※ジョエルの視点
数泊置いてから、プレラーティはクルっと快活そうにジョエルへ向き直る。
「まさかジョエルがマスターに選ばれるなんてねー?」
そこには、今しがたまで被っていた『運営側』としての顔は抜け落ちて、人懐っこい笑みに戻っていた。
ジョエルはプレラーティを睨みつけ、様子を伺っている。
「もぉーそんなに警戒しないでよ、ホントに今回はルール説明に来ただけなんだってば♪」
「お前は信用できない」
「フフフ、今はそれで構わないよ。君がマスターで有り続ける限り、参加者の権利として尊厳は守られることになっているからね♪」
――つまりマスターの権利を失えば、『あそこ』へ逆戻りということか。
勝ち残らなければならない理由がまた一つ増え、その元凶となっている存在をさらに睨んだ。
ジョエルの視線を受けてプレラーティは、得も言われぬ快感を覚え身を震わせていると……。
「おやおやー?」
ふと視界の隅に映った『部外者たち』に目が留まり、醜悪な笑みを浮かべた。
「そういえば、さっそくここに犠牲者候補がいましたなー」
身の危険を感じたセナは、後ずさりをしながら目の前にいる不気味な少女が、人ではない何かに見えて恐怖する。
「さあージョエル? この気の毒な目撃者たちを、君のサーヴァントに食べさせるといいよー♪」
聖杯戦争のルール説明を何となく理解したオルハンは、いよいよ不味いと判断し、手に持っていた散弾銃をジョエルとプレラーティのいる方へ向けた。
「畜生! やっぱそうなるのかよ!」
「やめて!」
声を上げて、銃口を向けるオルハンを抑えるセナ。
その様子を伺いながらジョエルは身構える。
「躊躇う必要なんてないよ♪ 君だって今後のことを考えたら、少しでもサーヴァントに楽させたいでしょ?」
「……」
黙ったままジョエルは背中から尻尾を出現させる。
そして先程のアサシンにしたように――今度はプレラーティの腹部へそれを突き入れた。
「オッブゥっ?!」
反射的に全身が強張り、貫かれた腹部から逆流した血液と、圧迫された肺から息が押し出されて奇怪な声となる。プレラーティは目をパチパチと瞬きさせ、ようやく自分の身体にジョエルの尻尾が刺さっていることに気付く。
「アァアァ、アァァア! やっぱり君はブホォブホォッ――」
恍惚とした顔で何かを喋ろうとしているが、口から吐き出される血反吐が邪魔で言葉にならない。
ジョエルは尻尾を操り、プレラーティを身体ごと持ち上げると、そのまま頭部の方から真っ逆さまに地面へ叩きつけた。
肉が潰れた音が店内に響き、尻尾の先には腹部を貫かれた状態で身動き一つしなくなった少女の死体が出来上がる。
身体に付いた汚れを払うかのように、尻尾を振ることでプレラーティだった肉塊は尾先から放り出され、惨たらしく地面に転がった。
「……」
「……」
さながら大型の肉食獣が獲物に止めを刺すような、その異様な光景を目にしたセナとオルハンは口を噤んでいた。
すると今まで傍観を決め込んでいた他陣営の使い魔たちが、潮時と言わんばかりに各々動き出し、店の入り口へ向かっていく。ジョエルは、ここ一帯に漂う自身を詮索する意思が薄れていくのを感じながら、使い魔たちが屋外の闇に消えていくのを見送った。
「……はぁ」
もう何度目かの静寂が店内に訪れる。
ようやく危機が去ったのを確認したジョエルは、背中から尻尾を消した。
安全確保のため、廃墟と化した店内を見渡していると、それを察したセナが口を開いた。
「……今度こそ終わったの?」
「ああ。間に合うかどうか解らないが、死にたくなければ町を出ろ」
「それは俺たちを、そのサーヴァントってのに食わせない――ってことか?」
疑いの目を向けてくるオルハンに、ジョエルはゆっくりとその視線に合わせた。
「二人分の命で取れる魔力なんて高が知れてる」
「――だったら店に入ってすぐの人が多いタイミングで殺ってる……ってわけか」
わかったよ、と両手を挙げて降参のポーズを取るオルハン。
「じゃあ、お前さんの言葉に甘えさせてもらうよ」
必要最低限の旅支度を整え、未だ呆然としているセナに声をかける。
「おいセナ、ぼさっとするな。おやっさんも呼んで、さっさと町を出るぞ」
「え、あ、ううん……」
※セナの視点
言われるがままオルハンの背中を追おうとしたセナの耳に、後ろから何かが倒れる音がして振り返る。そこには、疲労が限界に達したことで気を失い倒れたジョエルの姿があった。
「ジョエル!!」
自然と体が動き、ジョエルに駆け寄ろうとするセナ。
しかしセナとジョエルを遮るように、青白く発光する粒子が集まっていく。
「今度は何!?」
新手の敵かと身構えるセナだったが、姿を現したのが十代に満たない子供だったことに面食らってしまう。
淡い金髪(ホワイトブロンド)のショートヘアがふわりと揺らめく、不思議な雰囲気を纏った少年。
貴金属のような光沢のあるチェック柄が印象的な金色のマフラーと腰巻を身に着け、古代の貫頭衣(チュニック)を思わせる純白の衣服を着ている。
中でも一番セナが驚いたのが、その少年がふわふわと宙に浮き、今も自分と同じ目線にいることだった。
「だめ、だよ」
「え?」
「いまのジョエルに、ちかづいたら、ほんとにしんじゃうよ」
この国の言葉を覚えて間もないのか、そもそも言葉というものに慣れていないのか、見た目通りのあどけない口調で話す少年を、これまでの出来事から信じることができず恐る恐る尋ねる。
「あなたも……さっきの人たちの仲間なの?」
セナの言葉に首をかしげる金色の少年。
「? ぼくは、ジョエルのなかまだよ?」
透き通った空色の瞳が真っ直ぐそう伝える。
セナは、少年の言葉を信じることを決めた。
「アタシ、ジョエルを助けたいの」
どうすればいい、とセナが少年に尋ねると、横からオルハンが口を出す。
「やめとけ、もうこいつらに関わるな」
「だって、ジョエルはアタシたちを助けてくれたんだよ!」
胸の中のわだかまりに気を取られて、つい声を荒げてしまう。
オルハンは神妙な面持ちで、聞き分けの無い子供を諭す。
「さっきの話聞いただろ? そもそも、こいつが来なければ、こんなことにはならなかったんだぞ」
「それは……そうかもしれないけど……。でも最初の襲撃でジョエルがアタシたちを見捨てなかったから、こうして生きていられるんじゃん!!」
これまで見てきたジョエルの戦力を鑑みれば、兵士たちの襲撃の際に店から逃走することは容易であったろう。逆にその後に残されたセナとオルハンでは、入口と裏口を抑えられた状況で脱出するのは困難を極める。
オルハンは根本的な原因を追究しているのに対して、セナは起こったことをありのまま受け止めて、それを含めた上で行動しようとしている。
一体どっちが子供なのか、とオルハンは内心で苦笑した。
「……わかった、勝手にしろ。俺はしばらくこの町を離れる」
とばっちりは御免だ、と床で気絶しているリーダーの男を肩に担いだ。
そして入口へ進んでいくと、その前で立ち止まり、セナの方へは振り向かずにまた口を開く。
「死ぬなよセナ、お前さんに死なれると目覚めが悪くなる」
「うん、オルハンもね。ほとぼりが冷めたら、また店やってよ。まともなお酒が飲めるのはここだけだから、じっちゃんも寂しがるだろうし」
「そうだな」
その内な、といい加減な口約束を残してオルハンは店を出ていった。
これが今生の別れであることはセナも薄々気付いていたが、それでも気休めに言ってくれることを嬉しく思った。
闇に消えていくオルハンの背中を見送ってから、セナは意を決したように「さてと――」と少年の方へ改めて向き直る。
「アタシはセナ。ええっと、君のことは何て呼べばいい?」