会議室から追い出され、警護役の職員にも『二度と来んじゃねえ』と疫病神を見るような目を向けられながら諸々の手続きを済ませ、どうにか俺たちが九州統括支部に到着したのは9時を回ろうかという頃だった。
流石に
ちなみに鬼一はまだ京都に残ったままだ。
引っ越し準備に同期や関わりのあった職員への挨拶、それに孤児院への連絡などやることが多いためこっちに来るのは早くても明後日になるとのことだった。まあ既に所属はこっちに変わっているため迂闊に手を出されることも無いだろう。
もし出されたら我らが狐に付け入る隙を与えることになるし、リスクがあるだけでメリットがないからな。
「旭くん、今私のこと狐って呼ばなかったかい? 一体いつの間にこんな口の悪い子になってしまったんだろうね、残念だよ」
ヨヨヨ、とわざとらしく泣きまねをしながら絡んでくる栄薪。たまに思うが、こいつはエスパーか何かなのだろうか。人の考えを当てるにしてもその精度が高すぎないか?
……まあそれをこんな風に人への嫌がらせにしか使わないのも考えものだが。
「お前はどうしてそう人の嫌がることばかりやるんだ。というか今日は本部で十分遊んだろ、あれで満足しろ」
「そりゃあ人が嫌がることは自分から率先してやるようにしなさいって教えられたからねえ」
その「嫌がること」は人があまりやりたがらない事であって字面通りの嫌がらせって意味ではねえだろ…………
「んふふ、まあそうだね。今日はさっさと解散しようか。お遊戯会で言ってた新部隊の設立は鬼一君が到着してからにするつもりだから、明日以降もしばらくはいつも通りで頼むよ」
「りょーかい。んじゃな」
昼間の茶番をお遊戯会って言った事にはもう突っ込まねえぞ。どうせこの反応も楽しまれているのだろうが、せめてもの抵抗として栄薪の顔を見ないようにして別れる。
今日はどっと疲れたな……。
そんなこんなで普段通りに仕事をすること約3日。この間に風見の様子も見に行っておきたかったんだが、要請の来る鎮圧業務の殆どが一人でのものだった上、空き時間は逆に冴霧の部隊に別作業が入ってたりで都合が合わずそれは叶わなかった。
まさかとは思うが、栄薪のやつ仕組んでないよな? こうも偶然が重なると変に勘ぐってしまう。
なんて日々の後にようやく鬼一が引っ越してきた。俺の住んでる寮の隣部屋に。
なんで……?
******
時はしばらく遡り、部外者が立ち去った京都本部の会議室にて。重苦しい雰囲気の中、一人の老人が上座に座る青年へと問いを放った。
「……良かったのですか?
「良くはない。良くはないが、あの場を収めるにはそれ以外には無かっただろう」
「しかし……九州の狐の私兵みたく何かも知れぬものではなく、三大妖の一角ですぞ。9年前の天狗の件もある以上、三大妖は危険すぎるでしょう……手元から離れさせるのは。それもあの狐の下になど」
段々と陽が沈み暗くなり行く室内。そしてそれ以上の速度で表情が暗くなる理事会の顔ぶれ。誰もが理解はしているのだ。栄薪快という食わせ者が逃げ道を残しているわけがないと。
もしあの条件を呑まなければ監査と称して内部にスパイを送り込まれていたであろう。
そうなれば後ろ暗い部分がないとは決して言えない彼らにとって更なる痛撃が見舞われていたのは想像に難くない。下手をすれば痛くない部分まで腹の内を探られかねないだろう。
しかし、だからといって簡単に納得できる話ではないのだ。
「栄薪が何を企んでいるのかは分からんが、どうにか隙を見出すしかあるまい。既に私たちは後手に回らされているのだから」
結局顔色が晴れることは一切無いまま、一人、また一人と静かに席を立ち去っていき、最後には高次理事などという席に祭り上げられた青年が残るのみとなってしまった。
陽が沈み切ったうえ照明の電源も切ったことで真っ暗になった部屋を見渡し、彼はまるで自分たちの行く末みたいだと思いながら踵を返した。
────全てはまともな世界で生きる人々のために。この立場を利用してでも、できる限りのことをしなければ。
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「さて、改めて九州統括支部にようこそ。鬼一くん、君を歓迎しよう」
「えと、どうも……栄薪さん、でしたっけ?」
住み慣れた京の地からおよそ450㎞と少し、オレは福岡県に来ていた。今日からここ、九州統括支部で働くことになるからだ。
正直、孤児院のみんなやせっかく仲良くなれた同期たちと離れるのは心苦しかったが、どうやら事態はそんなことを言ってられないほどのものらしい。
旭から聞いた話によれば、あの査問会の時に栄薪さんが現れなければオレは奇心体として実験室送りにされていたようだ。
天野さんが心配していたことが実現しかけていたってことだ。研究員の人とも結構仲良くなれた実感があったし、そんなことは無かったと思いたいが……もしあの人たちに実験動物扱いされた時には人間不信に陥るかもしれない。
旭曰く、「そんな感性が残るならマシな部類」らしいけど。
まあそういう訳で所属が京都本部から変わり、最初の顔合わせとして支部長室に呼ばれているのだ。ちなみに室内には旭と栄薪さん、それともう一人知らない女性の方がいる。
誰だろう? 年はオレや旭と同じぐらいっぽい。それと旭の機嫌が悪そうなのが気になるけど……。
「君は今日からウチで働くことになるわけだけども……その前にまずは現状のすり合わせを行おうじゃないか」
そう言いながら栄薪さんは束になった書類を渡してきた。何かの報告書だろうか? というか近くで見るとやっぱりとんでもなく美形だな、この人。
目鼻立ちの整った顔に、光を反射する白銀の髪。身に付けているスーツが真っ白なのも相まって絵画の住民と言われても納得してしまいそうだ。…………けどなんでだろう、ここまで白色に彩られているのに胡散臭く見えるのは。
糸目かなぁ……それとも振る舞いから受ける印象?
「なんか今すっごい失礼なこと考えられた気がするなぁ。ま、とにかく始めようか。旭君も風見ちゃんも気になることがあったら気にせず言ってね?」
あのどこかぼんやりした雰囲気の女の人は風見って言うらしい。ここに居るってことは例の新部隊……なんだっけ? 教皇だっけ、あれ関連なのかな? っとと、まずは話についていかなくちゃダメか。
他の面々と同じようにオレも資料の1ページ目に視線を下ろすと、それを確認した栄薪さんが口を開いた。
「君たちは今日から404部隊《杏陽》に所属してもらうわけだ。この部隊は通常の収容部門としての側面ともう一つ、私直属の部隊として動いてもらう予定でね。まあ早い話、私の目的に付き合ってほしいというわけさ。もちろん無理強いはしないがね?」
目的? もっと上の役職に成り上がるとかか? というか旭の機嫌が更に悪くなった気がすることの方が気になってきたな。
「さてそれじゃあ私の目的とは何なのか、という話になってくるわけだ。といってもそんなに大それたことじゃないよ? どちらかと言えば些細なものさ」
「勿体ぶらずにさっさと言え」
「時にはアイスブレイクも大事なんだよ、旭くん? まあいいか、それじゃあ発表するとしよう。私の目的、それは────奇心体の、特に意思疎通が可能で、なおかつ人間に好意的な奇心体の扱いをもっと良くすることさ」
…………? どういうことだろうか。旭は「やっぱりか」といった様子で溜息をついているが、オレともう一人、風見さんはいまいち理解できずに首をかしげている。
「こう言っても今年入ったばっかりの君たちには難しいだろう。というわけで資料のページを捲りたまえ。あ、ただちょっとショッキングな写真が貼ってあるから気を付けてね」
「うわぁ……」
「…………っ!」
言われた通りに次のページを開けば…………思わず顔をしかめる。風見さんは声を漏らしたほどだ。そこに写っていたのは、背から翼の生えた幼い少年がひどい拷問を受けている光景だったのだ。
ある写真では翼を根元から切除され、別の写真では体をガスバーナーらしき器具で炙られ、また別の写真では骨格だけが残るように背中から翼にかけてを解剖され…………。どの写真でも一様に少年は涙を流しており、それに対し研究員らしき人間は笑っている。
「それは2年ほど前に京都本部で撮影されたものだ。酷いものだろう? 彼らはこの不必要に苦痛を与える拷問を『研究』と称し、あまつさえそれを人類の為だなどと
問いかけの形を取ってはいるが、これはおそらく質問じゃない。「この拷問を許されるなんて言う奴はここで処分する」という意思がヒシヒシと伝わってくるからだ。
もちろんオレもこんな胸糞悪いものが許されるだなんて欠片も思っていないが。
「たしかに彼らもある意味では被害者だ。同僚を奇心体によって失ったものなど吐いて捨てるほどにいる。私もそうだとも。だがね、その理由は他の奇心体まで痛めつける言い訳にはなり得ない。絶対に、何があろうとも」
栄薪さんはそう強く断言した。
なるほど、だから奇心体の扱いを良くしたいのか。それなら喜んで協力したいぐらいだ。
「栄薪。京都本部は……いや、億餧職員の大半の意思はお前の真逆だ。その意味が分かった上で言ってるんだな?」
「ああそうだ、そうだとも旭君。そのためにこれまで準備してきたんだ。必要とあらば上層部の老害共を引きずり降ろしてでも私は成し遂げてみせる。君はどうなんだい?」
「…………はぁ。分かり切ったことを聞くんじゃねえ、お前が動くってことは十分勝算が見えたんだろ? 俺は付き合ってやるよ。そもそも俺にも思うところしか無いからな」
どうやら栄薪さんと旭の関係はかなり深いようで、彼は即座に返答を送った。
オレはどうしようか……気持ちとしては協力したい。協力したいんだが、旭の言い方からするとおそらく億餧という組織の総意に楯突くことになる。オレにできるのだろうか。
「あの、ちょっと質問なんですけど。意思疎通の適わない凶暴な奇心体なんかはどうするんでしょうか……? 下手したら私たちが殺されかねないと思うんですけど…………」
「必要最小限の攻撃でもって鎮圧する、これに尽きるかな。無駄に痛めつけることはしないが、しかしそういった奇心体を抑えることは必要だからね。むしろ凶暴な対象からの被害を減らすことで、奇心体全体のイメージを改善することもできるだろうしね」
「なるほど……なら私からも文句はありませんかね。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。良い質問だったよ」
風見さんも協力することにしたようだ。
かなりあっさりと了承したからだろうか。栄薪さんは面白そうに目を細め、旭は軽く額を抑え、その後に栄薪さんを睨みつけるような反応を示した。
しかし、そうなると残りはオレだけになるわけで……他の3人からの注目が集まってくる。決して答えを急かされたりはしていないが、オレが話を止めているのは事実。さっさと結論を出すべきだろう。
そうは思うが、オレはどうにも答えを出すことができなかった。言うなれば決め手がないのだ。
たしかに栄薪さんの掲げている理想は正しいと思うし、今の億餧ではオレの立場はかなり危うい状態のままだ。きっと乗る方がいいだろう。けれど、オレにはそれ以上に探し求めたいモノがある。
自分は何なのか。
どうしてこんな変な状態になってしまったのか。
どうしてずっと怒りや疎外感を感じているのか。
妖力を使った時に聞こえた声は、それに夢で会ったオーエンとは何なのか。
はたして自分の過去に、孤児院に入るまでに何があったのか。
知りたい。オレが何を忘れているのか、それを思い出せずに死ぬことは絶対に許されない。そんな気がする。
栄薪さんの計画は、失敗はそのまま造反者として処理されることを指す。そうなれば自分の過去を探ることなんてできないだろう。
天野さんのおかげで自分に対する不安定感はマシになったけど、それでも────
「今ちょっと気になることができたんですけど、いいですか?」
「答えられる限りならば何でも」
「ありがとうございます……この前の京都のテロで天野さんはあの黒い靄に取り憑かれたんですよね? それなら、あの人の扱いはどうなるんですか?」
もしも天野さんもあの少年のような目に合うようなら。
「…………おおよそ君の想像している通りだろうね。もちろん、ウチで匿っている限りそんなことは絶対にさせないけども。しかし京都に────いや、他の支部に引き渡すことになればどうなるかは……」
ひどく嫌そうな顔をしながらも栄薪さんは教えてくれた。
それなら答えは決まり切っている。オレは天野さんに一度救われたんだから。
「なら協力させてください。努力は惜しまないんで、天野さんをお願いします」
「ああ、勿論だとも。それに、この計画が上手くいけば天野職員の安全も確保されるだろうしね」
そんなこんなで、オレは杏陽に入隊することになったのだった。
はい、察した方も多いでしょうが、参鶏さんはまともな人です。人間に危害を加える存在を見過ごすわけにはいかないけど、同時に流石にみんなやり過ぎだろって思ってる。けど、肆家では最も若いため発言力が無く、どうにもできずやきもきしてる。同時に栄薪からは付け入りやすい穴としてよく話を振られてるからストレスで胃がマッハ。
お労しや…………