※ジョエルの視点
それ以上サーヴァントから何も言ってこなくなると、ジョエルは改めてアサシンを見据えた。
白い髑髏の面をつけ、所々擦り切れた黒い布を纏う姿は、西洋で言い伝えられている死を司る神を連想させられる。伝説や神話などに疎いジョエルでも、そういった死にまつわる逸話程度のものなら、当時同じ部隊に所属していた兵士から聞いたことがあった。
さらに、この町に来る前、サーヴァント召喚の手引きや装備品の提供をしてくれた『あの男』から教えられた、過去に行われた聖杯戦争の記録を思い返す。
――曰く、日本という極東の島国で行われた『5回目』を除く『正式な聖杯戦争』において、暗殺者のクラスで招かれるサーヴァントは、そのアサシンという言葉の語源となった英霊が決まって召喚されていたらしい。
「ハサン・サッバーハ――そう呼ばれているようだな」
またの名を『山の翁』。世界三大宗教の一つであるイスラム教の伝承に残る暗殺教団の指導者。
11世紀から13世紀の中世ヨーロッパに存在していたといわれる神秘主義の狂信的な教団で、歴史の裏側から要人を殺してきた影の存在でありながらも伝説となった暗殺者である。
「ほう。我が『真名』を知って尚、自身のサーヴァントを出さぬとは剛毅なマスターだな」
召喚されたサーヴァントにとって『真名』とは、すなわち自身の英霊としての正体であり、可能な限り他の陣営に隠し通さなければいけない。
正体が明かされれば、その英霊の象徴である『宝具』や伝説にちなんだ特殊能力だけでなく、生前から引き継いでいる弱点も露見してしまう。
初見でサーヴァントのステータスをある程度把握できるマスターの眼があれば、相手のクラスを予測することは容易なため、マスターは自身のサーヴァントをクラス名で呼ぶのが通例となっている。
「だが、他のサーヴァントであればいざ知らず、我にとってその弱みは直接の敗因には成りえん」
歴代の指導者は実に19人いたとされ、その代の長となった者が『ハサン・サッバーハ』という名前を襲名してきた。
同じ真名ではあるが個別の存在であり、それぞれが特殊な暗殺術を極めた達人でもある。
その極意が宝具として昇華されているため、真名が解かったからといって勝敗が決まるとは限らない稀な存在なのだ。
「スゥー……フゥ――」
ジョエルは大きく深呼吸をしてから目を瞑る。
それを見たアサシンは自身が賞賛した眼を、自ら閉じたままにしているジョエルの不可解な行動に、疑問を抱かざるを得なかった。
「……何をしている?」
「見てわからないか?」
降参だ、と持っている銃を放り投げてから、両手を挙げ床に両ひざをついた。
「――こちらに戦う意思は無い。これ以上、戦闘が続けば双方に甚大な被害が出る可能性がある」
だから休戦を提案する、と大胆かつ一方的に切り出すジョエルの姿に、アサシンは面を喰らってしまう。
「……」
無抵抗のジョエルを見降ろしながら、アサシンは先程自身のマスターが斥候として送り込んだ魔術師ヘルマンの末路を思い返す。
あの時のヘルマンは、我が身可愛さに命乞いをしていた情けない存在であったが、いま目の前で跪いている存在とは不思議と被らなかった。
(――魔術師殿、如何される?)
念話でジョエルの提案に対する是非をマスターへ問うアサシン。
しかし返答は『殺せ』の一点張りで、むしろ何故そのような問いを投げてくるのかと糾弾される始末。聖杯戦争において、マスターが命を落せば、必然的に契約しているサーヴァントはパスが断たれ、現世に留まれなくなる。
至極真っ当な言い分に、代案を提示することができなくなったアサシンは止む無しと、身に纏っているボロ布から、ゆらりと黒塗りの短刀を携えた左手を晒す。
――さらばだ、名も知らぬ戦士よ。
短刀は音も無く同時に3本投擲され、それぞれがジョエルの心臓、首、頭へと銃火器の弾速を超える速さで向かっていく。
さらに、この照明が落された深夜の店内で、暗闇に溶けた黒い刃を捉えることは、常人どころか並みのサーヴァントですら不可能であろう。