願いと思考   作:RH−

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歪み、動き始める

 

「さて、早速で悪いんだけど……鬼一くん、君の妖力を見せてもらえないかな。今後の予定のためにもできることは把握しておきたいんだ」

 

 オレの返事の後、改めて各メンバーの自己紹介を終えた後の栄薪さんの言葉だった。オレ以外は何も言われていないのは、オレだけ元々の所属が九州じゃなかったからかな?

 ……あ、そういえば妖力といえば。

 

「あの、妖力についてちょっと気になることがあるんすけど、後で聞いてもいいですか?」

 

 あの時の感覚を思い出して手の平の辺りに妖力を纏わせつつ、軽く問いかけてみる。

 ……栄薪さんから返事がこない。どうしたんだろうかと顔を上げると、そこには支部長の席から立ってまで食い入るようにこちらを観察する姿が。何かに驚いたようにその目は大きく開かれている。

 

 付き合いの長いであろう旭も訝し気に眺めているあたり、彼のこの様はいつもとは違うようだ。

 

「ああ、なるほど…………そうだったのか、鬼壱。はは、これは……なんとも因果だな」

「え?」

「ああ、すまないね。なにやら質問があるようだけども、その前に一ついいかな。これまでに神職の方や陰陽師と関わったこと……というか教えを受けたことはあるかい?」

 

 急にどうしたんだろうか。とりあえず記憶を遡ったかぎりではなかったためそう伝えると、栄薪さんは何かに納得したような表情に変わった。

 

「えーっと……?」

「おっと、一人で納得して申し訳ない。いやね、君が今手に纏わせているのは妖力ではなく霊力なんだよ」

「霊……力?」

 

 突然出てきた新しい名前の力に首をかしげる。妖力と一体何が違うのだろうか。

 というかそもそも妖力って何……?

 

 宇宙猫のように背後に宇宙を展開していると、「その様子だとまず妖力の説明から始めたほうが良さそうだね」と栄薪さんが説明を始めてくれた。

 

「『妖力』とはなんなのか? 実はこの問いに正確に答えられる人間はいないんだよね。まあ、単純にまだまだ研究されている分野の話だからだけど……とにかく現在判明していることを挙げていくと────」

 

 

 1つ、奇心体の中でも妖怪に分類される対象のみが有している。つまり日本国内で発生した奇心体や大陸由来の奇心体の一部だけが振るえる力である。

 

 1つ、西洋の奇心体が使う力────すなわち魔力────とは似て非なるものであり、そして西洋のモノほど理論立っていない。これは魔力の方が優れているという話ではなく、妖力は直感的に行使する方が費用対効果が高くなるということらしい。

 

 1つ、これを消費することで妖術を使用することができる。また、高位の────つまり危険度が高く設定されている────妖怪ほど多くの妖力を保有しており、そしてより大規模で理解不能な妖術を使用できる。

 

 そして……余談ではあるが、新たに観測される奇心体の妖力は全体的に低下してきているが、逆にとんでもなく凶悪なレベルの対象が現れることも増えているんだとか。

 簡単に言うと、全体の平均レベルは年々落ちているが同時に最大値は高くなっているということらしい。

 

 

 ともかく、栄薪さんが説明してくれた妖力の説明はそんな感じだった。

 

「さて、これに対し霊力はどうなのかというと…………こっちは妖力よりも分かっていることが少ない。というのも現代まで残っている実例が少ない上、『霊力は人間という種が有する汎用的な力である』という説や『妖力同様、日本などの限られた地域の住民にのみ確認される力である』みたいなもの、『大陸のモノとは異なり日本固有の特殊な実例である』とする説なんかが行き交っているんだよね」

 

 強いて言えば……分かっているのは昔の陰陽師はその力を使って妖怪退治をしていたことぐらいだね、と栄薪さんは話を切り上げた。

 

「だから驚いたんだよ。君がその力を持っているなんて予想もしていなかったからね」

「……なんでそんな力がオレにあるんすかね。てかよくこれが霊力だって分かりましたね」

「あー…………霊力を使う知り合いも何人かいるんだよ、だからだね。まあ彼らも億餧に弾圧されているからまだ無事か分かんないんだけどね。最後に会ったのは中部のあの件だったから……9年前ぐらいかなぁ」

 

 陰陽師の知り合いがいるならその人に霊力について教わらせて貰えないかと思ったが、どうやらそれは難しいらしい。しかし、弾圧とはあまり穏やかな雰囲気ではなさそうだけど……なんで弾圧されてるんだろ。

 

「さて、随分話が逸れてしまったけども。たしか質問があったんだよね、どうしたんだい?」

「っと、そうでした。この霊力? を初めて使った時に声が聞こえたんです。誰かは分かんないんですけど、オレならできるって励ますような感じで。みんなこんな感じに声が聞こえるモンなのかなーって」

 

 

 オレの問いに栄薪さんはフム、と顎に手を当てて考える仕草をし、旭は「そういえばそんなこと言ってたな」と呟く。風見さんは……良く分からないな。何か考えてそうだけど、あの顔は今日の晩ご飯のこと考えてても不思議じゃない気がする。

 

 ただ、聞きたいことはこれだけじゃないんだよなぁ。

 

 

「それと実はまだありまして。……その日の夜に妙な夢を見たんですけど、その夢には妙な格好したオレみたいなやつが出てきたんすよね。これって普通なんですか?」

「……確認したいんだけど、その二つは同じ存在のように感じたかい?」

「いや、違うと思います。励ましてくれた方はオレに好意的な雰囲気でしたけど、夢に出た方はオレを嫌ってそうでしたから」

 

 

 そう、あの二人は確実に違う存在のはずだ。直感でしかないがそんな気がする。

 なんならあの子をオレと一緒にすんなカスがって言われてるような気が……いやなんだこの声。あ、消えた。これたぶんオーエンのやつだよな。言うだけ言って消えやがったよあの野郎。

 

「うーん。片方は君に憑いた鬼だと思うけど、もう片方は分かんないね」

「あ、やっぱり片方は鬼なんすね」

 

 オレから鬼の妖力が検出されたのは聞いていたからそうだとは思っていたけど……じゃあもう片方は本当に何なんだろう?

 

「申し訳ないけども、今はこれ以上は何とも言えないね。これから調査していくしかないかな」

「いえ、ありがとうございます」

 

 

 色々と詳しそうな栄薪さんにも分からないんじゃどうしようもなさそうだ。少なくとも今俺が持ってる知識じゃ結論は出せないだろう。

 他にもやることはたくさんできたし、これから忙しくなりそうだ。

 

「さて、今日はこの辺りでお開きとしようか。あまり一度に詰め込み過ぎても逆効果だろうしね。ひとまず私の目的と杏陽がどういった部隊なのかを理解しておいてもらえれば十分かな」

「あの……そういえば栄薪支部長の目的についてちょっと気になったことがあるんですけど。最後にいいでしょうか?」

 

 オレは特に気になることも残っておらず退出するつもりだったが、どうやら風見さんは何か気になることがあるらしい。

 

 

「どうしたんだい?」

「いえ、栄薪さんの目的を達成しようと思ったら京都本部の理事会の方は邪魔になるわけですよね? だったらこの前作成されてたっていう声明文を提出したらダメだったのかな、と」

 

 たしかにそうだな。あの時は話の規模が大きかったのと、前日のテロとか天野さんの容体とか霊力とかオーエンとか気になることが多すぎて殆ど話についていけなかったが、たしかそんなとんでもない物を栄薪さんは用意していたはず。

 

 となると、どうして使わなかったんだろう……?

 

「ああ、そのことかい。それはね、単にあの場で使っても私の目的は果たせなかったからさ」

「えっと?」

 

 

 何でもない事のように返答する栄薪さん。表情がピクリとも動いていない。

 

 ん? でも、声明文を使えばオレの査問会の時に理事会は解散させられたし、最大の障害を取り除けるはずで…………しかしあの場じゃ目的は達成できなかった? どういうことだ?

 

「実はあの声明文に同意を示していた統括支部の内、関東と東北はやや否定寄りの賛成、中部・四国も時期尚早として完全に乗り気とはいいがたい状態だったんだよねー。ヨーロッパ以外の海外支部に至っては面倒だから巻き込むなってスタンスだし。だから、言うなればアレはこれまでに売ってきた恩で無理矢理作っただけのハリボテだね」

「ええ…………?」

「そもそも私は意識改革を目指しているわけだから、無理にトップを挿げ替えるのはむしろ悪手になるんだよね。そういう訳でアレは実際に使うにはメリットの薄い札だったのさ」

 

 さらっと言ってるけど、つまりそれって査問会の時は虚仮脅しの札で自分たちの有利になるように立ち回ったってことだよな……。常に余裕のある雰囲気だったし全く分からなかった。

 

 

 これが、統括支部の長として組織全体を変えようと動いている人なのか。

 そう考えると今のどこか胡散臭く、それでいて親しみの持てる振る舞いも全て計算ずくなような気がしてきて、急に背筋に寒気が走ってくる。

 ちらっと聞こえた狐という呼び方も理解できそうだ。まるで底が見える気がしない、本当に凄いな。

 

 

 

 ちなみにここで鬼一青年は栄薪快という男を途轍もなく高く評価しているが、たまに何も考えずに『楽しそうだから』という理由で適当なことをし、そしてその処理を旭に任せて笑い転げたりしていることを知らない。まあ上層部に自身の目的をバレさせずに支部長の席にまで昇り詰め、その上多種多様な謀略を張り巡らすほどには頭は切れるし、実際にそうして起こす問題もあくまでも旭一人でどうにかできる程度に調整しているため優秀であることには違いないのだが。

 

 閑話休題。

 

 

「さて、質問はもう無いかな? それなら解散にしようか。でも帰宅するにはちょっと早いし……そうだ。ちょうどいいし、風見さん、鬼一君にここの案内をしてもらっていいかな。これから仲間になるんだし、コミュニケーションは取っておいた方がいいだろう?」

「一理ありますね。それじゃ行きましょうか、鬼一さん」

 

 そう言いながらも風見さんが動く気配はない。目線をこちらに向け、軽く微笑んだ状態のままだ。

 え、どういうこと……? 何が何だか分からず旭の方を見るも彼は目を閉じた状態で微動だにしないし、栄薪さんに至っては笑いをこらえているような表情で明後日の方を見ている。

 もしかして何かのいたずら……にしては脈絡が無さすぎるし、さっき風見さんは行きましょうって────あ、これってもしかしてオレ待ち!?

 

 

 ためしに席から立つと、風見さんも同じように立ち上がり「それじゃ、失礼しますね」と礼をしてから扉の方へ歩き始めた。今度はオレが動くのを待たずに行くのね…………軽く振り向いてオレが付いてきてるか確認はしてるみたいだけど。

 

 何と言うか、独特な人だな……。

 

 

******

 

 

 風見と鬼一の新人二人組が退出してからおおよそ1分ほど、部屋の周囲から人の気配が消えたことを確認すると俺は目を開き、改めて栄薪の方を睨み付ける。

 

 栄薪はまだ笑っていた。

 

「おい……おい、いつまでもツボってないで戻ってこい」

「ああ、ごめんごめん。あの鬼一君の呆けた顔を見たらね……それに風見さんも風見さんであのペースを維持するもんだからさ。で、わざわざ残ってどうしたんだい。何か私に用でも?」

 

 たしかに風見のペースに戸惑ってる鬼一は面白くはあったが。

 にしても……「わざわざ残って」とは白々しい、俺以外にだけ指示を出して引き払わせたくせに。

 

「なぜ風見をこの部隊に入れた?」

 

 さっきまでよりもさらに強めに睨みながら質問を放つ。嘘はもちろん誤魔化しやふざけた回答も許さない。納得できる説明が無ければ入隊を撤回させるために動くつもりだ。

 

 軽くしか聞かされていないが、調査結果は風見から妖力のような不可思議な要素は確認できなかったとなっていたはずだ。そしてこの杏陽という部隊は、悪く言ってしまえば俺のような人でない存在を集めた部隊と説明された。

 

 なぜそんな部隊に風見を引き込んだのか、きっちり話してもらおうか。

 

「おお怖い怖い、そんなに敵意を向けないでおくれよ。私は戦闘能力の欠片もない見ての通りの貧弱な存在なんだから」

「御託はいいんだ。さっさと話せ、時間の無駄になる」

 

 どうやら俺の様子からこれ以上引っ張るのは悪手だと判断したようで、栄薪は肩をすくめながらその口を開いた。

 

「君も知っているだろうけど、風見職員から異常なモノは何一つとして見受けられなかったし、何かに干渉された跡も無かった。だからこそ、杏陽に入れておく必要があると思ったのさ」

「……どういうことだ?」

「まず彼女を調査することになった原因は未来予知と思しき能力だ。そして冴霧君に聞いてみたところ、彼女は普段から異様に勘が鋭くなることがあったらしい。だというのに、調査結果は彼女がただの人間であることを示していた」

 

 

「さて、ここで考えられるのは3つだ。勘の良さも含めて全て偶然である可能性。未来予知能力を有しているがそれを引き起こす要因を我々が観測できていない可能性。そして────」

「相手を人間のまま異常性を付与させられる奇心体が存在する可能性、か?」

 

 

 栄薪は神妙な顔で俺の発言を首肯した。

 

「この際1つ目の希望的観測は切り捨てよう、考えるだけ無意味だ。さて、残りの2つのどちらかだったとして彼女の扱いがどうなるかと言えば……まあ貴重な検体(サンプル)として楽しい実験ライフが始まるだけだろうね。さて、ここで重要になるのが杏陽だ。さっきの説明では言わなかったんだけどね、この部隊は私に何かあったとしても存続できるように手を打ってあるんだ」

「それはつまり……」

九州統括支部(ウチ)で囲うよりも更に厳重に守ることができる」

 

 そこまで考えてあったのか……。説明に納得しつつある俺に、栄薪は更にたたみかける。

 

「そしてそれだけじゃ話は終わらない。例えば、目の前に剣を使ってる時の君と同じぐらいの身体能力を持った人がいたとしよう。もし『私は普通の人間です』と言われたとして、それをまともに受け止める人がいると思うかい?」

「…………いや」

 

 十中八九笑えない冗談として流すだろう。人によっては激昂するような職員もいるかもしれない。

 

「そう。人間は必然性を求める生き物だ。地震の原因をナマズが暴れた事に求めるほどに、ね。ウチならまだマシだろうけど、他支部の職員ならむしろ疑念を深めるのが目に見えている。それならいっそ『調査結果は間違いなく人間であるが、念のため特殊部隊に組み込まれたかわいそうな新人』にした方がいい。違うかい?」

「それは……そうだな。疑ってすまなかった」

「構わないさ。むしろ盲目的に信頼されるより、こうして疑念を正直にぶつけられる方が健全だしね」

 

 そう言って浮かべられた笑顔は、心なしか普段よりも柔らかい気がした。邪気の無いコイツの笑顔は珍しいな。

 

「さて、ちょっといい雰囲気になったところで次の議題に移ろうか! 旭君からは何かあるかい? 無ければ私から出させてもらうけど」

 

 

 コイツはこういう雰囲気のままでいたら死ぬ病にでもかかっているんだろうか。思えばいつもいつもそうだ。

 

 

「上司がすぐふざける所為で尻拭いに苦労させられている件について」

「却下で」

「上司が白スーツとかいう今時見かけないレベルの古臭くて気障ったらしい服しか着ない件について」

「古臭っ!? 却下却下、まじめにしないようならさっさと進めるよ。まったく……どうしてこんな子になってしまったんだか。育て方を間違えたかなぁ……?」

 

 普段はてめえがもっと巫山戯散らかしてんだろボケが、しばき倒すぞ。

 しかしまあここでムキになってもコイツと同レベルになるだけか。仕方ない、いくつか確認したいこともあるし真面目にやるか。

 

「……《夢魘の集積》の鎮圧前に他組織と思しき人間を複数発見したこと。つっても逃げられたけどな」

「ねぇ!? それってとんでもなく大事なことじゃないかなぁ!?」

 

 そらそうだろう。だからこうして対面で話せるタイミングまで待っていたんだから。

 

「詳細は?」

「白衣を黒くしたような服を着ている以外には統一性の欠片も無いような集団だった。研究者っぽい雰囲気があったが……あと、顔にはデザインのバラバラな仮面をつけていたな」

「フム、他には?」

「部分部分ではあるが会話を聞き取れたが……まぁ確実にロクでもない連中だな。奇心体だけじゃなく人間も実験体程度にしか見てなかったように思える。それと、もしかしたら《夢魘の集積》の発生に一枚噛んでるかもしれない」

 

 最後の一言で栄薪の醸し出す雰囲気が一変した。これは気が立っているときの感じだな。

 危険度4の奇心体を発生させられる何らかの技術を有し、さらに奇心体や人間をモルモット扱いする。この時点で栄薪の地雷を複数踏み抜いているわけだし当然とも言えるが。むしろこれで喜ぶような奴は精神性を疑う。

 

「念のために聞くけど、教会の連中ではないんだね?」

「アイツらが奇心体を信仰対象じゃなく面白い検体として扱うようになってない限り、な。痕跡は何も残ってなかったし、発見できたのも俺だけな以上、詳細は不明だな。ただ……あの感じからするとまた会うことにはなりそうだと思う」

「また厄介そうな組織が出てきたねぇ、鬱陶しい」

 

 まったくもってその通りだ。忌々しそうに呟かれた言葉に、首肯をもって全力で同意を示す。ようやく国内も落ち着いてきていたってのに。

 

 

「っと、そうだ。その鎮圧時に黒の剣が妙なことになってな。もしかしたら新しい権能が発現したかもしれん」

「…………どうしてそんなに重要な議題を二つも抱えておいて、最初にふざけたのかな?」

 

 笑顔のまま栄薪が詰めてくる。だが薄っすらと開いている目は全く笑っていないし、なぜか額から目元にかけてが陰になっているように見える。

 圧が……圧が凄まじい。

 

「悪かったよ、でもお前だって普段は他人をからかって遊んでんじゃねえか」

「…………それで、新しい権能ってのはどんなものなんだい?」

「見事にスルーしたな」

「…………それで、新しい権能ってのはどんなものなんだい?」

 

 表情を一切変えずに同じセリフを言い切りやがったよ。正しい選択肢を選ばないと先に進めませんってか? ちくしょうめ。

 

 

「…………それで、新しい権能ってのは」

「だああああっ!! 答えりゃいいんだろ答えりゃ、つっても良く解んねえんだよ。そもそもあの時俺が何を詠唱したのかも覚えてないからな」

「ヤバくない、それ。素人目にもかなりまずそうに聞こえるんだけど」

「だろうな、だからこうしてお前に聞いてんだよ。ヨーロッパ支部に数年勤めてたんだろ? 何か知らないのか?」

「生憎、知ってることは既に全部話した後だね。そもそも何から何まで未知だからねその奇心体」

 

 栄薪もハズレか。ここに置いてある文献を調べたりもしたが何も進展は無かったし……八方塞がりか?

 

「今度ヨーロッパ支部の子に聞いてみるよ。といってもあんまり期待はしない方が良さそうかな」

「まあそれでも助かる。頼んだ」

 

 今は少しでも情報が欲しいからな。とはいえこれで俺からの議題は出尽くしたか。

 

「もうそっちからは無い感じかな? それじゃ今度は私から。まずは……《預言板》についてにしようか」

 

 預言版? 今回のテロ絡みの何かが出てくるかと思いきや、予想だにしなかったものが出てきたことに少し戸惑う。

 確かにテロを予想したのはあの奇心体だが……また何か妙な内容でも書かれたのか?

 

「京都本部でのテロ、あの奇心体はその危険性を示す預言を下していた……んだと思ってたんだけどねぇ。なんでか知らないけど、アレに書かれた内容が一切変わっていないんだよね」

「っ!? それは…………」

 

 たしか預言版に書かれていた内容は────

 

 

『京の地にて変災有り 解き放たれし者の悲願の復讐により再び妖蔓延る魔境が誕生し、斯くして戦端は開かれる』

 

 

 ということは、だ。

 

「おそらく事態はまだ収束していない。それどころか、まだ何も始まってすらいないのかもしれないね」

「そしてここに来て俺の見かけた黒衣の集団か」

「そう。だから何かしら関連があると睨むのが正しそうだと私は思う」

 

 同感だな。というかここまできな臭い状態で現れた怪しい集団だ、関わっていない方が無理のある話だろう。

 

「このことは本部のジジイたちには?」

「まだ伝えてない。そもそも、まだ正直どう扱うか悩んでる段階だね。そのまま伝えても信じるとは思えないし……かといって策に使うには規模が大きすぎる。参鶏君あたりなら耳を貸してくれそうだとは思うけど、彼だと発言力が不足してるし」

 

 事が事だけにかなり慎重になっているようだ。まあ、あくまでもコイツがしたいのは意識改革であって億餧という組織をぶっ壊したいわけじゃないからな。

 京都本部が陥落すれば組織全体が致命的なダメージを受けることになるし、そうなれば日本全国にまで影響を及ぼしかねない。

 

 かなり面倒だぞ、これは。

 

「そして問題はそれだけじゃないんだよねえ。これは本部の管理部門の知り合いに聞いた話だけどね、どうにも今回のテロの間に何者かが警備システムへとハッキングを仕掛けた可能性があるらしいんだ」

 

 

 ……無言で続きを促す。

 敵対組織から恨みを買うことも珍しくない億餧では、ハッキングやクラッキングを仕掛けられるのはよくあることだ。少なくともこの場で議題としてあげられるような内容ではない。だというのに語られたということは、何かしらまだあるのだろう。

 

「ところが、どれだけログを洗っても何の痕跡も出てこない。爆発が起こされた直後辺りに何者かが内部データに干渉しようとしていることを検知し、警報まで鳴ったというのに。データのコピーも改ざんも、それどころか干渉されかけたことすら一切の形跡が無い」

「まさかっ……!」

「そう、私たちは非常によく似た事案を知っている。それも複数個」

 

 1年ほど前から確認され始めた、億餧と関係のある企業の機密データ────つまるところ、億餧から提供された新技術だ────が競合他社にリークされるという妙な事件。

 その全てで、各企業のセキュリティシステムは何かから干渉を受けたと報告していた。だというのにサーバーにハッキングを受けた痕跡は一切無く、システムログを見ても原因は不明。誤作動を起こしたとしか思えないが、しかし機密情報は抜き取られている。

 

 

 これまでは凄腕のハッカーの可能性などもあったが、しかし今回の一件でその線は消え去った。理事会は自分たちの恥だとして最高機密情報に設定しているのだが、京都本部は実はとある奇心体によって護られているのだ。

 

 その奇心体は殺生石の欠片。

 遥か昔に退治された九尾の狐がその姿を変えて生み出したとされる呪いの石、その欠片の一つである。危険度を付ければ4どころか5にも届きかねない超級の呪物であるが、その性質を京都本部へ危害を加えようとする存在にのみ向けるように縛ることで防御網を築いているのだ。

 

 ただのハッカーがこの奇心体による呪いを無効化できるわけがない。これまでの異様な手口も踏まえると、他組織……あるいは敵対的な奇心体による犯行であると考えるべきだろう。

 

「確実に“何か”が起こり始めている。それも、一つだけじゃなくいくつも。備えておかなければならないだろうね」

 

 風見ではないが、どうにも嫌な予感がしてくる。何か一つでもしくじれば、その瞬間に世界ごと終わりかねないような。そして何かを見落としているような。

 弱気になりそうな感情を頭を振ることで追い出し、旭はこれからどうするべきかについて思考を回す。

 

 胸騒ぎは、消えてくれなかった。

 

 

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