※セナの視点
「――ねぇ、あんたの身体ってどうなってんの?」
悪態をついて出ていく医者を見送りながら、セナはジョエルへ文句を言いつつ、その身体をじっと眺める。
昨夜はあれほど痛々しく血が滲んでいた傷口が、医者の前で包帯を解いたら、何と綺麗さっぱり消えていたのだ。
セナは何が起こったのか理解が追い付かず、狐に化かされたような思いのまま、目をパチパチと瞬きするしかなかった。
当然、診察料すら取りっぱぐれた医者は、ひやかしを受けたと感じ、恨み言を口にしながら家から去っていったのだった。
「……」
一方ジョエルは、半ば強制的に脱ぐ羽目になった衣服を、再び着直している。
じっとりとした非難の視線をセナが送っていると、それに勘付いたらしく、当人は仏頂面で口を開いた。
「だから必要ないと言った」
「あのねぇ。ゲームじゃあるまいし、昨日の今日で傷が無くなるわけないでしょうが!」
もっとしっかり説明しなさい、と苦情を言うと、ジョエルは着付けていた手を止める。
「説明ができない」
「うん? それって生まれつきとか、そういう感じ?」
これまでの断片的な話から察するに、ジョエル・フリードキンという人物は、幼少期の頃から戦場で生きてきた経緯を持っているようなので、何も知らずに戦わされていた節があり、自身の身体についても詳細なことは知らされていないのかもしれない。
子供を戦争の道具にするような腐った国なのだから、兵士の管理が行き届いているようには到底思えない――などとセナが予想していると、ジョエルは首を横へ振った。
「いや、二年前からだ」
「え、ああそうなんだ……」
――まあどちらにせよ、本人が説明できないって言ってるんだから仕方ないよね。
正直なところ、セナはジョエルの身の上を掘り下げるのを躊躇った。
生まれも育ちも、このウーデンの町で18年間生きてきたセナは、悲惨な過去を持つ人物など嫌というほど見てきている。
戦争によって家族や愛する人を奪われた者。
人や組織、果ては国に裏切られた者。
冤罪をかけられ故郷を追われた者。
挙げたら切りが無いほどの不条理に苛まれ、そんな行く当ての無い者たちが集まって出来たのが、このウーデンなのだ。
しかしそうして出来た町が、居心地の良い場所になったかと言えば、むしろ逆で、更なる不条理を振りかざす者たちが支配する悪徳の町になるのは容易に想像できる。
形の無い悪意に苦しめられた者は、次第に他人を信じるのをやめ、己が利益を追求し続ける。
自身よりも弱い立場の者がいれば、当然のように喰い者にするし、逆に強い立場の者がいれば、自身が弱者ではないことを言い繕い、さらに下の者を差し出す。
殺人や強盗、強姦、違法売買、その他諸々の重犯罪が当たり前のように横行し、それらを取り締まる筈の警察機構は町の支配者たちに買収され機能していない。
そのような弱肉強食の世界を見続けているセナにとって、他人の不幸を興味本意で覗く行為が苦痛であり、目を背けるものになっている。
「あ――」
気付くとジョエルはすでに身支度を整え、ボイジャーも両手で大きなダッフルバッグを抱えている。
セナは急いで二人に駆け寄った。
「本当に出ていくの?」
「留まる理由が無い」
「そう、だよね……」
ジョエルの言っていることは正しい。
これ以上、同じ所に留まっても敵の襲撃を受けてしまうため、拠点を移す必要がある。
昨夜の戦いを思い返す。暗がりのことだったので、はっきり見えなかったが、あれは人間同士の戦いではなく、より別の何かであったように思える。
白い髑髏の面をした影のような存在と、異形の尻尾を生やしたジョエル。
上手く表現できないため安直になってしまうが、まるで化け物同士の戦いだった。
「なぜ逃げない?」
先程と同じ問いなのに、その言葉はセナの胸を打つ。
「……ジョエルはさ、損得抜きで自分から人を助けたことある?」
「無い」
即答で返ってきた言葉に、セナは俯きつつ苦笑する。
この町では、他者は己に益が無ければ動かない。
そんな人の業を煮詰めたような社会で、ジョエルは自分とオルハンを無償で助けてくれた。
それは結果的にそうなったのかもしれないが、だったらそれを出しにして金銭でも何でも報酬を要求するものだ。
見返りを求めず、昨夜の怪しげな少女が言っていたサーヴァントとやらの餌にもしない。
グゥオォォ、グルッキュウゥ……。
「な、なに!?」
すると当然ジョエルの身体から、けたたましい音が鳴り、セナは一体何事かと後ずさる。
慌てて様子を伺ったが、当の本人は無言のまま自身の腹部に手を当てている。
「腹が減った」
「もぉー驚かせないでよ!」
まぬけな腹の虫の音に毒気を抜かれたのか、セナはホッと溜息を吐いた。