静けさに満ちた一室で、3人の男女がそれぞれ顔を顰めていた。
「なあ義弟(おとうと)よ、なぜ妻はああも機嫌が悪いんだ?」
「いや、何に人の姉を勝手に妻呼ばわりしてんだよ、アンタ」
人類史に刻まれた最高峰の使い魔に向かって、カウレス・フォルヴェッジは思わず暴言を吐いてしまった。
下手をすれば、自身の発言でサーヴァントの機嫌を損ない、指先一つで命を奪われかねない局面なのは明白だ。いかに人理の守護者と言えども、中には生前に数え切れないほどの人を殺した英霊も存在するし、少なくともこのサーヴァントは『その手の類い』である。
ましてや、カウレスのような『マスターでは無い者』に容赦する必要が無い。
「……」
それでも自分の中で譲れないものがあったのか、反射的に出てしまった言葉に後悔しながら目の前にいるサーヴァントを見上げると、そこには近代ヨーロッパの洋装を思わせる、煌びやかな軍服を身に纏った筋骨隆々の偉丈夫がそびえ立っていた。
「だがフィオレは否定しなかったぞ?」
しかし、言われた当の本人は、気分を害した様子もなく、きょとんとした顔で自身の顎髭をいじりながら、こちらを見下ろしているだけだった。
「そ、それは、そうですけど……」
図星を突かれたカウレスは、素に戻って言い淀んでしまう。
実のところ、この『弓兵』のサーヴァントを召喚したのはカウレスではなく、その姉のフィオレ・フォルヴェッジであった。
三カ月前にマスターの証である令呪が宿ったフィオレを見た、フォルヴェッジ家はこれを天啓と受け取り、大枚をはたいて『ある帽子』を取り寄せた。
それを『触媒』として用い、文字通り『大陸の覇者』と成った人物を召喚することに成功したのだが……。
どういう訳かこの英霊は『現界するごとに、愛する女性を一人決める』と出合頭に宣言し、その妻となる人物をフィオレに定めてしまった。
当然これから聖杯戦争に臨む手前、余分な欲を捨てなければならない身のため、求婚を断るつもりだったが、拒否すれば契約を打ち切られる可能性があったので、安易に断ることもできず、返答を先延ばしすることで事無きを得た。
それからというもの、このサーヴァントは事あるごとにフィオレの気を引こうと、愛の言葉を囁くようになってしまった。
「――カウレス、アーチャー! 二人とも何を言い争っているのですか?」
すると横から突然、話題の渦中にある当人から、お叱りの声が飛んできた。
車椅子に座っているフィオレがくるりと方向転換して、カウレスとアーチャーへ交互に睨みを利かせる。
「これから本格的に聖杯戦争が始まるというのに、もっと真剣になりなさい」
「まあ落ち着けよフィオレ。俺たちはただ、互いに理解を深めていただけだ」
フィオレの一括に臆することなく、満面な笑みでカウレスの肩を組むアーチャー。
「アサシンが倒れたことで、色々と自由に動けるようになったのは良いが、内側を盤石にすることも重要だと思わないか?」
本人が意図して話しているのかは分からないが、命を預ける相手に後ろめたさを感じたのか、フィオレは押し黙ってしまう。
「それで? 我が愛しのメイトルは、何を悩んでいたんだ?」
「……昨夜のマスターのことです」
人がサーヴァントを討ち取った異常な戦闘を思い返しながら、フィオレは頼りなさげに呟いた。
「あのマスターが魔術使いであることは明白ですが、それでは説明し切れない部分があるような気がするのです」
「確かに、最初の戦い方自体は魔術使いのようだったけど……」
カウレスはそう言いながら顎に手を当て思案する。
昼夜問わず銃声の絶えない危険な町ではあるが、昨日の夜に限って初めて耳に入った爆発音へ当たりを付けて使い魔を放ってみれば、件のマスターと背広姿の魔術師が戦闘している場面に出くわすことができた。
そこで観た現代兵器の代表である銃器を使い、相手の意表を突くトリッキーな戦い方は、自身の練り上げた魔術をぶつけ合う魔術師の戦い方とは似ても似つかなかった。誉など糞喰らえと言いたげな、そのスタンスを、アーチャーを召喚する前のフィオレとカウレスは痛いほど味わってきた。
マスターであるということは、サーヴァントを従えて聖杯を手に入れる権利を有しているという意味でもあるため、当然その権利を狙って殺し屋紛いの魔術使いを差し向けられることは少なくなかった。
中でも『獅子劫界離』という魔術師が扱う、『死霊魔術』のエッセンスを現代兵器に落とし込んだ魔術礼装を使った戦い方は、先の一戦と比べて近しいものを感じた。
「でも、その後のアサシン戦で使った『あれ』は、本当に魔術礼装だったのか?」
無数の歪な刃が生えた、赤黒い尻尾のような異形なモノ――。
使い魔と視覚を共有して観ていたので、大した情報は拾えなかったが、およそ人が反応できない速度で動くアサシンに対応しているように見えた。まるで礼装そのモノが意思を持っているかのような常軌を逸した動きだった。
「ん――サーヴァントを殺せたってことは、『あの尻尾みたいなヤツ』が宝具並みの代物ってことじゃないのか?」
アーチャーの一言で、フィオレとカウレスは互いを見合わせた。
「……人が、そのような物を操れるのですか?」
「いや姉さん。俺のいる『エルメロイ教室』にも同じような奴がいるから、有り得ない話じゃないと思う」
カウレスは、自身の師匠筋にあたる魔術師の内弟子である――あのフードを被った少女を思い浮かべながら、アーチャーの言葉を受け入れた。
それに対して半信半疑なフィオレは、件のマスターへの警戒心を強めると共に、その動向に注意を払うことを決める。
「では、あのマスターは今後どのような行動を取るのでしょうか?」
その問いにアーチャーは、然もありなんと言いたげに腕を組んで天井を見上げた。
「まあ普通に考えれば同盟者を探すだろうが、昨日と同じ戦いを続けるのであれば、次ぐらいで死ぬだろうな」