ヘルマンが死んだことによって魔術が解かれ、死の世界と化した店内が正常に戻っていく。
ジョエルの合図でセナとオルハンが入ってくるも、目の前に広がる惨状に息を呑んだ。
「……全員、殺しちゃったの?」
セナの問いに、ジョエルは口を開いた。
「まだ一人生きている」
くいっと顎をしゃくった先には、ヘルマンの魔術でとばっちりを受けたリーダーの男が、全身を痙攣させながら仰向けになって転がっていた。
オルハンは、手に持っている銃でつつきながら、疑いの目を向ける。
「本当に生きてんのか、こいつ?」
「動いていれば生きているんじゃないのか?」
医学的な知識を持ち合わせていないジョエルにとって、相手の生死を図る目安が動いているか止まっているかの二択しかなかった。現に幼少期から今日に至るまで、魔術師という常識の埒外にいる存在と戦ってきたのなら、尚更そこが重要視される。
魔術師と対峙した時には、心臓ではなく頭部を狙うのがセオリーで、『魔術回路』あるいは『魔術刻印』と呼ばれる魔術師固有の器官が活動している内は、一定の傷ならば臓器ですら治してしまえる。
しかし、いかに魔術師といえども人間の延長にある以上は、思考を司る頭部を潰してしまえば絶命を免れない。
「確か指揮官だったな。こいつ貰っていいか?」
リーダーの男を指差しながら、オルハンがそんなことを言い出したので、セナは首を傾げる。
「何に使うの? サンドバックは趣味悪いよ」
「馬鹿言え、脅して金絞り盗るんだよ」
まあ結果的にそうなるかもしれないけどな、と悪辣な笑みを浮かべるオルハンを見て、セナは呆れた表情を浮かべる。
「――好きにしろ」
自身に悪意を向けなくなった存在など、至極どうでもいいと言わんばかりに受け応えるジョエル。
継続戦闘が予想されるため、武装を確認していると、先程まで使っていた散弾銃(ショットガン)が動作不良を起こし、弾を装填できなくなってしまった。
「ほら貸して、あんな乱暴な使い方するからだよ」
するとその様子を見ていたセナは、ジョエルの前に両手を出した。
「……」
別段セナから悪意は感じられなかったが、ジョエルは慎重に自分の銃をセナへ渡した。
悪態をつきながらもセナは、どこか楽しそうに銃の状態を確かめている。
「銃が好きなのか?」
「ん、そう見えた?」
顔を上げて訊き返すセナ。
「アタシの家が銃の修理屋だからかな。こういう『キワモノ』を見ると弄りたくなるんだよね」
「そうか」
ジョエルは他の武装を見始める。それと並行して、現在こちらへ向いている悪意の探知も行う。
――南東に向かって500メートル先、おそらく電柱か家屋の上に、先程の戦闘からずっと視ている者がいる。未だ攻撃の意志は感じられないが、気が変わって攻めてくる可能性もあることから、迂闊に動けない。
幸いにも、相手はこちらが勘付いていることに、まだ気が付いていない。
「う~ん、たぶん薬莢(ケース)が溶けて銃身(バレル)を塞いじゃってるんだと思う。一旦、全点検(オーバーホール)したほうがいいよ、これ」
触診を終えたセナは、銃を返すついでに「設備とかあるの?」と尋ねてくる。
「オイルとブラシならあるが、それ以外はない」
「ならウチにおいでよ。今回のこともあるし、無料(ただ)で診てあげ――」
と、話を続けようとしたタイミングで、オルハンが「おい、セナ――」と口を挿んだ。
「やめとけ、そいつは魔術師だ」
関わっても碌なことにならないぞ、とオルハンは明らかに警戒の眼差しを向けながら告げる。
「こいつらを同じ人間だと思わない方がいい。俺たちが戦場でどれだけ苦汁をなめさせられてきたことか」
その言葉を聞いたセナは、ムッとした表情でオルハンを睨む。
「ジョエルは命の恩人だよ、そんなことにはならないよ。オルハンだって分かってるでしょ?」
それに対してオルハンは、深く溜息をついてから「こっちは親切で言ってるんだけどな」と吐き捨て、セナを見つめながらジョエルを指差した。
「いいか、よく聞け! こいつがお前に危害を加えるかどうかじゃない。肝心なのは、こいつを狙っている他の奴らだ!」
まるで聞き分けの無い子供を叱りつけるように声を荒げるオルハンを見て、ジョエルはこのまま口論が続くのは危険だと判断する。
二人は知る由もないが、今も尚、監視者が近くにいるというのに、このような傍から見れば、戦場のド真ん中で仲違いをしているような絵面になっている。
この後の状況は大いに予想できる。魔術師の存在を知るオルハンの苦言が正しいものだと気づき、セナは押し黙ってしまうという構図が。
先程の戦闘でジョエルが兵士たちへ奇襲を仕掛けた時と同じ状況――すなわち、周囲全体の意識が緩む、一瞬の隙が訪れようとしている。
「だから、このまま何事もなかったことにして、お互い別れるのが一番いいんだよ!」
「っ……」
ぐうの音も出ずにセナが口をつぐんでしまうと、オルハンは何も言わずに腕を組んで反応を待っているようだった。
そして、その後に会話を続ける者は居らず、再び店内は静寂に包まれた。