※ジョエルの視点
――『これ』の特性に気付いてから、間合いに入って来なくなった。
ジョエルは、アサシンから放たれる無数の短刀に歯噛みする。
アサシンは建物自体の至る所を足場として、縦横無尽に移動しながら攻撃を繰り出していく。
これは先程ジョエルも兵士たちと戦っていた際に使った手だが、それはワイヤーを用いて疑似的に立体的な動きをしていただけで、アサシンの動きには遠く及ばない。
短刀の一本一本が全方位から的確に人体の急所へと向かってくるも、自身の背中から伸びる異形の尻尾で防ぐことが可能だった。
しかしアサシンは時折、その中の数本をわざと身体を狙わずに投げるのだが、これが厄介なことに、尻尾で弾いて宙に浮いた短刀に敢えてぶつけて、まるで銃の弾が跳弾するかのように方向を変えて襲ってくる。
平たく言ってしまえば、曲芸師でも目を剥くほどの恐ろしいナイフコントロールによって、短刀自体が三次元に動き回るのだ。
尻尾自体はジョエルと違い、より殺意の乗った攻撃を優先して自動(オート)で動くため、こういった場合はジョエル自身が躱さないといけなくなる。
跳弾することによって多少速度は落ちるが、それでも銃火器と遜色ないぐらいになる程度で、常人の動体視力であれば有無を言わず串刺しになっている。
だが、そこに悪意がある以上、アサシンが意図して作り出した射線を知覚しながら、ジョエルは紙一重で躱していく。
……ジリ貧だ。
戦況的に膠着しているように見えなくもないが、実のところ、瀬戸際だと感じていた。
その理由は、サーヴァントに対抗できる唯一の『戦力』を防御に使っている所為で、アサシンへの決定打がないことだった。
現代兵器が通用しないサーヴァントに損傷を与えるには、より強い神秘が刻まれたものでなければならない。
かといって反撃へ出たとしても、真っ直ぐ飛んでくる複数の短刀をジョエル自身で捌くことができない。
さらに、生身の人間であるジョエルはこれまでの戦闘で、肉体的にも魔力的にも疲弊しているのに対して、霊体であるアサシンには疲労からくる肉体の減退は存在しない。
もう何度目か、跳弾で角度の変わった短刀が、ジョエルの身体をかすめる。意識は追い付いているのに、身体が反応できなくなってきているのが現実である。
「……なぜ、マスターである貴様が直に戦う?」
アサシンは攻撃を止め、人間が高位の存在であるサーヴァントへ挑み続けている事態に、疑問を抱かざるを得なかった。
「さっきから同じような質問をしているが、それを知って何の意味があるんだ?」
マスターが最大戦力であるサーヴァントを付けずに、矢面に立っているのだから敵陣営からすれば好都合でしかない。そこに裏があろうがなかろうが、手を出したのだから獲れる時に獲るのが、勝利を求める者の至極真っ当な行動だ。
「お前こそ、勝つ気があるのか?」
「なんだと?」
「斥候として兵士を送り込んできた時、『気配遮断』を使って乱戦中に仕掛けてくればよかっただろ」
アサシンのクラスは『気配遮断』を用いて、他のサーヴァントの隙を突いてマスターを殺すことに特化しており、そのスキルの特性上『マスターの天敵』とも呼ばれている。
なので、そもそもアサシンというサーヴァントは、このように相手と正面切って戦うこと自体、正攻法ではないのだ。
「そんなスキルを持っておきながら、ご丁寧に姿を晒しているなど理解に苦しむ」
お前は本当に暗殺者なのか、と素直な感想で問いただすジョエル。
「――は、はは、はははは」
髑髏面の裏側から漏れ出す、掠れた笑い声にジョエルは身構えたが、何故かそこには一切悪意を感じられなかった。
「ははは、口惜しいが正論であるな」
理性的な言葉遣いの中に、心なしか快活さが入り混じる。
「しかし生憎と、これでも引けぬ身でな。気に食わぬが、マスターの命令だ」
ここで狩らせてもらう、とアサシンは身に纏っているボロ布から、黒い包帯に巻かれた棒のようなモノを出した。
おおよそ人体の右腕に位置するそれは、右肩部の延長にあるので『腕』であることは間違いないのだが、包帯によって肩から指先まで幾重にも巻かれていることから、人の腕としての役割を果たしていない。
もう片方の左腕と比べても一回りほど太く、さながら大振りの棍棒のように見えた。
――つまり、こいつは今まで左手だけで、これらを投げていたのか。
ジョエルは床に散らばっている短刀を見て愕然としながら、アサシンの右腕と思しきモノに注意を払う。これまでアサシンは投擲する短刀にのみ殺意を込めていたが、今はそれが全て右腕に集中している。
「――ぅぐぅっ?!」
次の瞬間、心臓を握り潰されるような痛みが襲い、ジョエルは思わず自身の胸に触れる。
幸いにも心臓はまだ胸の中で動いており、これが錯覚であることを認識する。
幻痛ながらも激痛を伴うほどに、アサシンの思い描く死のイメージが精巧であることから、これはそれほどに強力なモノなのだろう。
そして、それを可能にできるものをジョエルは少なからず知っている。
「……宝具!」