ジョエルはダッフルバッグを肩にかけて、喧騒に塗れた町を歩いていた。
現在、自身のサーヴァントであるボイジャーには、霊体化を命じ、周囲の警戒と護衛に当たらせている。
本人は町を散策したかったのか、多少駄々を捏ねていたが、霊体化することで魔力消費を抑えられることと、他のマスターと遭遇した際にステータスを見られないようにするためだと説いたところ、渋々了解してくれた。
「……」
道すがら、町の住人を観察しながら進んでいると、まだ昼間だというのに、通りの端には娼婦たちが屯(たむろ)し、警察官相手に小遣い稼ぎをしている。
かたや向かいの端では、大の男たちが堂々とみすぼらしい格好をした青年に、麻薬を売りさばいている。
これらの光景には、見覚えがあった。少年兵時代にいた傭兵キャンプによく似ている。己が欲を満たしたいがため悪意を押しつけ貪り合う、まるで共食いをしているかのような光景だ。
「ウチから商店街へ行くには、歓楽街通った方が早いんだよ」
なぜか前方を活き活きと進んでいくセナ。
あの後――空腹であることを話すと、町を案内すると自ら買って出てきた。
当然断ったが、言うことを聞かず、かと言ってこちらへ害を及ぼすような意思も感じられなかったので了承した。
「でもいいの? 飲食店じゃなくて食材売ってるとこで?」
「ああ」
ジョエル自身が持つ、他者からの悪意を感じ取る能力を以てすれば、料理に毒を盛られたとしても容易に看破することができる。
しかし、いかにそのような能力を得たとしても、これまでの経験上、敵地のド真ん中にある飲食店で、出された料理を食べる気にはなれなかった。
それに治安の悪い町ほど、こうした物は物価が高い傾向にあり、食材単体での単価の方が比較的に安く仕入れられるため、自炊をした方がコストパフォーマンスが良いのだ。
「――ていうか、あんたって料理できたんだね」
「食うに困ったら死ぬだけだ」
サバイバル技術なら一通りこなせる、と話すジョエルに、セナは顔を顰めた。
「うーん、確かにそうなんだけど。あんたってやっぱりズレてるよね……」
果たしてこいつに料理を作らせて良いものか、と一抹の不安を覚えるが、そのとき横から一人の娼婦が自分の名前を叫んで近寄ってくるのに気付き、パッと表情を明るくした。
「アイシャ!」
数日前に別れを告げた姉貴分と再び会えて、喜びのあまり彼女へ飛びつく。
アイシャと呼ばれた薄着の女は、ウェーブのかかった黒い長髪を揺らしながらセナを暖かく受け止める。
「セナ、無事なのかい?」
「うん!」
セナは顔をアイシャの豊満な胸に埋めて、屈託の無い笑顔で頷いた。
「こっちに戻って早々、戦争屋どもに巻き込まれたって聞いてたから、心配してたんだよ。オルハンの店も滅茶苦茶になっちまってたし」
「アタシとオルハンは大丈夫だよ。他の奴らは……みんな死んじゃったけど」
「そうかい……」
アイシャは慈愛に溢れる青い瞳をセナから外し、すぐ近くで佇んでいるジョエルをキッと睨んだ。
「――で、お前さんは誰だい? この辺じゃ見ない顔だねえ」
やや大き目に発せられたその言葉は、周りで商売にかまけている人々の目を気づかせ、視線が一斉に白髪の青年へと集まる。
警戒や疑念、敵意といった感情が流れ込み、ジョエルは周囲を見渡しながら、どう切り抜けるか思案していると、すぐにセナが割って入った。
「ジョエルは、その戦争屋からアタシたちを守ってくれたの!」
だからそんなに悪い奴じゃないよ、と必死に弁護する姿を見て、アイシャは気圧されたのか、落ち着かせるためにセナの頭を撫でる。
「ああ、そうだったのか。そっちの兄さんも悪かったね」
そうは言いながらも警戒を緩めず、社交辞令程度の謝罪で済ませ、ジョエルを品定めするアイシャ。
さらに自身の元来た道を指差しながら、静かに顎をしゃくって即してくる。
「よければ、一旦あっちで話さないかい?」
アイシャに言われるがまま、セナとジョエルは人気のない通りへ入った。
そしてセナはアイシャへ、魔術関連の話を省いた形で、これまでの経緯を話した。
これは、あらかじめジョエルから釘を刺されていたことで、誰彼構わず魔術という神秘を吹聴する行為は禁忌とされ、それに携わる者たちから粛清を受ける可能性があるため話すな――と言うのである。
当然、話した本人だけでなく、聞いていた周囲の人間さえも、その対象になってしまうため、セナは目の前のアイシャに被害が及ばないよう配慮して説明した。
「はあ……聞く限りだと、そこの兄さん、どこぞのスーパーソルジャーか何かなのかい?」
兵士六人と殺りあったなんてありえない、とアイシャが未だに信じていないようだったので、埒が明かないと考えたジョエルは「そうでもない」と口を挿んだ。
「状況さえ揃えば、あれぐらいの数は掃討可能だ」
「具体的には?」
あの時の戦闘を思い返しながら、ジョエルは話を続ける。
「兵士たちは、初手の襲撃が成功して浮かれていた。店に入ってきて報酬の話をし出す連中だったため、金で雇われた傭兵であることは予想がついた」
傭兵とは、主に金銭などの利益が目的で戦闘に参加する兵士のことで、国家主導で運用する正規軍と違い、規律を守ろうとする義務感が希薄な者たちが大半である。
まがりなりにも少年兵として、大人たちから身勝手な規律を叩き込まれたジョエルにとって、相手が傭兵かそうでないかを見分けるのは容易だった。
「また、店内を雑に荒らした所為で、床にガラスやテーブルの断片が散らばっているにも関わらず、連中はそれらの上を平気で歩いていた」
それはつまり、敵勢力からの反撃を想定していないのと同義であり、彼らが正しい訓練を受けている兵士ではないことを物語っている。
「市街戦――特に夜間の屋内戦において、自身の進行を妨げる物を把握するの当然であり、注意しなければそのまま死に直結する」
荒れた屋内で足を躓かせようものなら、隊のお荷物と見られても文句は言えない。最悪、仕掛けられたブービートラップに気付けず死ぬ場合もある。
正規の兵士があの場に居合わせていたら、呆れて物も言えなかっただろう。
「足場を確保できない兵士は死ぬだけだ」
あとはカモ撃ちで楽だった、と当たり前のように語るジョエルを、アイシャは訝しんだ。
「あんたも兵士なのかい?」
「ああ」
ジョエルがそう答えると同時に、アイシャから憎悪と報復の感情が押し寄せる。
アイシャの目の色が変わったのを察したセナは、すかさず割り込んでジョエルを弁護する。
「ジョエルは、シュタで少年兵をさせられてたの。たぶん年齢はアタシと変わんないぐらいだと思う」
それを聞いたアイシャは、 突然哀しい顔になり、改めてジョエルを見据える。
「兄さん……軍歴は?」
「階級は伍長。1997年から2000年の期間、敵軍のシュタ侵攻時における、国境防衛および敵拠点への強襲任務に就いていた」
酷く事務的に聞こえる言葉を内容通りに受け取るなら、ジョエルは侵略者が攻めてきた際にそれを防ぎ、隙を見ては相手の陣に突撃をかける役目を負っていたことになる。
しかも、若干10代になるかどうか分からないぐらいの歳の子供が――である。
少なくとも兵隊であるからには、複数人で行動するのが基本なので、ジョエルが独りで事に当たっていたわけではないが、それでもである。
「そんなの……」
と、セナは胸の中に溜め込んでいたものが出掛かったのに気づいて、ハッと呑み込んだ。
昨夜の戦いが終わり、気絶したジョエルを家に運び込み、祖父のヨセフと彼の仲間であるボイジャーと協力して、応急処置をした後のこと。
一休みしている最中に、これまでの話の中で気になったことをボイジャーに訪ねてみると、魔術絡みだったのもあり、ジョエルの許可がない限りは答えられないと断れてしまった。
そして、そのまま沈黙が続くのかと思いきや、今度はボイジャーの方から厄介な質問が飛んできた。
『ジョエルのいた、くにがしりたいの』
実のところ、セナ自身もシュタという国については詳しくなく、長い間、内戦をしていた国、という認識ぐらいしかなかった。
試しに本人から聞いていないのかと尋ねると、『ジョエルが、「国内の情勢は、ほとんど知らなかった」って、いうから……』と返されてしまう。
仕方がないので、自身の知見の無さを白状した後「だから、ごめんね」と謝ると、次にボイジャーはくるっとヨセフの顔を見つめて、もう一度同じ質問した。
すると隣にいるヨセフも、目の前にいる金色の髪をした少年が、伊達や酔狂で聞いているわけではないと悟ったのか、普段から不機嫌そうにしている顰めっ面の上に、さらなる皺を作りながら語り始めた。
曰く、シュタ――正しくは、シュタ共和国は国土が狭く、お世辞にも生産性のある国とは言えなかったため、柔和な外交で周辺国家からの援助を受けながら国内の生活事情を補っていた。
しかし1980年の大統領交代を皮切りに、遠く離れた海外の国との貿易が盛んになったことで、周辺国家との軋轢を生むような政策を取るようになっていく。
その背景には、国境沿いにある鉱山から産出される希少金属(レアメタル)があり、電子機器などの製造に使われるそれは、本来、高値で取引される筈のところを、生活援助を名目に安値で取引されていた。
シュタの代表たちには、当時これがただの鉄屑にしか見えず、援助を受けられるのであればと大盤振る舞いしていたが、その価値に気付いてしまったことで、この資源を最大限活かせる方法を模索し出す。
他国から専門家を招き、ノウハウを学び、根強い交渉を行っていった結果、ついには自国だけで賄える生活水準を確保することに成功した。
だがそれは、今まで援助を受けていた周辺国家との関係を崩す形となり、国内でも元から政策に反対していた保守派と、更なる充実を求める急進派との間で対立が起こり始める。
国民も約10年もの間、日進月歩で生活が豊かになっていったこともあり、その大半が急進派を指示していて、保守派の立場は危うくなっていった。
そして1990年に、急進派のトップでもあった大統領が暗殺され、しかもその首謀者が保守派の手の者だったことが判明し、シュタ共和国は内戦へと突入する。
保守派は周辺国家と結託し戦力増強を図るも、ならばと急進派は協力関係にあった友好国の援助を受け、互いに他国から後押しされるように戦火が広がっていき、
2002年の終戦と共に両派閥は、戦争において異常とも言える『共倒れ』という形で幕引きとなり、シュタという国はこの世から消えたのだった――。
「……っ」
セナは、その話を聞き終えた途端、激しい悪寒が背筋に走ったのを覚えている。
戦争とは、様々な主義主張がぶつかり、もうどうしようもなくなった末に起こる衝突だ。
基本的に、どちらか一方が敗北を認めるまで続く筈なのだが、そのシュタの内乱は、今まで聞いたことのあるどの戦争とも違うような気がした。
人は他者と争った時、優勢であれ劣勢であれ佳境まで行くと、心のどこかでセーブをかけて落し所を見つけるものだ。それは言うなれば人間だけに留まらず、動物同士の縄張り争いだって同じことが言えるのかもしれない。
もちろん例外はあり、突き動かされる衝動のままに殺してしまう場合もあるだろう。まあ少なくとも、この町では日常茶飯事だけれども。
しかしそれは、小規模の争いで――という話であり、国一つを二分して幾千幾万の人々を巻き込むような紛争となると、話は大きく違ってくる。両派閥の代表たちは、是が非でも滅亡だけは避けるように政治を進めるものだ。
だがその末路が『共倒れ』なんてことが、本当にありえるのだろうか。敗者もいなければ勝者もいない。そもそも戦争という手段を取らざるを得なかった目的から、最も逸脱した結果ではないか。
理由はどうであれ、その保守派とやらも急進派とやらも、国の未来を思っていたのは確かな筈なのだ。
正直なところ、ここまで話を聞いても全く理解ができない。
当時のシュタは、気が狂っていたとしか考えられない。
「兄さんは――ここいらじゃあ見ない顔だから、人買いに連れて来られた口(くち)?」
「覚えていないが、おそらくそのようなものだろうな」
同じ部隊の奴らも似たような境遇だった、と答えるジョエル。
「……得するのは、いつだって戦争屋どもだ」
どこか遠い目をしながら、アイシャはそう呟いた。
「あたしはシュタの出でね。テロで両親が死んで、弟を軍に取られ、食い扶持稼ぎで娼婦行きさ」
それを聞いたセナは、険しい表情になり、昨日この町を出て行った酒場の店主を思い浮かべる。
「確か……オルハンもシュタ出身だったよね?」
「ああ、あいつは嫁さんと5人の子供を殺されて、仇討ちで義勇軍に入った筈だよ」
「そっか……んわぁっ!」
落ち込むセナをアイシャは抱き寄せ「まあ何はともあれ」と付け加え、
「あたしもオルハンも、そこの兄さんだって生きているんだ。今はそれで良いじゃないか」
と先程と同じように頭を撫で元気付けながら、この愛しい妹分が入れ込む男を改めて見つめる。
「……なんだ?」
ジョエルは向けられている視線の中にある、悪感情が徐々に薄れてきたことに気付き、思わず疑問を口に出す。
これまで話した内容と言えば、自身の戦況分析と、少年兵をしていたことだけで、自分はまだ、この女に信用されるだけの情報を提示していない。
「さっきは迷惑をかけて本当にすまなかったね。周りにいた奴らには、あたしから言っとくよ」
悪いようにはしない、というアイシャの言葉に、こちらへ害を及ぼそうとする意思が消えたのを確認してから、ジョエルはとりあえず「まかせる」と言っておいて、本来の目的である食材を販売している区画へ向かおうとする。
セナも慌ててジョエルの背中を追うようについて行くと、そんな二人を眺めながらアイシャは、ニヤけた笑みで呼び止める。
「ジョエル――っていったかしら。セナに飽きたら、あたしのところに来なさい」
サービスしてあげる、と娼婦ならではの目配せをするが、セナは振り返ろうとするジョエルの背中を無理やり押して、急かすように進んでいった。