願いと思考   作:RH−

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長くなりすぎたので分割しました(n敗目)
アホちゃうんかこの作者



急転直下

 

 

『そっか。そうだよね。周りに不幸を撒き散らして恩人を苦しませるだなんて、ボクたちは邪魔なだけだよね』

 

 

『さっさと消えちゃった方が、いいよね』

 

 ******

 

 

 それは、突然の事だった。

 日勤組の出社から一時間ほど経った億餧九州統括支部。その収容棟エントランスの手前に、突如として謎の奇心体が出現したのだ。

 

 掌中央部に横向きに一筋、(まなこ)が刻まれた全長3メートルほどの右腕。開かれた瞼の奥には、どうやら二つの瞳が右上と左下を覗いているようだ。空間転移でもしてきたかのような登場の仕方もさることながら、まさしく奇心体と言えるような異形の肉体である。

 

 

 それにいの一番に反応したのは、《杏陽》の部隊長である旭継恫であった。本日は収容棟の巡回に当たっていた彼はナニカが防壁をすり抜けて入ってきたことを感知すると、窓を蹴破るようにしてその前へと躍り出る。四日前の現場検証で路地裏に残されていた残滓と同じ気配だと把握したからだ。

 

「面倒なタイミングに来やがってっ!」

 

 

 風見は昨日に引き続き資料室で過去の報告書とにらめっこ、鬼一はそもそも休日、それに伴い便利屋の所在も不明という実に都合の悪い日の襲撃。その事に思わず旭は毒づくも、一人であるが故の迅速な対応を彼は取る。

 

 対する《ミギウデサマ》は、四階ほどの高さから飛び降りてきた外敵を静かに睥睨しながら、周囲の空間を掌握して腕の会総本山から取り寄せた肉片を媒介に眷属を召喚した。支社の地下、祭壇場の守護に置いてあったモノと同系の異形である。

 

 

 ────落下の勢いを乗せて先手を取るつもりだったが……それだと後に繋がらないか。

 

 判断は素早く冷静に。常の信条に従い狙いを修正した旭は、異形の一体を蹴り飛ばした反動で離れた地点に着地した。既に腰の鞘からは剣が抜き放たれている。

 そこでようやく支部全域に警報が鳴り響き、事態を確認した管理部門からの連絡がインカム越しに伝えられる。

 

『収容棟付近に奇心体の侵入を確認しました。対象の危険度は3から4と推定されます、非戦闘員の職員は速やかに、そして落ち着いて退避してください。繰り返します────』

 

 と、そこで伝令を打ち切るように異形たちが動きを見せる。

 一糸乱れぬ動きで隊列を整えると、五体ずつで作った小さな纏まりごとに哨戒してきたのだ。祭壇場の時とは違い、その手には槍らしき形の武器も握られている。

 

 躱し、切り払い、時には立ち位置を調整して同士討ちを誘うことで旭は対処するも、圧倒的物量差のせいで中々攻めに回ることはできない。ミギウデサマが眷属を召喚し続けていることもまた、そこに拍車をかけていた。

 

 

『旭君っ!』

 

 そんな戦闘に割り込む声が一つ。

 栄薪の声である。

 

「もうやってる!!」

 

 それに対し、端的に現状を伝える旭。あまり余裕が無いのも相まって、叩き付けるような声色であった。

 

『分かった! いける!?』

「厳しい! 周りが邪魔だ!!」

『態勢が整うまで最低でも十分かかる! 便利屋と鬼一君には連絡しておいた! ただ、便利屋の助力は期待できないと思う!』

「了────邪魔だゴミがっ! 了解した!!」

 

 圧縮できる内容を最大限に圧縮した通信を終えると、濡羽の青年は目の前の状況へ集中し直す。

 

 彼がここまで余裕を失っている理由は単純である。通信でも言っていた通り、周囲に気を遣うべき事柄が多すぎるのだ。

 

 

 まずはその絶大なまでに開かれた物量差。旭がたった一人で戦っているのに対し、異形は既に30体は軽く超えて召喚されている。それでもまだまだ途切れることなく後続が呼ばれているため、迂闊な事をすれば完全に包囲され一手で詰みとなるのだ。

 

 次に、まだ退避が完了していないこと。収容棟には現場での鎮圧作業が主な仕事である収容部門の職員が詰めているが、中には当然ながら非戦闘員もいる。管理部門から退避完了のアナウンスが無いということは、まだ背後の収容棟にはそういった職員が残っているのだ。それ故、今の彼は一体の討ち漏らしも許されないハードモードである。

 

 そして最後に、収容棟の目の前という立地。その名の通り、彼の背後には無数の奇心体が収容されている。もし建物に被害が出れば連鎖的に収容違反が発生し、事態は更なる混乱を迎えるだろう。ともすれば、九州統括支部の屋台骨が崩れかねない。

 

 

 これらの要因が絡み合ったことで、今の旭は刹那のミスも許されぬまでに追い込まれていた。

 

 そんな彼には知る由も無いことだが、実のところ収容棟にいた非戦闘員の退避は既に完了している。では何故その連絡が無いのかと言えば、さっきの通信を感知したミギウデサマが空間掌握を強めたからである。それによって今の旭は一切の伝令を受けられない孤立状態となっているのだ。

 なお、本来ならばこの空間掌握は味方の強化と敵の弱体化も果たせるはずの凶悪な能力である。今回は格の違いもあって後者の効果は一切発動していないうえ、前者の効果さえ三割ほど打ち消されているのだが。

 

 

 そんなわけで、旗色が良くないのはミギウデサマの側も同様であった。まだまだ眷属は呼べるとはいえまるで倒せる気配のない敵を前にしているのだから、それも当然の話である。

 

 

 

 

 そんな形で生まれた奇妙な硬直状態を打ち崩したのは、部外者たちであった。すなわち、天野の身柄を抑えるよう弐ノ邪馬家の指令で昨日から出向してきていた京都本部の部隊である。

 彼らを含めた《杏陽》以外の全部隊────というか、旭と鬼一以外の全収容部門員には各収容室のロックと収容違反が無いか巡回するよう指示が下っていたのだが、それを手柄を独占するためだと勘ぐった彼らが命令無視を犯したのだ。

 

 

 九州統括支部と京都本部との確執が、最悪の形で現れた瞬間であった。

 

 

 ちょうど出向していた部隊が中途半端に実力があり、そして京都的な価値観に染まっていたのも悪かったのかもしれない。

 彼らはミギウデサマと異形の集団を視認すると、即座に発砲を開始した。距離を取っての牽制的な色の強いそれであったが、一向に消耗の見えない旭から注目を奪うには十分な攻撃。

 

 その結果は、一斉に首から上の掌をグリンッと向けた異形が跳びかかるという形で表れた。

 

「ヒッ!」

 

 人型を取ってこそいるものの、異形たちの本質は肉片を媒介にした化物である。当然ながら人間の急所など当てはまるわけも無く、痛みや恐怖を感じもしない。

 遠距離から牽制しながら相手の特性を把握するつもりだった部隊員たちではその特攻を止められず、退避も間に合わずに襲い掛かられた。

 

 

「チィッ!」

 

 仕方なく救助に向かおうとする旭であるが、それを遮るように異形が列をなす。黒の剣ならば一撃で祓える雑魚であっても、それをされると時間を稼がれる。

 そうこうしている間にも京都の部隊員たちからは水気を孕んだ咀嚼音と絶叫が鳴り響く。どうやら異形たちは首から上が右手になっている代わりに両の掌に口が付いていたらしく、それで生きながら喰われているらしい。

 

 

 ────このままでは間に合わない、諦めるべきか。

 

 

 旭の冷静な────或いは冷酷な────思考が鎌首をもたげ始める。何の連絡も無しに茶々を入れてきたアホ共と多少なりとも関わりのある九州の職員、どちらを優先するかと言えば…………まあ、想像に難くないだろう。綺麗事で片付けられない現実を何度も経験してきたからこその、実に合理的な思考である。

 

 

「どっけぇぇぇっ!」

 

 と、そこで遂に増援が到着した。この一週間ほどで目覚ましい成長を遂げている鬼一である。

 どうやら防護服に着替える暇も惜しんで来たらしい私服の彼は、両手に纏った白炎で隊員に群がる異形を灼き祓っていく。どうやら最悪の事態には間に合ったらしい。

 

 

『■■■■■■■■』

 

 

 だがそれは状況が好転することは意味しなかった。

 

 先よりもその存在感を強めた《ミギウデサマ》が、遂に動きを見せる。

 この場には相応しくない身の程知らず達によって、“畏れ”を手に入れてしまったのだ。

 

 

 前提として────歪んだ汚らわしいものであったが────ミギウデサマは既に腕の会からの信仰を受けて神格を保有していた。

 これは一部にしか知られていない事だが、神格の獲得条件とは異なり、その位は向けられる信仰と畏れの量で一意に定められる。信仰が多ければ多いほど授けられる恩恵は強くなり、畏れが多ければ多いほど外部に振るえる力は大きくなるというわけだ。

 

 

 そして今、見事に自爆した京都の部隊によってミギウデサマは“畏れ”を獲得したのだ。それも、視界の通る場所での惨劇のために目撃してしまった職員たちも含めた、不特定多数の人間からの畏れをである。

 

 結果は、数刻前よりも空間の掌握度合いを上げたミギウデサマが自身の周囲に肉塊を漂わせていることを見てもらえば分かりやすいだろう。また、ここに来てようやく空間掌握による弱体化も効果を発揮し始めた。

 

 

 ────深化の許可はまだ下りないのか!?

 

 

 いよいよ均衡が崩れだした状況に、流石の旭にも焦りの色が浮かび始める。最初以降一切の伝令が入ってきていない事、すなわち旭の切り札たる黒の剣の第二段階解放・深化が承認されていないこともまた、そこに拍車をかけていた。

 京都の一件では無断で使用していたが、それは目撃者が殆どいなかった上にそれも新人が大半を占めていたからである。今の状況でやれば今度は自分が査問会にかけられることになるだろう。

 

 

 

 一方、支部長室から司令室に移動して指揮を執り行っている栄薪も芳しくない現状に歯噛みをしていた。

 予兆無しの侵入にそこからタイムラグ無しの攻撃。即座に旭が気付いて対処したからよかったものの、それでも現場に混乱を齎すには十分すぎる電撃作戦である。更にはその混乱が治まり切る前に通信妨害まで行われた。

 先手を取り続けて盤面をかき乱し、そのまま相手に何もさせずに勝ち切るというのが基本である彼にとって、ここまで綺麗に奇襲をかけられている状態はかなり“やり辛い”盤面なのだ。

 

 既に二手ほど対策は打ったが、それでどこまで持ち直せるか。

 

「旭君、すまないが頼む。崩れないでくれよ……」

 

 

 

 ******

 

 周囲を取り囲む異形たちと、それらを縫うように襲い来る複数の肉塊。その猛攻を鬼一と背中合わせに対処しながら、旭は反撃の芽を探していた。どうにか凌ぐことはできているが、このままではジリ貧であることが明らかであるからである。

 

 

 ────どうにも鬼一の消耗が大きく見える。異形共の耐久もさっきより上がっている。周りの空間から妙な気配がするし、それの影響か? ……このペースだと、持って五分ってとこか。

 

 とにかく得られる情報を片っ端から分析しながら、冷静に限界を見極める旭。

 

 

 ────なら、タイムリミットは三分ぐらいか。そこを過ぎれば、許可が下りずとも深化を使うしかない。

 

「ヤッベ────ッ!!」

 

 そう目算を立てた矢先に、旭の背後から聞こえたのは焦ったような声と鈍い音。

 はたして彼が振り向いた先には、肉塊に打たれて体勢を崩した鬼一とそこに跳びかかる2体の異形が映っていた。

 

 

 タンッ。

 

 

 が、咄嗟に動こうとする前に乾いた銃声が一つ。

 さらに、物の見事に異形頭部の右手に命中したらしい銃弾を起点として周囲に広がる氷結。

 

 

 ────何が? 援護射撃……誰だ? いや、それよりもまずは。

 

 

 何が起きたのかを把握する前に鬼一の首根っこを掴んで退避した旭に、盤面が次の局面へ移ったことを示す伝令が届く。

 

『戻したよ! 栄薪!!』

『でかしたc1cad4君ッ!! 旭君っ、深化を許可する! 頼んだ!!』

「了解ッ!」

 

 聞き覚えの無い声と共に栄薪から下されたのは切り札の許可。

 そして。

 

『あー、テステス。援護は僕と風見ちゃんに任せてくれ』

『というわけで頑張らせてもらいます。誤射は無いはずです…………たぶん』

「助かりました! あざっす!!」

「頼んだぞ!」

 

 少し遅れて、便利屋と風見からの援護射撃の連絡も耳に響く。

 

「鬼一っ、真ん中まで道開けてくれッ!」

「はいよーっとおッ!!」

「よくやった!」

 

 それらを確認して流れが変わったと判断すると、旭は対応される前に勝負を決めることにした。

 すなわち────鬼一に頼んで作ってもらった道を抜けた先、敵陣中央での《黒の剣》の解放である。

 

ReOrder追加命令Deeping深化

 

 剣から漏れ出た靄を喰らい、旭の肉体が強化され。

 詠唱前に踏み込んで溜めていた力に人外の膂力を加えると、居合のように黒の剣が振るわれる。

 

Release撃ち放て

 

 横薙ぎの斬撃に合わせて象られた黒色の衝撃波が、彼の前方180度の全てを巻き込みながら直進する。異形に触れた程度では勢いを落とさず、むしろ命中箇所を消し飛ばしながら突破する様は消しゴムで線を消しているかのようにさえ思わせた。

 そんな一切を気にせず、濡羽の暴虐は左右に残る異形へと襲い掛かるのだった。

 

 

 

 ******

 

 ────すごい。

 

 眼下に広がる嵐のような蹂躙劇をスコープ越しに観察し、風見紀月は言葉を失っていた。

 

「うーん、やっぱり旭君とあの剣は別格だね。現時点でも完成度が高すぎる」

「便利屋さんから見てもそうなんですね……」

「ああ。彼は一種の特異点と呼んで問題無いレベルだ」

 

 傍らの便利屋も珍しく圧倒されたような声である。

 とはいえ両者とも役割はきっちりと果たしている。風見はスコープを覗く右目と()()()()()()左目をフル活用してとんでもない精度の狙撃を行っているし、便利屋も銃弾に術式を刻みつつ発射された弾から遠隔で陰陽術や魔術を発動させている。

 これにより旭と鬼一は気兼ねなく攻撃に転じることができていた。

 

「それで風見ちゃん、左目の調子はどうだい? 何か副作用は無いかい?」

「視えたり視えなかったり、ですっ! 情報量が多すぎて頭パンクしそうですよ!!」

 

 今度は研究者の顔を覗かせた便利屋の問いに、引き金を絞った後の反動を抑えながら叫ぶように風見が答える。

 

 

 本来、狙撃というのは両目を開いて行うものだ。たまに創作などでスコープを覗いていない目を閉じて狙撃を行っている描写があるが、それは現実的な例ではなく演出としての側面が強い。

 例えば、照準を合わせるサイティングに掛かる時間などが分かりやすいだろうか。スコープで拡大された視界では、銃の僅かな動きですら大きな移動となるため、簡単に標的を見失い得る。スコープの倍率が高いほどそれは顕著である。そこで、反対の目で対象を捉え続けることで素早く照準を合わせられるようになるのだ。

 その他にも瞳孔が開かれる事であったり顔の筋肉が緊張することであったりと片目を閉じることのデメリットは多く存在する。

 

 

 では、既にそのことを習っているはずの風見がなぜ左目を閉ざしているのかと言えば、それは彼女の特異性を聞いた便利屋の指示によるものである。

 

 風見紀月の特異性────すなわち限定的な未来予知。

 

 便利屋はそれを『生命の危機に際した防衛反応』と仮定し、この状況ならば発動できるのではないかと考えた。結果は見事、途切れ途切れではあるが鬼一に肉塊が命中する未来が見えるという形で表れた。ちなみに旭に命中する未来は一切見えないらしい。

 深化の解放が許可された以上、異形が束になった程度では彼を捉えられないのだ。

 

 

 ……ここからは今の盤面に関わらない全くの余談ではあるが。風見に関する便利屋の仮説は当たってこそいるものの、現在の彼女はそこまで追い詰められていないため、本来ならば未来予知の権能が発動することは有り得ない。つまり、今彼女が未来を視えているのは全く別の要因による結果であるのだ。

 とはいえこの分野は便利屋にとって専門外であるため、彼が気付くことは無かったのだが。気付けるとすればむしろ栄薪の方が可能性が高かっただろう。

 

 閑話休題。

 

 

「…………あれ? デカハンドの周りだけ、上手く視えなくなってる?」

 

 そんな中。上からの俯瞰視点であり、なおかつ流れを見ることの得意な風見がまず最初に、()()に気付いた。

 

「うっわ、空間抉られてんじゃん。ありゃちょっとダルいかもなぁ」

 

 その言葉に釣られて、便利屋も気付く。

 ミギウデサマの周囲の空間が、抉られたまま壁のようになっているのだ。

 

 召喚した眷属ではまるで歯が立たないと判断したミギウデサマは、空間掌握を範囲ではなくその強度を優先することにした。

 結果、範囲内の空間は継続的に抉られるようになり、光の反射も起こらないためにミギウデサマの周囲は黒の面紗が揺らいでいるかのように見えるようになったのだ。

 

 掌握は完全ではないので姿が見えなくなるという事は無かったが、かなり厄介な防壁であろう。

 

「うーん、アレを突破しようとなると……僕抜きじゃ厳しいか?」

 

 

 呟かれた便利屋の言葉は、少しばかり険しくなっていたのだった。

 

 

 

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