カチ、コチと過ぎ去った時の刻まれる音が響く部屋の中で。
「あはは、お姉さんカチコチになってる」
天野百笑は
事態は至ってシンプル。
c1cad4の意識が戻ったため彼の調査に栄薪支部長から呼び出された、というだけである。では、要請者である栄薪とは何度か話をしているというのに彼女がこうも緊張しているのはなぜかと言えば……。
────え、待って何この部屋。信じらんないくらい厳重なんだけど。もしかしてコレが噂に聞いてた危険度4のための収容室なの?
彼女の内心を読めばおおよそ察して頂けるかと思う。
なにせ室内には天井の四隅に監視カメラが。
地面の四隅には奇心体の力を抑える小型装置────詳しい原理については天野は知らない────が。
さらに中央の机の下には現実改変を妨害するという装置────これまた詳しい原理を天野は知らない。現場人である彼女にとって最も重要なのは“使える”道具であるか否かという点だったのだ────が設置されているのだから。
京都にいた頃…………といっても体感では一週間も経っていないのだが。
ともかく、その頃に見ることのあった危険度3用の収容室よりも遥かに厳重なその部屋で待つように言われたことで、借りてこられた猫のようになっているのが天野百笑の現在である。
では、そんな彼女を面白おかしく揶揄っているc1cad4はどうなのかと言えば…………彼は彼で多動症もかくやと言わんばかりに両手を忙しなくさせていた。
目覚めた直後の諦観やら焦りやらは善性の塊のような天野との会話でかなりマシになっていたが、彼にとっては現在進行形で銃口を突き付けられているような状況に変わりはない。ましてや、この部屋に入ってから僅かな息苦しさを感じるようになっているのだ。
こうなるのも無理のない話であろう。
なお、揶揄われている天野はその様子に気付いているが、流石にそれを指摘するのは大人げないと黙ってあげていたりする。まだまだ快調とは言えない精神状態であるのにそういった気遣いを自然とできる辺り、やはり彼女は────内心でどれだけ自己嫌悪をしていようと────善性の塊と呼べる人物である。
閑話休題。
さて。そんな天野女史であるが、緊張の中でも冷静な思考力は陰っていないようで、今得られる情報から色々と脳内で仮説を立てていた。
まず第一に、厳重に作られたこの部屋の様子からc1cad4が相当な力か厄介な特殊性を持っていると目されていること。
次に今朝から今までの会話で、この少年は億餧を脅威として知っており、自身の死に極端に怯えていること。
また、隣での様子を見るにこの少年はかなり追い込まれた状況に陥っているであろうこと。
総合すると、最初の仮説で可能性が高いのは後者────つまり、この少年は『一部の人間にしか観測・干渉できない』以上の厄介な特殊性を持っているという説。
もちろん、単純に消耗しているために擬態している可能性も残っているが。
そこまで思考を纏めたあたりで、正面の扉が開かれる。
「やぁやぁ、遅れてしまって申し訳ない。朝の会議が思ったより長引いてしまってね」
そこから入ってきたのは、天野がこの九州統括支部の第肆等級収容室にいるほとんどの理由の原因である人物。
すなわち、栄薪快その人であった。
「なっ!?」
たしかに要請自体は栄薪からのものであったが、てっきり調査には別の人材が当てられて自分は通訳役になるのだろうと思っていた彼女は、思わず立ち上がりながら驚きに声を上げる。
「ふむふむ、良かった。どうやら私は『視える』側だったようだね」
が、そんな反応はどこ吹く風と入室し席に着く栄薪。護衛役か他にも二人の職員(片方は風見であった)が入室するも、彼女の驚愕は薄れない。
────いやいやいや、おかしいでしょこの人。なんで統括支部長なのに奇心体の目の前に出て来てんの!? 組織のトップがやることじゃないよね!?
彼女の内心としてはおおよそこんな所だろうか。
「ん? どうしたんだい、天野くん。掛けたまえよ」
「いや、どうしたもこうしたも頭おかしいのかなって思ってました。…………あっ」
「おや、随分辛辣な評価を受け取ってしまったよ。とはいえこれは私なりの誠意のようなものでもあるのでね」
思わずといった具合の天野の言葉にそう答えると、栄薪はc1cad4へと視線を向ける。
「さて、それじゃあまずは自己紹介といこうか。私は栄薪快。ここ、九州統括支部を預かっている者だ」
「……c1cad4だ」
半密室の中でにこやかに語りかける大人と、露骨に警戒心を覗かせながら答える子ども。パッと見通報不可避で最悪な光景である。
本来は子どもの側は通報を受ける側であるし、大人の側はその通報を受けて行動する側のはずなのだが……一体どうしてこうなったのか。
まあそんな毒にも薬にもならぬジョークは捨ておくとして。
普段通りの胡散臭い狐のような雰囲気の栄薪であるが、実はこの尋問にはかなり真面目に取り組んでいたりする。
昨日の《腕の会》支社への威力偵察で事態がさらに悪い方向へと変わったというのもあるし、この奇心体が保有する能力についてもかなり興味があるからだ。
対するc1cad4にとっても、コレは無視のできないチャンスである。
なにせ今の彼は囚われの身もいい所、生殺与奪の権を握られた状態なのだ。もし今彼が電脳世界に潜れれば、すぐにでも腹を切ってお詫びするコラで有名な人からお叱りの毒電波を受信するだろう。*1
が、彼には栄薪の裏事情など知る由もないこと。なぜ支部長が目の前に居るのかが理解できないし、これからどう振る舞うのが正解なのかも分からない。
そんな気まずい沈黙が生まれるかと思われたその時。
「面倒な腹の探り合いは止めてサクサク行こうか。嘘は無しで一つずつ気になることを質問し合おう。先、どうぞ?」
栄薪が仕掛けた。
盤面をかき乱して主導権を掻っ攫うことに定評がある彼は、いつも通りに自分のペースを貫いたのだ。
対するc1cad4も、先手を譲られたのなら最大限に活用すべきと一つ目の質問を考える。そして、結局彼は一番の気がかりを真っ先に排除することを選んだようだ。
「なら、お言葉に甘えて。億餧って組織の役割は知ってる。その上で聞く、僕は消されるの?」
「まだ何とも言えない。私の策が上手くいけば君の身の安全は確約できるが……失敗すればその保証はできない。ただし、私はそのために最大限努力することをここに宣言しておくよ」
「……なるほど」
先の「私なりの誠意」という発言を踏まえると、この胡散臭い人物は多少は信用できるかもしれない。とんでもなく胡散臭いが。
そう考えるc1cad4に、今度は栄薪から質問が飛ぶ。
「では次は私から。君固有の能力は『電脳空間を用いる何らかの力』であるというのが私の仮説なんだが……それは当たっているかい?」
「中らずと雖も遠からず、って所だね。正確には『電脳世界を渡る』って感じかな」
「ほうほう」
若干得意げな少年の言葉に目を輝かせる白髪の偉丈夫。
というのも、実はc1cad4のような『そもそもの前提に科学技術がある奇心体』というのは前例のない存在なのである。
「科学? 何それおいしいの?」が基本スタンスな奇心体からここまで現代文明に適応した存在が現れたのだから、億餧に長く所属している者はどうしてもこういう反応になってしまうのだ。
「じゃあ次。そっちって僕についてどれくらいの情報を持ってるの?」
「数年前から億餧のフロント企業から情報を抜き取っていること、全国各地に拠点を作っていること、要注意団体《腕の会》に追われていること────それに、少し前に京都本部に侵入したこと。こんな所かな」
「へ、へー。頑張ってるじゃん」
「まあこれは私が色々と調べたからであって、他の支部じゃ話は違うと思うがね」
宣言通り嘘は吐いていないが、代わりにブラフを混ぜながらの栄薪の言。対するc1cad4は、まんまと乗せられてボロを出している。
とはいえ相手は海千山千の傑物であるため、声の調子から目線まですべてが調整されているのだ。そこからブラフを読み解けというのも無理な話であろう。
「なら次はさっき話に出した腕の会について。ぶっちゃけどういう関係なんだい?」
「どういうって言われてもなぁ……僕の視点からじゃ急に追いかけられたとしか」
「何かこれまでに恨みを買うようなことはないのかい?」
「記憶してる限りでは。ただ、連中、なんかの儀式の素材に僕の右腕を求めてたっぽい」
「なるほどなるほど」
その後も数回の質問が飛び交い。
「それじゃ、最後の質問。一体どうやって僕の身の安全を確保するつもり?」
「つい最近の事だが……私は《杏陽》という部隊を設立してね。簡単に言うと、奇心体のような不可思議な力を持つ職員を集めた特殊部隊さ。そこに君を引き込む」
「…………僕は人間じゃなくて奇心体だけど」
「問題ない、というより問題なくさせる。君の力は放置するには危険すぎるが、同時に活用さえできれば途轍もない恩恵をもたらす物だ。その点を強調すれば多少の無茶は通せるだろう」
その言葉を聞き、脳裏で様々な思考を巡らせるc1cad4。
そんな彼に対し、糸目の偉丈夫は妖しく問いかける。
「────さて、それでは私からも最後の質問としよう。c1cad4君、私に付いてくるつもりはないかね?」
「…………分かった。もともとそれ以外の選択肢は無いんだ、乗らせてもらうさ。頼んだよ、リーダー?」
「交渉成立だね。これからよろしく頼むよ」
果たしてこの決断は、破滅の災禍へと至るか、はたまた彼の行く末に光を齎すか。
今はまだ、分かりそうにない。
******
『昨日祭壇場から回収できた組織片について、僕の方でも色々と調べたんだ。分かったこととしては、アレは複数の奇心体が混ぜ合わせられたモノだという事だね』
昨日に引き続き恒例となりつつある朝の報告会にて便利屋の語った言葉を思い出しながら、旭は今日の昼飯を選んでいた。九州統括支部の敷地内に設営されているコンビニでのことである。
なお、傍目からはカツ丼片手に難しい面をしているだけなので「旭さんって美食家なのかな?」「ダイエット中なの?」といった感想を店内の同僚からは抱かれていたそうな。
それが転じて数日後に少しお高めの野菜ジュースを差し入れされたりもしたのだが……これはまあ余談であろう。
とにかく、ここでの主題は今日は最初からミーティングに出席していた便利屋からの報告である。
注連縄の奥の祭壇に付着していたナニカの組織片の分析を「好奇心がソソられる」とか宣わって勝手に引き受けた、便利屋からの報告である。
彼曰く複数の奇心体の因子が混ざった組織片であるが、その内容が問題であったのだ。
つまり、それは何かの悪魔らしきモノが基礎になっているらしく、そこに河童や鬼、更には神……それも日本ではなく海外の神の因子が溶けあっている、と明らかに危険な要素の目白押しだったのである。
そこまでを改めて整理し、俺は頭を抑えた。
思い出すだけでも頭が痛くなる話だ。
前提として、種族として名の通っている奇心体は危険度と収容難易度の最低値が高く、逆に有用度と研究難易度の最大値は低くなる傾向がある。
特に顕著なのは危険度だろう。種族だけで対象が伝わるという事は、数が多くて平均的な力も大きいことを指すからだ。
国内の代表的な例で言えば、鬼、天狗、妖狐に龍といったところか。海外まで含めればヴァンパイアやフェアリー、鳳凰、グリム・リーパーなどもあるが……まあ総じてヤバい連中しかいない。
ちなみに今回出てきた河童の危険度は最低2、鬼と悪魔は3以上が確定している。神に関しては前例が基本無いというのもあって不明だが、まあ低いってことはないだろう。
というわけでだ。もし便利屋の解析が事実ならば、今追っている奇心体は都市一つ程度なら簡単に消し飛ばせるポテンシャルを秘めていることになる。すなわち、危険度4の案件だということに他ならない。
…………いくら何でも最近多すぎないか?
本格的に興味を出した便利屋はさらに調査を進めており、栄薪も栄薪で動いているらしいが……アイツらが揃って動いた時にマトモな展開は迎えられないというのは確定している。今から気が重くなってくる話だ。
そういえば組織片とはまた別の切り口になるかと思われた例の異形であるが、俺たちの反撃で全個体が倒されると即座に塵になって消え去った。わざわざ検体用に傷を少なくして斬ったというのに。
完全な無駄手間だったというわけだ。クソが。
「────あ」
「ん?」
なんて考えていたところで、隣から間の抜けたような声が聞こえた。
何となく聞き覚えのあるような気がした俺が顔を上げた先には、どことなく気まずげな天野がサンドイッチ片手に立っていたのだった。
******
睨め付けていたのを戻す気にもならず結局買ったカツ丼を頬張りながら、旭はどうしたものかと頭を悩ませていた。
ちなみに隣には卵サンドをチビチビと齧る天野が座っている。
ミーティングの後に栄薪に非番を言い渡された旭と、インタビュー後にc1cad4の案内をするとのことで同じく栄薪に暇を出された天野の奇しくも境遇が似通った二人。
コンビニ近くのベンチでの話であった。
ぽかぽかという擬音が似合いそうな柔らかい陽光が差し込む中で、黙々と昼ご飯を食べる男女。文字に起こすと喧嘩中のカップルみたいな状態だが、両者ともに口を開かないのだから仕方がない話だ。
…………はたしてこれは、仕方がないで納得してしまって本当にいいのだろうか? そんな疑問は捨ておくものとする。
「えっと、まずは。あの時助けてくれてありがとう。それとお礼が遅れて、ごめんなさい」
「ん、ああ。別に構わん」
が、そんな沈黙も長くは続かなかったようで。
天野が切り出したことで会話は広がっていった。
「そもそもそっちにも色々あったんだろ。それを無視するほど俺は狭量じゃない」
「それはまあ、そうだけど。……でも、言うべきではあるでしょ?」
「それを言われると何も言えんな。分かった、素直に受け取っておくことにするよ」
「そうしてくれると私も助かる」
僅かにはにかむ天野。
ようやく和らぎ始めた場の空気は、少しずつ麗らかな昼下がりにふさわしいものに変化していく。けれども、次はハムサンドを口に入れる彼女の顔からは暗い色が拭いきれず、その視線も相変わらず正面に固定されたまま。
「…………何も、聞かないの?」
そうしてポツリと、彼女の内心が零れ出た。
果たしてそれは何を指しての問いなのか。
まだ九州支部にいる理由か、これまで避けていた理由か、はたまたここまで落ち込んでいる理由か。どれでもないのかもしれないし、全てであるのかもしれない。
無意識に口にした疑問の対象は、彼女自身にも定かでなかった。
「さっきも言ったろ。そっちにも
しかし、それに返ってきたのは随分とシンプルな答えであった。
「俺は人に気を使ったりするのは得意じゃないから、お前が何に悩んでいるのかは全く分からない。ただ、沈み込んでるやつをわざわざ追い込むような事をするつもりはない。それが、俺相手にも普通の態度をしてくれるようなやつなら猶更だ」
「そっか……」
「天野がどう思ってるのか分からんが、そういうやつは滅多にいないんだぞ? 疑念に嫌悪、憐れみ、恐怖…………大抵こういう感情が先行して態度に表れる。だからまあ、俺にとっちゃ天野は『良い人』だし、助けてやりたいって思えるやつなんだ」
「…………」
珍しく内心をはっきりと表した旭の言葉であるが、それを受ける天野は返事もできずに考え込むばかり。
それもそのはず、旭の言葉────彼女を『良い人』と評するそれは、今の天野にとってクリティカルに刺さる言葉なのだ。あるいは、今回の場合はクリティカルではなく“
そもそも、今の天野は風見紀月という変人のおかげで過度な自己否定こそしなくなったが、それでも自分を再確認した際に抱いた“自己への疑念”は薄れていない。むしろきっかけ一つで容易く再燃するほどだ。
そんな状態で彼女のことを良い人だなどと言えばどうなるか。結果は見るからに沈み込んだ天野の様子を見てもらえばお分かりいただけるだろう。
そんな彼女を横目に確認した旭は、やはり自分は他人との対話が苦手だと考えながらかけるべき言葉を模索する。
流石にこのまま立ち去るのは後味が悪すぎるし、さっきも言った通り彼は天野ならば力になってやりたいと思っているのだから。
とはいえ自覚している通り彼のコミュニケーション能力はそう高くない。むしろ低いと言ってしまっていい程である。つまり、妙案どころか良案も浮かんでこなかったのだ。
(だぁあ、分からん! こういうのは専門外な俺じゃなくて冴霧に回すべき案件だろ。もしくは栄薪。アイツらならともかく俺に的確なアドバイスなんざ無理だぞ!?)
しかしこの沈黙を続けるわけにもいかず。
「あー、俺がこれから話す内容は経験談なんだが…………たぶん的外れなもんだ。から、聞くに堪えないってなったら素直に言ってくれ」
結局、彼が選択したのは自分の体験談だったようだ。
「俺は昔、何にも信じられなくなってた時期があったんだ。他人だけじゃなくて自分もな。九州に来るちょっと前だからもう15、6年前ぐらいか。…………ま、今解決できてるかって言われたら微妙なんだが」
「……」
「あの頃は正式に職員になる前だったのもあって誰も彼も俺を異物として扱ってきてたし、俺も自分が何なのか分からないってことでな。まー荒れてたんだわ」
語る内容は陰鬱なものであるのに、どこか過去を懐かしむように彼は語る。
「んでそん時にあるアホに言われたんだがな。人間ってのは信じたいモノしか信じられないんだと。同時に、『そうだ』と信じている限りそいつの世界では『ソレ』が真実になるんだとよ」
かつて、「ごきげんよう、今日から君の父になる者だ。つまり、『お前も家族だ』ってことだね」と言い放ち、キレ散らかした自分に顔面パンチを決めた男。
初対面のトンチキさとその縁が今でも続いていることに少し笑いそうになりながらも、彼の言葉を思い出す。
────何を当然の事を、と思うかい? ところがどっこい、これがそう単純な話でも無くてね。分かりやすい例を挙げるなら……そうだね、人の内心なんかがいいかな。
「人の、内心?」
「ああ、そうだ」
────人の内心っていうのは、時に誰にも証明できないことがある。他人は言わずもがな、自分でさえそう思い込んでいるだけでした、ってパターンがあるのさ。「自分はまだ大丈夫」って思ってたけど実は既に限界を迎えてましたー、みたいなね。そういうのは得てして物理的な限界に至るまで自覚できない事が多いんだけど、それは何故だと思う?
「……」
「そんで、アイツはこう答えたんだ」
────それは当人が『そう』だと思い込んでるからさ。だから、外部からのきっかけが無ければその人物の世界ではそれが真実になる。真実のままになる。地震はナマズが踊ったせいになるし、病害は神様のせいになる。なにせ他ならない自分が『そう』だと信じてるんだからね。とまあこれは悪いパターンの例だけど、思い込みっていうのは逆にプラスに働くこともある。例えば新しいことに挑戦するきっかけになったり、自分の精神を安定させることに役立ったり。
「…………っ」
不意に心当たりのあることを言われ、天野はギクリと体を強張らせた。けれども、話はまだ終わらないようだ。
────大抵の物事はバランスが取れている。まさに一長一短だね。…………とまあ長々と語ったけども。結局私が強調したいのは、『信じること』っていうのは中々馬鹿にならない力を持つっていう事さ。世界を変えるほどの、ね。
────その上で言おう。私は君を旭継恫という一個の存在だと信じよう、と。“人類の仇たる化け物”でも“ただの人間”でもなく、旭継恫という一個の存在であると。
「だから、俺は天野が優しいやつだって信じるよ。それが俺の世界での真実だ」
『
「────ッ!!」
二つの声が重なったように聞こえ、弾かれたように顔を上げる天野。
その視線の先には、優しさの籠った黒の瞳が。
「ま、まあ、色々とクサい事も言ったが。伝えたかったのは俺は天野のことを良いやつだって思ってるし、力を貸してやりたいとも思ってるってことだ」
見つめ合うこと数秒、先に耐えきれなくなったのは純情少年であった。
…………はたして彼は少年という歳なのであろうか? そんな疑問は捨ておくものとする。
それだけ告げると、恥ずかしさの限界に達した濡羽の青年は足早に立ち去って行く。
あとに残されたのは、呆然としたままツナサンドを持つ天野だけであった。
「…………旭くんって、思ったより熱血なんだ」