「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」
息を荒く吐きながらジョエルは、何も出来ないでいた。
敵のマスターから横やりを受けたわけではなく、ましてや眼前のアサシンからも『まだ』何もされていない。
ジョエルはもう一度、アサシンに向かって一歩前へ踏み出そうとして……また足を止めた。
身体を動かそうとすると、再び自分の死ぬイメージが全身を襲い、動きを止めてしまうのだ。
相手からの悪意を知覚できるジョエルにとって、アサシンが思い描く自分を殺すイメージが明確であればあるほど、それが幻視(ヴィジョン)として届く。
――あのまま足を前に出していたら、初動で重心を崩され床へ倒れ、短刀で喉を掻き切られる。
かといって距離を取ろうとしても、後ろへ足を下げた瞬間に、肩を取られそのまま床へ組み伏され、短刀で首を突き刺される。
「ふむ。先程のといい、良い眼を持っているようだ」
しかしそれでは死を待つだけだぞ、とジョエルの心情をついてくる。
「……」
前進しても後退しても死が待ち受ける状況。今こうして生きていられるのも、単にアサシンの気まぐれで、その気になれば容易に殺すことができるだろう。
殺し自体を専門とするクラスであるから、殺意を垂れ流しているかと思われたが、その実、今は微塵も感じられない。先程のように反撃行動へ出ようものなら、瞬間的に殺意の度合いが振り切れ、現実と幻視が区別できなくなるほどの感覚が押し寄せる。
その殺意の出し入れが絶妙で、二言三言話した程度ではあるが、その理性的な言動も相まって、生前は職業的に暗殺を営んでいたのかもしれない。
元来、暗殺とは殺す対象だけでなく、周囲の人間にも悟られずに殺害を成功させるかが重要で、それを計画し実行できる理性が必要とされる。
(――ジョエル)
打開策を思案していると、不意に脳裏から直接語りかけてくる声がした。
これは『念話』と呼ばれる魔術による通信手段で、契約しているマスターとサーヴァント同士で魔力供給のパスを用いて、互いがその場にいなくとも会話ができる便利な代物だ。
(ぼくを、よばないの?)
声の主が自分のサーヴァントであることに気付き、ジョエルは呼吸を乱したままアサシンに勘付かれぬよう返答する。
(この狭い場所では、お前が十分に戦えない。出たところで殺られるだけだ)
それに、と付け加え意識を屋外へと向ける。
(こちらを探るような視線を複数感じる。おそらく他の陣営が使い魔を飛ばしている)
硝煙が立ち込める店内から外へ意識を向けると、決して近づかないであろう動物の姿があり、そこから人の意思が漂ってくる。
(ひとりで、だいじょうぶ?)
(大丈夫ではないが、こちらで対処する)
必要になったら呼ぶ、と端的に伝える。
(うん、まってる――)