※ジョエルの視点
再びガンショップの前まで戻ってきたところで、後ろを振り向き、10メートルほど離れた場所から真剣な眼差しを向けてくるセナを確認する。
買ってきた食材を全て持たせている所為か、若干、不服そうな感情が見え隠れしている。
セナの家へ戻るに当たって、セナ本人には祖父ヨセフの窮地ではあるが、あくまで平常を装うように指示した。
これは相手のマスターが、すでに監視用の使い魔を放っており、目下、補足されていることに起因している。
急いで家へ戻っている姿を見せれば、ヨセフが何らかの方法で密告したと判断され、さらに危険な状況になる可能性もある――と説明した。
実のところは、敵対関係になりうる相手に、手の内(感知能力)を悟られたくなかったのが理由である。
「開けるぞ」
ドア越しから伝わってくる気配に覚えがある。この先にいるのは、昨夜のバーを覗き見していたマスターの中の一人だ。
未だに敵意を感じられないが、マスターが単身で他陣営に赴くわけがない。必ず傍らにはサーヴァントが控えているだろう。
そのサーヴァントの気配は未だ掴めていないが、仮に戦闘に入れば『尻尾』を使わざるを得ない。そうなれば昨夜と違い、日中での衆人環視は免れない。
相手が神秘の隠匿を重視する側なら、命のやり取りまでにはいかないと思われるが。
――どちらにせよ、あとは出たとこ勝負だな。
ドアを開けると、入店を告げるベルがカランと鳴った。
「あら――」
入ってすぐに目に留まったのは、蒼いドレスを身に纏った女だった。
長く伸ばした金色の髪を縦にまとめ、ロールヘアにしている姿から、彼女が位(くらい)の高い人物だと推測できた。
女はカウンター前の丸椅子に座りながら、組んでいた足を改めて組み直し、対面するヨセフに話しかける。
「おそらく彼がその探し人なのですが、先程『もうここには戻ってこない』とおっしゃいませんでしたか、ご主人?」
琥珀色の眼差しを向けてくる女に対して、ヨセフは鬱陶しそうにカウンターへ頬杖をついた。
「知るかよ、少なくとも俺はそう聞いた。元々そいつが目的で来たんなら、ひっくるめて聞きゃあいいだろう」
不愛想にあしらうと、女は一瞬じっとヨセフを見つめた後、思い直したように「それもそうですわね」と呟き、視線をこちらへ向ける。
「つまならない腹の探り合いは願い下げですので、単刀直入に致しますわ」
と、丸椅子から立ち上がり、毅然とした態度で右手の甲をこちらに突きだした。
そこには、マスターの証である『令呪』が刻まれていて、二本の矢尻を組み合わせたような形をしているのだが、見るからに均一さが欠けていた。
令呪の一部がまるで消しゴムで消したような跡が残され、本来あるべきところにあるモノが無いといったような印象を受ける。
「私(ワタクシ)の名前は、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。この度の聖杯戦争において、セイバーのサーヴァントを従えるマスターですわ!」
「……」
セイバー……『剣士』の名を冠する英霊か。
標準のステータスは全体的に高く、短所と呼べる部分がない、バランスの取れたクラスだ。
記録に残っている過去の聖杯戦争でも、このクラスで召喚された英霊は皆、終盤まで生き残っており、それ故に『最優』の評価を得ている。
付与される特性は、魔術に対する耐性を持つ『対魔力』スキルと、生物から機械などの乗り物を自在に操れる『騎乗』スキル。程度は分からないが、スキルのランクに応じて、受けられる恩恵が異なるらしい。
「なぜ、サーヴァントのクラスを明かす?」
普通のマスターなら、女の発言をブラフだと疑うかもしれないが、ジョエルの眼にはそれが真実であることを告げている。
これから戦闘に入るにせよ、同盟を持ちかけるにせよ、何のメリットもなく、自らの手の内を見せる行為が、理解できなかった。
聖杯戦争でなくとも、戦いと名の付くあらゆる場面で優位に立つには、情報がきわめて重要だ。
たとえば魔術に秀でたキャスタークラスが、『対魔力』スキルを有するセイバー、ランサー、アーチャー、ライダーに対して不利であることを踏まえれば、正面からの戦闘を避け、戦術を練るのは当然だ。
サーヴァント戦では英霊の正体を隠すのが鉄則だが、互いに正体が分からない状況では、このクラス名を手がかりに相手の戦力を計るしかない。
逆に何かあるのではないかと、勘ぐるジョエルであったが、ルヴィアゼリッタは然も当然のように一蹴する。
「先程申し上げたとおりですが、この私に同じことを言わせるつもりですか?」
ジョエルは一瞬だけ女の発言を思い返して、すぐに気付き「……そうか」と納得した。
「つまらない腹の探り合いはしないんだったな」
そもそもセイバークラスであれば、あらゆる局面でも上手く立ち回れるから、何の問題も無いというわけか。
「ええ、理解が早くて助かりますわ」
仕掛けてきたければ好きにしろ――己の敗北などありえないと、言わんばかりの気迫がにじみ出ている。
昨日今日とウーデンの町を歩いたジョエルからしても、明らかここの雰囲気から乖離した存在。
相手の足元を見て、ただそこだけを突いてくるような卑しさがなく、利点も欠点も全て受け入れた上で勝利する異質な気概を感じる。
「要件は何だ?」
戦う意思は伝わってこないが、建前上、問わなければいけない。
ルヴィアゼリッタは腕を組み、待っていましたとばかりに、活き活きとした眼差しをこちらへ向けてきた。
「この私と――」
グルルゥ~、グゥルルゥ~、グルルルゥ~。
「なんですか、今の?」
「腹の音だ」
獣の唸り声のような音に驚くことなく、重なっていた視線がわずかに下へと流れる。
「……体調がすぐれないのですか?」
「いや、空腹なだけだ」
「…………」
活発さを宿していた瞳から徐々に色が無くなっていくと共に、ルヴィアゼリッタの表情も次第に曇っていき、最後に溜息を吐かれた。
「ハァ――では、少し遅いランチになりますが、近くのレストランで話をしましょうか」
「断る。敵地の飯屋で食事はしない」
戦場では常識だ、と言い張るジョエルに、ルヴィアゼリッタは目を丸くした。
「――確かに最もな意見ですけれど、昨日のあなたの行動とは矛盾しませんか?」
「飲み食いするためにバーへ行ったわけじゃない。酒を囲むところは情報が集まる場所だからだ」
聖杯の補助があって初めて成立するサーヴァントと違い、ジョエルは自力で使い魔を作ることも使役することもできないため、情報を足で稼ぐしかなかった。
「なるほど、アサシンの妨害対策としては、やはりそれが最適解でしたか」
それで結果的に誘き寄せて倒した、と――ルヴィアゼリッタは、勝手に感心した様子で顎に手を添えて頷いている。
すると突然、後ろから呼び止められたように横を向き、見えざる何者かと二、三度言葉を交わしてから、再びこちらを見た。
「自陣に引き籠っている他のマスターたちと違い、戦いの嗅覚はお持ちのようですね」
少々不安要素は残りますが及第点と致しましょう、と言ってチラリと店の入口へ首を傾ける。
つられてジョエルも振り向き、入口を確認すると、そこには心配そうにこちらを伺うセナの姿があった。
両手に大量のレジ袋を持つセナを見て察したのか、ルヴィアゼリッタは椅子にもう一度座り直した。
「こちらで食事を済ませる予定でしたのなら、ここで待たせていただきますわ」