願いと思考   作:RH−

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先人の教え

 

「さて、さて。僕の都合で悪いけども、しばらく討究に忙しくなりそうなのでね。効率的にいこうじゃないか」

 

 毎朝恒例の栄薪さんと《杏陽》でのブリーフィングの後、一昨日と同じ訓練室に移動しながら便利屋はオレにそう言った。

 

「効率的ってーと……昨日と同じように霊力を回せばいい感じっすか?」

「いや、そうではなくてね。うーん、何から話せばいいかな……」

 

 てっきり昨日みたいに移動時間がもったいないから今から訓練を始めるのかと思ったのだが、どうやらそうではなかったらしい。しかし、なら何をやればいいんだろうか。

 そんなオレの疑問を他所にひいふうみいと何かを指折り数えていた便利屋は、ややあって考えを纏めたらしくオレを先導しながら語り始めた。

 

「まぁまずはこれを伝えておくべきか。鬼一くん、君の使ってる霊力だけどね……なんか変質してるっぽいんだよね」

「変質……?」

「性質が変わるって意味のあれね。君のは純度が高まるって感じの変化だけど、他のナニカが混ざったようにも見える妙な変化だった」

「はぁ」

 

 急にそんな事を言われても。

 そもそもオレがこの世界に足を踏み入れたのも最近だっていうのに、急展開すぎないか?

 

「ちゃんとした理解は後でいいよ。今はとにかく君の霊力が変質しているってところを押さえておけば十分だ」

 

 そういうことらしい。……ところで、またオレの内心読まれてない? 

 

「どうでもいい事は気にしない気にしなーい。よし、それじゃ次の話。そもそも霊力って────いや、霊力だけじゃなく妖力も神力も魔力もそうなんだけど。これらの源ってなんだと思う?」

「霊力の源、ですか?」

「そそ。核とか淵源って言ってもいいかもね」

 

 …………。

 言われてみれば、この力は一体どこから来ているのだろう。随分と自然に操れたから全く意識していなかったが、考えてみればこれは物理法則に真っ向から反している力だ。その分何かを消費しているのだろうか。

 

 そう思い体内で霊力を練りながらその根源を探ってみると────

 

 

「っ!?」

「おや、やはり視えたようだね」

 

 何だ、今のは!? たしかに何かが奥に存在していた。おそらくだが、そこから流れ込んだモノが霊力に変換されているんだ。

 だが、その何かが分からない。オレに繋がっているはずなのに、眼で捉えられないのだ。それこそ、物理的な束縛の外側のような。オレが今生きている場所とは位相が違うような────

 

「そう、その通りだ。霊力も魔力も、妖力や神力でさえその根源は同じ場所から来ている。振るう存在と周囲の環境によって出力先が変化しているだけなんだ」

「なる、ほど……」

「さて、それじゃもう一回聞こう。この根源は一体なんだと思う? 君はどう感じる?」

 

 便利屋の問いかけに従って再度流入源へと意識を集中させる。

 細い糸を手繰るように、蜘蛛の糸を昇るように。

 

「これは……生命力? いや、それよりもっと純粋な────『存在の核』?」

 

 

 不思議と流れるように零れた言葉に、便利屋がヒュウと口笛を吹く。

 

「僕と同じか、やっぱり君は感知能力が高いね。それじゃ、改めてお話といこうか」

 

 そう言うと、ここから話す内容には僕の仮説が多く含まれるんだけどね、と便利屋は切り出した。

 

「まず前提として。僕や君の使う力は、普段生きている物理的な世界の法則────とどのつまりは科学だね。そこと相反する性質を持ち、そして全く別の理が適用されている。だから着火剤が無くとも火は熾るし、異形の化物だって生み出される。ここまではいいかな?」

「そこまでならまぁ、理解できてます」

「さてじゃあなんで科学と相反するのかっていう事だけど、それはそもそもの淵源が科学とは違う場所にあるからだ。君も視たようにね」

 

 やっぱり物を教えるときは学者みたいになるんだな、この人。

 もともと知識量に関してはとんでもなく多いんだろうけど、普段がはっちゃけてるせいでギャップが凄いんだよな。

 

「……ちゃんと聞いてる?」

「始まりからして科学から外れてるんだから、そこから起こる事柄も科学的じゃない結果になるよねってことですよね?」

「…………ちゃんと聞いてる方がタチ悪いかったな」

 

 オレの心をいつまでも読んでくるアンタにだけは言われたくないっすよ。

 

「まあその認識で間違いないよ。んじゃあその次に段階ってことで、その根源について考えよう。僕はその源はあらゆる存在の本質が宿る場所だと予想しているんだけどね。理由に関しては何となく分かってもらえるんじゃないかな?」

 

『存在の核』。

 自分の口にした言葉を思い出し、なるほどと思う。確かにアレはこれまで感じたことのないほど純粋だった。

 

「僕はその場所を『魂の位相』、もしくはプラトン哲学から借りて『イデア領域』と呼称している。早い話、今こうして立っている世界とあの場所とを別のモノとして区別したのさ」

「えっと、イデアってなんすか?」

「おや、イデア論は知らないかい? かなり雑に言ってしまえば、あらゆる物体には本質となるイデアが存在しており、僕たちが普段目にしているのはそのイデア界から降ろされた像であるとする論だね。僕の思う『魂の位相』とは概念的に若干の差異はあるけど、丁度いいから名前を借りて呼んでるんだ」

 

 ま、重要なのは物理世界と魂の位相をレイヤーで分離したって所だよ、と言う便利屋に生返事をしながら考える。

 しかし……あの領域が純粋であることは同意できるが、はたしてあれはイデアと呼ぶべきモノなのだろうか。存在の本質というよりも、むしろその本質から出てきた希望というか願いというか…………とにかく、少し違う気がしてくる。

 

 ううむ…………。

 

「さて。なんで僕がこんな話をしたのかっていうと、次の霊力と妖力の違いの話に繋げるためなんだ」

「霊力と妖力の違い」

「そそ」

 

 便利屋の話は次の段階に移ってしまったし、一旦さっきの悩みは置いておくべきか。

 しかし霊力と妖力の違いか……。さっきは振るう存在と周囲の環境で変化するって言ってたけど、多分求められてるのはそういう事じゃないんだろう。

 

 …………そういえば。思い返してみると、これまで見てきた奇心体の力はオレの霊力に比べて刺々しかった気がする。

 その差異はどこにあるんだ? 本質が攻撃的か否か? 敵意の有無? ……いや、しっくりこないな。それよりか、むしろ────

 

「純度の違い、とか?」

「……ッ! 続けて」

「いや、なんというか。オレが見てきた妖力ってどれも刺々しいっていうか、剥き出しみたいな気がしたんで。そこの違いかなって」

「素晴らしいね」

 

 わざわざ振り返ってまでしてそう言う便利屋。纏う気配もどこか喜びの色を帯びているように感じる。

 

「奇心体っていうのは本来あり得ない存在だ。言うなれば、存在を持った非存在とでも表現しようか。それ故どうしても『魂の位相』に近くなってしまう、というのが僕の仮説だ。それに対し、人間の振るう霊力や魔力はどうしても肉体によって拘束されたものになる。なぜなら意識的に練り上げ、それを体内に留めるというプロセスを必要とするからだ」

 

 便利屋は決壊したダムのような勢いで語り始めた。

 さっきまでより早口だし心なしか歩くペースも上がっているから、その話は聞き取りづらくなっている。が、斜め前の“へのへのもへじ”は気が昂っているようで、そんなオレに見向きもせずに続きを語った。

 

「そのため霊力には妖力と違って肉体的な要素……まあ端的に言えば生命力が混ざることになる。つまり、妖力と霊力の差異とは行使する者が妖か人かの違いに起因する純度の差にあるわけだ。ただそれだけかと落胆したかい?」

「いえ、別に────」

「そう! その通りだ! この違いっていうのは大きな意味を持つ。最終的な出力の差が分かりやすいが、他にも妖力はより物理法則に縛られない事象を起こせる点であったり霊力は他者治療にも転用できる点であったりと、様々な側面でこの差異は働いている」

 

 やべえ、止まんねえぞこの人。まじでマシンガンみたいじゃねえか。

 絶対誰かコイツに「止まるんじゃねぇぞ……」って言ったろ。今からでもヒットマンに転職して襲撃かけてやるぞ。

 

「さて、ここで最初の話に戻ろうか。鬼一くん、君の霊力は()()()()()()()()()んだ。間違いなく生命力の混じった霊力であるはずなのに、妖力並みにまで純度が跳ね上がっていたんだ」

「それは……?」

「僕の仮説としては、あの祭壇場にあった組織片の《鬼の妖力》に共鳴した君の中の鬼が何かをしたんじゃないかって思うんだが…………結局のところそれだけじゃあ霊力の純度が上がった説明はできない。何か心当たりはないかい? きっとあるはずだ。君だけの特異性がどこかにあるはずなんだ。早く教えてくれたまえ」

「ちょちょ、ちょっと落ち着いてください! んな畳みかけられても困りますって!」

「……ああ、申し訳ない。少し平静さを失っていたようだ」

 

 …………少し?

 

「いや、うん。ごめんなさい」

「次からは気をつけてくださいね? ……んで、心当たりっすか」

 

 オレの無言の圧にしゅんとした便利屋へジト目を向けながら、心当たりを探してみる。オレだけの特異性ねぇ。

 と、そこで思い当たる節があることに気付く。

 

「そういえばなんすけど。初めて霊力を使った日の夜に、妙な夢を見ましたね」

「ほうほう、夢とな。詳しく聞いても?」

「そんなに話す内容は無いんすけど……喪服を着崩して変な仮面をつけたオレみたいなヤツと話す夢でした。たしかオーエンって名乗ってましたね」

「なるほどなるほど。知っているかい? 夢っていうのは旧くから此岸とは異なる何処かへと繋がる場所だと考えられているんだ」

「それ、オーエンにも同じようなこと言われました」

 

 得意げに「だから、きっと何か意味があるはずだ」と語る便利屋にそう言うと、途端に彼は肩を落として顔を背けた。どうやらオレが既に知っていることを語ったのが恥ずかしかったらしい。

 

「勝手に人の内心読まないでくんないかなぁ!? プライバシーの侵害だよね!?」

「せめてもっとマシな逆ギレをしてくださいよ! どう反応すべきか悩むじゃないっすか!?」

 

 少なくとも人の内心を勝手に読んでキレた人が言っていいセリフじゃねえだろ。

 

「とにかく! それは君の特異性と言っていいだろうね。もしかしたら今回の件に関しても何か関連があるかもしれない。…………ところで、そのオーエンは『鬼一』の姓は名乗らなかったのかい? もしくは、大字の方の『壱』とか」

「いや、特には言ってなかったはずです。オーエンって名前自体もその場で決めたみたいな適当さでしたし……それが何か?」

「いや、ちょっと気になっただけさ。名は体を表すってわけじゃないけど、名前ってのはかなり重要な意味を持つ存在だからね。言霊って言ってもいいかもしれない」

「…………はぁ」

 

 どこか煙に巻くような物言いへ曖昧に返事しながら、オーエンについて思い返してみる。なんでアイツはあんなにもオレを嫌っていたのだろうか。

 今の段階ではおそらく答えの出ないであろう疑問をゆらゆらと巡らせながら歩いていると、不意に便利屋の足が止まった。

 

「おや、丁度いいタイミングで着いたみたいだ。それじゃ、小難しい講義の時間は終わりにして実技の時間にしようか」

 

 ようやく訓練室に到着したのだろうか。思ったより時間がかかった気もするが────

 

「は?」

 

 顔を上げた先には、道場と草原が広がっていた。いや、何を言ってるのか分からないと思う。オレも頭の中に階段を登っていたと思ったら降りていた特徴的な髪形の兄貴が浮かんできてるし。

 ただ、そう表現するしかないんだ。

 

 開けられた扉の先、手前半分は陽光に柔らかく照らされた草の海が青々と広がり、奥側半分は全面が板張りになった空間が静謐な空気を漂わせている。境目はよく見えないが、おそらく急に草が木の板に変化しているのだろう。

 

「君の霊力は暴走するとヤバそうだから、どんな環境でも制御できるように徹底的に訓練しようと思ってね。結界術を悪用して色々と細工したのさ。それじゃ、時間がもったいないしさっさと始めようか」

 

 

 いや、やっぱこの人でたらめすぎないか?

 

 

 

 ******

 

 空になったレモンティーのペットボトルを両手で転がしながら、私はぼんやりと夕陽を眺めていた。隣には食べ終わったサンドイッチのごみがビニール袋に収められている。

 

「うーん……」

 

 何を唸っているのかと言えば、昨日今日と励まされた事について悩んでいるのだ。何か不満があったとか、そういうわけじゃない。風見ちゃんも旭くんも優しい言葉をかけてくれたわけだし。

 

 ただなぁ……

 

「2人とも、ほとんど関わりが無かった人なんだよね…………」

 

 旭くんは京都の一件で協力した仲だが、時間で言えば半日も無い関係だ。

 もしかしたら私が昏睡してる間にも何かあったのかもしれないが、私の主観では旭くんは『色々と噂を聞く有名な先輩』というイメージなのだ。これは京都の頃の感覚が強いのかもしれないけど。

 そして、風見ちゃんにいたっては昨日が初対面だったのだ。

 

 そんな二人に励まされて立ち直ってきているというのは…………うーん、如何なものだろうか。それに2人とも年下なわけだし。

 

 

「とはいえ、あの2人の言葉に救けられたのも事実だしねぇ……」

 

 昨日の風見ちゃんの言葉が無ければ、極端な選択を取っていた可能性も無くはない。正直そう言ってしまえるほどには私の精神状態は良くなかった。

 さっきの旭くんの言葉で自己否定がかなりマシになったのもある。

 

 しかし、ここで問題になるのは二人との関わりが薄いというところだ。

 

 端的に言うと、私が信じ切れていないのだ。人を上っ面だけで判断するようなタイプじゃないとは思うが、私の内面までちゃんと理解した上での言葉だったのだろうかと疑ってしまう。

 すでに恩人と言って差し支えない人たちへ向ける態度じゃないだろうとは自分でも分かっているが、一度目についてしまうと止められない。なにせ私自身が一番私の上っ面に騙されていたわけだし。

 

 

 いやあ、ほんと。

 

「私ってこんなにめんどくさかったんだ」

「めんどくさく無い人間などつまらないと私は思うがね」

「そうかもしんないですけど────へぁ!?」

 

 私の独り言にあまりにも自然に相槌を打ったのは、いつの間にか隣に座っていた栄薪さんだった。膝の上にはc1cad4が座らされている。親子みたいだ。

 

 いや、そんなことよりも。

 

「……いつからそこにいらしたんですか?」

「さて、いつからだろうねぇ。一つだけ言うのならば、君がぶつぶつと呟きながら何かを思い悩んでいたのは聞かせてもらったという事かな」

 

 ~~~~~~~!!

 顔が熱くなってくる。独り言を聞かれていたのもそうだし、今になって驚いて変な声を出してしまったことが恥ずかしくなってきた。

 

「人が悪いですね、栄薪さん」

「おや、京都では私は性格の良い人間として広まっていたのかな? だとしたらイメージを損なってしまって申し訳ない」

「……」

 

 一会話で諦めた。おそらく今の私は『スンッ』という効果音を出しているだろう。

 

「それで、なんでまた私の下へ?」

「いや、しばらくc1cad4君の存在は伏せておきたくてね。もう一回セーフハウスの方で預かってもらおうかと────どうしたんだい? c1cad4君」

 

 理由を聞いた栄薪さんの説明を遮るように、c1cad4が右手を挙げた。授業中に発表のために手を伸ばすアレみたいな感じだ。

 

「いや、思ったんだけどさ。なんでボクは栄薪に抱えられてんの?」

「…………たしかに」

「本当だね。なんでだろうね。誰か教えてくれないかな」

 

 ジト目が丁度4つ分栄薪さんに向けられる。もちろん私とc1cad4のものだ。

 

「おや、これは形勢が悪そうかな? 仕方ない。c1cad4君、天野職員の膝に移りたまえ」

「なんでだよ!?」

「なんでですか!?」

「おや、私みたいなむさいおっさんは嫌だと言っているのかと思ったんだけど。違ったのかい? おませさんめ」

「ヤバいもう手組んだこと後悔してきたんだけど」

 

 これは……いったい何なのだろう。私は何を見せられているのだろうか。

 それと、栄薪さん。あなたの見た目で自分の事を「むさいおっさん」だなんて言ってたら世のおじさま方に刺されると思いますよ?

 

「それで、天野くんは何を悩んでいたんだい? 随分何かを疑っていたようだけども」

「────ッ!?」

「おや、当たっていたのか。ふむ……となると対象はなんだろうね」

 

 思わぬタイミングで図星を突かれたことで、分かりやすく反応を示してしまった。

 

「……それ、癖ですか? 相手の呼吸を乱すの。もし癖なら直した方が良いと思いますよ」

「おや、これは痛いところを突かれてしまった。検討することを善処させてもらうよ」

「…………」

「それ絶対やらないやつでしょ。てかいい加減放してほしいんだけど」

 

 若干空気の読めていないc1cad4だが、今はむしろそのことがありがたい。

 私と栄薪さんだけだったら、この場の空気はもっと最悪なものになっていただろう。

 

「これはまたもや私の形勢が悪いパターンかな?」

「一つ言わせてもらうとするならば、誰にでも土足で踏み入られたくない部分というのはあるということですね」

「少し前にも似たようなことを言われたね…………うん、肝に銘じておくとするよ」

「いえ。差し出がましい真似をして申し訳ありませんでした」

 

 これまでのやり取りからして根は善よりの人なんだろうが……今ので分かった。この人はネジが外れている。

 おそらくだが、京都の研究部門職員と違って善悪も道徳も倫理も理解はしている。理解した上で、全く別の基準を敷いて行動している感じだ。

 

 今だって謝罪を口にしこそしているが、元のふざけた態度は崩していない。むしろ私が怒るラインを見極めている雰囲気だ。c1cad4がジタバタしても結局膝の上に置いたままだし。

 …………いい加減解放してあげたら?

 

「もういいや、諦めよ。んで、話の流れが読めないんだけどさ。天野さんは何かを疑ってるわけ?」

「いや、えっと……」

 

 なんて思っていたら急に彼から話を振られてしまった。というか、さっきから誰も彼も流れが独特すぎるせいで私だけ会話に置いてかれがちなのは、逆に私が悪いのか?

 

 しかしまあ、この質問には何と答えるべきだろうか。c1cad4に悪気が無いのは分かっているが、さっき栄薪さんに言ったようにそこは『土足で踏み入られたくない部分』にあたる領域だ。興味本位で触れてほしくはない。

 それに、私が私を信じればそれで済む話なのだし。

 

「それってさ、()()()()()()()()()?」

 

 

 ────────え?

 

 

「そりゃあさ、最終的には何かしらの答えを出さなきゃだめだと思うよ。けどさ、その過程で『疑う』ってことをしないのは……そっちの方がむしろヤバいと思うんだけど」

「ほうほう、興味深いね。続けて続けて」

「いや、栄薪には言ってないんだけど…………だってさぁ、他人を疑わないのは人が良いんじゃなくて思考停止してるだけだし、自分を疑えない人ってのは最早病気じゃん?」

「病気って……」

 

 随分な言い草に思わず声を出してしまった。とはいえ、流石にそれは言い過ぎじゃないだろうか。

 

「んー、たしかに自分でもちょっと尖った言い方だなって思うけどさ。ネットサーフィンしてるとさ、たまに自分の行動を“善”だと疑わない人を見かけんだよね。重症な奴は普通に悪いことしてても自分を疑わないし。個人的には一番タチの悪い連中だと思うけど」

「君がネットサーフィンと言うとかなり含みを持つの、面白いね」

「……栄薪はマグロの仲間かなんかなの?」

「誰がふざけ続けないと死んでしまうほど生命力が小さくて可哀そうな存在だって?」

「それはもう自白してるんよ…………」

 

 栄薪さんとc1cad4がやいやい言い合っているのを聞き流しながら、彼に言われたことを咀嚼してみる。

 

『自分を疑えない人間は、それができない人間よりむしろ邪悪である』。

 本当にそうなのだろうか。分からない。

 

 分からないけれども、一言に纏めると案外しっくりくる気がする。

 

「あ、そうそう。私からも加えるとすれば、かの有名なデカルトの『Cogito ergo sum』…………日本語で言えば『我思う、ゆえに我あり』だね。あれも、疑える全てを疑った結果その“疑って”いる自己だけは確かに在る物だと確認できたって点から生まれた言葉だったりするから、物事を疑うという姿勢はそう悪いものではないんじゃないかな」

「……ありがとう、ございます」

「謝罪代わりの蘊蓄だよ。礼はいらないさ」

 

 再び「放せ~!!」とジタバタし始めたc1cad4を抑え込みながら、栄薪さんはそう言った。

 ……内容は間違いなく哲学的な深いものなのに、絵面のせいで説得力が低くなっているのはなんとかならなかったのだろうか。

 

 いや、まあ。フォローしてくれているのは分かるしありがたいんだけどさ。

 

「おっと、もうこんな時間か。こっそり抜け出してきたし、そろそろ戻らないとマズいかもね。それじゃ、c1cad4君のことは頼んだよ」

「結局それについては答えていなかったはずですけど……決定事項なんです?」

「おや、天野くんはこの()さくて澄んだ()のような髪色をした少年を見捨てると? そこまで薄情だとは思っていなかったよ」

「ボクはち○かわじゃねーぞ!」

「その言い方はズルいですって……分かりましたよ」

「聞いてんのか!?」

 

 

 

 もう少し、色々と考えてみるのも良いのかもしれない。

 私なりの答えを────信じたい願いを選び出すまでは。

 

 

「おい、聞いてんのか!? 逃げるなァ!! 卑怯者ォォォッ!!!」

 

 

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