ジョエルが目を開けると、見慣れない天井が視界に映った。
これまで多くの戦場に放り込まれ、根無し草のような生活を送っていたジョエルによって、天井が変わることに別段驚きはしなかった。
ただ意識を失う前に予想していた場所とは違っていたことに、若干の戸惑いつつ、状況を把握しようと辺りを見渡す。
戦場となった酒場は、初めの襲撃で銃弾や手榴弾によって廃墟と化した。
対して、今いるこの屋内にも所々弾痕は見えるが、明らかに生活感のある空間だった。
天井にはシーリングファンが回り、裸電球が等間隔に吊るされている。
――どこだ、ここは。
現在ジョエルは、ソファの上に横になっている。
普段から外敵に備え、寝床へは入らず、身を屈めて軽い眠りにつく程度にしているので、この状況は誰かがこの場所へ運んだのだと思われる。
加えて体や手足が縛られていないことから、敵陣営の捕虜にされたわけでもないらしい。
「あ、おきた」
声のした方へ視線を向けると、ソファの下から金色の髪をした少年が顔を出した。
「おはよう、ジョエル」
スカイブルーの瞳が、じっとこちらを見つめている。
それを見つめ返しながら、ジョエルは眼前の自身と契約しているサーヴァントへ命令する。
「状況を説明しろ、ボイジャー」
「ここはね、セナのいえだよ」
「……セナとは誰だ?」
聞き覚えの無い名前が出て眉をひそめていると、部屋の奥から見覚えのある女が姿を現した。
「うわ、昨日会ったばっかりなのに覚えてないとか、ひどくない?」
セナはジョエルの発言に落胆しつつ、自身の長い黒髪を両手で一房に結っている。
「なぜ逃げていない?」
気を失う直前の記憶が正しければ、この女ともう一人の男へ逃げるよう言っておいた筈だ。
これより先、常人では及びもつかない人外魔境の戦場と化すであろう町に留まっていることが、ジョエルには理解できなかった。
「い、いやー、だってほら、助けられたし? 受けた恩は返しといた方がいいかなーとか、思ったり思わなかったり?」
なぜか慌てて取り繕うセナを余所に、ジョエルは積み重なった疲労で軋む己の身体をゆっくりと起こし、再びボイジャーへと向き直る。
「尾行は?」
「ないよ」
「すぐに出る」
そう言ってジョエルはソファから立ち上がり、ボイジャーへ出立の準備を指示しながら、自身に向いている悪意を探る。
――あの『開会式』とやらで感じていたヘイトが散漫になっている。まだ他の陣営に居場所は特定されていないか。
「ちょ、ちょっと待って」
パタパタとサンダルを鳴らしながら近づいてきたセナは、慌ててジョエルたちを引き留める。
「アンタ、そんな身体でどこ行く気よ。もうすぐ医者が来るから待ってなさい」
「必要ない」
「んなわけないでしょうが! さっきボイジャーくんと一緒に応急処置はしたけど、あんたの身体、そこら中傷だらけよ! 破傷風なめてんの!?」
倒れたジョエルを自身の家へと運んだ際、血の滴る衣服を見て服を脱がせてみると、全身が鋭利な刃のようなもので切り裂かれた跡を多数発見した。
治安の悪い町に加え、清掃なども満足に行き届いていない区画を歩けば、細菌が傷口に入り込み感染症を引き起こしかねない。
今は体中至る所に絆創膏や包帯が巻かれ、そこから染み出した消毒液が鼻孔を刺激している。
「問題ない」
頑なに断るジョエルへ憤るセナ。すると突然自分の名前を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、そこには自身の祖父であるヨセフがいた。
「頼まれたもん出来てるぞ」
「あ、ありがと、じっちゃん」
目の前のテーブルに黒い鉄の塊が置かれ、それが修理を頼んでいたジョエルの散弾銃(ショットガン)である事を思い出し、笑顔を取り戻す。
「……何のつもりだ」
すでに修繕されている自身の銃を見て、ジョエルは始めその意図が解らなかったが、先の戦いの折、破損した銃を診る話をされていたことに思い至り顔をしかめた。
「言ったでしょ、銃診てあげるって」
「頼んだ覚えはない」
悪意が伝わって来ないことから、害を為そうとしているわけでもないが、なぜ見返りの無い行為をするのか理解できないでいる。
「――おい、若造」
そうしているとヨセフがジョエルを呼び止めた。
「厚意は素直に受け取っておくもんだ。少なくとも、この町じゃあ金より価値がある」
「……」
――この老人も同じだ。言っていることに裏が無い。
むしろ自身に宿っている『この能力』が、イカれたのかと疑いたくなるほどだった。
対人関係において格上格下の関係であれば弱肉強食、対等であればアンフェアな等価交換が基本の世界で生きてきたジョエルにとって、無償のものなど無いと考えていた。
「か、痩せ犬みたいな面しやがって」
吐き捨てた言葉に怒気が混じっているが、不思議と嫌な感じがしない。
気分を害したのかヨセフは背を向けて部屋の奥へ引っ込もうとするも、逃がすまいとセナに両肩を掴まれる。
「まあまあ――ああ、この人はヨセフ! アタシのじっちゃんで、ジョエルの銃を直してくれた人だよ!」
「そうか」
経緯はどうあれ、支援を受けたのであれば可能な限り、礼を尽くすと決めているジョエルは、ヨセフとセナへ頭を下げた。
「感謝する」
それを見たヨセフはセナと互いに目を見合わせて瞬きした。
「……まあ恩知らずってわけでもないようだな」