頼できるわけがないだろうが! 研究部門でもないというの────」

「ええ、ですから京都本部の研究部門に所見を求めてきました。部門長曰く、その可能性は十分考慮に値するだろうと仰っていましたよ。書面にも纏めておりますので、必要なようでしたらお渡し致しますが……読まれますか?」

 

 京都の研究部門長といえば……あの研究大好き野郎か。役職に就いてるのに上の顔色を一切気にしないのは変わっていないようだ。九州統括支部からかなり無理に引き抜かれたってのも関係あるかもしれんが。

 

 ……というか一番野次がうるさかったあの禿頭、人モドキって言いかけたか。〇すぞ。

 最近少なくなってきていた直接的な表現に思わず殺気が漏れていたようで、栄薪のカウンターと合わせてダブルパンチを食らった禿頭は静かになった。ちなみに他の面々も似たような状態だ。あれだけ喧しく喚いていたのに不利になった途端これか、小心者共め。

 

 いまだ弱気になっていないのは一人、名は参鶏(さんけい) 悠夜(ゆうや)だったか。

『肆家』と呼ばれる、どの部門にも所属していないが億餧全体の運営に関してはかなりの発言力を有する者達、その内の一人である。静かにこちらを睥睨する彼以外は皆一様に、顔を茹でダコのようにしながらも口を開閉するばかりだ。

 

「そして、そればかりではありません。皆様は虎熊という名の職員、あるいはOremnantEと呼ばれる部隊をご存じですか?」

「……えっ?」

 

 虎熊……誰だ? 初めて聞く名前に首をかしげる。ジジイ共も似た様子で、顔を見合わせては肩をすくめたりしている。そんな状態のため、唯一声を出した鬼一に視線が集まるのは必然であった。

 

「心当たりがあるだろう、鬼一君? 説明していいよ」

「その、オ・レムナンテ? って方は知らないですけど……虎熊さんはオレを億餧に引き入れたり事前準備を手伝ってくれた職員の方です。気さくでいい人でしたけど……」

「その通り。そしてOremnantEは鬼一君が億餧と関わる発端となった事案C-716において、現場に出動し対象を鎮圧した部隊の名。ですが私に調べられる範囲ではそんな名の職員や部隊は確認できませんでしたし、記録も一切ありませんでした」

 

 幹部たちの反応を一つ一つ確かめながら、私としても意外だったんですよ、と栄薪は続ける。

 

「C-716は危険度こそ2でしたが、その中でも上位に位置する程度には狂暴でした。それを他との協力なしに鎮圧できて、なおかつ私が名前を知らない部隊が残っていたのかと。もしかしたら存在が秘匿された部隊なのかもしれないと思っていましたが、それも貴方たちの反応からして違う」

 

 

 

「────さて、この京都本部は『何』に潜り込まれたんでしょうね?」

 

 

 

 これまでのとは次元の違う爆弾が投下され会議室が凍り付く。

 さっきまでの騒然とした様子から一転して、僅かな衣擦れの音しか無くなった室内。きっと誰も声を出せないのだろう。

 

 否、それよりも思考を回すことが優先されているのだ。

 

 内部に入り込まれた、程度なら話は違った。情報を抜き出すために誰かに成りすまされて潜入された程度なら。

 もちろん問題である事には違いないが、手口も狙いも分かっている分対処できる範囲だからだ。だがこれはそんなレベルの話じゃない。

 

 鎮圧業務を行ったという事は管理部門からその部隊へ出動要請があったという事で、つまりその程度には京都本部に馴染まれていたという事だ。

 その上で記録が残っていないという事は、億餧のデータベースにアクセスして内容を改ざんできる手段を有しているという事に他ならない。

 

 栄薪が偶然気付かなければこのまま明るみに出なかったかもしれないほどの鮮やかな手口。何を目的として潜入され、何を行われたのか、その一切が不明。

 これほど恐ろしいことも中々無いだろう、特に自分たちの保身が大好きな爺共には。

 

「……何が目的だ?」

「…………? 私はOremnantEの一員ではないので知りませんよ。もしかして疑ってるんです?」

「違う。そちらではなく、君の目的を聞いているんだ。認めるのは業腹だが、君が提示した数々の失態は私たちを失墜させるには十分なものだろう。だが君は声明文をその手に持ったままだ」

 

 参鶏(さんけい)の問いに栄薪は笑みを浮かべて答えた。

 

「話が早くて助かります。いえ、別に大したことを要求しようとは思ってませんよ? 九州統括支部では新たに杏陽(きょうよう)という部隊を設立しようと思っていまして。それを承認して頂きたいだけです」

「きょうよう……。字は恭陽、あるいは興耀といったところか?」

「その辺りもありますが、銀杏の杏に落陽の陽で杏陽ですね。我ながらうまく名付けられたと思っています」

「……なるほど。で、このタイミングで切り出すんだ。どうせ何かあるんだろう? 早く言いたまえ」

「まさかそんな。ただ、隊員をウチの旭君や鬼一君のような特殊な能力を持った職員に限定するだけですよ」

 

 死ぬほど()()笑顔で計画を明かす栄薪。邪悪さが抑えきれず滲み出ている様を見ると、コレを敵に回したことに若干の同情心が沸いてくる。

 

 ……にしても本当に楽しそうだな。ここまで好き勝手できることも中々ないから最大限荒らしてやろうという意気込みがヒシヒシと伝わってくる。

 とはいえそれも馬鹿にできないもので、いつの間にか俺もコイツのように伸び伸びやるべきなのかもしれないと思わせられるのだから不思議なものだ。

 

 

 …………さて、逃避的思考もこの辺りにして現実に戻ろう。

 

 粛々と進んでいたはずが乱入者によって喧々諤々とした様になり、その後静まり返った会議室は現在地獄の様相と化していた。

 栄薪の発言はつまり、連中が毛嫌いしている『人モドキ』の力をより自由に行使できるようにし、尚且つ内々に処分しようとしていた鬼一の身柄も貰うと言っているのだ。当然ながら断固として拒否したい内容だろうが、そんな事をしようものなら手元の声明文が提出されることになる。

 

 結果、拒否したいのに絶対にできないため『どうしてこんな面倒ごとを招き寄せたんだ!』と────半ば八つ当たりで────俺を睨みつける幹部連中と、これだけでご飯が食えそうだというような笑顔の栄薪、そして針ほどはないがつまようじ位の鋭さのある筵に座らされた俺という、何とも奇妙な状態に陥ったのである。

 

 なんで俺を睨むんだよ、相手が違えだろ相手が。そもそも今回のコレに関しては何も知らなかったし、普段からこれに付き合わされてる俺も被害者みたいなもんだろ。ふざけんじゃねえよ。

 

 

「…………あー、つまり君は。その新部隊を我々に認可させるためにここまで手の込んだ嫌がらせを行ったと? 確かに平時であれば許可は下ろさないだろうが……」

「嫌がらせだなんてそんな人聞きの悪い(笑)。それで、返事はどうです? もし承認して頂けないのであれば……そうですね、監査のために九州統括支部(ウチ)から何人か人材を派遣させていただく、という形でもよろしいですけど」

 

 

 

 次善の策まできっちりと準備し詰め切った栄薪に対し、お通夜のようなムードで理事会は認可を下ろした。成果が出なかった場合は解隊してもらうと最後に釘を刺したのは流石だったが。

 

「あ、今事案で被害にあった天野職員。この感じだと不安なので彼女もこちらで引き受けますね~」

 

 ちなみに栄薪は最後までペースを崩さなかった。もはや『なんでもいいから早く帰ってくれ』と言いたげな顔を向けられたのは言うまでもないだろう。合掌。

 

 

 




 はい、栄薪くん大暴れな回でした。大筋はプロット通りでしたが、途中急に理事会解散の声明文出してきたときはめっちゃビビりました。気付いたらとんでもないモン用意してたんで面白いけどこれからどうなるのコイツ……ってなりましたね。さて、作者のプロットは破壊されずに済むのか、乞うご期待です。
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