ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトは、自身のサーヴァントに頭を悩ませていた。
「すごいな、ルヴィア! あのマスターは! 本当にアサシンを倒してしまったぞ!!」
まるで子供のにように目を輝かせる姿は、嘗て数多の戦場を駆け抜けた勇猛果敢な英雄像とは程遠い。
聖杯戦争の開始宣言とほぼ同時刻に、アサシンのサーヴァントが消滅し、その情報は各陣営へ知れ渡ることとなった。
当然ルヴィアの陣営も使い魔を放っていたため、その一部始終を目撃したのだが、自身の召喚した『剣士』の英霊が、それに触発され感極まってしまい手に負えなくなっている。
「セイバー、少しは落ち着いたらどうですか?」
「いいや無理だ!」
試しに諭してみると、赤毛の混じった金の髪を乱しながら、青年が大きくかぶりを振った。
「実際、あの初戦を覗き見していた者たちの、誰もが度肝を抜かれたことだろうさ!」
それは君も同じだろう、とセイバーが同意を求めてきた。
「……確かに、大番狂わせだったのは認めますわ」
開催地ウーデンからやや離れ、北西に位置する郊外の邸宅。
世界中の魔術による闘争に介入して成り上がって来たエーデルフェルト家が、様々なコネクションを利用して造った存在しない建物。
土地の接収から物資の流通に至るまで、財の力で記録上から痕跡を消し、約1エーカーの広域な敷地を『人除け』と『認識阻害』の結界を駆使して、開拓および建築の隠蔽を行いつつ築き上げた『魔術工房』。
そして極めつけは召喚したセイバーの協力で、工房の防御機構を対サーヴァント用まで底上げしたことによって、鉄壁の要塞と化している。
現在は、その中の一室を談話室として使い、セイバーと今後の方策を詰めていたところで、このような話になってしまった。
「――お嬢さま」
すると主人の気分を察し、初老の従者がルヴィアの前に紅茶の注がれたカップを出した。
立ち込める湯気が鼻孔を擽り、それが自分の気に入っている銘柄で淹れられていることに、思わず微笑んだ。
「ありがとう、オーギュスト」
お礼を言うと、初老の従者は一礼で応えて半歩後ろへ下がり、後方で待機しているもう一人の黒人の従者の横へ並び立った。
ルヴィアはカップの持ち手を摘まみ、紅茶を一口含んでから、ゆっくり喉へ通して一息つく。
そして横に流した自身の髪を手櫛で梳くと、カールした長い金髪がふわりと揺れた。
「何はともあれ。アサシンが消えてくれたおかげで、長かった前哨戦もお終いね」
昨夜の初戦が始まる以前は、各陣営がこぞって互いの勢力図を把握するために、町中へ使い魔を放ち情報収集を行っていた。
しかしその中で、こと情報戦において絶大なアドバンテージを誇るアサシンの『気配遮断』スキルにより、ルヴィアを含めた他の陣営は妨害を受けて、まともな情報すら掴めなかった。
ならば打って出ようと直接サーヴァントを町に放とうものなら、手薄になったマスターが闇討ちされかねないので、サーヴァントも迂闊に動けず、だらだらと約一カ月もの間、不毛な争いを繰り広げていた。
「ああ! これで腹の探り合いをしなくて済む。やはり戦は正面切って戦うのに限るな!」
戦端を開いてくれた彼には感謝したいくらいだ、と素直な感想を述べてから、セイバーは瞳を獣ように爛々と輝かせる。
「それで、今後の方策を決める話だったな」
ようやく本題に入れると辟易しながら、ルヴィアは自身の案を口にする。
あらかじめセイバーと決めていたことだが、変化し続ける戦況に応じて互いに案を出し合い、仮に意見が割れた際は妥当性のある方へ舵を取るようにしている。
そこに召喚者と使い魔という主従の関係は無く、聖杯を手に入れるために轡を並べる同志として事に当たる――と、そう取り決めている。
「――ええ、まずは同盟者を決めます」
事前に告知はされていたが、聖杯の起動に必要な英霊の魂は七体に対して、今回の参加枠は全部で九枠存在する。
過去行われた聖杯戦争では、召喚された英霊を全て聖杯に入れなければならなかった手前、それが原因でサーヴァントとマスターの間に仲違いが起こり、瓦解した陣営も少なくなかった。
しかし今回はその問題が無く、しかも二つの陣営が同時に勝者となれるのであれば、同盟を結ばない理由が無い。中には先んじて開戦前から同盟を結ぶ陣営もいたのかもしれないが、ルヴィアは戦況を見極めてから同盟者を選ぶと決めていた。
その意味するところは、煩わしい裏切りなどで他の陣営に情報が洩れるリスクを無くしたかったのと、人の真価が最も試されるのは戦場の中だと思っているからである。
「おお同盟か、いいな! 俺も嘗ては同盟軍を率いて聖地を目指したものだ!」
新たな期待に胸を膨らませるセイバーだったが、突然何かを察して険しい表情でルヴィアを見つめた。
「だが、ルヴィア。背中を預けられる相手を決めるからと言って、片っ端から喧嘩を売ろうとしてはいけないぞ。君は好戦的だからな、交渉事なら必ず俺を呼んでくれ!」
「……あなた、私に喧嘩を売っているのですか?」
右手で拳を握り、左の手のひらで鳴らしながらセイバーへ睨みを利かせるルヴィア。
握り込んだ手の甲には、三度しか振るえない令呪がすでに二画になっていた。
「ま、待って欲しい、マスター! 頼むからもう令呪は使わないでくれ! 今後の戦闘で一画しかない状態は流石に心許ない!!」
ルヴィアの感情に答えるかのように赤い光を帯びていく令呪を見ながら、セイバーは慌てながら必死に懇願するのだった。