「セイバー!」
カウンター側から声が上がり、視線を向けると、ルヴィアゼリッタが席を立ち、怒りの形相でこちらの方を睨んでいた。
「すまない、ルヴィア。我慢したができなかった」
一方、セイバーと呼ばれた銀色の鎧を纏う男は、悪びれる様子もなく笑いながら、ルヴィアゼリッタと向き合っている。
状況からして、マスターの指示を無視して勝手に姿を現したのだろう。
「……」
こいつが、セイバーのサーヴァント。
大方の能力値はBランク以上。中でも驚異的なのが、素早さを示す『敏捷』がEXランクであったことだ。
EXとは、通常の評価基準であるAからEの5段階では測れない程の規格外の強さを持ち、評価不能とされるランクである。
ただこれは、必ずしも最上位のAランクを超えるという意味ではなく、場合によってはEランクにも劣ることもあるため、特殊すぎて判断が難しいランクとも言える。
他には、クラススキルの『対魔力』がBであることを考えると、魔術だけでなく呪いの類も通りづらいため、『聖杯の呪い』は効きにくいのだろうか?
クラススキルまでは把握できたが、その英雄由来の保有スキルを視ることはできなかった。
やはり宝具も含めて、真名を知らなければ分からないのか……。
「君――今、俺をどうやって殺すか考えているだろ?」
「っ!!」
唐突に図星を突かれ、ジョエルは大きく目を見開いた。
気付けばセイバーが、じっとこちらを覗き込んでいる。肉食獣を思わせる赤い瞳に見据えられ、まるで獲物として値踏みされているかのような錯覚を覚え、背筋に怖気が走った。
その反応を答えと受け取ったように、セイバーは爽やかに微笑む。
「ルヴィア、やはりアサシンを倒したのは彼で間違いない」
「ふん、そのようですわね!」
体よく話を逸らされ、ルヴィアゼリッタは怒るに怒れず、ぶっきらぼうに返す。
セイバーは、戦意はないと言いたげに対面する席へ腰を下ろすと、ジョエルにも座るよう即した。
「話の腰を折って悪かった。俺は見ての通り、セイバーのクラスで現界したサーヴァントだ。本来なら、騎士として名乗るのが礼儀ではあるが、まだ敵対する可能性がある以上、『真名』を明かすわけにはいかない」
どうか許してほしい、と丁寧に詫びた後に「よければ、君の名前を教えてくれないか?」と訪ねてくる。
「……ジョエル・フリードキンだ」
「ジョエルか――ふむ、良い名前だ。俺が駆け抜けた国の雰囲気があって、どこか親しみを感じる」
ほぼ一方的に話をするセイバーに対して、ジョエルは若干の苦手意識を覚えながらも、その話に耳を傾け続ける。
「さあ、せっかくの料理が冷めてしまってはもったいないぞ。先ほども言ったが、俺もこの卓を囲んで食事をしたいのだが構わないか?」
「……なぜ、これを食いたいんだ?」
本当に敵意がないのは見て取れたが、先程の言葉通り、セイバーは目の前の料理に強く惹かれているようだった。
「サーヴァントとして現界し、こうして再び肉の体を得ることができたからな」
できるだけ多くの体験を『座』へ持ち帰りたいんだ、と意気揚々に語る。
「万が一の時に備えてマスターの傍で様子を見ていたが、ずいぶんと食材への慈しみが込められた良い料理だな!」
目を爛々と輝かせるセイバーに毒気を抜かれ、ジョエルは嫌そうな顔をしながらも「少しだけなら……」と渋々折れた。
それを聞いたセイバーは、子供のようにぱっと笑顔になり、嬉しそうにルヴィアゼリッタの方へ振り返った。
「聞いたかルヴィア! ほら、こっちへ来て一緒に相伴に預かろう!」
君も気になっていただろう、と余計なことを口にすると、ルヴィアゼリッタは肩を震わせ、眉間に皺を寄せながら再びキッと睨んだ。
「ああもう!」
苛立ちを隠そうともせずにこちらの方へ歩いてきて、手櫛で縦ロールを梳きながら「これでいいんでしょう!」と、セイバーの隣の席へ雑に腰を下ろした。
「さあ、早く私の分も取り分けなさい!」
「…………」
なぜ、こいつも食うことになっている?
そして、セイバーも上機嫌でスプーンとフォークを使い、取り皿に料理をよそり始めている。
過去にも、従軍中に料理を作り終えるタイミングを狙って、同じ部隊の奴らが群がってきたのを思い出した。
あの時は、支給されたレーションに目もくれずに、自分の作った飯を食い散らかされて怒りを覚えた。
しかし、この二人は貴族かそれ以上の身なりをしているので、それほど食われないと思うが……。
「――え!?」
「ほう……」
突然、時間が止まったような錯覚に襲われたかと思えば、正面にいるセイバーとルヴィアゼリッタから声が上がった。
二人は目を丸くしてこちらを見ているが、心なしか視線がやや左下へ向けられている。
つられて左へ顔を向けると、いつの間にかボイジャーが自分の隣に座っていた。
「なぜ出てきている」
そう問いただすと、ボイジャーは頬を膨らませて服の裾を引っ張ってきた。
「ジョエル、ごはんは、いっしょにたべるって、いったでしょ」
「……あ、ああ」
最早、腹の探り合いなんて馬鹿らしく思えるほどに、どうでもよくなってきた。
終いには、空腹を告げる音が再び腹の底から鳴りはじめ、ジョエルは考えるのをやめた。
席を立ち、調理場から追加の取り皿と食器を持ってくると、正面にいる2人と隣にいるボイジャーの前にそれぞれ置く。
並べられている料理から、自分とボイジャーの分を適当に取り分けると、黙って食事を始めた。
その一部始終を見ていたルヴィアゼリッタは、同じく自身のサーヴァントに振り回されている者としてシンパシーを感じながらも、突然現れたジョエルのサーヴァントを『マスターの眼』で確認する。
(『航海者(ボイジャー)』――聞いたことのないクラスですわね……)
通常7騎のクラスとは異なるものを、総じて『エクストラクラス』と呼ばれている。
今回の聖杯戦争では、合計9騎のサーヴァントが参加することになっているので、同一のクラスが召喚されないというルール上、必然的にエクストラクラスが出てくることになる。
ルヴィアゼリッタが在籍している、魔術協会の総本山『時計塔』の記録にも、過去にエクストラクラスが召喚された例はあるけれど、ボイジャーというクラスの情報がなかった。
このマスターの眼にはマスター自身の主観が含まれているため、その影響で見えないのか、あるいはサーヴァント固有の能力によるものなのかは不明だが、基本の能力値(パラメーター)しか確認できず、クラススキルを含む詳細な情報が出てこない。
「情報収集は二の次じゃなかったのか?」
「え、ええ……そうでしたわね」
セイバーの鋭い指摘に、ルヴィアゼリッタはハッと我に返り、取り分けられた料理に視線を落とす。
テーブルに並べられた料理は、すべて中華料理(チャイニーズ)で統一され、その中でも比較的に辛さを重視する四川料理が多く占めていた。
調理過程を横目で観察していたが、初見で受けた粗野な印象とは裏腹に、無駄のない動きで鍋を振るう姿には、不本意ながら既視感を覚えるほどだった。
「それより見てくれ! 中華料理の中にパスタが紛れ込んでるんだ!」
「パスタですか?」
よく見ると、テーブル中央の大皿に盛られた麵料理があった。
中華の麺料理と言えばラーメンが代表的だが、この品には汁気がなく、麺の上には挽き肉と野菜が乗せられているだけで、一見するとパスタ料理に見なくもない。
「いえ、これは担担麺と言いまして、れっきとした中華料理ですわ」
これも確か四川料理の一つで、牛と豚の合い挽き肉を数種のスパイスで炒めて、ネギや歯ごたえのある青菜系の野菜を入れて作る料理だ。
などと知っている範囲で説明すると、セイバーは興味津々に「これもいいか?」とジョエルに強請っている。
当の本人は、先程ここの店主の娘にあれこれ言われ、料理を振舞うのは嫌がっていたが、セイバーの強引さに圧されて「好きにしろ」と諦めているようだった。
「それじゃあ、俺たちもいただくとしよう」
そう言ってセイバーは食べ始めた。
食事をしているというのに、未だ鎧を身に着けているせいで、ガチャガチャと金属同士のぶつかる音がシュールに響いている。
とはいえ、いつ話がこじれて戦闘になるかわからない以上、やむを得ないと割り切っているのか、あるいは目の前の料理に夢中で、脱ぐのをすっかり忘れているだけかもしれない。
「うん! 見た目どおり辛いんだが、その中に確かな旨味がある! これはあれだ、日本で言うところの『旨辛(UMAKARA)』ってやつだな!」
「……」
セイバーは召喚されてからというもの、なぜか日本の文化にハマり、うちの執事に頼んで資料を取り寄せていたらしい。
アサシン攻略に乗り出した時も、相手の戦術に心当たりがあったのか、「無理に攻めれば敗ける」と早々に静観の構えを取り、暇を見つけては歴史書や現代の雑誌、漫画を読み漁り、映画やアニメを貪るように見ていた。
その結果、少々偏ってはいるが、そこそこの通になってしまったセイバーは、このように日本由来のことわざや造語を口にするようになっていた。
「ぼさっとしていると無くなってしまうぞ?」
毒は入っていないから大丈夫だ、と言いながらセイバーは、東アジアを中心に広く用いられている食器の一つである『箸』を器用に使い、担担麺をずるずると啜る。
同じく西洋圏出身のルヴィアゼリッタだが、セイバーのように扱うことができないため、代わりにフォークでくるくると麺を巻き取り、口へ運んで咀嚼した。
「あら美味しい」
思わず、素直な感想が口をついて出た。
北欧フィンランドに居を構える名門貴族であるエーデルフェルト家は、魔術界隈でも上流階級に位置しており、その会食などで振る舞われる料理は、すべて一級品ばかりだった。
そうした環境で育ってきたルヴィアゼリッタでも、ジョエルの作った料理には一目置かざるを得ないほど、味が精錬されていた。
地域差から中華料理に適した食材が手に入らなかったようだが、ジョエルはそれに代わる近しい食材を選び、下ごしらえで雑味を取り除いてから仕上げているところもポイントが高い。
そして、なにより――
「ジョエル、これ、おいしい」
ボイジャーのサーヴァントがスプーンを握りしめ、もぐもぐと炒飯を頬張っている。
目を輝かせて食べている姿は、隣にいるセイバーも同様で、ブロンドの髪や白い肌も似通っており、身長や体格の差からして、年の離れた兄弟のように見えなくもない。
「ね、ね! アタシたちの分も貰っていい?」
店内に立ち込める香ばしい匂いに我慢できなくなったのか、店主の娘が取り皿を手に持ってこちらへ駆け寄ってきた。
ジョエルは嫌な顔をするものの、食事の邪魔をされたくないようで「ああ」とだけ答えて容認する。
娘は嬉しそうに料理を皿によそると、小走りで店主の元へ戻っていき、カウンター席に座り二人で食べて始めた。
「……はぁ」
今から約80年前、家名を懸けて挑んだ冬木の第三次聖杯戦争で、エーデルフェルト家は為す術もなく敗退した。
それまで連戦連勝とはいかないまでも、確かな実績を重ねてきたが、この戦いによって当代の『双子』当主――祖母様は妹にあたる大叔母様を失い、ただ落ち延びただけだった。
その雪辱を晴らすべく再戦の機会を窺っていたが、すでに聖杯が汚染されていることが判明し、あの地で次回の聖杯戦争が行われる前に聖杯の解体が決まってしまった。
噂では、あの『遠坂凛』と『ロード・エルメロイ二世』が裏で奔走しているとかいないとか。
魔術師の悲願である『根源』へ到達する道すがらとして定めていた通過点も奪われ、エーデルフェルトはどこか空虚さを感じつつも、これまでのスタンスを崩さぬまま、世界中の魔術闘争に介入し続けていた。
しかし突如、令呪の兆しを受けたことがきっかけで、このウーデンと呼ばれる、国家政府からも見放された治外法権の地で聖杯戦争が行われるのを知り、満を持して参加を決意した。
今回は、前回の敗因の一つとされた姉妹での参加を避け、もともと戦闘向きではない妹を実家に残した。そのせいで多少、本人から文句を言われたが、婚約者(フィアンセ)もいるのだからと、うまく煙に巻いてきた。
「……本当に、調子が狂いますわ」
身辺整理を済ませて臨んだつもりであったが、眼前に広がる笑顔に包まれた団らん(作った本人を除いて)を目にして、少しばかり気が緩み始めているのに気付き、ぼそりとそんなことを呟いてしまった。