「あのジョエルとかいう魔術使いのマスター。現地の一般人を巻き込んで、一体何を考えているのかしら」
玲瓏館美沙夜は、使い魔を通して観た昨夜の初戦を思い返しながら悪態をついた。
多くの魔術師が求める到達点である『根源』――すべての事象の原点へ辿り着くために、そこから漏れ出す『魔術』を道標とし、魔術師達は永遠に近い探求を続けている。
しかしその道のりが一般に知られることによって、大衆に呑み込まれて神秘が神秘で無くなってしまう。故に魔術師という人種は、自身が操る魔術の最奥を他人に決して明かさず、後継者のみに受け継がせる。
それに対して魔術使いという人種は、『根源』への到達を断念した、あるいは元から目指す気が無く、他の目的のために魔術を扱う存在で、正道を歩む魔術師からは忌避されている。
「神秘の隠匿は常識であり、それは魔術使いであっても例外ではない筈」
魔術師も魔術使いも神秘の隠匿については目的が一致している。基本的に魔術の効力が発揮される基準として、その魔術が一般にどれほど周知されているかどうかで決まる。
効力が落ち続ければ、魔術師は『根源』への道が遠のき、魔術使いも扱う魔術のキレが落ちるため、一般人には細心の注意を払わなければならない。
にも関わらず、ジョエルというマスターは、その場に居合わせた二人の一般人に、何の対処もせずに放逐し、その内の一人はすでに町を出奔してしまった。
――つまり、『あれ』は魔術使い以下の屑ということね。
「ああいう手合いには、虫唾が走るわ」
私が管理する土地なら、真っ先に殺している。
「美沙夜」
透き通るような声がしたと思えば、魔力の粒子と共に、黒い戦装束を身に纏った女性が姿を現した。
「気を静めろ。身体に障るぞ」
「……そうね。ありがとう、ランサー」
浮世離れした紅い瞳に威圧された美沙夜は、自身を諫めてくれたことに感謝を述べる。
だが、それでいて未だに心此処に非ずといった己のマスターに、『槍兵』の英霊は溜息を吐いた。
――現代の魔術師とは難儀なものだ。
神代から生きる己と、神秘の消えゆく現代の者では価値観が大きく異なっていることを自覚する。
零落しているとはいえ、己の時代から受け継がれてきたものを、今でも保ち伝え続ける魔術師という存在を誇らしく思う反面、別の感情を抱いてしまう。
文明の水準が上がれば上がるほど、魔術師は苦しみ続ける。一方、魔術使いは代用できる物があれば、魔術から科学に替わっても構わない。
そのように、ある意味で魔術に囚われ縋り続けることに、一種の憐憫を感じざるを得なかった。
「あの戦いは、本物だったと思う?」
「それはどういう意味だ?」
含みのあるマスターの問いに、ランサーは腕を組んで訝しんだ。
「日本の冬木で行われた『四度目の聖杯戦争』でも、初めに敗れたのはアサシンだったそうよ」
「ほう」
冬木の聖杯戦争と聞いて、ランサーの心が僅かに動いた。
「だけれど、そのアサシンは『百の貌のハサン』と呼ばれ、百体まで分裂できる『宝具』を持っていた――という記録が残されているわ」
「なるほどな、最初の一匹を捨て駒にして、残りの九十九匹で虚を突くか」
策としては面白い、ランサーは過去に散った暗殺者へ賛辞を贈った。
「つまり、美沙夜は昨夜の戦いが茶番だったと言いたいのだな?」
「ええ、そもそも人間がサーヴァントに勝つこと自体、疑わしいわ」
その最たる理由が、神秘は『より強い神秘に屈服する法則』があるため、人類史の象徴たる英霊を打倒するには、それに匹敵する神秘を用意しなければならない。
現代兵器は言うに及ばず、神秘の薄れた現代の魔術では、サーヴァントに傷程度なら付けられるかもしれないが、致命傷を与えることなど無理に等しい。
しかしそれでも、この世にはまだ高位なる存在は残存しているが、その御歴々があのような『薄汚い戦い方』は決してしない。
「あの運営側とも顔見知りのようだし、昨夜のあれは出来レースだったのではないかしら」
アサシンが消滅してから、見計らったかのように出てきた、あの胡散臭い女――確かプレラーティと名乗っていたか。
「いや、それはない」
自分の言った言葉に対して、間髪入れずに否定するランサーに美沙夜は目を剥いた。
「あれは、紛うこと無き戦士の戦いだった」
ランサーもまた、数多の戦場を駆け抜けてきた伝説の戦士だ。
その直感から断言しているのだろうが、どうにも美沙夜には受け入れ難かった。
「……では、ランサーは『あれ』をどう見る?」
「マスターとしては下の下だが、勇士としては先ず先ずと言ったところか」