※ジョエルの視点
宝具――。
世界に召し上げられ、英霊として昇華した存在が持つ、唯一無二の象徴。
その英雄にまつわる武具や財宝、あるいは伝説から逸話に至るまで、幾千幾億の人々が思い描く幻想によって再現された奇跡。
故に『貴い幻想(ノウブル・ファンタズム)』とも呼ばれ、英霊の写し身であるサーヴァントにとって切り札にして真骨頂でもある。
黒い包帯に巻かれたアサシンの右腕が解き放たれ、姿を現したのは、血のように紅く染まった異形の手だった。
ジョエルはその手を見た瞬間、なぜ包帯に覆われていたのかを察する。アサシンから伸びる右腕は恐ろしく長く、直立しているのに関わらず、地面に着いて余るほどあった。だらりと垂れた状態のままでは行動に支障をきたすため、先程のように腕を折り畳んで包帯でまとめていたのだろう。
「苦悶を溢せ――」
手から腕へと血液が伝うように、右腕全体が紅みを帯びていく。
死神が鎌を振りかぶるがごとく、自身の腕を構えるアサシン。
「妄想心音(ザバーニーヤ)!!」
膨れ上がった殺意が弾けると共に、異質な力を纏った深紅の魔手が真っ直ぐジョエルへと向かっていく。
それに反応したジョエルの尻尾が、先程まで飛んできていた短刀同様に自動(オート)で叩き落とそうとするも、その動きを見つめるアサシンから伝わってきた悪意がきな臭く感じ、自らの意思で尻尾を止めた。
――あれに触れるべきではないな。
自分を中心にジョエルは、まるで蛇が蜷局(とぐろ)を巻くように尻尾を伸ばして、そこから生じる弾性を利用して飛び上がった。
間一髪で魔手から逃れるも、アサシンの腕自体は尚も伸び続け、空中にいるジョエルを追尾する。
ジョエルは尻尾を伸ばして遠くにある柱に巻き付け、自身の身体ごと引っ張り上げて、下から迫ってくる魔手を躱した。
しかし、それでも執拗に追いかけてくるアサシンの手に舌を打ち、尻尾に引かれるまま後退した先の壁面を足場にして、また尻尾をバネのようにしてさらに上へと跳躍する。
さながら詰将棋のような応酬を繰り返していると、アサシンはジョエルの逃げる軌道を読んで短刀を数本放つ。
すると今まで自動(オート)で動いていた尻尾を、無理矢理に手動(マニュアル)で操った所為で、飛んできた短刀に対して一手遅れる。辛うじて尻尾を割り込ませて防御にまわしたが、その隙を突かれてアサシンからの接触を許してしまう。
「くっ!」
深紅の魔手に右足を掴まれ、ジョエルはそのまま床へと叩きつけられる。コンクリートが陥没するほどの轟音が店内に響いたが、落下の衝撃を尻尾で逃がして受け身を取っていた。
……なんだ、これは?
このまま追撃されるものだと身構えていたが、気付けば魔手は足から離れていた。
反撃を恐れて早々に魔手から解放されたのかと思えば、今まで感じていた心臓を握り潰される錯覚がより一層強くなり、加えて魔手と自身の心臓が『何か』で繫がっているような感覚を覚えた。
それはジョエルにとって『一番身近な死によく似たモノ』であり、今尚、身の内から叫び続けている『声』と同じ類いのモノでもあった。
「呪いか!!」
すでに魔手はアサシンの前まで戻ってきており、その手の中には脈を打つ心臓が出現していた。
――間に合うか!?
宝具の仕組みを直感的にではあるが悟ったジョエルは、再び尻尾をバネのようにしてアサシンへ一気に距離を詰める。