※セナの視点
――アタシの家は、もともと料理屋だったんだけど、お母さんが病気で死んだ後は、じっちゃんが営んでいたガンショップをこっちに移設して今に至る。
なので、他の家よりも調理場が広くて料理はしやすいものの、簡単な食事しか作らないせいで若干持て余し気味だったりした。
しかし、これまで火薬とオイルの匂いが漂っていた店内は一変し、今や食欲をそそる芳しい香りに満たされている。
まるで昔に戻ったような気がして、一瞬、胸が熱くなり涙腺が緩みそうになったのだが……。
「ハァ……」
ジロリと調理場を覗くと、ジョエルが忙しなく、家の奥底で眠っていた中華鍋を振るっている(そもそも、お母さんのやっていた店はトルコの郷土料理店だったので、なぜ家に中華鍋があるのか謎だ)。
――アイツ、ホントに料理できたんだ。
先程、道中で通りかかった中華料理屋『桃園』顔負けの、というか余裕で勝てるレベルのものを作っているように見える。
遠巻きでは全部分からないけど、炒めた肉が乗った麵料理や透き通った綺麗なスープ、油で調理された艶やかな惣菜が数多く並んでいて、どれをとっても美味しそうだ。
昨夜の戦闘で負傷したジョエルが目を覚ます前に、昼食はすでに済ませてたが、これらを見ていると自然と小腹が空いてきて、思わず生唾を飲んでしまう。
だが、そんな嬉しい気持ちになりながらも、未だにアタシの心は晴れないでいる。
「ハァ~……」
お母さん曰く、料理を美味しいものにするためには、食材の良し悪しが大切なのだけど、それらが手に入らない環境で作るときは『下ごしらえ』をきちんとすれば、良いものが作れると言っていた。
下ごしらえ――つまり料理の前準備として、たとえば肉を叩くことで肉自体を柔らかくしたり、野菜を的確なサイズに切り揃えることで火の通りを良くしたり、と様々な手法がある。
中には、肉をタレにつけてしばらく寝かせることで味をなじませたり、野菜に塩を揉み込むことで野菜独特の苦味を取り除いたりと、一工夫加えるものもある。
要するに、『手間暇』をかければ、味の悪い食材でも美味しいものへ変えられるということだ。
チラリと、入口付近のカウンターで座している――たしかルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトとかいう名前のお嬢様を見る。
昔のヨーロッパを舞台にした、映画や漫画に出て来れそうな金髪縦ロール。ネイビーブルーを基調とした、白いフリルのラインが入っているお高そうなドレス。それを引き立てるように身に着けている、宝石がはめ込まれた装飾品の数々。
あまりにもコテコテで、360度あらゆる角度から眺めても、『ザ・お嬢様』としか言いようのない装いだった。
一見、足を組んで優雅に佇んでいるように見えるが、その実、何でもなさそうな顔をしながら、カウンターをコツコツと指で小突き続けている。
――そう、あきらかにイラついているのだ。
ジョエルが調理場に立ってから約二時間ほど経とうとしている。普通の人なら、呆れて帰ってしまうぐらいには待たせていると言っても過言ではない。
その間、二人は互いに一言も交わさず、無言のままでいるのだから、始末に負えない。
じっちゃんもじっちゃんで、「店を荒らすなよ」と言い残して、銃いじりに戻っちゃうし。
自分の家にいて、こんなに気まずくなったのは初めてかもしれない。
「ちょっとジョエル、一回こっち来い」
小声でジョエルを呼びつけると、コンロの火を止め、中華鍋で作っていたものをお皿によそってから、こちらへやってきた。
「なんだ」
「なんだ、じゃない。あの人怒ってんのが分かんないの?」
ジョエルは、ぐるりと首を横へ捻ってお嬢様を見つめた。
「怒っていないが」
「いや怒ってるでしょ! アンタの目は節穴なの!?」
思わず声を荒げると、当の本人がピクリと動いたように見えたが、気のせいだろう。自分のような下々(しもじも)の者の言葉に動じる精神なんて持ち合わせているはずがない。
しかし、ジョエルは眉間に皺を寄せ考え込んだ後に、
「――何に怒っているんだ?」
「はっ?! このボンクラ! アンタが待たせてるからでしょうが!!」
女心どころじゃない。コイツ、人の心が分からないんだ。
荒ぶる気持ちを一旦抑えて、声のトーンを限りなく落としてから話しかける。
「ほら、昨日オルハンの店で話してた『ドリル女』があの人だよ。こうなったら、アンタの渾身の料理で謝った方がいいんじゃない?」
相当舌が肥えていそうだが、背に腹は代えられない。
自分の家が爆心地になるのだけは、何としてでも避けなければならない。
9人いると言っていたマスターが、全員好戦的なのかどうかは知らないが、昨日のあれを見る限りは疑ってかかった方がいいだろう。
するとジョエルは、普段の鉄面皮面から、明らかに嫌そうな顔へと表情を変えた。
「断る。そもそも食事を終えてから話をするという約束だったはずだ。互いにそれで了承しているのだから謝る必要はない」
矢継ぎ早にまくし立てると、踵を返し調理場へ戻ってしまった。
一体、コイツの価値基準はどこにあるのだろうか。
それから30分程して、ジョエルはカウンターの向かいにある、テーブル席に作った料理を並べていった。
アタシが知っている中でも、テーブルの上には、炒飯、春巻、麻婆茄子、青椒肉絲、玉子スープなどがあり、他にも見慣れない料理が所狭しと置かれている。
数日前に見合い先で出された、美しいが味気ない料理と比べると、ジョエルの料理は雑多な見た目をしている。
しかし、そこから漂う鼻孔をくすぐる香りに誘われ、食欲が湧き上がり、自然とお腹がくぅと鳴った。
そして最後に、ミネラルウォーターの入ったコップと取り皿、割り箸、スプーン、フォークを並べ終え、ジョエルは席へ座る。
対面には、同じ構成の食器がもう一組揃えてあり、おそらくボイジャー君のものであろうことは予想がついた。
だけど……。
もう一度、カウンターの端で佇む、お嬢様を見る。
これまでジョエルは、ボイジャー君に『霊体化?』というのをさせて、他のマスターたちに姿を見せないようにしていた。
マスターはサーヴァントを見ただけで、ある程度の強さが解ってしまうらしく、戦いを勝ち抜くための対策なのだそうだ。
なので、今この場でボイジャー君を出すわけにはいかない、とジョエルは考えているのだろう。
「え?」
すると突然、ジョエルと対面している席が青白く光りだした。
これは昨夜同様、ボイジャー君が何もない所から出てきた時の場面と合致している。
じゃあこれまで隠してきたのは何だったの――と思ったのだが……、
「なあ、俺も食事に参加していいか?」
青白い光の中から現れたのは、ボイジャー君ではなく、銀色の鎧を着込んだ男だった。