Fate/stay alive   作:伊良部修平

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第一章
1日目 酒場


「――セナのウーデン出戻りを祝して、乾杯っ!」

男たちは互いのジョッキを合わせて、一斉に娘の帰郷を歓迎した。

言葉通りの意味であれば、一般の女性にとって侮辱に等しいのだが、娘はそれを笑顔で受け入れる。柄のついたオレンジ色のタンクトップに、所々破れたデニムのショートパンツといったラフな姿で、手をひらひら振りながら。

「ちょいちょい、結婚じゃなくって見合いだから」

「「「似たようなもんだろ!」」」

男たちはゲラゲラ笑いながら、安酒を勢いよく胃へと流し込んでいく。

そんな姿を眺めながら、店主のオルハンは連中が朝まで居座る気だと察し、観念したように溜息を吐いて、セナに声をかける。

「しかし、勿体ないな。相手は良いところの坊ちゃんだったんだろ?」

「まあね、良さそうな人だったよ――でも何ていうのかな、善い事しか知らないって顔しててさ」

セナは見合い相手の顔を思い浮かべながら、苦笑する。

「数日一緒にいたけど、アタシがここの話したら、震え上がちゃって。別に脅かすつもりはなかったんだけどね」

「ハハハ、そりゃそうだ!」

「ボンボンには刺激が強すぎたのさ!」

「たったの600マイルぐらいしか離れてねぇのにな!」

陽気な笑い声が絶えず、店内を温める。無法者たちが集まる、この『何も無い(ウーデン)』と呼ばれている地図にも載っていない町でも、それは変わらない。

善きものであれ、悪しきものであれ、そこに人がいれば、自然と営みは生まれる。

「あっ?」

「ん?」

「うん?」

新たにドアのベルが鳴り、男たちはセナ目当ての輩がまた増えたのかと思い、入口へ視線を向けると、そこには黒いフード付きのコートを着込んだ白髪の男が立っていた。

白髪の男は、やや大き目なダッフルバッグを肩に下げ、ゆっくりセナたちのいる方へと歩いてくる。その立ち居振る舞いを見て、この男が余所者であることに勘付いた男たちは舌を打った。

「おい、今日は俺たちが貸し切ってんだ」

「イカした頭の新参者(ニューカマー)は帰んな!」

しかし白髪の男は、セナと男たちが飲んでいるテーブルを素通りして、オルハンのいるカウンター前の席に座った。

機嫌を悪くした男たちは、席から立ち上がり、白髪の男に近寄り、手に取った拳銃やナイフをちらつかせる。

「聞こえてるか、帰れって言ってんだ」

「気味悪りぃ面しやがって、死人か何かか?」

「ブリーチキメて、染め忘れたのか?」

男たちの恐喝にも歯牙にかけず、白髪の男は真っ直ぐオルハンを見つめながら口を開く。

「構わないか?」

「ここはバーだ、客なら酒を頼め」

オルハンがそう言うと、白髪の男はコートの内側から札束を取り出して、カウンターの前に置いた。

「これで足りるか?」

「ふん――で、何にするんだ?」

その言葉を聞いた男たちは、ばつが悪そうにもう一度舌を打ち、持っていた得物を懐へしまう。

滞在を許された白髪の男は、相変わらずバッグを肩にかけたまま、オルハンの後ろにあるボトルラックに目を向けた。

「これで足りるぐらいの良い酒を二本――」

と、ここからが本命と言わんばかりに、言葉を区切ってから尋ねる。

「――それと、最近この町で変わったことはないか?」

 

 

オルハンはしゃがみ込むと、後ろにあるボトルラックからではなく、カウンター下にある戸棚から酒瓶を取り出していく。

そしてその手に握られている、小ぶりの四角いボトルを見たセナは、テーブル席から身を乗り出して指差した。

「あ、そのウィスキー。縁談先の家にもあったよ」

「日本産のものは品質が高くて、ここいらじゃあ出回らないからな」

「おいおい、そんな良さそうな酒があるんだったら、俺らにまわせよ」

「こんな余所者に振る舞ってんじゃねえよ、オルハン」

しかめっ面になったオルハンは、白髪の男の前に注文通り二本のウィスキーボトルを置いた。

「だったら、こいつみたいにまともな金を出してから言え」

白髪の男は、その内の一本を手に取って、後ろで不満を漏らす男たちに向けて放り投げる。

慌ててそれを受け取った男たちは上機嫌になり、セナのいるテーブルへ持ち帰り、奪い合いを始めた。

オルハンはもう一本のボトルを開けて、自身と白髪の男の前に置かれたグラスへ琥珀色の蒸留酒を注いでいく。

「最近、お前みたいな余所者がこの町に出入りし始めた」

そう言って注いだグラスに口をつけると、じっと目の前にいる白髪の男を眺めてから、一口含んで、ゆっくり喉を鳴らすように呑みこんだ。

「どちらかといえば、お前さんはこっち側みたいだが、他の奴らは明らかに場違いだったな」

「――そうそう、今日見た人なんて、やたら派手なドレスを着ててさ。出された料理に大声で文句言ってたよ!」

すると先程までテーブル席にいたセナが話に割って入り、カウンターに置かれているボトルを取り上げて、チラリと伺ってから自分のグラスに注ぐ。

セナの言葉にオルハンも頷く。

「ああ、あのドリル女だろ?」

「ドリル? 削岩機を持ち歩いているのか?」

白髪の男が疑問を投げる。

それを聞いたセナは、大げさに右手を左右に振って否定する。

「違う違う。髪がブロンドでね。こうクルクル~って巻き毛がドリルみたいになってんの」

自身のこめかみ付近で、右手をらせん状に振って表現する。

「古いコメディでしか見たことねえよ、あんな絵に描いたようなお嬢様みたいな奴」

「大方、どっかのシマのボスが囲ってる愛人か何かだろ?」

「黒服のボディガードも二人連れてたみたいだしな」

いつの間にか男たちも話に加わっていて、さっきまで奪い合っていたボトルが、空になって床に転がっている。

オルハンはそれを見て、深いため息を吐くと、自分のグラスに口をつけた。

「そのドリル女とは別だが、この前、早朝に買い出しへ行った時は、車椅子に乗った女を見かけたな」

「あの虫も殺せなさそうな面の奴だろ?」

「確かメガネをかけたヒョロい男も傍にいたぞ!」

「この女にこの男あり、って奴らだったな!」

「――んで、ろくに掃除されてねえ道を、しんどそうに車椅子で進もうとしているもんだからよ。チンピラ共に絡まれる前にさっさと帰んなって、言ってやったんだがな。そしたら『ありがとうございます』ってお辞儀なんてしてくるから、目が点になっちまったよ」

「正気じゃないな」

白髪の男は、俯きながら呟いた。

「だろ?」

「銃弾が飛び交う場所を車椅子で移動するなど、死にに行くようなものだ」

余程の覚悟と準備をしているのだろう、と何やら考え始める白髪の男。

「いやそうだけど、そうじゃないっていうか……あんたって天然?」

セナが苦笑する傍らで、男たちの中の一人が思い出したように、仲間へ問いかける。

「そういえばお前、ちょっと前に犬を連れた東洋人を口説いてたよな?」

「あ、ああ……、あれな……あれは、そうだな……」

「ん、どうしたの?」

歯切れの悪い返答をしていたので、何やら勘ぐるセナ。

「はっはーん、どうせ、いつものノリで迫ったんでしょ。あれじゃあ、この町でギリ通用するかもだけど、余所の人が相手じゃムリムリ」

興味本心で掘り下げていくと、なぜかオルハンが「そのへんにしといてやれ」と珍しく庇った。

「こいつ、その東洋人の連れていた犬に金玉噛みつかれたんだよ」

「えっ、あ、そうなの? 大丈夫?」

「い、一応、診てもらったが……変な病気とかになったりしないよな?」

「ダ、ダイジョブじゃねえかな?」

「あ、ああ……」

全員が口をつぐみ、重たい空気になったところで、白髪の男が口を開いた。

「訓練された猟犬じゃなかっただけでも幸運だ。あれは人間が相手でも躊躇なく首筋に喰らいついてくる」

「……そ、そうなのか? まあ死ぬよりかは、こっちの方がマシだがよ……」

「傷病が怖いなら切り落とせばいい。首に代えは効かないからな」

淡々と事実を話す白髪の男に、股間を噛まれた男は、ぞくりと悪寒を感じて震え上がった。

 

 

「それで、お前さんこそ何なんだ?」

怯える男を憐れんでから、オルハンは改めて白髪の男に尋ねる。

「変わった奴らって言うなら、お前さんもそれに入ってるんだがな」

オルハンの言葉にハッと全員が思い出し、一斉に便乗し出した。

「そもそも何だその頭、気持ち悪りぃな」

「この町じゃあ、いい的にしかなんねえぞ」

「右手の『刺青』もダセぇしよ。トライバルなら普通、腕や肩にするもんだろうが」

「人旗揚げたけりゃあ、まず見てくれより結果だせ」

矢継ぎ早に罵詈雑言が呼び交う中で、セナは品定めするように白髪の男を見つめる。

「あんた、名前は?」

「ジョエル・フリードキンだ」

「ふーん、ジョエルって西洋圏の名前よね」

自身の指をカメラに見立てて、ファインダー越しでも覗くかのように、ジョエルを観察する。

「あんたって、その白髪(しらが)を抜きにすれば、東洋人っぽいよね?」

上目遣いで見上げてくる視線が、自身を試していると悟ったジョエルは、セナの瞳を見つめ返し事実を述べる。

「わからない」

「わからない……って、自分のことでしょ?」

身分を偽っているのなら、曖昧な答えで煙に巻かれると踏んでいたが、予想外にも『知らない』と返答されてしまう。

髪の色の所為で老けて見えがちだが、それを抜きにすれば自身と年相応のティーンエージャーだとセナは感じた。

業を煮やした男たちの一人が「んじゃあ生まれは何処なんだ?」とセナの代わりに問いただす。

「生まれた国は知らないが、気付いた時には『シュタ』にいた」

その国の名前を聞いた瞬間に、一同は息を呑んで黙ってしまった。

「……あそこにいたのか?」

一瞬の沈黙の後に、オルハンが口を開いた。

「ああ」

「お前さん、歳は?」

「数えたことがない」

「シュタにいた時の滞在期間は?」

「従軍期間は1997年から2000年だ」

再びジョエルの言葉に、一同は押し黙ってしまう。

「……10年ぐらい前のシュタっていえば、一番やばかった時だよな」

「いやいや、こんなガキがあんなところで、生き延びられるわけないだろ」

「でまかせ言ってるんじゃねえのか?」

余程信じられなかったのか、少し遅れて男たちはちゃちゃを入れ始めるも、オルハンに制された。

「いや、むしろあの時期だったら、少年兵の方が多かった筈だ」

絶句していたセナは「従軍って……」と、ぼそり呟く。

自身と同じくらいの年齢の男が、逆算しても10代に満たない年齢から、地獄のような戦場で戦い続けていたのだと思うと、何も言葉が出てこなかった。

「それで、お前さんは何をしにこの町へ来た?」

素性を察したオルハンだが、今日初めて会った人間に情など湧くわけも無く、ただ己の利害のみを追求するために、目の前にいる余所者に目的を尋ねた。

その質問に対して、ジョエルの答えは実にシンプルだった。

「探し物があって、ここに来た」

「探し物?」

セナが訊き返すと、ジョエルは頷いた。

「ああ。手に入れれば、すぐに出ていく」

「それって――」

なに、と口に出すより先に、ガラスが割れる音が店内に鳴り響き、何かが投げ込まれた。

それは戦場を識る者であれば、誰もが一度は目にしたことのある歩兵の基本的な携帯装備――手榴弾(フラググレネード)だった。

一体何事かとセナが振り返る前に、服を引っ張られ、前方のカウンターの内側へ転がり込んだ。

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