気がつけば、ジョエルは白と黒の世界に立っていた。
見渡す限り果ては無く、天は白く染め上げられ、地は黒い泥に満たされている。
「またここか」
心底うんざりしながら、ジョエルは吐き捨てた。
意識を鮮明に保てていることから、夢というわけではないようだが、現実とは明らかに異なった場所にいるとだけは認識できる。
この世界は、これまでに数回訪れたことがあり、深い眠りへ落ちた際に決まって行き着く場所でもあった。
「……」
ここへ来る度に、あの白い空から滲み出た黒い泥が地に落ち続けている。
初めは水たまりにも満たなかったが、現在はジョエルの腰のところまで嵩が増し、辺り一面が沼と化している。
――気を失ったのは、あの酒場を出る前だったな。
直前まで自身に向けられていた悪意の中に、敵意は含まれていたが直接的な殺意がなかったのを確認している。
仮に他の陣営から襲撃を受けたとしても、気絶した後のことは『あいつ』に任せている。
手の内を晒すことになるが、並みのサーヴァントでは触れることすらできないだろう。
『なぜ、自身のサーヴァントを呼ばなかった?』
不意に後ろから問いかけられて振り返ると、そこには人のような形をした黒い泥がジョエルの前に立っていた。
表情どころか顔すらない、人とは呼べない何か。
これが一体どのような存在なのかは解らない。
ただ、どういう意図があるのか、毎度ジョエルの前に現れては、これまで起こした行動に対して、その是非を問いかけてくる。
おそらくだが、今回の問いはアサシンとの交戦のことを訊いているのだろう。
本来、敵陣営のサーヴァントと遭遇した際は、マスターは出来うる限り後方へ下がり、自身のサーヴァントを呼んで戦わせるのがセオリーだが、ジョエルはそうしなかった。
高名な魔術師でもある他のマスターたちでさえ、傍から見れば自殺行為にしか捉えられない常軌を逸した行動だと考えるであろう。
「アサシンは『敏捷』の高いサーヴァントだった。加えて『筋力』も次いで高かったことから、あの素早さが身体能力によるものだと想像がついた」
敏捷と言っても必ず足の速さに直結するものではなく、所有している宝具やスキルからくる評価もある。斯く言う自分のサーヴァントも『敏捷』が高いものの、素早さに長けているわけでない。
「あの狭い屋内で、呼んだところで大した戦力にはならなかった」
嘘偽りの無い返答をすると、人型の泥はそれ以上何も言わなくなり、静かに沼へと戻っていった。
それが終わりの合図であることを既に知っているジョエルは、星一つ浮かんでいない白い空を眺めるのであった。